97話-3、波乱の幕開け
「ナンバーツー! 秋国が誇る、最強と名だたる剛腕の持ち主! 肉体も酒呑童子の凶腕凶脚に耐えうる、正に難攻不落の歩く大要塞! しかし、その正体は眩しい笑顔が武器の、健気なお転婆破天荒娘! 『居酒屋浴び呑み』副店長、
煽り文句の落差が激しい紹介に、特設ステージの裏で待機していた酒天が、苦笑いしながら頭をペコペコと下げつつ入場し。
宣伝ポスターによって、河童の日に参加をするのは分かっていたものの。あまりにも珍しいゲストの出現に、会場が宴会に勝るとも劣らない大歓声に包まれていく。
入場から終始腰が低く、
「ご紹介に与りました、『居酒屋浴び呑み』副店長の酒天っス! 普段は毎日仕事をしてたり、飲み会などを主催してる側なので、こういった大きな日に招かれて参加したのは、生涯で本当に初めてっス! だから今、ものすごーく緊張してるっス!」
鵺の紹介を則り、明るい雰囲気を存分に醸し出し、従来通りの口調でマイクパフォーマンスを始め。
登場を待っていた常連の客や、今日初めて酒天を見る子供達の心を射止め、掴みは上々だと感じた酒天が、ニッと笑顔を振り撒いた。
「ですので緊張をほぐす為に、ちょっとばかし悪ふざけをしようと思ってるっス! 常連の皆さんだったら見慣れてるかもしれませんが、ギャップがすごい事になるので、もしビックリした方が居ましたら、先に謝っておくっス! では、始めるっスね!」
事前に謝罪をした酒天が目を瞑り、息を大きく吸い込み、吐いた瞬間。全身をピリッと刺す殺気を解放させては、会場を瞬く間に満たしていき。
逃げ場の無い殺気を感じ取り、会場内がどよめき出した頃。酒天は瞼をゆっくり開き、猛獣を彷彿とさせるギラギラに輝いた金色の瞳で、観客達を睨みつけた。
「酒呑童子様が率いる家来が一人、茨木童子の酒天だ。あたしと一戦交える機会なんざ、そうそうねえぞ。もちろん、やるからには手加減しねえ。両の手を使って相手してやる。あと、後ろに川が見えんだろ? それがあんたらの墓場だ。空ぶっ飛んで川に突っ込みたい奴から前に出な。走馬灯ってやつを見せてやるよ。分かったんなら、さっさと土俵に上がって来い」
格の違いを言葉のみで見せつけ、一般の妖怪に等しく恐怖を植え付けた酒天が、ギラついた猛獣の瞳をぽやっとさせて、苦笑いしながら頬を指で掻いた。
「……ははっ。いやぁ〜、皆さんの前でやると、ちょっと恥ずかしいっスねぇ。ちなみに言っておきますけど、冗談っスからね! じょーだんっ! あたしも皆さんと楽しく相撲を取っていきたいので、お手柔らかによろしくお願いします!」
本調子に戻った酒天が、焦りを含んだ念を押す弁解をした後、丁寧にペコリとお辞儀をする。
すると、反響の高そうな拍手が巻き起こり。血の気が多そうな妖怪から「負かしてやるから覚悟しとけー!」や、「俺の時だけ本気を出してくれ!」などなど。
茨木童子と名誉ある戦いを望む者や、物好きなリクエストが後を絶たず。とりあえず場は沸かせられたと分かった酒天は、満面の笑みで応えた。
「いやー、目が覚める良い殺気を持ってんじゃねえか。茨木童子の実力は、まだまだ健在だな。一応、万が一に備えて医療班を待機させてあるから、遠慮無くぶん投げちまっていいぞ」
「はいっス……、じゃなくて! 鵺さんまで乗っかったらダメっスよ! せめて止めるなり何なりして下さいっス!」
あまり冗談に聞こえない鵺の後押しを、慌てて引き止めようとする酒天のやり取りに、子供も含めた観客達が柔らかな笑いを発していく。
「はっはっはっ。なるほど、居酒屋の副店長は伊達じゃねえ。漫才とノリツッコミまで出来るとはな。よくやってんのか?」
「えへへへ……、はいっス。よく子分達と、店で似たような事をやってるっス!」
「やっぱりな。子供達の人気も高そうだし、その調子で本番も頼むぜ」
「はいっス!」
