97話-5、花梨VS銀雲

「よし、カリン! 始めるか!」


「はいっ!」


 立ち会いは無用という、銀雲ぎんうんのやる気に満ちた催促に、花梨は手に持っていた塩を控えめに撒く。

 しかし、二人して気を合わせる時間が欲しかったのか。仕切りまではせず、線の前に立ち、互いに顔を見合わせて火花をバチバチに散らしていった。


「さあ! 両者佇み、闘志が漲った瞳で睨み合っています。金雨きんう様。銀雲様の相撲に対する実力は、いかほどのものでしょうか?」


「さあ、どうでしょう」


「どうでしょうと、言いますと?」


「僕らは修行の一環として、普段から仙術や拙い神通力を使い、身体強化などを行っています。ですが彼は、彼女に元より持ち合わせた力のみで挑みたいと、その全てを解除している状態なんですね」


 銀雲の解説を始めた金雨へ、鵺が「なるほど」と相槌を打つ。


「解除したのは、実に数十年振りぐらいでしょうか。なので、彼が素の状態で花梨君とどれほど張れるのか、僕も予想がつかないでいます」


「つまり、これから始まるデモンストレーション戦は、金雨様にとっても未知なる戦いとなる訳ですね」


「ええ、そうなりますね」


 日常で肩を寄り添う存在だからこそ、得られる情報を交えて役目を全うした金雨に、鵺は「ありがとうございます」と区切りをつけた。


「さあ! 西の無敗に対決を挑む挑戦者のフィジカルは、正に未知数! 迎え撃つ西の無敗は、その未知にどう立ち向かうのか!?」


 先の情報を踏まえ、そつなく実況をこなしていく鵺に、金雨の解説をしっかり聞いていた花梨が、ニヤリと笑う。


「銀雲さん。せめて、十秒はもって下さいよ?」


「その十秒。あんたの生涯で一番詰まった、忘れられねえ十秒にしてやるぜ」


 開戦の狼煙を上げる挑発に、お前を満足させてやると正面から受け取った銀雲が、目の前に居る花梨を見据えつつ、仕切り線に握り拳を落とす。

 対戦相手に全集中し、身動きせず待ち構える姿は、さながら霊峰。

 一動作を経て、瞬時に百戦錬磨の風貌を剥き出しにした仙狐に、花梨は言い知れぬ恐れを抱いたものの。表情には出さず、片手を静かに仕切り線へ添えた。


「金雨、行司ぎょうじを頼んでいいか?」


「ええ、千里眼で見ていますよ。いつでもどうぞ」


「よし、それじゃあ」


「待った無しです」


「分かりました。では、はっけよい」


 両者、早く取っ組みたいと、花梨自ら制限時間を取っ払い、行司になった金雨が、立ち会いを正式に成立させた。

 その合図と共に、沸いていた会場は静まり返り。自然界のありとあらゆる音さえ拒絶する、無に等しい静寂に包まれた。

 花梨と銀雲が居る土俵から漂う、肌をヒリつかせる緊張感に当てられて、観客達は金縛りにあったかのように体が動かせなくなり、二人の動向を夢中に見守っていく。

 金雨が合図を出してから、一分にも五分にも感じる十秒後。未だ付いていなかった、両者の手が徐々に土俵へ落ち始め。観客を焦らす二本の手が、土俵に付いた直後。


「のこった」


 コンマ数秒のズレも無く、金雨が合図を発するも刹那。花梨と銀雲ががっぷり四つに持ち込んだ際、空を割く衝撃波と大地を揺らす轟音が発生し、金雨の合図を掻き消す。

 観客も、吹っ飛びかねない衝撃波に押され、顔を手で覆い隠したり、踏ん張りをきかせてなんとか耐え凌ぐと、遅れて大歓迎が沸いていった。


「あっぶね……、実況席が壊れるかと思ったぜ。さあ、強烈なゴングと共に始まりました!」


 観客と同じく、衝撃波を食らって仰け反っていた鵺が立ち直り、マイクを握り締めながら見据えた土俵先。

 やはり、素の力で茨木童子の剛力に立ち向かうのは、無理があったのか。

 がっぷり四つの状態で花梨に押し負け、歯が砕けんばかりに食いしばるも、徐々に電車道を築いていく銀雲の姿があった。


「こ、これが、西の無敗かァ……! なかなか重いじゃねえか!」


「銀雲さんも、すごく重いですねぇっ!」


「おーっと! 流石は西の無敗といった所か、銀雲様が劣勢だァ!」


「力の差は歴然としていますね。のこったのこった」


