100話-9、謎を解く人物との邂逅

 花梨一行とぬらりひょん一行が合流し、そのまま目に付いた屋台を網羅しては、秋夏の思い出に変えていった、夕方の三時半前。


『皆様にご案内申し上げます。日没の時刻が近づいて参りました。これより、各所に水飲み場を設置致します。夜に行われる花火大会を鑑賞する御方、引き続き『八咫烏の日』にご参加する御方は、予め配布した薬を必ず服薬するようお願い申し上げます。繰り返し───』


「んあっ、なんだ? この放送」


 秋国中に響き渡る珍しい案内放送に、チョコバナナを食べていたぬえが、きょとんとした瞳で空を仰ぐ。


「阿呆。今朝、全部説明しただろう。例の薬を服用する時間が来たから、放送を開始したんだ」


「ああ、もうそんな時間なんですね」


 ここぞとばかりに『八咫烏の日』を楽しんでいる、頭の右側にお面をかぶり、ラムネを飲んでいたクロも、あっけらかんと続く。


「そういや、そんな事も言われたなあ。しゃーない、辻風つじかぜの集大成が詰まってんだ。記念に飲んどくか。なあ、秋風三姉妹」


 一応、座敷童子のまといを除き、人間の花梨。元は都市伝説のメリーさんであるが、電話をしなければ満月の光の影響を受けないゴーニャにも、さり気なく声を掛ける鵺。


「ですね。まさか辻風さんが、そんなすごい研究をしてたなんてなぁ」


「私も最初聞いた時、ビックリしちゃったわっ」


「尊敬する。ちゃんと飲んで効いた事を報告しよう」


「そうですね。なら明日は、一日中『薬屋つむじ風』に居ようかなぁ」


 話を聞くのが好きな辻風にとって、一番の行いになるであろう花梨の立てた予定に、ゴーニャも「そうねっ」と賛同する。


「なら、辻風にメールしておくわっ」


「ありがとう。それじゃあ、よろしくね」


 断りなくいきなり訪問しても、予定が合わず空振る可能性があると予想したゴーニャの配慮に、花梨は微笑みながら感謝を述べた。


「ならば、ワシも明日は『薬屋つむじ風』に行くとしようかの───」


「おっ? なあアレ、秋風じゃね?」

「あっ、本当だ! 花梨さーん!」


「んっ?」


 今日の結果報告を直接本人へ伝えたいが為に、花梨達に便乗したぬらりひょんが、キセルの煙を柔らかくふかしている中。

 太鼓や笛の音にやや劣るも、懐かしさを覚える弾んだ声に呼ばれた花梨が、声のした方へ顔を移していく。

 設けられた水飲み場に、人集りが見える手前。人間形態の姿をした、人魚の翡翠ひすい紅柘榴べにざくろが居り。

 翡翠が笑顔でこちらに向かいつつ、白魚のように華奢な手を元気よく振っていた。


「あっ、翡翠さん! それに、紅柘榴さんまで!」


 花梨が二人の名前を言うや否や。いても立っても居られなくなった翡翠が駆け出し、花梨の両手を恋人繋ぎした翡翠が、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。


