93話-9、新設された日の、更なる発展を願い
花梨と
仙狐の
「しっかしよお。まさか西の無敗が、人間だったとはな。いきなり姿が変わったから、驚いちまったぜ」
「うう……。どうかこの事は、内密にお願いします……」
部屋に戻って来てから、振り返りを始めて数分後。花梨が飲んでいた
花梨こと『西の無敗』を、茨木童子だと信じてやまなかった金雨と銀雲は、驚愕の事実に驚きを隠せず、再び目をひん剥いていた。
「あったり前よ! 西の無敗伝説は、この俺がしっかり守ってやるぜ! なあ、楓さん! 楓さんは、この事を知ってたのか?」
「こや〜ん……」
雄々しい笑みをしながら、
部屋の片隅ですすり泣く、ただの狐は震えた鳴き声で返事をする事しか出来ず。はだけた巫女服に顔を
「どうやらショックのあまり、言葉すら話せなくなっていそうですね」
「みたいだな……。楓さんのあの姿、初めて見たぜ」
「僕もです。とりあえず、落ち着くまでそっとしておきましょう」
ドッチボールで負けたショックからか。人の姿すら保てていない楓から注目を逸らした金雨が、花梨の方へ顔を向け、温かな笑みを送る。
「それでは、自己紹介といきましょうか。初めまして、秋風 花梨君。仙狐の金雨です。君の噂は、かねがね伺っていますよ」
「えっ? 私を知ってるんですか?」
「あんた程の有名な人間は、稀有だからな。ちなみに俺は、仙狐の銀雲様だ。で? 今は妖狐に化けてっけど、俺の目は欺けねえぞ。あんたがゴーニャで、ちっこい方は
自己紹介に割り込んできた銀雲が、妖狐姿のゴーニャと纏をズバリ当てると、二人は驚いた拍子に、耳や尻尾をピンと立てた。
「すごい、当たってるわっ。はいっ、秋風 ゴーニャですっ!」
「秋風 纏。よろしく」
「もちろん、君達も知っていますよ。以前、ここへお泊まりしに来ていましたよね。まさか、雅様のご親友だったとは」
「もうっ、金雨様。私に様付けはやめて下さいって、何度も言ってるじゃないですか」
静かに話を目線で追っていた雅が、頬を膨らませてジト目で睨みつけるも。当方人は真面目な様子で、柔らかくほくそ笑む。
「ここでは詳しく言えませんが。たとえ、僕が天狐や空狐になろうとも、決して止めません。諦めてそろそろ慣れて下さい」
「一生慣れませんってば。金雨様のせいで、一部の子達が私を天狐だと思ってるんですからね」
「ふふっ、いいじゃないですか。僕にとって雅様は、それ以上の御方なのですから。誇らしい限りです」
「良くないですー」
普段から、こんなやり取りをしているようで。雅が口を尖らせてぶうたれるも、金雨はまったく話を聞いてくれず。
二人の上下関係が薄っすら透けてくると、金雨は格上に見ている雅から顔を逸らし、綺麗な正座をしている酒天に視線を合わせた。
「酒天君。忙しい身でありながら、レクリエーションに参加してくれてありがとうね。君や『居酒屋浴び呑み』については、楓様からよく聞いているよ」
「あいえっ、全然大丈夫っス! とても貴重な体験が出来ましたし、楽しい思い出が増えました! こちらこそ、本当にありがとうございました!」
相手が仙狐な故、ガチガチに緊張している酒天が早口で感謝を述べ、お手本のような平伏をする。
「そう畏まらず、楽にしていていいよ。さてと、秋風 花梨君。君に一つ聞きたい事があるんだけども、いいかな?」
一通り自己紹介を済ませた金雨が、さり気なく本題に入ると、身構えていなかった花梨が体をビクッと波打ち、背筋を立たせた。
「は、はいっ! なんでしょう?」
「君と酒天君がドッチボールをしている最中、楓様が突然、君に詰め寄っていったよね? その時、君は楓様に何かしたのかい?」
「いえ、何もしてません。いきなりの事だったので、私も訳が分からないまま驚いてました」
当時の場面を嘘偽り無く明かすと、金雨は「やはり、そうなんだね」と神妙な面立ちになり、手を顎に添えた。
「肝心の楓さんは、聞くに聞けえね状況だしなあ。まあとにかく、勝ちは勝ちよ。その調子で、
「あっははは……。聞こえてましたけど、流蔵さんと引き分けた時の試合、最前列で見ててくれたんですね」
「あたぼうよ! あの時の手に汗握る熱い戦い、今でも鮮明に思い出せるぜ! ちなみによ、カリン。流蔵に
「ええっ!? そうなんですか?」
突然の暴露に、花梨が驚いて叫び上げると、銀雲はニッと嬉しそうな笑顔を見せた。
「お忍びで行ってたから、
「わ、分かりました! 見かけたら必ず声を掛けますね」
「おうっ! 楽しみにしてるぜ! っと、そうだ。あんたらに一つ話があんだけど、聞いてくれやしねえか?」
急に改まった銀雲の態度に、名指しされた花梨と酒天が、顔を見合わせた後。腕を組んで待っている銀雲に顔を戻し、それぞれ声を合わせて「なんでしょう?」と答えた。
「こっそり仕入れた耳寄りな情報なんだがよ。来年の正月から、どうやら『河童の日』ってのが新設されるらしいんだ」
「河童の日……」
「っスか?」
「そうだ。内容自体は、まだ流蔵と相撲を取れる事以外、詳しく明かされてねえんだがよ。もしよかったらで、いいんだが……。あんたら、主催側で参加してくれねえか?」
「私達が」
「主催側っスか?」
意図が読めぬ銀雲の企みに、二人が復唱しか出来ないでいる中。銀雲が食い気味に二度
