100話-13、長年追い求めていた景色

 カマイタチの辻風つじかぜの集大成である薬を飲み終え、夜に向けて準備が整った一行は、そのまま『居酒屋浴び呑み』へ向かおうとするも。

 初めて目にする様々な屋台や料理に、気を引かれた翡翠ひすいが、歩みを緩めては花梨や紅柘榴べにざくろに質問を重ね。

 甘やかしたくなった二人は、お金を出し合って翡翠にチョコバナナを食べさせた所。目を輝かせながら『美味しいっ!』と唸り上げたが最後。

 花梨と同行した事によって、食欲の歯止めが効かなくなっており。その姿を眺めていた鵺達も、触発されて買い始めてしまい。

 普通に『居酒屋浴び呑み』へ行けば、十五分から二十分程度の道のりを、二時間以上掛けて歩んでいった、夜の七時前。


 翡翠と紅柘榴以外、大体の出店を二巡した一行が、装飾提灯まみれなせいで、闇夜を寄せ付けない輝きを発する『居酒屋浴び呑み』付近に辿り着いた頃。

 そこでようやく、辺りの違和感に気付いた花梨は、「あれ?」と不思議そうに夜空を見上げ、ポケットから携帯電話を取り出した。


「えっ、嘘? もう七時前になってるや」


「あ? ……んげっ、マジじゃねえか」


 これから居酒屋で入り浸るという理由で、口直しにかき氷を食べていた鵺も、花梨が持っていた携帯電話の画面を認め、眉間に浅いシワを寄せる。


「温泉街全体がいつもより明るかったから、全然気付かなかったわっ」


「おにゃひきゅ」


 頭の側面にお面を被り、夏祭りをここぞとばかりに楽しんでいたゴーニャと、イカ焼きを頬張っていたまといも続く。


「ふむ。満月が出ているというのに、温泉街はいつも以上に活気に溢れていて、皆して笑顔で楽しんでいるな」


「ですね。誰も満月なんか気にも留めず、堂々と歩いていますよ」


「良きかな良きかな。これこそ辻風が思い描き、長年掛けて追い求めていた景色よ。実際、目にしてみると心に響く物があるのお」


 和服の袖に両手を入れ、しみじみと温泉街を見渡していくぬらりひょん。

 鵺にあやかり、イチゴ味のかき氷を食べつつ、平和そのものな風景に黄昏れていくクロ。

 いつもこの時間帯は、温泉街全域に結界を張っていたものの。今回は張らず、夏祭り色に染まった秋国を微笑ましく見守るかえで


 辻風が兄妹達と心身を削り合い、励まし合いながら追い求め。そして、苦節二十一年。ようやく辿り着いた、誰しもが願っていた満月の夜の景色。

 心を脅かす罵詈雑言、無造作に飛び交う暴虐、僅かな安全圏から聞こえる嗤笑、秋夜の清涼な空気を汚す血の匂い。

 毎月、決まってこの夜は、凶行が蔓延り支配していたのに対し。辻風兄妹が悲願の末、成し遂げて完成させた特効薬は、誰一人として欠ける事なく飲み終えており。

 満月が夜空に君臨しているのにも関わらず、温泉街はいつもと変わりない景色をしていて、誰しもが『八咫烏の日』を笑顔で楽しんでいた。


「あれ? なんだか、だんだん道が混んできたような?」


 目的地の『居酒屋浴び呑み』に近づくに連れ、前を行く妖怪達の足取りが遅くなり出し。直進していた者は皆、右斜めへ流れ始めていた。


「まあ原因は、居酒屋浴び呑みだろうな」


「居酒屋浴び呑み? ……あっ、そうか。特等席って確か、屋外にあるんだったっけ」


 混雑を招いた原因を呟いたぬらりひょんに、花梨が不思議そうに復唱するも、特等席の場所を思い出して納得する。


「しかも、今回は屋外の席を拡張しているから、昨年よりも更に混んでいるな」


「要は、ビアガーデンみたいな感じか。外で飲む酒は、また格別なんだよなあ〜」


「かつ、花火も見れるときたもんだ。なら、酒は久しぶりにビールにして、おつまみは枝豆と冷奴にしようかな」


