62話-10、徐々に完成していく温泉街
今日は、
その魚市場は海岸沿いにあるんだけども、徒歩で行くとなると、かなり時間が掛かるんだよねぇ。普通に歩いていくと、三時間以上は掛かるかな?
行く途中に
で、肝心の魚市場だけども到着するや否や、幽船寺さんが高らかと『
……一応、本人にも言ったんだけども、船を扱う仕事をするのに難破船っていう建物名は、ものすごく縁起が悪いよね……。
当本人はすごく気に入っているらしく、
後でぬらりひょんさんから聞いた話だけども、どうやら船幽霊さんは、ひしゃくで汲んだ水を船内に流し込んで沈没させ、死んだ人を仲間に引き入れる妖怪さんらしいんだ。
でも、幽船寺さんとその仲間さん達は、今はもう船を沈めようとする行為は、一切していないらしい。(たまに発作が起きて、船を沈めたくなる衝動に駆られるとか言っていたけど……)
それでも、仲間に引き入れようとする意志は強いらしく、私とお父さん、花梨に新品のひしゃくを渡してきて、腰に差してくれと懇願してきたんだよね。
まあ、花梨は無理としてだ。私とお父さんは従ったんだけども、その時の幽船寺さんってば、最高に良い笑顔をしていたなぁ。
おっと、話が逸れてしまった。
それで、その魚市場難破船を一通り見てきたんだ。魚市場ともあってか、とても大きな白い建物があり、停船場には既に、沢山の漁船が停まっていたよ。
流石に建物の中はまだ空っぽだったけど、その内に獲れたての魚がいっぱい並んで、熱い活気に溢れるようになるんだろうなぁ。
それでねそれでね! 今日の朝、試しに漁をしてきたらしいんだけども、その時に獲れた魚をご馳走してもらったんだ!
ご馳走になったのは、色んな魚や貝が大量に入っているあら汁である! もうねえ、最高だったよ! 海の幸がギュッと詰まってて、風味が濃厚で……。ああ~、また食べたい……。
それと、幽船寺さんから聞いた話なんだけども、この海の海域はかなり特殊らしく、沖に向かう度に季節が変わっていくらしいんだ。
魚市場難破船の周辺の季節は秋であり、そこから冬、春、夏と移り変わり、更にその先には、妖怪さんや、他の種族の方が住んでいる『怪域』なるものがあるみたいなんだ。
そこにはなんと、かの有名な人魚さんも住んでいるんだって! 人魚って、伝説上の生き物じゃなかったんだなぁ。
実際に会ってみたいけども、潮の流れや波が非常に不安定であり、船で行くのはとても危険らしく、結局話だけで終わってしまった。
そして次に、帰りに寄った木霊農園! 本拠地である建物は、民家のような一軒家のみと、かなり簡素なものになっている。
建物の中もシンプルであり、土間が打たれていない土が剥き出しの部屋があって、そこには囲炉裏があるだけだ。
一応、奥に部屋はあるけども、台所と地下に続く貯蔵庫があるだけで、今まで見てきたお店の中で、ダントツで簡単な作りになっていた。
なんでも
それにしても、この木霊農園。
管理し切れないだろうと思ったけど、その不安はすぐに解消された。後で従業員の数を聞いたんだけども、なんと数十万人以上いるらしいんだよね。(なお、朧木さん自体、正確な人数を把握していない模様)
そういや、育てているのは野菜だけじゃないんだ。ちゃんとしたビニールハウスがあったり、作り方が難しい果物を作る為の施設もある。
これだけは、ぬらりひょんさんと鵺さんにお願いしたみたいなんだよね。もっと色んな物を作ってみたいという、朧木さん唯一のお願いらしい。
あとね、ここで作られている作物、めっちゃくちゃ美味しいんだ! 全てが全て、生で食べられるほど新鮮だったよ!
