93話-9、新設された日の、更なる発展を願い

 花梨と酒天しゅてんの体が、温まり始めた所で試合に勝ってしまい。不燃焼気味で終わりを迎えた、同日の夜十時頃。

 仙狐の金雨きんう銀雲ぎんうんを含めた一行は、かえでみやびの部屋に来ており、各々の試合を振り返っていた。


「しっかしよお。まさか西の無敗が、人間だったとはな。いきなり姿が変わったから、驚いちまったぜ」


「うう……。どうかこの事は、内密にお願いします……」


 部屋に戻って来てから、振り返りを始めて数分後。花梨が飲んでいた剛力酒ごうりきしゅの副作用が、話の途中で切れてしまい。

 花梨こと『西の無敗』を、茨木童子だと信じてやまなかった金雨と銀雲は、驚愕の事実に驚きを隠せず、再び目をひん剥いていた。


「あったり前よ! 西の無敗伝説は、この俺がしっかり守ってやるぜ! なあ、楓さん! 楓さんは、この事を知ってたのか?」


「こや〜ん……」


 雄々しい笑みをしながら、こうべを垂れている花梨との約束を守ると豪語した銀雲が、楓に話を振るも。

 部屋の片隅ですすり泣く、ただの狐は震えた鳴き声で返事をする事しか出来ず。はだけた巫女服に顔をうずませていくばかり。


「どうやらショックのあまり、言葉すら話せなくなっていそうですね」

「みたいだな……。楓さんのあの姿、初めて見たぜ」

「僕もです。とりあえず、落ち着くまでそっとしておきましょう」


 ドッチボールで負けたショックからか。人の姿すら保てていない楓から注目を逸らした金雨が、花梨の方へ顔を向け、温かな笑みを送る。


「それでは、自己紹介といきましょうか。初めまして、秋風 花梨君。仙狐の金雨です。君の噂は、かねがね伺っていますよ」


「えっ? 私を知ってるんですか?」


「あんた程の有名な人間は、稀有だからな。ちなみに俺は、仙狐の銀雲様だ。で? 今は妖狐に化けてっけど、俺の目は欺けねえぞ。あんたがゴーニャで、ちっこい方はまといだろ?」


