94話-4、秋の季節に現れた、小さなクリスマス
クロを筆頭とする一行が、追い込みをかけてクリスマス料理を作っている最中。時刻は、夜の七時前。
『妖狐神社』の近くにある、多目的施設で『河童の日』について打ち合わせを終えた花梨は、妖怪が行き交う大通りへ出て、ぬらりひょんに電話を掛けていた。
「お疲れ様です、ぬらりひょん様。今、打ち合わせが終わりましたので、これから
『おお、そうか。くれぐれも気を付けて、ゆっくり帰って来るんだぞ』
「はい! 皆さんとお話しながら帰るので、二、三十分ぐらいは掛かるかと思います」
『二、三十分だな、分かった。ワシは私用で支配人室に居ないから、そのまま自室に戻ってくれ』
「分かりました。それでは失礼します」
短い報告を済ませると、花梨は通話を切った携帯電話をポケットにしまい込み、近くで待っていた
「鵺さん、電話終わりました」
「お、そうか。なら、帰るかぁ〜」
打ち合わせが終わり、オフモードになった鵺が体をグイッと伸ばしつつ、だらしないあくびをし。そのまま腕を垂らすと、後頭部に両手を回して帰路に就いた。
「鵺はん。今日は、打ち合わせの進行をしてくれて、ほんまおおきに。えらい助かりましたわ」
片や、慣れない長期の打ち合わせに、丸一日相撲を取った時よりも疲れを見せている河童の
片や、今日一日やり切った満足感に浸り、見るからに上機嫌な鵺が、ニヤリと口角を上げた。
「いいって事よ。職業柄、進行役や中身がしっかりした打ち合わせをやんのは、慣れてるし好きでやってんだ。有意義な一日を過ごせて、超楽しかったぜ」
「す、すごいっスねぇ、鵺さん。あたしなんて、座りっぱなしだったから死にそうっス……」
かつて、酒呑童子の
元気の無い表情をしていて、腰を曲げて上体を項垂れされており、おぼつかない足取りでフラフラとしている。
「はっはっはっ。お前が酒の席以外で、あんな長時間座ってんの初めて見たわ。ああいう場の後に飲むビールは、最強に美味えぞ? 帰ったら試してみな」
「あっ、いいっスね! 帰ったら、店長と一緒に飲んでみるっス!」
「おお、そうしろ。ツマミも大量に用意して、聖夜中飲み明かしちまえ」
「聖夜かぁ。そういえば」
聖夜という単語に反応した花梨が、普段となんら変わりない様子の温泉街を見渡し始める。
「秋国って、クリスマスらしい装飾はしないんですね」
「一応、過去に一回だけやった事があるんスけど。派手な装飾が秋の景観と喧嘩したり、あまりにも場違い過ぎて不評だったので、翌年からやらなくなったっス」
「ああ〜、確かに。イルミネーションがあっても、違和感しかなさそうだなぁ」
煌びやかなイルミネーションよりも、落ち着いた提灯の灯りに照らされた街並みが、あまりにも完成されており。
無理に、冬の装飾を取り入れる必要は無いと納得した花梨は、秋の景観に合った温泉街全体を、改めて見渡していく。
そのまま、打ち合わせの振り返りや談笑を交えて歩き。時には鵺が歩みを止め、帰り時間を調整し、約三十分後。
永秋が真ん中に佇む丁字路に着き、左へ続く道へ酒天が、右へ続く道に流蔵が曲がっていった。
「それでは皆さん、今日はお疲れ様でしたっス!」
「花梨、酒天はん、鵺はん。今日は、ほんまおおきに。当日は、ワシも楽しみにしてまっせ!」
「あばよ。また何かあったら呼ぶからなー」
「酒天さん、流蔵さん。お疲れ様でした! 今年中に、またお会いしましょうね!」
二人に顔を合わせず、ラフな対応で挨拶を済ませた鵺に。左右の道に体を向け、しっかりお辞儀までした花梨が、二人の背中を見送り、鵺と共に永秋へ入っていく。
時刻は、七時半になり客足は衰えてきたものの。出入りする妖怪の数は多く、流れが遅い列に並び、のそのそと受付を過ぎ。
流れが崩れた隙を見計らい、合間を縫って中央階段まで行き、二階を目指して上り始めた。
「ふぃ〜、やっと階段まで来れたや。鵺さんは、これからどうするんですか?」
「そうさなぁ。これといった予定もねえし、お前の部屋でダラダラしてるわ。秋風、後で猫又になってくれよ」
「鵺さん、ほんと好きですね。そうだ。たまには、鵺さんがなってみません? ゴーニャと
「ああ、二人が秒で寝落ちするアレか。地味に気になってんだよなー。まっ、考えとくわ」
クリスマスぐらいなら、自分のキャラに合っていない事をしてもいいかと、花梨の期待を膨らませる返答をしている間に、四階に到着し。
