43話-2、心が強くなっていく妹

 ゴーニャの携帯電話を購入し終えた三人は、先ほど通り過ぎた子供服が売っている洋服屋まで戻り、自動ドアを抜けて店内へ入っていく。


 明るいライトで照らされている店内を見渡すと、想像していたよりも奥行きがあり、相当広くなっている。

 子供連れの家族が多いせいか、携帯電話のショップ内よりも、かなり騒がしくなっていた。

 この洋服が欲しいとねだる子供。理想通りの洋服が見つかり、両手を挙げて喜んでいる子供。お目当ての洋服が無かったのか、泣き叫んでいる子供。


 周りの活気に溢れる空気に圧倒されつつも、花梨達もゴーニャの洋服を探し始める。 


 今の季節は冬ながらも、各シーズンに合わせた様々な洋服が売られており、花梨は思わず「すごい種類の洋服があるなぁ」と声を漏らす。


 薄い長袖で、落ち着きのある色をした春服。動きやすそうな半袖で、夏の匂いを感じさせる鮮やかな夏服。

 モダンな雰囲気を醸し出している、大人びた秋服。厚手で内側がボア素材で出来た、モコモコしている冬服。


 棚を舐めるように見ていた花梨は、ゴーニャが今まで着ていた青白い煌びやかなロリータドレスと、帽子のセットを購入してあげたかったが、いくら店内を探しても見つからず、鼻で小さくため息をついた。


「ゴーニャが着てるようなドレスがないなぁ」


「ある程度の予想はしていたが、普通は売っとらんだろうな。特注するしかなかろう」


「むう……」


 半ば諦め切れない花梨が、物珍しそうにキョロキョロと洋服を物色しているゴーニャに目を向ける。


「ゴーニャ、欲しい洋服とかある?」


「ん~……。いっぱいあるから悩むわっ」


「だよねぇ。欲しい物が見つかったら、どんどん言ってね」


「うんっ」


 さり気なくゴーニャに質問をした花梨は、今着ているようなドレスじゃなくても大丈夫そうかな? と思案し、改めて洋服を物色し始める。

 一通り目を通し、すぐさま二週目に入ると、この店の店員に目をつけられたのか背後を着けられ、不意に声を掛けられた。


「お客様、どのような洋服をお求めでしょうか?」


「へっ? えっと、この子の洋服を探しに……、あっ」


 突然声を掛けられたせいか、花梨はナチュラルにゴーニャの洋服を買いに来たを店員に告げるも、すぐにその事を酷く後悔した。

 ゴーニャが人間としてまかり通っているのは、あくまで妖怪達しか存在しない温泉街だけであり、人間しかいないこちら側の方では、それがまかり通るのかまだ分からなかった為である。