 自己紹介に割り込んできた銀雲が、妖狐姿のゴーニャと纏をズバリ当てると、二人は驚いた拍子に、耳や尻尾をピンと立てた。


「すごい、当たってるわっ。はいっ、秋風 ゴーニャですっ!」


「秋風 纏。よろしく」


「もちろん、君達も知っていますよ。以前、ここへお泊まりしに来ていましたよね。まさか、雅様のご親友だったとは」


「もうっ、金雨様。私に様付けはやめて下さいって、何度も言ってるじゃないですか」


 静かに話を目線で追っていた雅が、頬を膨らませてジト目で睨みつけるも。当方人は真面目な様子で、柔らかくほくそ笑む。


「ここでは詳しく言えませんが。たとえ、僕が天狐や空狐になろうとも、決して止めません。諦めてそろそろ慣れて下さい」


「一生慣れませんってば。金雨様のせいで、一部の子達が私を天狐だと思ってるんですからね」


「ふふっ、いいじゃないですか。僕にとって雅様は、それ以上の御方なのですから。誇らしい限りです」


「良くないですー」


 普段から、こんなやり取りをしているようで。雅が口を尖らせてぶうたれるも、金雨はまったく話を聞いてくれず。

 二人の上下関係が薄っすら透けてくると、金雨は格上に見ている雅から顔を逸らし、綺麗な正座をしている酒天に視線を合わせた。


「酒天君。忙しい身でありながら、レクリエーションに参加してくれてありがとうね。君や『居酒屋浴び呑み』については、楓様からよく聞いているよ」


「あいえっ、全然大丈夫っス! とても貴重な体験が出来ましたし、楽しい思い出が増えました! こちらこそ、本当にありがとうございました!」


 相手が仙狐な故、ガチガチに緊張している酒天が早口で感謝を述べ、お手本のような平伏をする。


「そう畏まらず、楽にしていていいよ。さてと、秋風 花梨君。君に一つ聞きたい事があるんだけども、いいかな?」


 一通り自己紹介を済ませた金雨が、さり気なく本題に入ると、身構えていなかった花梨が体をビクッと波打ち、背筋を立たせた。


「は、はいっ! なんでしょう?」


「君と酒天君がドッチボールをしている最中、楓様が突然、君に詰め寄っていったよね? その時、君は楓様に何かしたのかい?」


「いえ、何もしてません。いきなりの事だったので、私も訳が分からないまま驚いてました」


 当時の場面を嘘偽り無く明かすと、金雨は「やはり、そうなんだね」と神妙な面立ちになり、手を顎に添えた。


「肝心の楓さんは、聞くに聞けえね状況だしなあ。まあとにかく、勝ちは勝ちよ。その調子で、流蔵りゅうぞうにも勝ってくれよ?」


「あっははは……。聞こえてましたけど、流蔵さんと引き分けた時の試合、最前列で見ててくれたんですね」


「あたぼうよ! あの時の手に汗握る熱い戦い、今でも鮮明に思い出せるぜ! ちなみによ、カリン。流蔵に行司ぎょうじを任された鬼に軍配団扇ぐんぱいうちわを渡したの、実は俺なんだぜ?」


「ええっ!? そうなんですか?」


 突然の暴露に、花梨が驚いて叫び上げると、銀雲はニッと嬉しそうな笑顔を見せた。


「お忍びで行ってたから、変化へんげしてちょっとばかし顔を変えてたんだがな。ちょくちょく行ってっから、見かけたら声掛けてくれよ! 銀髪の妖狐が居たら大体俺だ!」


「わ、分かりました! 見かけたら必ず声を掛けますね」


「おうっ! 楽しみにしてるぜ! っと、そうだ。あんたらに一つ話があんだけど、聞いてくれやしねえか?」


 急に改まった銀雲の態度に、名指しされた花梨と酒天が、顔を見合わせた後。腕を組んで待っている銀雲に顔を戻し、それぞれ声を合わせて「なんでしょう?」と答えた。


「こっそり仕入れた耳寄りな情報なんだがよ。来年の正月から、どうやら『河童の日』ってのが新設されるらしいんだ」


「河童の日……」

「っスか?」


「そうだ。内容自体は、まだ流蔵と相撲を取れる事以外、詳しく明かされてねえんだがよ。もしよかったらで、いいんだが……。あんたら、主催側で参加してくれねえか?」


「私達が」

「主催側っスか?」


 意図が読めぬ銀雲の企みに、二人が復唱しか出来ないでいる中。銀雲が食い気味に二度うなずく。


「理由は単純に、俺があんたらと相撲を取りたいからだ。もちろん、それだけじゃねえ。秋国でも一、二位を争う腕っ節の酒天に、西の無敗が『河童の日』に参加してみろ? そりゃもう、新設早々大盛り上がり間違いなしだ! 熱気に包まれた楽しい正月になるぜ?」