「花梨さん、花梨さん! お久しぶりです!」


「翡翠さん! こちらこそお久しぶりです!」


 翡翠のはしゃぎように触発された花梨も、満面の笑みを浮かべて飛び跳ね出していく。


「よー、秋風。元気そうで何よりだぜ」


 付け入る隙がない二人の空間に、控え気味に入った紅柘榴も、潤んだ褐色の唇を微笑ます。


「紅柘榴さんも、お久しぶりです! あの後、喫茶店の調子はどうですか?」


「ああ〜、まだメニューは全然少ねえんだけどよ。お前が教えてくれたクッキー、食った全員がハマってな。今めちゃくちゃ繁盛してるぜ」


「ええっ!? あのクッキーをメニューに入れてくれたんですか?」


「はい! 試しに里の皆さんに振る舞ってみたんですが、全員が笑顔になって美味しいと言ってくれまして。それでそのまま、看板メニューに採用してしまいました」


 かつて、人魚の里で喫茶店を開きたいという、翡翠からのお願いに応えるべく。

 紅柘榴が思い付きで用意した、薄力粉、砂糖、バターのみという、必要最低限の材料で何とか作り上げた、至ってシンプルなクッキー。

 そのクッキーが、菓子を食べた事の無い人魚達の胃袋を、見事掴んだようで。ちゃっかり喫茶店の看板メニューにした翡翠が、「あとあと!」と興奮しながら続ける。


「頑張って作ってみたメレンゲも、クッキーみたいに焼いてみたんですが、すっごく美味しく仕上がりました!」


「わぁっ、メレンゲクッキーを作ったんですね! すごいじゃないですか!」


「はい! サクサクシュワシュワな食感がたまらなくて、一度食べ出すと止まらなくなります」


「ふっふっふっ。ワシの所に来た時は、物静かな印象を受けていたが、まるで人が変わった様に明るくなったな。翡翠よ」


「えっ? ……ああっ!」


 微笑ましそうに柔らかな表情で口にしたぬらりひょんの言葉に、目をきょとんとさせた翡翠が、ぬらりひょんが居る方へ顔を移した直後。

 そこで初めて、ぬらりひょんの存在に気付いたらしく。驚いた拍子に大きく開いた口を、手の平で覆い隠した翡翠が、慌てて頭を下げた。


「お久しぶりです、ぬらりひょんさん。その節は、本当にありがとうございました!」


「そう畏まらなくてよい。喫茶店が上手くいっているようで、何よりだ」


「はい。これも全て、ぬらりひょんさんと花梨さんのお陰です」


「へぇ、この人が総大将さんか。初めて見たぜ」


 ニコニコ顔が絶えない翡翠の肩に手を回し、密着する形で横に付いた翡翠が、物珍しそうな眼差しをぬらりひょんへ合わせた。


「お前さんが紅柘榴だな。莱鈴らいりんから、たまに話を聞いているぞ。なんでも、弟子入りしたいそうじゃないか」


「げっ……。莱鈴さん、他の人に話してるんですね。とにかくまあ、総大将さんに俺の存在を知ってもらい、至極光栄です。……ん? おっ!」


 相手が妖怪の頂点に立つ者であるせいか、慣れない敬語で接していた紅柘榴が、楓の横に居る茨園を認めた途端。

 見つけたと言わんばかりに「秋風、この人だこの人!」と少しばかり興奮した様子で、茨園に指を差した。


「えっ? 何がですか?」


「ほら! 里で八百比丘尼やおびくにの話をしだだろ? 人魚の肉を食っただとか、どっかの市長でイタコをやってる人が居るとか。この人がそうだ」


「あえっ!? 茨園さんが、そうなんですか!?」


「……おいおい、なんの冗談だい? この人魚、なんでアタシの正体を知ってるんさね?」


 まるで予期せぬ形で身バレした茨園が、口角をバツが悪そうに強張らせ。

 後先考えず、花梨の知りたがっていた情報を持つ人物の正体を明かしてしまった紅柘榴は、特に悪そびれずに口を開いた。


「実は俺、こう見えて情報屋なんです。秋風が人魚の肉の味を知りたがってたので、つい」


「あ、味が知りたいって……。あんたまさか、食うつもりでいるんかい?」


「い、いえ。食べるつもりはないですが……。ちょっと気になってしまいまして」


 単なる好奇心が、まだ隠していたかった茨園の正体が公になる事態にまで至り。

 そういえば、そんな話をしていたなと懐かしみながら思い出し、再び好奇心が蘇ってきた花梨は、苦笑い混じりの頬を指で掻いた。






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次回の投稿は10/4になります。

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