100話-12、極限に甘々な妖怪達

「ハッ、私が交渉するまでもなかったな」


「よく分かってないけど、皆優しい人達でよかったね。紅柘榴べにざくろ


 ぬえのわざとらしい大声に釣られ、集まって来たぬらりひょん、クロ、かえでに話の流れを説明しただけで、携帯番号を交換出来る状況にまで至り。

 ただ花梨と知り合っただけで、妖怪の総大将、天狗の里歴代最強のおさ、『黒い風神』。天狐とまで繋がりを得てしまった紅柘榴が、「……はぁ〜」と空気の抜けたような声を漏らした。


「……こ、これ、何かのドッキリとかじゃ、ありませんよね?」


「お前らの存在をさっき知ったってのに、仕込める訳ねえだろうが。秋風の知り合いは、私らの知り合いにもなるんだよ。だから、単純にお前らを想ってやってんのさ」


「俺らを、想って……」


 決して贔屓ではなく、花梨の知り合いという意味の本質を教えた鵺が、口角は柔らかく上げた矢先。

 やや離れた場所から「みなさーん、何をやってるんですか?」という、花梨の声が聞こえてきて、少しすると、鵺に肩を抱かれている紅柘榴と翡翠の前まで来た。


「これ、どういう状況なんですか?」


 紅柘榴と翡翠は、鵺にガッチリ捕まっており。先に行ったぬらりひょん、クロ、楓は、片手に携帯電話を持った状況に、花梨が鵺へ率直に問い掛けた。


「今、紅柘榴と携帯番号を交換しようとしてんだがよ。お前も知らないんだったら、教えてもらったらどうだ?」


「えっ? 紅柘榴さん、携帯電話持ってるんですか? したいですしたいです!」


 その流れまでに至った経緯は明かさず、あくまで平和なやり取りをしていた事を鵺が話すと、人魚の里で交換しそびれていた花梨は、食い気味に申し出て、すぐさまポケットから折り畳み式の携帯電話を取り出した中。

 複雑な心境から抜け出せていない紅柘榴は、本来なら秋風と交換するのが、一番気軽に出来てたんだろうけど……。今となると、とんでもない人物と交換しようとしてる気分になっちまうな。と事の重大さを思い知り、人知れずから笑いを発した。


「そうだな。教えてやるから連絡し合おうぜ」


「はい! また色んな妖怪さんについて、教えて下さいね!」


「ああ、いいぜ。携帯の充電が無くなるまで付き合ってやるよ」


「やったー! よろしくお願いします!」


 あまり冗談ではなさそうな約束を紅柘榴と交わすと、楽しみだと言わんばかりに即快諾した花梨が、「あっ、そうだ」と口にした。


「翡翠さんと紅柘榴さんは、これからどうするんですか?」


「私達ですか? えっと、酒天しゅてんさんっていう人が居るお店に行くんだったよね?」


「そうそう、『居酒屋浴び呑み』な。特等席を用意しておくから、花火を見に来ないかって誘われたんだ。んで、適当に歩いてたら偶然お前らを見つけたって訳さ」


 翡翠達が、ここに来た理由を説明すると、二人が喋る度に目で追っていた花梨が、「あっ。翡翠さん達も、居酒屋浴び呑みに行くんですね」と続ける。


「なんだ。その様子だと、秋風達も行くのか?」


「はい。私は酒羅凶しゅらきさんにですが、皆さんの分の特等席を確保してもらってるので、もう少ししたら行くつもりでいました」


「ほーん、酒羅凶さんにねえ。なら、良いタイミングで、お前らと出会えたんだな」


「ですねぇ。どうせですから、このまま一緒に行きませんか?」


 特に断る理由が無い花梨の誘いに、紅柘榴よりも早く翡翠が「あっ、いいですね!」と、嬉々とした反応を示した。


「二人から色んな話を聞きたいから、私も一緒に居たいわっ」


「同じく」


 そのままゴーニャとまといも賛同し、流れのままぬらりひょん達も、個性のある賛成の意見を述べていき。

 全員から合流の了承を得られると、紅柘榴が「皆さんがいいのであれば、せっかくだし同行するか」と緩くほくそ笑んだ。


「うん、そうだね! なら、お泊まりする旅館は、花火大会っていうのが終わってから決める?」


「だな。見た感じ、めちゃくちゃ旅館があるし、どこかしらは空いてんだろ」


「いや。この混み具合だと、もうどこも空いてないと思うぞ」


 翡翠と紅柘榴の会話に、秋国の事情に詳しいクロが、辺りに点在する旅館を見渡しながら割って入る。


「んげっ……!? ほ、本当ですか?」


「ああ。今日は『八咫烏の日』っていう催しが行われてるんだが、これがまた人気があって、毎年どの温泉旅館も軒並み満室になるんだよ。だから、花梨。もしよければ、お前の部屋に泊めてやったらどうだ?」