 熱く語る銀雲は、既に思い描いた正月を馳せているのか。目は無垢な子供のように輝き、声をだんだんと弾ませていく。


「つっても、これは全部俺の願望だ。もし、あんたらが快く引き受けてくれても、今度は総大将と流蔵に話をつけねえとならねえんだがな」


「総大将って、ぬらりひょん様の事ですか?」


「おうよ。各妖怪の日については、大体総大将が絡んでるらしいぜ。大まかな内容、日程を担当の妖怪と打ち合わせてして、不備が無ければ実行に移すらしいぞ」


「へえ〜、そうなんですね。熱気に包まれた、楽しい正月かぁ」


 楽しい正月と聞き、そことなく乗り気なってきた花梨が思い出すは、初めて『河童の川釣り流れ』を訪れた日を境に、積み重ねていった時間や出来事の数々。

 当初は一人だった流蔵も、今では数え切れないほどの相撲仲間が居り。たとえ自分が出なくとも、流蔵の為に設けられた日は、必ず成功するだろうと予想出来るものの。

 更なる発展と、認知度を上げて貢献したいと願い始めた花梨は、いつの間にか銀雲から逸らしていた視線を、ゆっくり戻していった。


「ちなみになんですが。『河童の日』って、正月のいつに行われるんでしょうか?」


「確か〜、一月四日だったか? あまり自信を持って言えねえが、たぶんその日の前後だと思うぜ」


「なるほどです。その日辺りですと、正月も大体落ち着いてきてますもんね。もしやるんでしたら、打って付けじゃないですかっ」


 たとえ三日であろうとも、正月でやりたい事はやり切っていて。

 暇を持て余す時期になるだろうと踏むと、花梨の表情にやる気が満ちていき、『河童の日』に出たいという意思が強まっていく。


「あとなんスけど。もし、銀雲様と対決する事になったら、こう〜、ものすごい高密度な技が四方から飛んできたりとか、するんスかね?」


「あんなもんやったら、土俵が吹き飛んじまうぜ。俺がやりたいのは、純粋な力と力がぶつかり合う相撲だ。安心して、俺を場外にぶん投げるか、土俵に沈めてくれ」


 勝負したい好奇心は十分であるが、単純な力比べでは確実に負けると豪語した銀雲が、酒天に雄々しく立った親指をかざす。


「あっははは……。あたし、性格上どうしても遠慮しがちになってしまうので、期待には応えられないかもしれないっスが、それでよければっスかねぇ」


「おおっ!? もしかして、参加してくれるのか?」


「はい。店長に話したら、良い機会だから出てみろと言われますでしょうし。そういう場で、あたしでも役に立てるなら、是非とも盛り上げて貢献してみたいっス!」


 いつもなら仕事を優先していた酒天も、己の有り余った怪力が役に立つのであれば、断る理由はどこにも無いと、力強いガッツポーズを銀雲に見せた。


「あんたが出てくれれば、百人力どころの騒ぎじゃねえぜ! なあ、カリン?」


「はいっ! 流蔵さんも、絶対に喜ぶと思いますよ! ありがとうございます、酒天さん!」


「ふふっ。花梨さんも、もう出る気マンマンじゃないっスか。そうだ!」


 まだ参加表明をしていない花梨にまで、感謝の言葉を掛けられてほくそ笑んだ酒天が、何か思い付いたのか。

 口角をニッと上げると、花梨とハイタッチを交わしている銀雲達に、「あの、すみません。一つ、提案があるっス!」と言いながら挙手をした。


「お? なんだ?」


「せっかくなので、ぬらりひょん様と流蔵さんの所へは、あたし達全員で行かないっスか?」


「全員って、私と酒天さんと、銀雲さんでですか?」


 酒天の提案に、銀雲と熱い握手まで交わし出した花梨が、空いた手で自分を指差しながら言う。


「そうっス。そうすれば、あたし達の熱意がぬらりひょん様達に伝わって、話が通りやすくなるかもしれないと思いまして」


「おいおい。めちゃくちゃ良い案じゃねえか、それ! 俺が一人で直談判しに行くよりも、断然いいな! 流石は居酒屋の副店長だぜ!」


「そ、そうっスか? えへへへ」


 予想を上回る好感触に、嬉しくなった酒天が照れ笑いをし、頬を指でポリポリと掻く。


「私も、すごく良いと思います! そうと決まればですよ。お正月までほどんどないですし、早めに行った方がいいですよね?」


「おっと、そうだな。俺はいつでもいいが、あんたらはどうなんだ?」


「私は、二日間休みを貰ってますので、明日まで空いてます」


「あたしはいつでも有給を取れるので、明日からでも大丈夫っス」


 二人から善は急げと言わんばかりな返答が来ると、銀雲の眉が嬉々と跳ね上がり、更けてきた夜の空気を活気付けるように、「うっし!」と大声を上げる。


「なら野郎共! 明日の午前中にでも、全員で総大将の元に乗り込んで、直談判しに行こうぜ!」


「おおーっ!」

「お、おーっ!!」


 たくましい右腕を掲げた銀雲に続き、やる気に満ちた花梨と、やや場馴れしていない酒天も、ぎこちなく右腕を高らかに掲げた後。

 固く結託した三人は、来たる『河童の日』に備え、蚊帳の外に追いやられていたゴーニャ、纏、金雨をも巻き込み、明日に向けて打ち合わせを進めていった。

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