93話-8、決して覚えてはいけない違和感

「るぅるは、そうじゃのお。最初は、千里眼及び神通力を使用せず、回避に徹する。そして、二人の力量に応じて力を解放していく。これでいいじゃろう。ちなみに、花梨、酒天しゅてんよ」


 説明を大雑把に終えると、楓は二人に問い掛けてきたので、花梨と酒天が声を重ねて「は、はいっ」「はいっス」と答える。


「ワシに神通力の一つ、不可視の『天刻』を使わせたら大妖怪くらす。更に『万象変化』を使わせたら、お主らは金雨きんう銀雲ぎんうんと同じ仙狐くらすになる。己の力量の目安として、覚えておいてくれ」


「大妖怪に、仙狐さんクラス……。はい、分かりました!」


「あたしも、親分みたいな大妖怪になってみたいっスね。了解っス!」


 花梨は人間なので、不必要な目安であるが。三大悪妖怪として、名を馳せた酒呑童子の酒羅凶しゅらきのように、己も三大妖怪として並んでみたいと滾った酒天が、気合いを入れて返事をした。


「うむ、良い返事じゃ。では、各自位置に付いとくれ。準備が出来次第、好きにボールを投げてきてよいぞ」


 開始の合図は、自由に決めていいという楓の発言に、花梨と酒天は互いに顔を見合わせ、小さくうなずき。

 打ち合わせの持ち場に付くべく、酒天は小走りで移動を開始し。花梨が対角線上になる形で、かつ楓を挟める場所に着くと、歩みを止めた。


「えと、カリンさん!」


「んっ?」


 各自、準備が終わるや否や。視界外から、やや幼い声に呼ばれたので、顔を右側へ移す花梨。

 少し視線を下げると、そこには子供の妖狐が居り。やる気に満ちた表情をしながら、両手で持ったボールを花梨に差し出していた。


「よければ使って下さい!」


「いいんですか?」


「はい! ボールはあたしがいっぱい用意しますので、どんどん投げちゃって下さい!」


「わあっ、ありがとうございます!」


 ニコリと笑う妖狐の配慮に、満面の笑みで応えた花梨が、託されたボールを両手で受け取る。

 どうやら、酒天も別の妖狐からボールを受け取ったらしく。綺麗な角度で礼をしていた酒天が、楓の方へ体を向けた。


「花梨さーん! 準備はいいっスかー!?」


「いつでも大丈夫でーす!」


 二人の掛け声を合図に、湧いていた声援が一気に静まり返り。無音の世界が訪れたホール内に、張り詰めた緊張感が増していく。


「了解っス! では、行きますよー! せぇのっ」


「どりゃあっ!」


 開戦の狼煙を上げるは、銀雲が初動で放ったボールと負けず劣らずな、衝撃波を伴う音速の壁を突破した超速球。

 ソニックブームを巻き起こすボールは、周囲に鋭い突風を発生させ、二重の結界に幾重もの波紋を立たせていく。

 が、左右から迫る音速越えのボールを、楓は難なく捉えているようで。二人がボールを投げた瞬間、跳躍して避難していた。


「酒天さん! ジャンプしました!」


「なら、空中で止まった所を狙うっス!」


 格好の的と化した楓を、一旦視界から外し。真正面から飛んで来た衝撃波の尾を引くボールを、捕らえようとするも結界に弾かれ。

 横に居た仙狐から新たなボールを貰った花梨が、天井付近まで飛んだ楓を捉えた。


「今っス!」


「当ったれぇーっ!」


 余裕綽々でいる楓が、空中で止まり切ったタイミングを見計らい、衝撃波とソニックブームを纏うボールを再び投げるも。

 体を捻り、天井を覆う結界に着地した楓は、その結界を蹴り上げてボールを回避し、妖しい笑みを浮かべながら床へ落ちていく。


「嘘ぉっ!? あの結界、触れるの!?」


「花梨さん! 今度は着地狩りするっスよ!」


「いや! 楓さんの事だから、とんでもない避け方をするはずです! なので、着地狩りは酒天さんだけでお願いします!」


「了解っす!」


 そのまま落ちてくれる訳がないと、先の戦いで常識の固定観念を破った花梨が先読みし。了承した酒天は瞬きを一切せず、獲物の楓を見据えたまま。


「ここッ!」


 楓と床の距離、おおよそ七メートルまで迫った所を偏差撃ちするべく、やや早めに投球する酒天。

 しかし、花梨の予想は見事当たり。楓は予め持っていたボールに、変化術を使って一際大きめのボールへ変化させ。

 床に向かって投げては、跳ね返ってきたボールに足を着き、もう一度跳躍した。


「やっぱり! 今だ!」


 楓が跳躍した場所は、床と天井のちょうど中間位置辺り。今度は天井にある結界に届かず、左手にはボールを持ったまま。

 まだ一度避けられる猶予はありそうだが、絶好のチャンスを逃さぬよう、花梨は全身全霊を込めてボールを投げた。