 初心者からの目線でも、実力の差は火を見るより明らかで。力量を上回る技量で攻めねば、土俵から押し出されてしまう。

 しかし、花梨の圧倒的な力は、銀雲に技を仕掛ける暇を与えず。気が付けば、土俵際まで追い込まれていて、銀雲のカカトが勝負俵という縄に当たってしまった。


「ゲッ!? もう、ここまで来ちまってたか!」


「さあ、銀雲さん。後が無いですよ!」


「銀雲様が土俵際まで持っていかれたッ! そうそうに勝負がついてしまうのか!?」


「いえ、ここからですよ」


 開始から十秒。中身が薄い相撲になるかと思いきや、金雨だけには見抜かれていたらしく。

 全力で挑みながらも、汗一つすらかいていなかった銀雲が、口角を緩く上げた。


「よーし、カリン! 次は俺の番だ!」


「んぐっ……!?」


 あと一押しもすれば、花梨に軍配が上がっていた状態から、銀雲が反撃に出て。己が築いた電車道をゆっくり逆走し始め、花梨の深い電車道が上書きしていく。


「なんとッ!? 今度は西の無敗が押され始めたぞ!」


「ふふっ。彼は、ずいぶん危ない事をしていますね」


「危ないって。金雨様、どういう事でしょうか!?」


 今度は花梨が劣勢になった展開に、全てを理解していそうな金雨の解説を、すぐさま拾う鵺。


「がっぷり四つの時は、全身に力を入れて。今現在は、その力を足に集中させているんです」


「つまり単純に、力を込める箇所を変えただけと?」


「ええ、その通りです」


 総合的な力は、花梨が圧倒的に勝っているが。その差を補うべく、銀雲は劣った力を足に集中させ、あたかも場面を覆したように見せただけで。

 カラクリを即座に見破り、解説した金雨の言葉は、当然花梨の耳にも届いており。いきなり逆転されて生じた焦りを、なんとか落ち着かせていった。


「な、なるほどです! 器用な事をしますねぇ、銀雲さん!」


「ご丁寧に解説されてなけりゃあ、寄り切りで押し勝ててたか、外掛けでもして不意を突けたんだがな! 力勝負だけだと、俺には分が悪すぎるぜ!」


「ですね! なら私も、真似させてもらいますよ!」


 あえて技を掛けず、花梨も足に更なる力を込めてみれば。逆走していた電車道はピタリと止まり、仕切り線の上に留まった。

 が、足の力が拮抗しただけで、銀雲の上半身は疎かのまま。例えに出した外掛け、寄り切りなどを花梨に仕掛けられたら、銀雲に勝ち目は無い。

 ならば仕掛けられる前に、仕掛けるまでと踏んだ銀雲は、花梨の腰部分を掴んでいた右手を引き、足に集中させていた力を、右手へ瞬時に全て移動させた。


「カリン、力だけの勝負は終わりだ!」


 あえて技へ移行すると宣言し、密着した状態で突き出しを繰り出そうとするも。右手を引いた時に予想していたようで、花梨は不敵な笑みを浮かべた。


「その技、利用させてもらいますよぉっ!」


「なっ……!?」


 宣言通り。花梨の肩へ向かい、全身全霊を込めた鋭い突き出しを放つも、三割ほどの手応えしか感じられず。

 残りの七割はどこへ行ったのか探そうとして、肩に合わせていた視線を少し左に流してみると、体を捻って左回転させてしようとしている花梨と、目が合った。


「さあ、川にぶん投げますよ! どっせぇえーーっい!!」


「ぬぉわっ!?」


 銀雲が繰り出した突き出しの、七割をいなし。三割を肩で受け止めた花梨は、体を回転させる遠心力に利用し、その場で一回転した後。

 カウンターとして、銀雲に角度がついた腰投げを仕掛け、遥か上空へ射出。そのまま銀雲は、川まで吹っ飛んでいき、巨大な水飛沫を上げて着水した。


「……すっげえ、じゃねえ。銀雲様は場外により、デモンストレーション戦勝者は、西の無敗こと花梨に決定だァーーッッ!!」


「お見事です」


 一瞬呆気に取られるも、我に返った鵺の勝利宣言に、花梨が右拳を高々と上げると、ほぼ同時。

 勝利を称える大喝采が巻き起こり、やがて花梨、西の無敗コールと半々に分かれていき、数分の間止む事はなかった。

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