101話-2、今までの恩返しとして

「みんな楽しそうにしててズルいっスよ〜! あたしも混ざりたいっス!」


「なら、こっちに来ればいいじゃねえか」


「行きたいんスけど! やっぱり怖くて行けないんスっ! そもそも店長、満月の日はあたしに外出禁止令を出してるじゃないっスかっ!」


「あ、そういやそうだったわ」


 当時。『俺が忘れて外に出ろと言っても、殺される覚悟で必死に抵抗しろ』という酒羅凶しゅらきからの言い付けをしっかり覚えていて守っており。

 逆に、酒天しゅてんを皆と合流させたいが為に、すっかり頭から抜けていた酒羅凶が、しまったと言わんばかりに口をポカンと開けた。


「のう、酒羅凶や。酒天は何故、あそこまで怯えておるんじゃ?」


「……まあ、色々あってな」


 かつて、満月の光を浴びて堕ちた酒天は、護るべき愛する者へ、頭に死を過ぎらせる罵詈雑言を飛ばし。

 最愛なる者を軽蔑して楯突き、寸前の所で意識を取り戻しては、泣きながら殺して欲しいと懇願した出来事があり。

 その二度と思い出したくなく、決して忘れてはいけない汚点は、酒天の中で強烈なトラウマとなっているらしく。

 特効薬を服用して万全を期しているが、心身が満月の光を浴びる事を拒絶し、後一歩が踏み出せずにいた。


 そして、間接的に満月の光の被害者である花梨も、変わり果てた酒天の姿を間近で見ているものの。

 万が一も無い状況に、一秒でも早く酒天と外で合流したいと思い始め、何か切っ掛けや打開策はないかと模索し始めていた。


「う〜ん……、どうしよっかなぁ」


 花梨が模索している最中、満月が出た翌日。酒羅凶の鉄拳救済により、あばら骨が何本も折れていたのにも関わらず、詫びを入れに来た酒天の『今度こそ全力で、御二方をお助けします』という固い決意に満ちた言葉を、ふと思い出し。

 その日を境に、決意通り助けられてばかりいた花梨は、今までの恩返しという意味も込め、現在困り果てている酒天を助けて上げたいという気持ちが強まり。

 酒天が身を挺してまで守ってくれたのであれば、自分も相応の覚悟とリスクを持ち、酒天を外へ出すべきだという結論に至った。


「……うん、よし。あの、楓さん」


「何じゃ?」


「すみませんが、私一人が隠れるぐらいのテント的な物を、変化術で作ってくれませんか?」


「お主が隠れるぐらいの、てんと? 一体、何をするつもりなんじゃ?」


 意図が掴めぬ突拍子の無い花梨のお願いに、楓が質問を重ねていく。


「ここで茨木童子になって、苦しんでいる酒天さんを助けます」


「何?」


 質問した理由を明かした花梨に、酒羅凶がいち早く反応を示し、右眉を跳ね上げる。


「そいつは嬉しい相談だけどよ。お前が茨木童子の姿になったとして、あいつは外に出てくんのか?」


「心優しい酒天さんなら、きっと大慌てで飛び出して来てくれると思います」


「大慌てでだあ? ……ああ〜、なるほど?」


 花梨の全容を隠した説明に、酒羅凶は薄らと勘付いたようで、夜空で静かに佇む満月を見やった。


「だがよ? 万が一、姿が変わって薬の効果が切れた場合、てめえも堕ちんだろ? その場面を周りの奴らが見たら、一瞬で大混乱を招いて全部がメチャクチャになって、辻風の薬にも汚名を刻む羽目になんぞ? そうなったら、どう落とし前をつける気でいんだ?」


 良く言えば、花梨の身を不器用に案じつつ、最も最悪な想定を改めて教え。

 悪く言えば、秋国全体の評価を落としかねない惨劇を起こし。同時に、辻風の集大成を一瞬で水の泡にした責任は、どう取るのかと圧を込めて脅しかける酒羅凶。

 しかし、酒羅凶の圧に屈しずにいた花梨には、何か確信を得ている物を持っているらしく、「そこは安心して下さい」と豪語した。


「食べたり飲んだりした物は、変化へんげしても体の中から消える事はありません」


「試してもねえのに、なんでそう言い切れんだ?」


「いいえ。試したというか、予期せぬ形で実証しているので、絶対に大丈夫です!」


「実証しただあ? いつ、んな事やったんだ?」


 花梨の身を案じるよりも、意味の無さそうな実験の内容を気になり出した酒羅凶が、早く教えろと言わんばかりに催促する。


「えっとですね。私が初めて『居酒屋浴び呑み』のお手伝いをした日に、茨木童子に変化したまま、後に販売する予定のお酒を試飲したじゃないですか」


「試飲? ああ、あの時か。で? それと何が関係してんだ?」


「それで、約三十種類以上のお酒を試飲した後、酒天さんに見送られながら帰ったんです。それで、その帰り道に剛力酒ごうりきしゅの効果が切れて、人間の姿に戻ったんですが……」


