44話-1、不思議なおじいちゃん

 メインの目的を済ませた花梨とゴーニャは、絶え間なく食欲を刺激する匂いを漂わせている、フードコートエリアまで戻ってきていた。

 空いているテーブル席に座り、ぬらりひょんが来るのを待っていたが、姉妹は辺りに充満する香ばしい誘惑に負けてしまい、大盛りのポテトフライと飲み物を三つ購入し、ニコニコしながら食べ始める。


「ん~っ、カリッカリに揚がってる。塩がかなり濃いけど美味しいや」


「ケチャップを付けてもおいひい~っ」


 ゴーニャが満面の笑みで食べている姿を目にすると、花梨もポテトフライの先っぽにケチャップを付け、まだ塩っ気が残っている口の中に入れる。

 やや酸味が強いものの、塩分過多であったポテトフライの味を程よく落ち着かせ、飲み込みやすい風味へと変えてくれた。


「本当だ、すごく合うや。あっ、おじいちゃーん! こっちこっちー!」


 ポテトフライを再び口に入れようとした花梨が、流れる人混みの中に、辺りを忙しそうに見渡しているぬらりひょんを見つけ、手を大きく振りながら呼び掛けた。

 周りの喧騒にも負けない声が届いたのか、ぬらりひょんが花梨を視界に捉えると、持っていた手提げ袋が地面に擦れないよう肩を上げ、花梨達の元へ駆け寄っていく。


 その合間に、手に付着した油を拭き取った花梨は、確保する為に席に置いていた荷物を一つの席に纏めると、合流したぬらりひょんもその席に荷物を置き、空いている対面の席に飛び乗った。

 背もたれに寄りかかり、一息ついて小さなため息をつくと、正面に居る花梨が「はい、おじいちゃん。これどうぞ」と飲み物を差し出した。


「おお、ありがとさん」


「手提げ袋を持ってましたけど、何を買ってきたんですか?」


 飲み物を一気飲みしたぬらりひょんが、「ぷふうっ」と声を漏らし、濡れた口を手の甲でぬぐう。


「気にするな、大したもんじゃない」


「そう言われると、すごく気になるなぁ」


「いいから今は忘れろ。さてと、一服一服っと……」


「あっ、ここで吸っちゃダメですよ!」


 ご機嫌に鼻歌を歌っているぬらりひょんが、おもむろに袖からキセルを取り出した瞬間。

 花梨はすかさずキセルを奪い取り、ぬらりひょんを睨みつけながら鼻をフンッと鳴らした。


「あっ、コラ! 返さんか!」


「イヤですっ、ここは全面禁煙なんですからね。我慢してください」


 キセルを返そうとしない花梨に、眉間に深いシワを寄せたぬらりひょんは、首を横に回し、いつの間にか長く出っ張った後頭部を見せつけながら話を続ける。


「ほれ、後頭部を見てみろ。妖怪の姿に戻っておるだろう? これなら周りの奴らに姿が見えんから、バレやせんて」


「それでもダーメ! ルールはちゃんと守ってくださいっ」


「グッ……。ったく、生真面目な奴め」


 これ以上抵抗しても無駄だと悟ったぬらりひょんは、仕方なく人間の姿に戻り、寂しさを感じる口の中にポテトフライを投げ込む。

 すると、花梨が突然「ふふっ」と笑みを零し、奪い取ったキセルを、右眉を上げたぬらりひょんの前に置いた。


「何がおかしいんだ?」


「あっ、いやっ、その~、私にもおじいちゃんがいるんですけども、学生の時にしょっちゅうこんなやり取りをしていたっけなぁって、思い出しちゃいまして」


「ふむ、お前さんのおじいちゃん、ねぇ……」


 はにかんだ花梨がそう言うと、ぬらりひょんは手で顎を擦り、何かを思案するように目をゆっくり半周させた後、怪しく口角を上げる。


「お前さんのおじいちゃんとやらに、少々興味が湧いてきた。すまんが、どんな人物かワシに教えてくれないか?」


「私のおじいちゃんですか? いいですけども……。その前にお腹がペコペコなので、何か買ってきてもいいですかね?」


 苦笑いした花梨が腹を擦ると、早く何か食べさせろと言わんばかりに腹の虫が鳴り、その音に共鳴するかのように、ぬらりひょんの腹も低く鳴った。


「そうだな。ワシも腹がへったし、昼飯とするか」




 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 各自の思い思いに昼飯を購入してきた三人は、トレイに乗っている昼飯をテーブルの上に置き、席に腰を下ろす。


