93話-7、大袈裟に言ったもん勝ち

 かえでと仙狐達の戦いが終盤に入り、次の出番を控えていた花梨と酒天しゅてん達に、準備を始めるよう催促するも。

 金雨きんう銀雲ぎんうんの抵抗は激しく続き。約十五分間に渡り、各五十ずつまで増えたボールを、金と銀の妖炎で難なく捌いていったものの。

 痺れを切らした楓が、解除不可能の金縛りを二人に掛け、堅固な結界を『万象変化』で強引にボールへと変え、トドメを刺して呆気なく終わりを迎える事となった。


「チッキショー! あの金縛り、マジで振りほどけねえから厄介だぜ」

「楓様と一戦交えますと、僕らの修行不足が如実に現れますね。また一から修行のし直しをしましょうか」

「だな。俺達も早く天狐になって、楓さんに追いつかねえとな」


 相手が神にも等しい天狐との戦いであろうとも、ただ己らが未熟だったと劣等感を覚えず、互いに檄を飛ばし合う金雨と銀雲。

 戦いを終えたばかりなのに、息切れを一つも起こしておらず。他の妖狐達に囲まれ、ホールの端で反省会を行っている二人を見守っていた楓が、温かみのある笑みを浮かべた。


いずれ、抜かされてしまうかものお」


「んっ? 楓さん、なんか言ったか?」


「久々に、血湧き肉躍ったといったんじゃ」


「おお、本当ですか! おい、聞いたか金雨!? 今日は、いつもより善戦出来たんじゃねえか?」

「ふふ、そう受け取っておきましょう。あの金縛りさえ何とか出来れば、楓様をもっと熱く出来るかもしれませんね」

「だなっ! へへっ、俄然燃えてきたぜえ!」


 発破をかける意味も込めてねぎらうと、楓の真意に気付き、それに乗っかる金雨に。先の敗北は無意味では無かったと、気持ちが昂る銀雲。

 そんな、二人の伸びしろを助長する言葉を掛けた楓は、千里眼で花梨達の準備が完了している事を確認すると、入口付近に居るみやびに視線を合わせ、小さくうなずいた。


「さて、皆の者。どっちぼぉるを再開する前に、ワシからさぷらいずがある」


 普段であれば、仙狐達が敗北した後は消化試合が始まり、和気あいあいとした空気に戻る所であったが。

 いつもと違う流れになると、感想戦をしていた金雨達も不思議に思い、楓が居る方へ顔をやっていた。


「と、とうとう、私達の出番ですね……」


「そ、そそ、そうっスね。すごく緊張してきたっス」


 場の空気が一変した中。純白のフード付きマントを羽織い、顔と全身を隠していた花梨と酒天しゅてんは、とうと出番が回ってきたせいか。

 妖狐の耳に届きかねない鼓動音を鳴らしていて、迫り来る緊張を少しでもほぐそうと、同時に深呼吸をし始める。

 その間にも、花梨と酒天が入場しやすくなるよう、つらつらと語っていた楓が、満を持して「さあ、二人共。こちらへ参れ」と優しい声で呼び掛けた。


「来たっ……! よ、よし、行きましょう」


「は、はいっス」


 楓の呼び掛けにより、ホール内に居る妖狐達の注目が一気に集まると、二人は全方位からひしひしと感じる視線を浴びつつ、楓の元へ歩んでいく。

 二人の足取りは固く、ギクシャクとしながらも入場し。十メートルほど進むと、歩むのを止め、フード付きのマントに手を掛けた。


「では、特別げすとを紹介しよう。その腕っぷしは秋国の一、二位を争う、茨木童子の酒天。次に、我が良き心友の花梨じゃ」


 簡単な紹介が終わると、花梨と酒天がフード付きのマントを豪快に外し、遥か後方へ投げ捨てた矢先。しんと静まり返っていたホール内が、わっと沸き出した。


「ええーっ!? 酒天って、『居酒屋浴び呑み』の副店長じゃん! よく酒呑童子様から許可を取れたなー」

「茨木童子様の剛腕なら、あるいは……、か?」

「茨木童子様! 仙狐様の仇を討って下せえー!」


 最悪、部外者の介入により、場が白けてしまうのでは? と恐れていたものの。

 怒涛の如く押し寄せる歓迎ムードの声援に、思いのほか嬉しくなった酒天が満面の笑みになり、両手を振りながら声援に応えていく。


「おい、ちょっと待て! 茨木童子の横に居る奴、西の無敗じゃねえか!」


 止まぬ酒天コールの合間を縫う、一際驚いた銀雲の大声が、どうやら花梨の耳にも届いたようで。「うっ……」とばつが悪そうに呟いた花梨の体に、小さな波が打つ。


「西の無敗って。前に君が話していた、あの?」

「そうそう! 相撲がとんでもなく強え河童の流蔵りゅうぞうこと、東の無敗と初めて引き分けた奴だ ! あの戦い、俺も最前列で見てたんだけどよ〜。めちゃくちゃ熱かったぜ!」

「ああ、やはり。君が眩しい笑顔で、夢中になって語っていたのを覚えています。酒天さんと容姿が似ていますが、カリンというお方も、茨木童子さんなのでしょうか?」

「もしかしたら、そうかもな。おーい、カリンさんよー! あんたの強さは、仙狐の俺が知ってるぞー! 応援してるから、頑張ってくれよー!」


 周りの酒天コールを纏めて吹き飛ばす、銀雲の無垢な大声援を追い、西の無敗について知っていた者の声援も混ざり出し。

 やがては、カリン、西の無敗、酒天コールの三つ巴に分かれ、楓をアウェー状態へ追いやっていった。


「西の無敗については、ウチの店でも一時期話題になってたんスけど。まさか、花梨さんだったんスか?」


「あ、あっははは……。はい、そうです」


 どうやら酒天も、風の噂で西の無敗について多少は知っていたらしく。一部の界隈を賑わせた人物の正体が、まさか花梨だったとは思いもしていなかったようで。

 呆然して丸くさせた目で、正体がバレて苦笑いしか出来ない花梨を、まじまじと眺め。

 酒天と同じく、西の無敗については、銀雲から耳にタコが出来るほど聞かされていた楓も、思わぬ伏兵の出現に、これは面白くなってきたのお。と、密かに心を躍らせていった。


「それじゃあ二人共。どっちぼぉるを始める前に、意気込みを語ってくれ」


「意気込み……。なんでもいいんですかね?」


「ああ、よいぞ。ワシを倒したいとか、今日は楽しんでいきたいとか、そんな緩い感じでよい」


「なるほど。なら、あたしから行くっス!」


 場の熱い空気に当てられて、心が滾ってきた酒天が挙手をし、体をホールの外側へ振り向かせた。


「ご紹介に与りました『居酒屋浴び呑み』の副店長、茨木童子の酒天っス! 実はあたし、全力でボールを投げた事が一度もありません! ですので、もし楓さんの結界を破って、ホールに大穴を空けたらごめんなさいっス! よろしくお願いします!」


 居酒屋の副店長ともあり。場の盛り上げ方が上手い挑発も兼ねた宣言に、笑いと一層熱が帯びた声援が、ホール内を揺るがせていく。


「ちょ、酒天さん? それはいくらなんでも、無茶が過ぎませんか?」


 先の戦いの一部始終を見ていた花梨が、自分達の実力では到底不可能な内容と、明らかに挑発的な酒天の宣言に、小声で至極真っ当な言葉を返す。


「こういうのは、大袈裟に言ったもん勝ちなんスよ」


「へっ? そういうものなんですか?」


「その通りじゃ。場を盛り上げる為なら、何を言っても構わぬ。やはり酒天は分かっているのお」


 妖狐達のかつてない沸き上がりもあって、上機嫌な楓も加わり、花梨の背中をポンっと押す。


「ほれ。ちょっとはぁどるが上がってしまったが、お主も意気込みを言っとくれ」


「は、はぁ。あの、盛り上げる為なら、どんな事でも言っちゃっていいんですか?」


「ああ、良いぞ。敵意剥き出しの挑発、ワシへの冒涜発言、度肝を抜かす宣戦布告、全て許可する。さあ、派手にかましておくれ」


 言い意味で寛容、悪い意味で暴走しろとも取れる許可に、タガを外された花梨は数秒だけ戸惑うも、変なスイッチが入ってしまい。

 ニヤリと小悪党な笑みを浮かべ、「はい、分かりました!」と快諾し、体を入口がある方へやり、大きく息を吸い込んだ。


「初めてまして! 特別ゲストとして招いて頂きました、花梨と申します! 楓さんには日頃お世話になってますが、真剣勝負となれば話は別です! 難しい事は考えません! ここへ来たからには、やる事はただ一つです!」


 率直な宣戦布告を喉に溜めた花梨が、力強く握りしめた拳をかざす。


「楓さんにボールを当てて、皆さんに勝利をお届けしてみせましょう! よろしくお願いします!」


 不可能に近い勝利宣言を高らかと吠えた花梨が、途端に込み上げてきた恥ずかしさにより、強張ってきた顔を隠す為に、頭をバッと下げてお辞儀をした。


「いよっ、流石は西の無敗! そうでなくっちゃなあ! あの時以上の熱い戦いを、また見せてくれよー!」

「行けー! 西の無敗! 茨木童子様と共に、最強の牙城を崩してくれー!」

「結界をまとめて吹き飛ばして、ホールに大穴を空けてくれー!」


 滾りが再燃してきた銀雲を先行に、この人ならばと期待を持ち始めた妖狐達も、拳を掲げて花梨達の宣戦布告を後押ししていく。

 盛り上がりは最高潮に達し、全身を分厚い声援の圧に囲まれた中。楓の「ほっほっほっ」という、陽気な笑い声が混ざり込んだ。


「良いぞ花梨。ここまで盛り上がったのは、初めてかもしれぬ。お陰でワシも、柄にもなく燃えてきてしまったぞ」


 そう、嬉々と語った楓の糸目が薄く開き、闘志を宿した金色の瞳で、花梨と酒天を捉えた。


「か、開眼したって事は……」


「あたし達も、仙狐様と同じ土俵で戦えるって訳っスね」


 神に等しき者が本気で掛かって来ると知り、一瞬だけ怯んだ花梨に。逆に楽しくなってきたと、やる気に満ちた笑みを浮かべた酒天が、空いた手の平を拳で叩いた。


「そういう事じゃ。じゃが、ワシから攻撃に転ずる事は、まず無いがの。それじゃあ、簡単なるぅるを説明してから、試合を始めようかのお」


 嘘か誠か判別がつかない言葉を交えつつ、妖々しい切り目をほくそ笑ました楓が、話に一旦区切りを付ける。

 そして健闘を祈る意味も込め、二人の背中をポンと叩き、ホールの中央へ体を向けた。

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