93話-6、ドッチボールとは

「隙を突いて不意打ちをしようとしていたのてすが、仕方ありません。銀雲ぎんうん、僕達も動きましょうか」

「だな。楓さんをぶっ倒す勢いで、暴れてやろうぜ!」


 身動きの取れない金雨きんうと銀雲が、気合いを入れ直す会話を終えた直後。内側の結界内に、突如として分厚い暗雲が無数に出現し。

 金雨と銀雲の足元からも、白煙が現れて二人の体を覆い隠したかと思えば。霧散した白煙の中には、二人の姿が居らず。

 目を疑った花梨が、消えた二人の行方を探すべく。慌てて視界を滑らせていくと、いつの間にか二人は、楓を挟む形で悠々と立っていた。


「な、なに? 今の一瞬で、何が起きたの?」


「灰色の大きな雲が、いっぱい出てきたわっ」


「それに、少し早いけどちゃんと動いてるっスね」


 酒天しゅてんの言葉通り、異なる方角へ流れていく暗雲の速度は速く。少しでも一点に集中すると、暗雲はすぐさま視界の外へと外れていく。


「本来なら、あの雲の中に仙狐様方が身を隠して、楓様を攻撃するんだけどー。外に出てるって事は、集中砲火を浴びせるつもりだねー」


「へっ? 集中放火?」


「そーそー、圧巻だから見ててみー」


 後頭部に手を回した雅いわく、二人の常套攻撃らしく。見てみたい好奇心が湧いてきた花梨は、固唾を呑んでホール全体を見やった。

 ホール内には、仙狐の声援に溢れているものの。空気自体は、ピリピリと張り詰めたものに変わっており。

 場は整ったと判断した金雨と銀雲は、楓の不可視な攻撃を警戒しつつ、時計回りでゆらりと歩き出した。


「楓様。天刻で防げぬよう、鋭利な集中型にしようと思っています。ですので、ちゃんと避けて下さいね」

「補充は欠かさずやっから、休憩させねえぜ? 楓さんよ」


「ほっほっほっ、当てにならん忠告なぞしおって。嘘か誠かは、見てから判断する」


 狐同士による言葉の化かし合いに、付き合うつもりは毛頭ないと一蹴した楓の糸目が開き、妖艶な黄金の切れ目で周囲を見渡した。


「うえっ。楓様の目が開いたって事は、本気でやるつもりじゃーん」


「あっ、本当だ。うわぁ〜、とっても綺麗な目をしてるや」


「初めて見た」


「あたしもっス。とんでもない妖気を発してますけど、透き通った黄金の瞳が、また麗しいっスねぇ」


 温泉街初期メンバーの酒天ですら、初めて拝む楓の珍しい開眼に釘付けとなり、皆が注目している中。

 歩行速度を緩やかに上げた金雨が、楓の背後に付いた頃。銀雲にアイコンタクトを送り、小さくうなずいた。


「さあ楓様、行きますよ。『金沙雨きんさざめ』」


 金雨が技名らしき単語を呟いたと同時。呼応するかのように、全ての暗雲から金色に輝く針状の雨が、ホール内を埋め尽くす勢いで飛び出し、中央に佇む楓へ向かっていく。

 が、楓に当たる寸前で、針状の雨がルールに則ってボールに変わるも、まるで色付いた霧を掠めたかの様に身体をすり抜けていった。


「残像だな」

「ええ、右に居ます」

「あいよ!」


 即座に消えた本体を捉えた金雨が、新たに出現した楓に煌めく集中砲火を浴びせるも、結果は変わらず。

 暗雲の数や『金沙雨』の量を増やすが、相対的に増殖していく楓の残像群が許すまいと、不可視の天刻で暗雲を潰し、確実に数を減らしていく。

 いつしか、二対一の戦いは二対二十と、人数差では楓が圧倒的に上回っているも、二十人の楓は全て残像のようで。

 銀雲の『万象変化』で、辛うじて暗雲の数を追加するも虚しく、『金沙雨』が放たれる前に払われていった。


「……あの、酒天しゅてんさん? 楓さんに勝てるビジョン、見えます?」


「秒殺されるビジョンなら、いくらでも見えるっスねぇ……」


「ああ、やっぱり?」


 この後。ゲストとして登場する予定の花梨と酒天が、楓の力量を測ろうとするも、まるで参考にならない異次元の戦いを前に、ただただ圧倒的されていく。


「どうやら、まだ手数が少ないようですね。銀雲、アレをやりましょう」

「よし、アレだな! 手加減抜きで行くぜッ!」

「よろしくお願いします。では、『万象変化』」


 『金沙雨』では手数が少ないと悟った金雨が、フリーになっていた銀雲にも攻撃の参加を促し、再び『万象変化』を唱える。

 すると、中央ホール内全体が濃霧のような厚い白煙に包まれ、楓の残像群と『金沙雨』を纏めて飲み込んでいく。