「甘い」


 口角を緩く上げた楓が取った行動は、避ける動作を見せず。左手は垂らしたままで、顔面に迫るボールへ真っ向勝負を挑まんと、空いた右手を悠々とかざし。

 荒々しい衝撃波とソニックブームを纏う、圧に負けて楕円にまで変形したボールを、右手の握力のみで全てを黙らせた。


「……へっ? 片手だけで、普通に止められた?」


「ほっほっほっ。ワシにぼぉるを当てたいのであれば、せめて光速で……、む?」


 花梨が投げてきたボールに、何か感じてはいけない違和感を覚えた楓が言葉を濁らせ、薄白い煙が昇るボールを凝視し出す。

 そのまま、背後から飛んで来た酒天のボールを、身を屈めながら避けた直後。地面を蹴り上げ、瞬時に花梨との間合いを詰め。

 あまりの速さに理解が追い付かず、数秒遅れて慌てて身構えた花梨をお構い無しに、楓は両手で花梨の頬を掴み、糸目が見開いた顔をズイッと寄せた。


「な、なん、なんっ!?」


「いや、まさか……。そんな馬鹿な」


 予期していなかった状況に、身が硬直した花梨に、楓は、意識して集中せねば分からぬほどじゃが……。花梨が投げたボールから、僅かながらの“神気”を感じた。それも、ワシより高位の“神気”を。有り得ん、花梨は人間のはずじゃぞ? と、無我夢中で花梨の顔をいじっていく。

 更に、今は茨木童子になっているが、やはり神気を感じぬ。それもおかしい。何故じゃ? 何か条件があるとでも? と、頬をこねくり回している最中。


「えいっ!」


「……はぇ?」


 楓の腹部から、軽い球体らしき物が当たった感触がし。途端に黄金色の瞳をまん丸にさせ、耳と尻尾をおっ立てた楓が、恐る恐る感触がした方向へ顔を向けていく。

 ぎこちなく映り変わった視界の先。何かを投げた動作をしている、花梨の配球係となった妖狐が居り。その少し向こう側には、楓の腹部に当たったであろうボールが、てんてんと転がっていっていた。


「うそっ? 楓様に、当たっちゃった?」


「えっ? え……?」


 まだ頭が呆けていて、現状を理解出来ていない楓が、金雨達の居る方へ顔を向けていけば。

 まるで信じられない物を見たという様に、両目をひん剥いていた金雨と銀雲が、無言でコクコクとうなずいた。


「……ひょ、ひょええええーーーーっっ!?」


 ようやく現状の理解が追い付き、顔が一気に青ざめた楓の大絶叫に続くは、大番狂わせが発生した事もあり。混乱が大多数な、楓の絶叫を掻き消す大声援であった。


「おい、マジかよ!? 嬢ちゃんが投げたボールが、楓様に当たっちまったぞ!!」

「すっげぇ! 妖狐神社が始まって以来の大快挙じゃねえか!」

「楓様に、ボール当たるんだ……」


「なあ、金雨? なんで楓さんは、カリンにあんな気を取られてたんだ?」

「さあ、何故でしょう? 何かを仕掛けた素振りはありませんでしたし。彼女自身も、楓様に詰め寄られて驚いていましたし……。本当に、何故なんでしょうね?」

「なんでか分からねえけど、当たったんだよな?」

「はい、ちゃんと脇腹に当たりましたね」


 頭部を両手で押さえ、呆けている者。ルール通り、明日から食事処の料理が全品無料になると、狂喜乱舞している者や。

 冷静に戦況を振り返ってみるも、楓が我を失うほど気を取られた原因が分からず、難しい顔になっていく金雨や銀雲まで。千差万別の感情の声援が、ホール内を満たしていくも。

 この場で一番錯乱している楓は、蒼白した顔で辺りをひっきりなしに見渡しており。納得がいっていない様子で「ま、待っとくれ!」と声を上げた。


「今のは違うんじゃ! 皆の者、一旦ワシの話を聞いとくれ!」


「往生際が悪いですよ、楓様ー! ちゃんと負けを認めて下さい!」

「油断したは、理由にならないですからねー!」

「ご馳走になります、楓様!」


 ボールが当たった理由を説明しようにも、周りの妖狐達は弁明の余地無しと一蹴し、聞く耳を持たずに盛り上がっていく。

 そんな、真っ当な理由があるにも関わらず、喉の底から出せずに押し込まれた楓は、弱々しく膝から崩れ落ちていった。


「そ、そんな、殺生なぁ〜……」


「えっ、嘘? これで、終わり?」


「どうやら、そのようっスね」


 泣き崩れた楓を見下げる、訳も分からぬまま勝利した花梨と酒天が、互いに不燃焼気味な顔を見合わせ、眉間にシワを寄せる。

 そして、とりあえず周りに挨拶でもしておこうと考えた二人は、大きく手を振りつつ、なんともぎこちない笑みを浮かべていった。

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