 ぬらりひょんは、大盛りの若鳥の南蛮そば。花梨は、各トッピングが別皿に添えられている、山盛りの唐揚げ定食。

 ゴーニャは、チキンライスの小山に旗が刺さっている、豊富なおかずが並んだお子様ランチ。

 既に空腹に耐えかねていた三人は、声を揃えて「いただきます」と言いつつ手を合わせ、遅めの昼飯を食べ始めた。


 そして、唐揚げを一気に二つ頬張った花梨が、先ほどぬらりひょんに言われた質問に答える始める。


「え~っと、私のおじいちゃんの事ですよね。なんて言えばいいかなぁ? とにかく、色々と面白いんですよね」


「ふむ、例えば?」


「う~ん……。二重人格というか、中身が完全に入れ替わるというか……。一人しかいないのに、二人いるような感じなんですよ」


「ほう……。二人、ねえ」


 唐揚げにマヨネーズを付け、口の中に入れた花梨が、にんまりとした笑みを浮かべる。


「ええ。週一ぐらいの間隔で、性格、雰囲気、趣味、喋り方……、なにもかもがガラリと変わっちゃうんです。んん~っ、唐揚げとマヨネーズがすっごい合うや~」


「不思議なおじいちゃんだな。その二人の特徴とかは、いったいどんな感じなんだ?」


 質問を追加したぬらりひょんは、そばに七味唐辛子を振りかけ、箸でゆっくりとかき混ぜる。


「特徴、特徴……。一人目のおじいちゃんは、ぬらりひょん様みたいにキセルを吸っています。性格も瓜二つですねぇ。こういった場所でも、我が物顔でキセルを吸おうとするんですよ? でもその度に、私が叱ってキセルを没収していましたけどもね」


「な、なるほど……」


「他に特徴は~……。とにかく頑固で無愛想。家事はまったくしないで、もっぱら外食か出前ばかり。そして、超ヘビースモーカー! 家の縁側でお茶をすすっては、キセルをプカプカとふかしているんですよ。私が「そんなに吸うと体に悪いよ!」って怒っても、鼻で笑われて「ワシはそう簡単に死なんから大丈夫だ」とか言って、適当にあしらわれちゃうんですよねぇ」


「ほ、ほう……。な、なかなかヒドイ、おじいちゃん……、だな」


 そばをすくっていたぬらりひょんの手がピタリと止まり、引きつった表情で、気まずそうにしながら答えた。


「やっぱりそう思いますよねぇ。でも、もう一人のおじいちゃんはすごいんですよ?」


「むっ……」


 一人目のおじいちゃんの説明が終わるや否や。ぬらりひょんの顔に、僅かながらの強張りを見せる。


「家事は完璧にこなすし、料理がものすごく上手なんですよ。しかも、この時のおじいちゃんは一切キセルを吸わないんです。ただ……」


「ただ?」


「間食の量が凄まじいんですよね。カップラーメンやお菓子、果物やケーキ。食欲旺盛で、何でもバクバク食べちゃいます。更にですね、二人目のおじいちゃんには、もっとすごい所がありまして」


「すごいところぉ~?」


 そばを食べ始めたぬらりひょんが、口をとんがらせ、つまらなそうに言葉を返す。


「はい……。家から歩いて片道一時間以上掛かる場所に、大型スーパーがあるんですけども……。そのおじいちゃんってば、「ちょっと買い物に行ってくる」と言ってから二十分もしない内に、その大型スーパーに行って帰ってくるんですよ! ……すごくないですか?」


「ふぅ~ん、そりゃすごいなぁ~」


「あーっ。ぬらりひょん様ってば、まったく信じてないですね?」


 頬をプクッと膨らませた花梨が、そばの汁をすすっているぬらりひょんをジト目で睨み、唐揚げにタルタルソースを付けて口に入れる。


「当たり前だ、いくらなんでも速すぎる。話を盛りすぎだぞ」


「本当なんですってばっ。でも、移動手段は自転車しかなかったハズなのに、どうやって行ってたんだろ? また気になってきちゃったなぁ。久々に電話をして聞いてみよっと」


 花梨の何気ない発言に、ぬらりひょんはすすっていた汁を盛大に吹き出す。汁が器官に入り込んだのか、苦しそうに何度も咳き込んだ後。

 慌てて椅子の上に立ち上がり、過剰な程までの焦りを含んだ大声を上げた。


「ま、待て花梨!!」


「わっ!? び、ビックリした……。どうしたんですか急に?」


「あー、そのー、なんだ! べ、別に聞くのは今じゃなくてもいいんだぞ!? たぶん、いきなり電話をしたら、お前さんのおじいちゃんに迷惑が掛かるかもしれんだろうし! それに今頃、忙しそうに家事とかしてるんじゃないか!?」


 ぬらりひょんの支離滅裂な姿を見て、花梨はキョトンとした表情になり、目をパチクチとさせるも、すぐにおどけた笑いをしながら携帯電話をいじり始める。


「そんな事ないですよ。呑気に縁側でキセルを吸っているか、間食をしているだけですって」


「待て待て待て待て!! そ、そうだ花梨よ! 急にデザートが食いたくなってきた! あそこに『ブリザードマジック』という店があるだろう!?」


 ぬらりひょんが声を荒らげつつ、震えた手で勢いよく右側にある店に指を差すと、その指を追うように花梨が顔を向ける。

 その先には、全体は淡くも鮮やかな水色で、雪の装飾が施されている店があり、人気があるのか、カップルや学校帰りの学生達が、賑やかな長蛇の列をなしていた。


「あ~、ありますね」


「あの店は、ゆきと言う妖怪が営んでいる店なんだ! 携帯電話を置いて、ちょっと適当な物を買ってきてくれ!」


「えっ、そうなんですか!? へぇ~、なんだか気になるなぁ。分かりました、ちょっと行ってきますね

!」


 今まで抱いていた好奇心よりも、新たなる好奇心に負けた花梨は、携帯電話をテーブルの上に置き、ブリザードマジックから伸びている列の最後尾に向かっていく。

 その背中を横目で見送ったぬらりひょんは、大量の冷や汗を垂らしつつ、安堵のこもった大きなため息をつき、急いで自分の携帯電話を取り出してメールを打ち始めた。

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