97話-4、二段構えのサプライズ

「今日の主役は、流蔵りゅうぞう酒天しゅてん、花梨で間違いない。だが、まだ終わりじゃねえ。実はな? 会場へ来てくれた人達だけに用意した、サプライズイベントがいくつかある」


 自己紹介とマイクパフォーマンスが終わり、次のプログラムに記されていた、『第一部』に移るのかと思いきや。

 唐突に放たれたぬえの発言に、会場内は驚きと困惑が隠せず、どよめき出していく。


「まずは、一つ目のサプライズイベントだ! 行くぜぇッ! 『河童の日』に、酒天や花梨をゲストとして招いた真の立案者! 実は流蔵の隠れ大ファンで、ここにはお忍びで頻繁に来ています! 妖狐界からの刺客であり、妖狐神社を支える大黒柱が一人! その名もッ!」


「……ハァーッハッハッハッ!!」


 サプライズゲストの名前を叫ぼうとするも、遥か上空から、けたたましい笑い声が飛来してきたと、ほぼ同時。

 花梨が居る土俵に、一筋の黒い影が砂埃を巻き上げながら着地し。濃く舞っていた砂埃が、徐々に霧散していくと、中から仁王立ちしている仙狐の銀雲ぎんうんが現れ、雄々しい笑みを観客へ送った。


「仙狐、銀雲様だァーーーッ!!」


 予想だにしていなかった大物の登場に、観客達は信じられない物を見たかように呆けていて、ほぼ全員が目を丸くして黙り込んでいる。

 しかし、皆の理解がじわじわと追い付いてきた、数秒後。瞬く間に歓喜の渦に包まれ、二つと無い千差万別の歓声が銀雲を迎え入れていった。

 その、全身を殴り付ける歓声に、銀雲の心は一気に滾り。女天狗に差し出されたマイクを受け取らず、迸る熱い思いを口から解放した。


「妖狐神社の権宮司ごんぐうじが一人、銀雲だ! 紹介に与った通り、流蔵の隠れ大ファンで、河童の日の開催を誰よりも待ち望んでいた! そして、俺と同じ想いを携えて、ここへ集まってくれた皆に感謝したい! 皆、本当にありがとう!」


 仙狐の名に恥じぬ、どこまでも通りそうな大声で感謝を述べた銀雲が、お手本のようなお辞儀を深々とし。

 妖狐神社へ参拝しに行っても、普段は一般客立ち入り禁止である本殿内部に居る事から、尊顔すら滅多にお目にかかれず。

 マイク無しの生声を聞けて、正面から顔を拝めて感極まった観客達は、ただ無意識に盛大な拍手を送っていた。


「何を隠そう、俺も相撲が大の好きだ! よくここへ来ては、何時間も観戦してる! もちろん、流蔵が唯一引き分けた西の無敗戦も、最前列で見てたぞ! あの手汗握る熱い戦いは、今でも鮮明に思い出せる! でよ? あんな戦いを目の前で見せられたら、俺もとうとう我慢出来なくなっちまってな。後日、俺のワガママを聞いて欲しくて、運営元の総大将と流蔵に直談判しに行ったのさ」


 自語りの途中で、皆の期待を持たせる発言をした銀雲が、口角をニヤリと雄々しく上げる。


「そう! 一つ目のサプライズイベントは!」


「花梨対銀雲様による、デモンストレーション戦だぁーーーッ!!」


 銀雲の語りにより、観客の期待は大いに膨らみ。鵺の後押しをする高らかな宣言に、大気を揺らす歓喜の声を轟かせていく。

 そんな、一つ目のサプライズイベントは、成功と言っても過言ではない反応に、鵺は人知れず満足気な微笑をし。いそいそと実況席に移動していった。


「さあ、ここからは実況を務めていくぞ! 解説の金雨きんう様、今日はよろしくお願い致します」


「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」


「はあっ!? き、金雨、なんでお前までここに居んだ!?」


 あまりにも自然な流れで出てきた、銀雲にとって慣れ親しんだ名前の登場に、眉を潜めつつ実況席に顔を移してみれば。

 鵺の隣に、ちゃっかりと仙狐の金雨が座って居り。何も聞かされていなかった銀雲が、素で驚いてしまい。

 観客も観客で、まさか二人目の仙狐までここに居るとは、思いもよらず。ざわめきが先行し、少しの間の置き、黄色い声援が解説席へ飛び交い始めた。


「やあ、銀雲。二段構えのサプライズは、どうやら成功したようだね」


「実はですね、銀雲様。直談判されに来られたのは、貴方様だけではなかったのです」


「君達とは時間をズラして、僕も総大将様の所へ直談判しに行ったのさ。この僕に、何か出来る事はありませんか? とね」


「そうして決まったのが、解説役という訳になります」


「はぁ……。そ、そうだったのか……」


 銀雲を狙ったサプライズだけなら、まだしも。流蔵、酒天、花梨さえも知らされていなかった情報らしく。三人して目を丸くし、口をポカンと開けながら解説席を眺めていた。


「よ、妖狐神社のお偉いさんが、全員揃ってもうた……」


「はぇ〜……。とんでもなく豪華な解説役っスねー」


「鵺さんの事だから、まだまだ何か隠してそうだなぁ……」


 今回主役達の注目までも、総取りしたサプライズゲストの金雨が、ニコリとほくそ笑みつつ会釈をした。


「流蔵君、初めまして。妖狐神社の権宮司ごんぐうじが一人、金雨です。君の晴れ舞台に、解説役として抜擢された事を誇りに思います。銀雲と共に『河童の日』を盛り上げていけるよう、頑張っていきますね」


「うぉ、おぉぉっ……。お、お初お目にかかります、金雨様。ほんまもう、なんて言えばいいのやら……」


「そう畏まらないで下さい。今日の主役は流蔵君、あなたなんです。僕達の事は気にせず、東の無敗として堂々と胸を張り、会場の皆様と相撲を楽しんで下さい」


 あくまでも、『河童の日』を盛り上げる一スタッフとして参加した金雨が、極度の緊張で全身が強張った流蔵へ、慈愛に満ちた温かな笑みを送り。

 まるで後光が差しているようにも見え、緊張が瞬く間にほぐれる笑みに、トドメを刺された流蔵は目に涙を浮かべ、口を一文字にしながら頭をバッと下げた。


「……ほんま、ほんまワシなんかの為に、ありがとうございます! 今日一日、よろしくお願い致しますッ!」


 流蔵の腹の底から出た、これ以上詰めようのない涙声の感謝に、観客席からも常連だと思われる万謝の言葉が次々と追い始め、やがては大歓声に飲まれていき。

 とりあえずサプライズは成功し、数多の声を受け取った金雨は、流蔵よりも悪目立ちしてしまった事に罪悪感を覚え、謝罪の意味も込めて静かに会釈を返した。


「はい。こちらこそ、よろしくお願い致しますね」


「後に銀雲様は、一般対戦枠として酒天と流蔵にも相撲を挑むので、いずれそちらの解説もお願い致します」


 金雨だけに集まっていた注目度を、他者の名前を交えて分散させようと試みた鵺へ、金雨は「分かりました」と答える。


「ですがまず、デモンストレーション戦ですね」


「その通りです! では行きましょう! 皆さん、大変長らくお待たせしました! これより、サプライズイベント第一弾、花梨対銀雲様によるデモンストレーション戦を行います!」


 脱線し掛けていた場の流れを、金雨自らが戻し。鵺の宣言により固定されると、会場は待ってましたと言わんばかりに熱狂し出していった。





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次回の投稿は10/6になります。

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