 元々ゴーニャは人間ではなく、メリーさんという都市伝説のたぐいであり、当然ながら普通の人間に姿は見えない。

 稀に見える人もいるが、その場合はゴーニャが化け物に見えるらしく、大体の人間は怯えて逃げ去っていく。 


 このせいでゴーニャは深いトラウマを植え付けられ、人間の視線に恐怖を覚え、最終的には花梨の元に助けを求めに訪れた。

 それなのに対し、店員の視線をゴーニャに向けるような返答をしてしまい、花梨の頭の中は、焦りから一瞬だけ真っ白になる。


 そして事態を把握し、慌てて今の発言を取り消そうするも、店員の目は既に、抱っこしているゴーニャの方へと向いていた。

 抱えているゴーニャの身体が、徐々にカタカタと震えていくのを感じ、店員の視線に耐えられなくなったのか、逃げるように視線を逸らし、花梨の体に顔を深くうずめる。


 恐怖に囚われたゴーニャが、震えた手で花梨の防寒着をギュッと強く握ると、花梨はそれと一緒に、心臓を鷲掴みされたような痛みが左胸を襲った。

 花梨の呼吸が、僅かながらに乱れていく中。未だにじっとゴーニャの事を見ている店員が、満面の営業スマイルをしながら口を開く。 


「とても可愛い子ですね。綺麗なドレスを着ているから、まるでお姫様みたい」


「あっ、えあっ……。そ、そうですよねぇー! 自慢の妹なんですよー!」


「妹さんなんですね。この子だったらそうですねー……、白のワンピースとかお似合いじゃないでしょうか?」


「わ、ワンピースっ! ああ~、そうですね~! ちょ、ちょっと見てきますねっ!」


 しどろもどろでいる花梨が、後頭部に手を当てて大袈裟に笑うと、店員は再び温かみの無い営業スマイルをし、そそくさと別の客の元へと向かっていった。

 その店員を横目で見送ると、安堵と精神的な疲労が混じったため息をつき、恐怖に怯えているゴーニャの頭をそっと撫でる。


「ごめんねゴーニャ、とても怖い思いをさせちゃって……」


「だ、だい、じょう……、ぶ」


 だんだんと震えが収まってきたゴーニャの体を、花梨は包み込むように優しく抱きしめた。


「店員さん、ゴーニャの事を可愛いって言ってたよ。まるでお姫様みたいだってさ」


「き、聞いてたわっ。ちょっと嬉しかった、かも……」


 落ち着きを取り戻したゴーニャが、顔を上げ、不安そうな表情を浮かべている花梨に目を合わせると、ふわっと微笑んだ。


「もう大丈夫っ。私もそろそろ、人の視線に慣れないとっ」


「あまり無理をしなくてもいいんだよ? 今のは全部私が悪いんだ、本当にごめんね」


 花梨が再び謝ると、ゴーニャは静かに首を横に振る。


「ううんっ、花梨のせいじゃないわっ。私もこれからは、もっと堂々としてやるんだからっ! だって私は人間だし、花梨の妹だもんっ」


「ゴーニャ……。強くなったね、お姉ちゃん嬉しいや」


 過去に植え付けられたトラウマが大分解消されているのか、ゴーニャの強気な発言に、花梨は安心感を覚え、同時に少しだけ救われた気持ちになった。

 そのまま顔を見合わせて微笑んだ後。店員からヒントを得た花梨は、白いワンピースを探す為に歩き始める。


 夏服が置いてあるエリアに行くと、ゴーニャでも着れそうな純白で清楚な半袖のワンピースと、側面にリボンがちょんと結ばれた、つばの広い白い帽子のセットを見つけた。

 花梨は早速それをチョイスし、シワが出来ぬよう丁寧に取ると、ゴーニャに試着をしてもらう為、店内にある試着室へと向かう。


 その間にぬらりひょんが、「すまんが、ちょいと用事を思い出した。別の店に行ってくる」と言い残し、携帯電話の番号を交換すると、二人を置いて店から出ていった。

 気を取り直して試着室の前まで来ると、試着後のゴーニャの姿をどうしても見たかった花梨は、中に入らずカーテンを閉め、胸を躍らせつつ待機した。 


「ゴーニャ、一人で着れる?」


「大丈夫っ、たぶん……。……あれっ、どっちが前で、どっちが後ろなのかしら?」


 少々不安が過る返答が来ると、花梨は苦笑いしながらその場にしゃがみ込む。

 時折、揺れるカーテンの前で待っていると、中から「着れたっ! 花梨っ、カーテン開けるわねっ」と、明るい声が聞こえてきた。

 その声と共に、閉じていたカーテンが音を立たせつつ開くと、目の前に、ちゃんとワンピースと帽子を身に纏っているゴーニャが、手を大きく広げながら現れた。


 ロリータドレスの時に比べると、おしとやかさがあるものの、どこかワンパクでやんちゃそうな印象も受け、子供っぽさに拍車が掛かっている。

 ゴーニャが「どうかしら?」と言いながら体を回転させると、膝まで隠れていたスカートがふわっと浮き上がり、可愛らしさが増した姿に、花梨は思わず目を奪われた。


「すごく似合ってるよゴーニャ! とってもカワイイや!」


「ほんとっ? じゃあこの服にするっ!」


「うん、そうしよう! そうだ! 肌寒い時もあるから、その服に似た長袖のヤツも一緒に買っておこっか」


「いいの? やったっ!」


 姉妹揃って気に入った白のワンピースと帽子のセットを、替えも含めて半袖と長袖を三着ずつ携え、ついでに下着と靴下も数セット手に取り、カウンターに向かっていく。

 カウンターに居た店員にお金を支払うと、購入した服を綺麗に梱包され、手提げ袋に入れられると、お釣りと共に花梨に渡された。


 そしてゴーニャを抱っこし、店を出る途中に浮かれている花梨が口を開く。


「ゴーニャ、まだ欲しい物はある? あればどんどん言ってね」


「うーん、私はこれで充分よっ」


「そっか。じゃあお腹もすいたし、ぬら……、おじいちゃんと合流して、ご飯を食べに行こっか!」


「ご飯っ! うんっ!」


 一通りの目的を済ませた姉妹は、洋服屋から出た後。ぬらりひょんに電話をして合流場所を決め、フードコートエリアに向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る