100話-8、楽しい満月の夜を

 固定された秋の季節が困惑してしまいそうな、夏の熱気に包まれた『八咫烏の日』が開催されて、二時間が経過した昼前。

 着々と出店を巡っていた花梨達は、昼食はガッツリ食べたいと意見が一致し、大盛りの焼きそばをチョイスして食べていた。


「んっふ〜! この祭りでしか食べられない、濃いめの味付けよ。んまいっ!」


 焼きそばの具材は、四角く切られたキャベツ。ソースの色が移っていて、焼きそばとの見分けが付きにくいモヤシ。

 小さめに短冊切りされているも、濃いめのソースに負けない甘さを主張するニンジン。肉肉しさは健在で、あればあるだけ嬉しい豚バラ肉。

 味や色をものともせず、口の中を確実にサッパリリセットしてくれる、優秀な箸休めの紅ショウガ。

 ほぼ茶色一緒くたに鮮やかな彩りを加え、湯気にふわりと磯の匂いを乗せる青のり。


 具材は至ってシンプルなものの。油やソースが多く使用されていて、際立つジャンク感が食欲を大いに刺激していく。

 そんな、背徳感も与える屋台の焼きそばは、誰しもにも刺さったようで。一杯では色んな欲を満たせなかった鵺が、すかさずおかわりを頼んだ。


「しっかしよ? なんでこうも、出店の焼きそばって美味いんだろうな?」


「分かる。祭りの雰囲気も相まってか、すごく美味しく感じるよな」


 二杯目に突入した鵺の疑問へ、相槌を打ったクロも欲を満たし切れず、自然な流れで屋台の列に並んでいく。


「火力が高そうな鉄板で作ってるから、麺がべちゃってしてないし、油や調味料が全体にしっかり行き渡ってる感じがするわっ。普通のコンロやフライパンで作ったら、こうはならないかもっ」


「ゴーニャ、感想がもう立派な料理人だね。母さん嬉しい」


「えっへへへ……」


 『焼き鳥屋八咫やた』で腕を買われ、お手伝いから準従業員にまで登り詰め、一品料理や焼き鳥の調理までこなせるようになれたゴーニャの食レポを聞き、まといが母親目線で嬉しそうに突っ込んだ。