 音も無く、左へゆっくり流れていく白煙が出現してから、数秒後。薄っすらと霧散し始めた濃霧の中から、見上げる程の高さをした影のシルエットが浮かび上がり。

 完全に晴れると、銀色に輝く葉をチラチラと舞わせている、巨大な大樹が姿を現した。


 その、白銀色をした大樹の幹周りには、先ほどまで『金沙雨』の猛威を振るわせていた暗雲もあり。銀葉と共に、楓の残像群を見下していた。


「ほう、『銀葬嵐ぎんそうらん』に『金楼華きんろうげ』か。流石にこの技は、ワシでも避けられんのお」


「避ける暇とスペースがありませんからね。大人しく結界を張り、防御に徹してくれるとありがたいです」

「つっても、楓さんが最初に発動した『万象変化』を、俺達は掌握し切れてねえ。そろそろ反撃されるぜ」

「ですね。我々も生き残っている方々に、結界を張ってあげましょう」


「ほっほっほっ。優位に立とうとも、慢心はせぬか。良き心掛けじゃ」


 敵に天晴れと褒める楓や、生き残っている妖狐、金雨と銀雲、総勢十一名の全身に、周囲に張られた結界と同じ膜が覆っていく。

 隙間無く覆われると、金雨と銀雲がその場に立ち止まり。大きく息を吸い、吸った以上に吐いた。


「ではでは。この僕達の技は、楓様にどこまで通じるでしょうかね。楽しみです」


「二人共、遠慮はいらんぞ。ワシを屠るつもりで放ってこい」


「言われなくともですよ。金雨、やるぞ!」

「ええ、分かりました」


 銀雲の気合いが入った合図に、二人は一斉に走り出し、共に前へ出した両手を握る。


「『金楼華きんろうげ』」

「『銀葬嵐ぎんそうらん』!」


「『万象変化』」


 三者の技名が重なった矢先。ホール中央内に、強烈な烈風が吹き始め。各暗雲から、ガラスのように曇りなき透明で、刃物の如く鋭利な黄金色の花びらが無数に出現し。

 ヒラヒラと静かに舞っていた銀葉は、暴れ狂う烈風の流れに上手く乗り、渦の中央に捕らわれた楓を目指し、四方から襲い掛かろうとする。

 しかし、楓もただでは受けまいと、高速で走る金雨と銀雲の頭上に、優に三十を越すボールを召喚し、初めて反撃を開始。


 それを見越していた二人は、空いた両手に金色と銀色に燃え盛る妖炎を纏わせ、降り注ぐボールを焼き払って応戦。

 鋭利な黄金の花びらと、超加速した銀葉が、楓を守る結界に亀裂を走らせながら刺さるも貫通までは至らず、『万象変化』で軽く打ち消され。

 ボールを瞬時に蒸発させようとも、先にある無限に近い再召喚されたボールのせいで、本来見えるはずの天井は拝めず。

 危うい形で拮抗している持久戦は、数分立とうとも崩れる事無く続き。そこから更に数十秒経過すると、別次元の戦いに感化された妖狐達が、仙狐を応援する声援を疎らに上げ。

 やがては熱を帯び、ホール内を揺るがす大歓声にまで発展していった。


「まずいですね。僕達の技が、万象変化で全てボールに変換されちゃっています」

「楓さん相手じゃ、完全に分が悪い根比べだな。どうする、金雨? 一旦消して、アレをやるか?」

「いえ。楓様に相当数のストックを与えてしまった今、消しても数時間以上の耐久戦を強いられるはずです。なので、アレをやる前に、先に僕達の体力が尽きてしまうでしょうね」

「……なるほど? 要は、詰みって訳か」


 金雨の焦りを感じさせない指摘に、確定した未来を見越してしまった銀雲が、今日も楓から勝利をもぎ取れなかったと、万策尽きたから笑いを前へ飛ばす。


「……これ、私の知ってるドッチボールじゃない」


「ドッチボールと言うよりも、高次元の本格的な戦いっスね……。あたしが中央に居たら、一秒とも持たないっスよ」


「んじゃー、花梨、酒天さーん。そろそろ出番が回ってくると思うので、私達も準備に入りましょー」


 仙狐達の会話を、一言一句聞き逃していなかった雅が、来たる終戦に備えよと指示を出すや否や。花梨と酒天の体にピクンと小波が打ち、引き攣り出した顔を互いに見合わせた。


「しゅ、酒天さん? せめて十秒ぐらいは耐えられるよう、頑張っていきましょう」

「そ、そうっスね。気張っていきましょう」


 既に戦意を削がれていて、せめて前座として出たかったと後悔し始めた二人は、雅が変化術で用意した簡易更衣室に入り。

 酒天は、頭に付けていた葉っぱの髪飾りを外し、元の姿へ戻り。花梨も人間の姿に戻ってから、剛力酒ごうりきしゅを飲み、茨木童子の姿になっていった。

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