101話-1、妖怪の血を呼び覚ます、満月の光。終章
「
うっかり飛び火しそうになった
「おう秋風、ようやく来たか。んで、
「こんばんはです。お誘いの方、誠に感謝致します」
人魚の里の一件から、『居酒屋浴び呑み』へ頻繁に通い詰めていた紅柘榴が、酒羅凶と親しげに挨拶を交わす。
「感謝は俺にじゃなくて酒天にしてやれ。あと、そいつがお前の連れか」
会話をしつつ接客を終えた酒羅凶が、紅柘榴の横に立っていた
「は、はい。人魚の翡翠と申します。よろしくお願いします。紅柘榴が、いつもお世話になっています」
「酒呑童子の酒羅凶だ。むしろ、こっちが世話になってる。今日は楽しんでいってくれ」
「はい、ありがとうございます!」
身長はゆうに三メートルを超え、強面から覗かせた金色の瞳に睨めつけられ、翡翠は多少畏怖していたものの。
無難に挨拶を済ませた酒羅凶は小さく
「席に案内してやっから、付いてこい」
そう団体客の接客を始めた酒羅凶は、傷だらけな赤い甲冑の中で、唯一ほぼ無傷に近い背を見せ、屋外席の中央へと向かい出し。
一行は言われるがままに、壁を彷彿とさせる巨大な背中を追うも、酒羅凶は少しずつぬらりひょんが居る方へズレていった。
「あんたがやってくれたのか?」
「さあ、なんの話だ?」
全員との距離が近いが故、内容を詳しく語らない酒羅凶が、とぼけたぬらりひょんに横目を流した。
「気を遣わなくていい。すまねえ。本当なら、俺がケジメを付けるべきだったのによ」
午前中、ぬらりひょんと楓だけが感じ取った
どこか解放された安堵感と、一抹の侘しさを含んだため息が、酒羅凶の鼻からこぼれた。
「気にせんでいい。全部終わった事だ。酒と一緒に飲んで忘れてしまえ」
「今日ほど酔っ払いたい気分になったのは、初めてだけどよ。どんな酒を飲んでも悪酔いしそうだぜ」
「たまにはいいんじゃないか?」
「……まあ、そうだな。浴びるように呑むとするわ」
店名に恥じぬヤケ酒宣言をした酒羅凶は、身や心が少しばかり軽くなった事を感じながら、更に歩みを進めていき。
その短い道中。屋外席を接客する店員の多さに着目した花梨が、辺りをキョロキョロと見渡しては、店員の人数を数えていった。
「あれ? 居酒屋浴び呑みの店員さん、大体の人が外に居る気がするや」
「今年は外の席をめちゃくちゃ増やしたからな。客が全員外に座れちまったお陰で、店内は人っ子一人居やしねえ」
花梨の疑問を解消させんと、店の状況に詳しい酒羅凶が、ぶっきらぼうに答えた。
「あっ、そうなんですね。でも、
「あいつはビビって、ずっとあそこで喚いてんぞ」
「えっ?」
酒羅凶が呆れ顔を、とある方向に向けたので、花梨も無意識に、そちらの方へ顔を移していく。
数多にある装飾提灯のせいで、暴力的かつ強烈な温暖色が目を眩ませる先。逆光によって、ほぼ人影化した酒天が店先に立っており。
酒羅凶と同行している花梨を見つけたのか、「ああーっ! 花梨さん達が来ちゃった!」と焦りの声を上げていた。
「て、店長っ! 本当に、ほんっとうに! 外に出ても大丈夫なんスよね!?」
「周りに居る客が、その証拠だっつってんだろうが。てめえだって、例の薬飲んでんだろ?」
「ちゃんと飲んだっスけど、皆に迷惑を掛けるかもしれないって思ったら、怖くて出れないんスよぉ〜っ!!」
地団駄を踏んで嘆く酒天に、乾いたため息を漏らした酒羅凶が、「ったく。まあ、しゃあねえな」と何か悟っていそうな言葉をボヤいた。
酒天が必要以上に、満月の光に恐れている理由は、酒羅凶も分かり切っているが故に、あまり強く言えず。
同じく花梨も、かつての日が頭に過ぎり、あと一歩踏み出させる勇気を与える口実が見つからず、口を閉じて見守る事しか出来なかった。
「すまねえが辻風。てめえからも、酒天を説得してくれやしねえか?」
「んっ? あっ、辻風さん!」
独り言ではなく、この場に居ない者へお願いをしているような酒羅凶の頼み事が聞こえたので、花梨は酒天に合わせていた視界を外し、前の方へと持っていけば。
屋外席の中でも、特にゆっくりと出来そうな空間が確保された席に、同情の苦笑いを浮かべた辻風。酒天の姿を心配そうに眺める、
皆して満月の光に照らされているも、誰一人として正気を失っておらず。花梨の声が耳に届くと、三人は酒羅凶に合わせていた顔を花梨へ向けた。
「やあ、花梨君。それに皆も、こんばんは」
「皆さん、お疲れ様です!」
「皆様方、お疲れ様でございます」
辻風、薙風、癒風の順で個性ある挨拶を交わすと、花梨の背後からも、負けじと十人十色な挨拶が飛び交っていく。
「皆さんも、お疲れ様です! この席、屋外で一番広々していますね」
「酒羅凶君が、是非にと用意してくれてね。ここなら空も限りなく広いし、三百六十度全ての花火を見渡せそうだよ」
「辻風が大の花火好きと聞いて、急遽設置した特等席中の特等席だ。
「酒羅凶君が、その話を持ち掛けてきてくれた時は、柄にもなく一気に興奮して舞い上がってしまったよ。だけど……」
酒羅凶が急遽設けた特等席中の特等席だけならまだしも、別の理由で申し訳なさそうにしている辻風が、困り顔を浮かべた。
「メニューにある全品を一年間無料は、流石にやり過ぎだと思うし、私達も気が引けるよ」
「あんたらが成し遂げたもんに比べたら、全然物足りねえぐらいだ。俺からのささやかな餞別だから素直に受け取っておけ。それでも拒否するっつうんなら、生涯無料にすっからな」
「あっははは……、もう脅しの域だね。ならここは、素直に受け取っておくよ。ありがとう、酒羅凶君」
「おう、気にすんな。でだ」
逃げ場の無い究極の二択を与え、強引に餞別を送った酒羅凶が、やや満足気な獣王の瞳で花梨達を捉えた。
「てめえらも、今日は全品無料にしてやっから、辻風達のタガをぶっ壊す勢いで飲み食いしろ」
「えっ? 私達もですか?」
酒羅凶との密談では、花梨、ゴーニャ、纏の三人が全品半額で話に乗ったのに対し。突拍子も無い変更に、花梨がオレンジ色の目をぱちくりとさせる。
「そうだ。あと、ぬらりひょん。あんたも一年間全品無料な」
「むっ? わ、ワシもか?」
「嫌とは言わせねえ。辻風達と飲み明かして、こいつらの罪悪感を取っ払ってくれ」
大嶽丸から解放してくれた礼も込めて、さり気なくぬらりひょんも巻き込むも、酒羅凶の意図を汲み取ってくれたのか。
追求はせず、「そういう条件なら、悪くないな」と辻風達に横目を流し、年相応の柔らかな笑みを見せた。
「おう、毎日来ても構わねえからな。んでだ、最後はあいつだな」
話したい事は大体し終え、満足気に鼻を『ふん』と鳴らした酒羅凶が、羨ましそうにこちらを眺めている酒天に顔をやった。
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