「なるほど、火力か。確かに、高火力で野菜炒めを作ると、各野菜の食感が残って美味くなるんだよな」


「チャーハンとかも、すごくパラパラになりますもんね」


 ゴーニャの感想に、どこか納得したクロが二杯目の焼きそばを受け取り。味わって食べ終わった花梨も、会話と出店の列に加わっていく。


「そうそう。だから、ゴーニャの言ってる事は、たぶん合ってると思うぞ」


「本当っ? やったっ!」


 クロに褒められて嬉しくなり、満面の笑みをこぼしたゴーニャと纏も、皆との遅れをとらまいと、こっそり列に並び直した直後。

 「おお、やっとるな」という、聞き慣れた第三者の声が聞こえたので、もう少しで受付に着きそうだった花梨が、視線を声がした方へと移す。

 空中やぐらが視界の中央にある手前。数時間前に離脱したぬらりひょん、かえで茨園いばらぞの 奄々えんえんが手ぶらで居り。

 いち早く三人の存在に気付いた花梨は、並んでいた列から外れつつ、「みなさーん!」と笑顔で出迎えた。


「わざわざ列から出なくてもよかったのに。どうだ? 花梨よ。楽しんでいるか?」


「はい! ものっすごく楽しんでます!」


 表情と元気有り余る声色からで、存分に楽しんでいると分かる花梨の返答に、ぬらりひょんは「そうかそうか。それはよかった」とほがらかに返す。


「ぬらりひょん様っ、お疲れ様です!」

「お帰りなさい。無事で何より」

「お疲れ様です、ぬらりひょん様」


「うむ。皆もお疲れさん」


 無難に挨拶をしたゴーニャとクロに、何かを察していた纏が安堵し。焼きそばを頬張っていた鵺は、頭を軽く下げて会釈をした。


「……意識してみると、すごいもんさね」


「まさか、ここまでとはの。無性に何か食べたくなってきてしまった」


 花梨と接近した事により、腹の調子の急激な変化に気付いた楓と茨園が、意に反して腹の虫を小さく鳴らす。


「あの、ぬらりひょん様。急用って、結局何だったんですか?」


 急用と言って別れた割には、早く合流してきたぬらりひょんに、花梨が好奇心に逆らわず質問をするや否や。

 大嶽丸おおたけまるを屠ってきたなぞ、明かせるはずもない内容に、茨園は視線をそっと外し。楓は、右の糸目を人知れず開眼させ。

 妖怪の総大将として、秋国を護るという責務を相応しい形で果たしたぬらりひょんは、何食わぬ顔で「なに、大した事じゃない」と誤魔化しに入った。


「夜に、花火大会が行われるだろう? その最終調整を見て欲しいと、関係者に頼まれてな。確認し回ってきたんだ」


「へぇ〜、そうなんですね。あっ、そうだ! その花火大会なんですが、特等席を皆さんの分も確保しておきました!」


「特等席?」


 誤魔化しが良い方向へと動き、急用の話が終わりそうになると、軌道修正はさせまいとクロが口を開いた。


「居酒屋浴び呑みに、今日だけ設置される予約限定の屋外席があるじゃないですか。そこの特等席を、花梨が人数分取っといてくれたらしいんです」


「ほう、居酒屋浴び呑みの。人気が高くて数分で予約が埋まると聞いているが、よく取れたな」


「ああ、酒呑童子と茨木童子が営む居酒屋か。あの子、その二人とは仲が良いんですか?」


「まあの。茨木童子には、特に好かれておるぞ」


「へぇ〜。そりゃすごいですね」


 酒羅凶しゅらき酒天しゅてんが営む店名を聞き、二人と花梨の関係が気になった茨園が小声で楓に問い掛け、ついでにと楓が補足を入れた。


「まあ、色々とありまして。楓さんと茨園さんは、どうしますか?」


 特等席を確保出来た経緯を濁した花梨が、苦笑いを交えつつ、二人にも誘いに出た。


「そうじゃの。折角、確保してもらったんじゃ。ワシも同行しよう」

「なら、アタシも混ぜてもらおうかねえ。秋風、感謝するよ」


 誰に言われた訳でもなく、皆で楽しみたいと用意してもらった好意を無下には出来ないと、楓は閉じた糸目を、茨園は口角を微笑ます。


「分かりました! んっふふ。今日・・は楽しい夜になるといいなぁ」


 花梨が何気なく言い放った、今日という単語を、ぬらりひょん、クロ、鵺、楓が過剰に反応を示し、全員の眉がピクリと上がる。

 そのまま、各自でアイコンタクトを取り、決して不安にさせないと一致団結した四人は、しっかり頷き返した。


「楽しくなるさ、絶対にな」


 まずは、花梨に安心感を与えようと、ぬらりひょんが先に動く。


「ぬらりひょんの言う通りじゃ。間違いなく楽しい夜になるじゃろう」


「飲めや食えやの、どんちゃん騒ぎが出来るんだぜ? 今から楽しみでしょうがねえ」


 ぬらりひょんの後押しする言葉を、楓が確約に昇格させ。我が道を突き進む鵺へ、クロが「そうだな」と柔らかい声で肯定する。


「それじゃあ、私は花梨の横に座ろうかな」


「なら、ワシは空いた方の横に座らせてもらおう」


 秋国の二強である、ぬらりひょんとクロが特等席中の特等席に予約を入れると、すかさずゴーニャが「あっ!」と声を上げた。


「二人共ズルいっ! 私も花梨の横に座りたいわっ!」


「ゴーニャ逆。花梨に直接座ればいい」


「それよっ! なら私は、花梨に座るわっ!」


「それは……、流石に無理だな」


 ゴーニャの小さな身長だからこそ為せる座り方に、花梨争奪戦に出遅れた大人の鵺が、妙案すら思い付かず諦めた。


「じゃあ私は花梨に肩車してもらう」


「ええ〜、そっちもいいなっ。纏っ、交代交代しましょっ」


「うん。二十分ずつぐらいで交代しよう」


「あの〜、お二人さん? せめて、花火が始まってからにしてね?」


 拒否までには至らない花梨の申し出に、茨園は「始まってからは、いいんさね」と思わず呟き、三姉妹の仲の良さに感心し、キセルの煙をぷかりとふかす。

 そして、腹の減り具合が限界に来ると、楓と茨園も焼きそばの屋台に並び、満足するまで食べていった。





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次回の更新は9/20になります。

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