「へ? 秋風の部屋?」


 あっけらかんとしたクロの提案に、花梨は嫌な顔一つ見せず「いいですね。もちろん大丈夫ですよ!」と返した。


「……あ、えと? 秋風って、ここに住んでるのか?」


「はい! 永秋えいしゅうの四階が社員寮になってるんですが、そこで住み込みで働いているんです」


「マジか! ……へぇ〜、そりゃすげえな。けど、本当にいいのか? 俺達が邪魔しちまっても」


「まったく問題ありません! ねっ、ゴーニャ。纏姉さん」


 独断で決めながらも、一応二人の意見も聞いておこうと、声を掛ける花梨。


「うんっ! 私も色んな妖怪について、話を聞いてみたいわっ」


「私も興味ある。あと私の携帯番号も交換して欲しいな」


「あっ! 纏だけズルいわよっ。紅柘榴っ、私も持ってるから交換しましょっ」


 さり気なく携帯電話を取り出した纏に、我も我もと慌て、肩に掛けていた赤いショルダポーチから携帯電話を取り出すゴーニャ。

 結局、輪の外から静観していた茨園いばらぞのを除き、ほぼ全員の個人情報を手に入れてしまった紅柘榴は、ほがらかに苦笑いつつも「ああ、いいぜ」と口にした。


「よし、じゃあ決まりだな。明日は朝食を五人分用意するとして、タオルも持っていかないとな」


「うん? 朝食? ……タオル?」


 ゴーニャ、纏、花梨と携帯番号の交換が終わり、恐る恐る楓と交換している中。クロの独り言を耳にした紅柘榴が、眉間に浅いシワを寄せる。


「ああ。私は、花梨の世話係をやっててな。朝夕だけ、ご飯を用意してあげてるんだ。お前らの分も用意しとくけど、好き嫌いがあったら言ってくれ。あと、花梨と同じタイミングで部屋に居るなら、夕食も出してやるぞ」


「ええっ!? く、『黒い風神』が、秋風の世話係ィ!?」


「花梨の部屋に泊まるなら、永秋の風呂とサウナは全て自由に使って構わん。ワシが話を通しておくから、替えのタオルが欲しくなったら、近くに居る従業員に言ってくれ」


 話が進む度に、紅柘榴が驚愕するのをいい事に、ぬらりひょんは分かっていてあえて説明したのが、トドメになったらしく。

 話に付いていけなくなった紅柘榴は、口をあんぐりと開き、何も発さず目をパチクリとさせたままであり。

 ある程度、ぬらりひょんの悪巧みに勘付いていたクロは、凛とした苦笑いを交え。鵺に至っては、笑いを堪えるに必死で、肩をプルプルと震わせていた。


「なんだか、だんだんすごい事になってきましたけど……。なぜ、そこまで良くしてくれるのでしょうか?」


「なに。花梨の友人を、快く持て成したいだけだ。なので、お前さんらは気にしなくていい」


「は、はぁ。分かりました」


 未だ、花梨の友人になると、永秋の待遇が破格的に良くなる事態を把握し切れていない翡翠が、ぬらりひょんの柔らかな理由説明に言い包められ。

 少しの間、呆けて頭が真っ白になっていた紅柘榴へ、鵺は「どうだ? 紅柘榴」と声を掛け、意識を呼び覚まさせた。


「どいつもこいつも、秋風の事になると激甘だろ?」


「ぇあっ。は、はい。そう、かもですね。……もしかして鵺さんも、なんですか?」


「おう。虫歯菌が一瞬で死滅するぐらい甘々だぜ」


 だんだんと打ち解けてきた紅柘榴の問い掛けに、鵺は一切包み隠さず明かし、むしろ楽しそうに口角をニッと上げる。

 そして、紅柘榴を中心とした携帯番号の交換が全員終わると、早速『居酒屋浴び呑み』に行こうと話が纏まり、まずは辻風つじかぜの薬を飲む為に、皆で水飲み場へと向かっていった。






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次回の投稿は11/15になります。

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