「理由は単純に、俺があんたらと相撲を取りたいからだ。もちろん、それだけじゃねえ。秋国でも一、二位を争う腕っ節の酒天に、西の無敗が『河童の日』に参加してみろ? そりゃもう、新設早々大盛り上がり間違いなしだ! 熱気に包まれた楽しい正月になるぜ?」
熱く語る銀雲は、既に思い描いた正月を馳せているのか。目は無垢な子供のように輝き、声をだんだんと弾ませていく。
「つっても、これは全部俺の願望だ。もし、あんたらが快く引き受けてくれても、今度は総大将と流蔵に話をつけねえとならねえんだがな」
「総大将って、ぬらりひょん様の事ですか?」
「おうよ。各妖怪の日については、大体総大将が絡んでるらしいぜ。大まかな内容、日程を担当の妖怪と打ち合わせてして、不備が無ければ実行に移すらしいぞ」
「へえ〜、そうなんですね。熱気に包まれた、楽しい正月かぁ」
楽しい正月と聞き、そことなく乗り気なってきた花梨が思い出すは、初めて『河童の川釣り流れ』を訪れた日を境に、積み重ねていった時間や出来事の数々。
当初は一人だった流蔵も、今では数え切れないほどの相撲仲間が居り。たとえ自分が出なくとも、流蔵の為に設けられた日は、必ず成功するだろうと予想出来るものの。
更なる発展と、認知度を上げて貢献したいと願い始めた花梨は、いつの間にか銀雲から逸らしていた視線を、ゆっくり戻していった。
「ちなみになんですが。『河童の日』って、正月のいつに行われるんでしょうか?」
「確か〜、一月四日だったか? あまり自信を持って言えねえが、たぶんその日の前後だと思うぜ」
「なるほどです。その日辺りですと、正月も大体落ち着いてきてますもんね。もしやるんでしたら、打って付けじゃないですかっ」
たとえ三日であろうとも、正月でやりたい事はやり切っていて。
暇を持て余す時期になるだろうと踏むと、花梨の表情にやる気が満ちていき、『河童の日』に出たいという意思が強まっていく。
「あとなんスけど。もし、銀雲様と対決する事になったら、こう〜、ものすごい高密度な技が四方から飛んできたりとか、するんスかね?」
「あんなもんやったら、土俵が吹き飛んじまうぜ。俺がやりたいのは、純粋な力と力がぶつかり合う相撲だ。安心して、俺を場外にぶん投げるか、土俵に沈めてくれ」
勝負したい好奇心は十分であるが、単純な力比べでは確実に負けると豪語した銀雲が、酒天に雄々しく立った親指をかざす。
「あっははは……。あたし、性格上どうしても遠慮しがちになってしまうので、期待には応えられないかもしれないっスが、それでよければっスかねぇ」
「おおっ!? もしかして、参加してくれるのか?」
「はい。店長に話したら、良い機会だから出てみろと言われますでしょうし。そういう場で、あたしでも役に立てるなら、是非とも盛り上げて貢献してみたいっス!」
いつもなら仕事を優先していた酒天も、己の有り余った怪力が役に立つのであれば、断る理由はどこにも無いと、力強いガッツポーズを銀雲に見せた。
「あんたが出てくれれば、百人力どころの騒ぎじゃねえぜ! なあ、カリン?」
「はいっ! 流蔵さんも、絶対に喜ぶと思いますよ! ありがとうございます、酒天さん!」
「ふふっ。花梨さんも、もう出る気マンマンじゃないっスか。そうだ!」
まだ参加表明をしていない花梨にまで、感謝の言葉を掛けられてほくそ笑んだ酒天が、何か思い付いたのか。
口角をニッと上げると、花梨とハイタッチを交わしている銀雲達に、「あの、すみません。一つ、提案があるっス!」と言いながら挙手をした。
「お? なんだ?」
「せっかくなので、ぬらりひょん様と流蔵さんの所へは、あたし達全員で行かないっスか?」
「全員って、私と酒天さんと、銀雲さんでですか?」
酒天の提案に、銀雲と熱い握手まで交わし出した花梨が、空いた手で自分を指差しながら言う。
「そうっス。そうすれば、あたし達の熱意がぬらりひょん様達に伝わって、話が通りやすくなるかもしれないと思いまして」
「おいおい。めちゃくちゃ良い案じゃねえか、それ! 俺が一人で直談判しに行くよりも、断然いいな! 流石は居酒屋の副店長だぜ!」
「そ、そうっスか? えへへへ」
予想を上回る好感触に、嬉しくなった酒天が照れ笑いをし、頬を指でポリポリと掻く。
「私も、すごく良いと思います! そうと決まればですよ。お正月までほどんどないですし、早めに行った方がいいですよね?」
「おっと、そうだな。俺はいつでもいいが、あんたらはどうなんだ?」
「私は、二日間休みを貰ってますので、明日まで空いてます」
「あたしはいつでも有給を取れるので、明日からでも大丈夫っス」
二人から善は急げと言わんばかりな返答が来ると、銀雲の眉が嬉々と跳ね上がり、更けてきた夜の空気を活気付けるように、「うっし!」と大声を上げる。
「なら野郎共! 明日の午前中にでも、全員で総大将の元に乗り込んで、直談判しに行こうぜ!」
「おおーっ!」
「お、おーっ!!」
たくましい右腕を掲げた銀雲に続き、やる気に満ちた花梨と、やや場馴れしていない酒天も、ぎこちなく右腕を高らかに掲げた後。
固く結託した三人は、来たる『河童の日』に備え、蚊帳の外に追いやられていたゴーニャ、纏、金雨をも巻き込み、明日に向けて打ち合わせを進めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます