43話-1、初めてのショッピングモール

 雲一つ無い晴天ながらも、止まない北風が三人の身体を冷やしていく中。様々な喧騒が飛び交っている、駅付近まで戻ってきていた。


 防寒着のチャックを半分まで上げている花梨は、駅の近くにあるコンビニに入り、携帯電話の料金を支払う。

 ついでに、寒い外で待機しているゴーニャとぬらりひょんの為に、温かくて甘い紅茶と渋いお茶を購入し、外に出て二人に手渡した。 

 温かい飲み物を飲み、身体を内側から温めた後。最大の目的である、ゴーニャの携帯電話と洋服を購入する為に、この街で一番大きなショッピングモールへ足を運ぶ。


 目的地であるショッピングモールは、コンビニを出た所から徒歩五分前後の場所にあり、コンビニの前からでも一際目立つ大きな建物が、既に目に入っていた。

 道を歩いている家族連れや通行人に混じり、三人も談笑を交えつつ、ショッピングモールに歩みを進めていく。 


 そして一面ガラス張りで、建物内の様子が伺える入口まで来ると、口をポカンと開けているゴーニャが、首を限界まで上に上げた。


「すごく大きな建物だわっ」


「だねぇ、永秋えいしゅうの何倍あるんだろ?」


「うちと比較するな、まるで話にならんだろうに」


 少々拗ねながらボヤいたぬらりひょんが、ゴホンと白い咳払いをしてから話を続ける。


「そうだ。お前さん達よ、中に入ったらワシの事をぬらりひょん様と呼ぶんじゃないぞ」


 その説明を聞き、花梨とゴーニャが首をかしげる。


「どうしてですか?」


「普通の人間が老人に対してぬらりひょん様と言うのは、周りから見ても違和感しかない。引かれるのがオチだ」


「あ~……、確かに。それじゃあ、なんて呼べばいいですかね?」


「そうだな、『おじいちゃん』とでも呼んでくれ。その方が自然だろう」


 ぬらりひょんが要望を出すと、花梨はふわりと笑みを浮かべて「分かりました。それじゃあ中に入りましょう、おじいちゃん」と口にする。

 愛娘に言われて嬉しくなったのか、寒さで強張っていたぬらりひょんの表情が緩み、「か、花梨、もう一度言ってくれないか?」と甘い口調で返事をした。


「えっ? えっと、中に入りましょう、おじいちゃん」


「むふっ……、ゴーニャも言ってくれないかの?」


「ぬら……、おじいちゃんっ、中に入りましょっ」


「むっふっふっふっ……。よしよし、仕方ないのぉ~。それじゃあ中に入るとするかぁ~」


 姉妹におじいちゃんと呼ばれて満足したぬらりひょんは、デレデレと鼻の下を伸ばしながら、軽い足取りでショッピングモール内に入っていった。

 その、腑抜けたぬらりひょんの表情を垣間見た花梨とゴーニャも、顔を見合わせて苦笑いし、後に続く。


 先に自動ドアをくぐり抜け、ショッピングモール内に入ったぬらりひょんは、温かな空気を肌で感じつつ、沢山の人で溢れ返っている建物内をゆっくり見渡した。

 三人が入り込んだ場所は、フードコートエリアのようで、各店が放つ匂いが漂ってきては混ざり合い、鼻で呼吸するたびに食欲を刺激して沸き立たせていく。


 ソフトクリームやたこ焼き。ラーメンやハンバーガー。多種多様な料理を扱っており、テーブルと椅子がズラリと並んでいる店の数々。

 どこに目を移しても、料理を取り扱っている店が映り込み、顎をポリポリと掻いたぬらりひょんが、多大なる危機感を抱いた。


「うーむ、こりゃまずい。花梨よ、惑わされないよう気をつけ―――」


「はいっ、おじいちゃん。これ、ものすごく美味しいですよ~」


 頭を悩ませたぬらりひょんが、花梨に注意を呼び掛ける前に、背後から明るく弾んだ花梨の声が割って入る。

 後ろを振り向いてみると、花梨がニコニコしながらソフトクリームを舐めていて、ぬらりひょんに向かい、抹茶のソフトクリームを差し出していた。


「おお、こりゃ美味そうだ。すまんな……って阿呆! 早速誘惑に負けおったな!」


「……ハッ! い、いつの間に!? 無意識の内に買ってたや……」


「ったく……。目を離すとすぐにこれだ……、ん?」


 よく見てみると花梨の背後で、ゴーニャも満面の笑みでイチゴのソフトクリームを舐めており、ぬらりひょんがため息をつきながら手で顔を抑える。

 そして三人は、ソフトクリームに舌鼓したつづみを打ちつつ、辺りを見渡しながら散策を開始する。

 そのまま奥に進んでいくと、各フロアの店が細かく表示されている案内板を見つけた。


 花梨がコーンを食べながら携帯電話のショップと、多々ある洋服屋の場所を頭の中に叩き込むと、未だにソフトクリームを舐めているゴーニャを抱っこし、携帯電話のショップがある場所まで移動を始める。