激飛ばしも兼ねて、酒天のマイクパフォーマンスに一段落つけると、鵺は「さぁて」と続け、場の空気を切り替えた。
「最後のゲスト紹介に移るぞ。私自身、あのゲストと会ったのは今日が初めてなんだが。よくここへ来てる奴らは、伝説の存在として語ってるらしいじゃねえか。そうだ。この日の為に、まさかの人物が参加してくれたぜ!」
観客の期待を焚き附ける前フリをした鵺が、特設ステージの背後へ手をかざす。
「ナンバースリー! 酒天とあまりにも容姿が似ている事から、一時期ドッペルゲンガー説や姉妹説、本人説が提唱されていた! しかぁしッ! 今日、その提唱を纏めて否定してやる! 『河童の川釣り流れ』において、都市伝説的存在! 名前以外、全て不詳! 東の無敗こと流蔵に、唯一引き分けを喫し、勝率に泥を塗った最強のミステリアス相撲クイーン! 西の無敗、花梨ッ!!」
絶叫にも聞こえる紹介を、一気に唱え終えた直後。酒天と見間違えるほど容姿が似た花梨が、特設ステージに現れた瞬間。
河川敷を揺るがす万雷の大喝采が上がり、花梨を迎え入れた。しかし、花梨は隙間を縫うように悠々と歩き、時折、優しい笑顔をしつつ、周りに手を振っていく。
そして、三つある土俵の右側に上がると、待っていた女天狗から丁寧にマイクを受け取った。
「ご紹介に与りました、花梨と申します! ご覧の通り、私はここに居ますよ! 決して、酒天さんのドッペルゲンガーじゃありません! 姉妹は、そうですね。酒天さんからオーケーを貰えれば、やぶさかではありません!」
「なら、オーケーっス!」
「ええっ!?」
間髪を容れぬ酒天のお許しに、花梨は思わず素で驚いてしまい。仮初の姉妹誕生に、苦笑い交じりの祝福と囃し立てが花梨を茶化していく。
「あっははは……。酒天さんから、正式な許可を頂いちゃいました。とても光栄です、ありがとうございます! ではでは! 謎多きミステリアスなままでいたい私は、この場では語りません! 土俵の上でがっぷり四つをしながら、沢山語り合いましょう! なので最後に、皆さんに一つだけ聞きます! 皆さんは、相撲が好きですかー!?」
西の無敗という二つ名を持つ者には、あまり似つかわしくなく、いたいけな印象を受ける振る舞いを続ける花梨が、持っていたマイクを会場へ向け。
そのマイクは不要だと言わんばかりに、会場から種々様々な返答が怒涛の如く体にぶつかり。全ての返答を受け切った花梨は、満足気にふわりとほくそ笑んだ。
「聞くまでもありませんでしたね! もちろん、私も大好きです! ですので皆さん、今日は一緒に心ゆくまで楽しんでいきましょう! よろしくお願いしますっ!!」
内容はとても簡素であるが、花梨という人物を知っている者であれば、花梨らしさ満載なマイクパフォーマンスを終え、丁寧に一礼をした。
その一礼に返ってくるは、早く西の無敗と一戦交えてみたいという、挑戦者達の血湧き肉躍る熱望や、ゴーニャ、雪女の
聞き慣れた声援を頼りに、視線を観客席へ泳がしてみると、ぬらりひょん、女天狗のクロ、
他にも、温泉街新旧メンバーの顔ぶれを全員認めた花梨は、嬉しさが爆発して無垢でワンパクな笑顔になり、皆に手を振り返していった。
「土俵で全てを語るってか。いいねえ、実にお前らしいぜ」
「はいっ、ありがとうございます!」
「へへっ。なら私も、これ以上とやかく言う必要は無いな。今日は、ここに来てくれて感謝するぜ。思う存分『河童の日』を楽しんでいってくれ」
「分かりました! 私もお声を掛けて下さった時は、本当に嬉しかったです! 今日一日、よろしくお願いします!」
最近初めて、西の無敗と出会った
が、興奮自体は、未だ収まっていないようで。マイクを強く握り直し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
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