 バツが悪そうに言葉を濁した花梨が、苦笑いをしながら頬をポリポリと掻いた。


「飲んだお酒が体に残ってたらしく、一気に酔っ払っちゃいまして……」


「そういえば、そんな事もあったな」


「ええ、ありましたね」


 数ヶ月前の過去とは言えど、花梨の説明に当時の場面が浮かんできたぬらりひょんとクロも、だんだんと記憶が鮮明になり、共に緩くほくそ笑んだ。


「懐かしいな。楽しそうに酔っ払った花梨から、販売前の超特濃本醸造酒ちょうとくのうほんじょうしゅを貰い受けたんだった。そうか。花梨が酔っ払っていたのは、そんな経緯があったんだな」


「おんぶしてる時、私の翼に体が擦れて笑いを堪えてたから、涙が出るほど笑わせてやったっけ」


「……あの、クロさん? 酔っ払ってたせいで全然覚えてないんですけど、そんな事やってたんですか?」


 帰りの道中で酔っ払い、部屋にある風呂に浸かって酔いが覚めるまでの間、やはり記憶には残っていなかったらしく。

 初めて聞いた情報に、花梨は恥ずかしさが含まれたジト目を、クロに送った。


「酒羅凶君。その辺に関しては、私も妖狐神社にある特製の髪飾りを使用し、妖狐に変化して何度も実験していて、問題無いと立証しているから安心していいよ」


「お、おお、そうか。あんたが言うなら、秋風は平気だってんだな」


「うん、保証しよう」


 特効薬の先駆者であり、実験と並行してあらゆる問題点を潰してきた辻風から太鼓判が押されると、懸念していた未来は来ないと安堵した酒羅凶が、ならという表情を見せた。


「……花梨っ。本当に、ほんっとうに、大丈夫なのっ?」


 が、悪夢とも言える満月の日。ススキ畑にて、満月の光を浴びて変貌した花梨の姿を、実際に目撃したゴーニャが、太鼓判を跳ね除けて念入りに確認を入れ。

 その、底無しの不安に駆られた青い瞳に見つめられた花梨は、柔らかく微笑み返しては、その場にしゃがみ込み。

 全ての不安を根こそぎから吹き飛ばさんと、ゴーニャの頭をそっと撫でた。


「本当に、ほんっとうに大丈夫だよ。辻風さんからも保証を貰ったし、万が一も有り得ないさ」


「……本当に? 絶対?」


「うん、絶対! それにさ、ほら」


 言葉を付け加えた花梨が、ゴーニャの狭くなっていた視野を広げようと、自分の両手をゆっくり広げた。


「今はもう、あの時みたいに二人きりじゃないんだ。だから、心配する必要は何一つだって無いよ」


「そ、そうだけどっ……。んん〜っ……」


 かつて、置かれていた状況とはまるで違く。想定外の事態が起きようとも、今は頼れる人達が大勢居るものの。

 脳裏に過ぎる、偽物と呼称した満月の光によって堕ちた花梨の存在が、完全には拭い切れず。

 花梨の説得では納得出来ず、どうにも安心感を持てなかったゴーニャは、辻風には悪いと承知で「あのっ!」と申し出た。


「ぬらりひょん様っ、クロっ、楓っ、鵺っ、酒羅凶っ、みんなっ! 花梨に何かあったら、絶対に助けてちょうだいねっ!」


 自分ではどうにも出来ないと、やぶれかぶれに縋る助け舟を求めると、全員はほぼ同時に、暖かな笑みをこぼしながら口角を緩やかに上げた。


「ああ、もちろんだとも。なあ、クロ」


「ええ。その為に、私達が居るんですからね。だよな、楓」


「その通りじゃ。お主らが助けを求めずとも、ワシらから勝手に出向くぞ。のう? 鵺や」


「可愛い部下を守るのが、上司の勤めだからな。なっ、酒羅凶」


「当然だ。てめえら纏めて、天寿を全うさせてやるよ」


「言われずとも」


 名前を呼ばれた皆が、口を揃えて助けるのは当たり前だと言い切った後。纏も参戦しては、鼻をふんすと鳴らす。

 そんな纏も含め、出港はいつでも可能な最強の助け舟達から確約を得られたゴーニャは、そこでようやく大きな安心感を得られ。

 傍で聞いていた花梨同様、体の奥底から湧いてきた熱い物に耐えかねて、潤んできた瞳と顔を微笑ました。

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あやかし温泉街、秋国 桜乱捕り @sakurandori

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