普通の玉ねぎが、新玉ねぎのような甘さがあって苦みが無く。大根やジャガイモ、ピーマンさえも生で食べられたんだ。
それと、帰りに焼き芋をご馳走になったよ! 秋の味覚の代表格ともあってか、しっとりホクホクで、蜜がとても多くて甘く……、とにかく最高だった……。
かなりの数を用意してくれていたけども、気がついたら全部食べちゃってたよね。私だけでも、二十本以上は食べちゃったかな?(食べ過ぎて、正確な数は覚えてないや)
それともう一軒! 秋国山の中腹にある、
お店の内装は、
店の奥に厨房があるけど、必要最小限の物しかない。後で必要になった物は、清潔な物を
ちなみにであるが、このぶんぶく茶処。立地のせいもあってか、全体の雰囲気がものすごく良くて落ち着くんだよねぇ。
店の周りには、深い紅葉の木々がトンネルのようになっており、そこから温かい木漏れ日がチラチラと見え隠れしていて、とも幻想的なんだ。
この雰囲気の中で甘味を食べたり、熱くて渋いお茶を飲めるなんて、なんとも贅沢だなぁ。これは絶対、定期的に通わねばなるまいて。
ついでに甘味を食べたかったけども、お店が完成したばかりで材料は何も用意しておらず、食べられないまま帰宅となってしまった。(残念だ、非常に残念だ……)
それにしても、今日はずっと歩いていたからヘロヘロになっちゃったや。やはり、ぬらりひょんさんも疲れていたらしく、何か移動手段を考えると言っていた。
移動手段はなんになるんだろう? やはり人力車かな? それとも妖怪さんに乗ったりとかかな? う~ん、気になる。
「移動手段、か。当初は朧車に頼もうと思っていたんだが、人数がなかなか揃わず、結局後になって一反木綿に頼む事にしたんだよな」
「朧車は個体数が少ないですからね」
「ああ。しかし、一反木綿も昼夜問わずに良くやってくれておるよ。今度、特別ボーナスを出してやらないとな」
そう口にしたぬらりひょんは、キセルの煙を鼻からふかすと、日記のページを少し飛ばして捲った。
しばらく雨が続いて行けなかったけど、今日は雲一つ無い快晴になったので、
大きくて立派な赤い鳥居を抜け、かなり広い
その本殿に続く道には、左右に等間隔でお稲荷様の石像が設置されていて、本殿までズラッと並んでいるんだ。
境内の中央付近まで行くと、
楓さん
んで、本殿の右側に、奥へと続く雑木林の小道があるんだけども、そこをずっと歩いていくと、妖狐さん達が住む寮に着くんだ。
かなり大きな建物になっていて、大人数の妖狐さんが住めるようになっている。おおよそ三百人から五百人以上は入れるかな?
長い目で見ると、これでも足りないかもしれないなぁ。実はもう引っ越しが始まっているらしく、ポツポツと妖狐さんが集まって来ている。
皆さん幸せそうな表情をしていたし、本当によかったや。これで少しは、楓さんも皆さんと一緒にいられる時間が増えるハズだ。
そして明日からは、楓さんもここに暮らす事にするんだってさ。そっちの方が絶対いいもんね。妖狐さん達も安心するだろうし。活動もしやすくなるだろうしね。
さて、話が暗くなる前に戻そう。
ちなみにであるが、本殿には、まだ仙狐時代だった頃の楓さんの人生を変えたとも言われる、空狐さんの巨大な像が祀られているんだ。(ただし、肉体を持たないのでイメージ像である)
この空狐さんのとある助言のお陰で、今の楓さんがあり、今の妖狐さん達がいるんだ。空狐さんに会えるのであれば、一度会ってみたいなぁ。
それと、楓さんと妖狐さん達が営む神社の名前は、『妖狐神社』である。(これは、お父さんが考えました……)
流石に楓さんも苦笑いしていたなぁ……。お父さんはお父さんで「良い名前だろう!」って、満面の笑みで言ってたけど、楓さんの表情を見て、察していなかったんだろうか……?
そして最後に、楓さんから最高級の油揚げをご馳走になったんだ。人間の姿の時と、妖狐の姿の時で食べ比べしてみたけども、その風味たるや、まったくの別物だったよ。
もうね、二人して狐の尻尾をぶんぶんと振り回し、我を忘れる勢いで食べ続けてしまったよね。だって、本当に美味しかったんだもん。
しかし、油揚げを食べている時の楓さんの表情よ。トロットロにとろけていたなぁ。普段は
それにしても、温泉街が着々と完成に近づいてきている。明日もいくつかのお店が完成しそうだし、非常に楽しみだ。
「空狐か。そういやワシも最近、もっぱら会っとらんな」
「私は一度も会った事がありませんが、普段はどこにいるんですか?」
「さあな、皆目見当がつかん。いきなり目の前に現れる時もあれば、どこを探しても見つからん時がある。気まぐれで空狐に勝てる奴は、どこにもおらん。鵺とは比べ物にならんよ」
「そんなになんですか。楓はよく会えましたね」
ぬらりひょんがキセルの白い煙を長めにふかし、気まぐれに姿を変えていく煙に目を向ける。
「奴から現れたんだろう。人生の目的を見失い、死ぬ場所を探していた楓に、ほんの少しの助言をする為にな」
「助言、ですか。楓は空狐に、なんて言われたんですか?」
「さあな。それについて質問をした事はあるが、適当にはぐらかし、
助言の内容が分からず終いのクロは、「ふ~ん……」と声の混じったため息を漏らしつつ、腕を組む。
「気になりますね、楓の人生を変えた程の助言の内容。相当な物なんでしょうね」
「だろうな。さて、ちゃっちゃと次を読むぞ」
適用に話を終わらせたぬらりひょんは、小腹がすいたのか。書斎机から煎餅が入った袋を取り出し、一枚齧ってから日記のページを捲った。
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