 誘惑が強いフードコートエリアを抜け、バラバラの方角に進んでいる人混みを避け、最上階まで見える吹き抜けがあるフロアを右折し、更に奥へと進んでいく。 


 小物類やアクセサリー類が売っている雑貨店。次の目的地の一つである、子供服が売っている洋服屋。様々な季節に応じた、彩り鮮やかな種類がある靴屋。

 つばの広い麦わら帽子から、修験者しゅげんじゃがかぶっている兜巾ときんまで取り扱っている帽子専門店を通り過ぎ、最初の目的地である携帯電話ショップへたどり着いた


 自動ドアを通り、店内に入って辺りを見渡してみると、携帯電話を物色している客や、元気に走り回っている子供。

 使い方が分からず、店員から丁寧に説明を受けている客などで賑わっている。


 その様子を眺めていた花梨達も、ゴーニャに買う為の携帯電話を物色し始める。昔ながらのコンパクトな折りたたみ式。最新式の極薄で軽いスマートフォン。

 片手で持てないものの、大画面で動画や電子本が見やすそうなタブレットまであり、忙しそうに目移りしていた花梨が、目の前にあるスマートフォンを手に取った。


「はぇ~、色んな形や種類があるなぁ。ゴーニャはどの携帯電話が欲しい?」


「うーん……、花梨が持ってる携帯電話と同じ物がいいっ」


「私と一緒のでいいの? 私のは折りたたみ式だけど、今ならなんでも出来るスマートフォンっていうのがあるんだ。こっちの方がいいんじゃないかなぁ?」


 そう提案した花梨は、ゴーニャの小さな手でも持てそうなスマートフォンを手に取り、綺麗な画質で動画を見れたり、クリアな音で好きな音楽をいくらでも聴けることを説明する。

 しかし、いくら魅了のある説明をしてもゴーニャは納得せず、口をとんがらせながら首を横に振り、頬をプクッと膨らませる。


「それでも、花梨と同じ物がいいっ!」


 高性能な機能を全て度外視し、花梨とお揃いの携帯電話にしたそうでいるゴーニャの願いを聞くと、花梨は優しく微笑んだ。


「そっか、分かった。なんなら私の携帯電話と同じ色にしちゃう?」


「色も選べるの? じゃあ、それでお願いっ!」


「了解。それじゃあ、おじいちゃんと一緒に待っててね」


 地面に降ろされたゴーニャが、離れるのをイヤそうな素振りを見せるも、大人しく椅子に座っているぬらりひょんの元へ駆け寄り、ちょこんと隣に座った。

 その姿を見守っていた花梨がゴーニャに手を振ると、自分の携帯電話と同じモデル、同じ色の携帯電話をチョイスし、受付に向かっていった。 





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 ぬらりひょんが辺りを気にしつつ、ゴーニャのお守りをしている中。周りにいる人と目を合わせないようにしていたゴーニャが、ふと顔を上げ、店内にあるテレビに目を向ける。

 テレビでは料理番組をやっているようで、ゴーニャの大好物である味噌煮込みうどんを作っていた。


 水で洗った野菜を素早く一口大にカットし、味噌をふんだんに溶かした鍋に投入していく、そんな場面が映し出されている。

 たまたま目にしたゴーニャは、その映像に釘付けになっており、青い瞳をキラキラと輝かせ、ヨダレとタラッと垂らした。


 暇つぶしにと一緒になって見ていたぬらりひょんが、今日の夜飯に味噌煮込みうどんが出てきたら、喜ぶだろう。と、心の中で思い、最近購入したばかりの携帯電話を袖から取り出す。

 ぎこちない手つきで誰かにメールをしていると、購入手続きが終わったのか、ショップのロゴが入った白い手提げ袋を持った花梨が、二人の元に近づいてきた。


「お待たせ! 私と同じヤツを買ってきたよ~」


「やったっ! ありがと、花梨っ!」


「ここで開けるのもなんだし、永秋えいしゅうに帰ってから開けよっか。それじゃあ、次は洋服を買いに行こう」


「うんっ!」


 次の目的を決めた花梨は、満面の笑みで答えたゴーニャを抱っこし、メールを打ち終えて誰かに送信したぬらりひょんと共に、携帯電話ショップを後にする。

 そして、先ほど通り過ぎた洋服屋を目指し、人混みの流れに合わせて歩き始めた。

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