 基本、晩酌は和酒を嗜んでいるクロが、鵺が口にしたビアガーデンという単語に触発され、周りの雰囲気にも合う酒とツマミの種類を、胸を躍らせながら決めていく。


「おっ! お前がビールを選ぶなんて、珍しいじゃねえか。じゃあ私も、まずはそれを食おっと」


「ビールも捨て難いが、やはりワシは冷酒だな」


「ワシは、びぃる自体が苦手じゃのお。炭酸というのが、どうも口に合わん」


「居酒屋浴び呑みに、カクテルを置いてくれたらありがたいんだけどなあ」


 飲んべえのぬらりひょんを筆頭に、ビールが苦手だと告白する楓に、カクテル派の紅柘榴べにざくろも続いていき、各々が好きな酒の話題で盛り上がり始めた中。

 混雑していた道が徐々に緩和していき、そのまま直進していくと、急に目の前が開け、例の屋外席が視界に映り込んだ。


「うわぁ〜。思ってたより、ずっと広いや」


「道幅の半分以上に、テーブルが置かれてるわっ」


「なんか特別感があって良き」


 歩みを一度止めた一行は、太陽の如く煌々こうこうと瞬く『居酒屋浴び』に照らされた、屋外席の全容を見渡していく。

 屋外席の一番外側には、歩行者が席に居る者達と接触しないよう、所々にカラーコーンと、黒と黄色の配色が交互に並んだコーンバーが設けられている。

 設置されたテーブルの数は、おおよそ五十以上あり。大体のテーブルは、事前に予約した客で満員御礼状態。

 そして、どの客達も、秋の夜風に乗って流れてくる祭り色の音色をツマミにして、飲めや食えやのどんちゃん騒ぎをしていた。


「やべえなあ。この中で飲む酒は、絶対美味えぞ」


「だな。見てるだけで酒が進みそうだ」


「静かに飲めなさそうだが、この雰囲気は胸が踊るな」


「ここだけ祭り以上に盛り上がっているじゃないか。酒は控えていたけど、羽目を外しちまおうかねえ」


 『八咫烏の日』から『居酒屋浴び呑みの日』に塗り替えそうな勢いを見せる盛況ぶりに、場の空気に飲まれて喉が疼いてきた茨園いばらぞのも、口角をニヤリと上げる。


「そういや、茨園さんはどの酒を飲むんですか?」


 茨園に対し、子分肌が染み付いてきた鵺が、単純に気になった質問をした。


「アタシは何でも嗜むよ。一括りに醸造酒、蒸留酒、混成酒、日によって飲みたい酒を決めてるさね」


 ワイン、和酒、ビールなどの醸造酒。焼酎、ウィスキー、ブランデーといった蒸留酒。果実酒やリキュールが該当する混成酒。

 特に拘りは無く、好きな時に好きな酒を飲むと語った茨園に、鵺は「へぇ〜」と関心を持って頷いた。


「気を付けろ、鵺。こいつ、酒羅凶や酒天と渡り合えるほどの大酒豪だぞ」


 飲み明かすには、相応の覚悟が必要だと鵺に警告するぬらりひょん。


「マジかよ、すげえな。私も酒は強い方だけど、流石にそれはぜってえ無理だわ」


「ふふん。酒飲み対決だけだったら、秋国一になれるかもしれないねえ。いつの日か、御二方と対決してみたいさね」


「ワシも見てみたいのお。酒羅凶や酒天が、へべれけになっている姿を」


「誰が酒如きで酔っ払うだって?」


 是非とも拝んでみたい夢の対決を、どうやって実現させようか、楓が頭の中で思い描き始めた直後。

 たまたま近くのテーブルで接客していた酒呑童子の酒羅凶が、楓の言葉を否定するように割り込んできた。







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次話より、投稿期間は2週間おきになります。

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