人の気配が無い支配人室には入らず、花梨の部屋がある右側の廊下を行くも。自室の扉に、何か違和感のある物を見つけた花梨が、「あれ?」と声を漏らした。
「扉に、緑色っぽい輪っかみたいなのが付いてるけど……。あれ、たぶんリースかな?」
ニヤニヤとし出した鵺に気付かず、扉に目が釘付けになっていた花梨が、一歩先に自室の前へ着いた。
リースの上部分には、大きな赤いリボンが付いており。その下には、輪っかの穴を塞がんばかりに立派なベルがぶら下がっていて。
周りには、多色の小さなプレゼント箱やボールが散りばめられている。そんな、クリスマスの雰囲気をひっそりと醸し出すリースに、遅れて着いた鵺も「へえ〜」と、わざとらしく呟いた。
「立派なリースじゃねえか。たぶん、クロかぬらさんが付けたんだろうな」
「かもですね。リースがあるだけで、一気にクリスマスっぽくなってきたや」
秋の季節に到来した小さな冬に、思わず心を躍らせた花梨が、扉のドアノブに手をかける。
「さってと、ゴーニャと纏姉さんは帰って───」
「「「メリークリスマース!!」」」
「ふおっ!?」
扉を開けた瞬間。完全に油断し切っていた花梨に襲い掛かってくるは、連続して弾けるクラッカーの音に続く、複数に重なる嬉々とした祝福の声。
不意の出来事に視界が飛び跳ね、多色の細々とした紙吹雪に覆われてから、数秒後。
目先に舞っていた紙吹雪が無くなり、開けた視界の先には、丸い三角帽子を頭に被り、手に入室した同時に放ったであろうクラッカーを持った、ゴーニャ、纏、クロ、ぬらりひょんの姿が現れた。
「……え? えっ、えっ!?」
「ハッピークリスマス、花梨っ! おかえりなさいっ!」
「ハッピークリスマス」
「やあ、花梨、鵺。ハッピークリスマス」
「ハッピークリスマス、二人共」
「よお、秋風。ハッピークリスマス」
四人の暖かな挨拶を追う、ようやくサプライズに参加出来た鵺も、花梨の背中を押しながら部屋へと誘う。
その部屋内には、完璧に装飾が施されたクリスマスツリーがあれば。壁一面に、クリスマスツリーを模した多色のモール。
折り紙で
そんな、いつもとは雰囲気がまるで違い、別の部屋に来た感覚さえ覚えていた花梨は、辺りを満遍なく見渡していて、興奮気味に目を丸くさせていた。
「わぁ〜……、すごいっ! 綺麗な装飾がいっぱいある。っていうか、鵺さんも知ってたんですか?」
「へっへーん、サプライズ大成功だな。つっても、私は何もしてねえけどな」
陽気にブイサインを送ってきた鵺が、今回のサプライズにあまり関わっていない事を告げ、花梨の気を部屋内へ逸らしていく。
「という事は……。この綺麗な装飾、ぬらりひょん様達がやったんですか?」
「本来は、ゴーニャと纏も一緒にやる予定でいたんだが。ワシとクロが暴走して、二人でこなしてしまっての」
「本当よっ。説明を丁寧にしてくれたけど、二人の飾り付けが早すぎて、説明が終わると飾り付けも終わってたんだからねっ」
「目にも留まらぬ早さだった」
文句を垂れたゴーニャと纏が、ジト目でぬらりひょんとクロを睨みつけるも、二人は苦笑いしか出来ず。改めて謝ろうと、二人は頭を軽く下げた。
「そ、そうだったんだ……」
「どうだ、花梨? すごいだろ? ちなみに壁の装飾は、私がやって。ぬらりひょんは主に、ツリーと全体の装飾を整えたんだ」
「この装飾、分担してやったんですか? わぁ〜、すごいなぁ。この量の装飾を、半日で出来ちゃうなんて……」
「そうだろう? でだ、渾身の装飾をしたつもりだが、気に入ってくれたか?」
ぬらりひょんの催促を耳にしつつ、だんだん落ち着きを取り戻してきた花梨が、部屋全体に視線を滑らせていく。
そのまま数十秒すると、全ての装飾を見終えたようで。呆けていた花梨の顔が、途端に満面の笑みへ変わった。
「はい! ものすごく気に入りました! ぬらりひょん様、クロさん。今日はなんだか、とても素敵なクリスマスプレゼントを貰った気分になりました。本当にありがとうございます!」
純粋で屈託の無い、一番聞きたかった感想を受け取るや否や。強張っていたぬらりひょんとクロの表情も、救われたように明るくなり。二人して、安堵のこもったため息をついた。
「そうか、気に入ってくれたかぁ。それはよかった。なあ、クロ」
「ええ。それを聞けただけで、私も大満足です」
最早、どの装飾が一番気に入ってくれたかよりも、数年振りに聞けた愛娘の心温まる嬉しい感想に、自然と緩い笑みが零れるぬらりひょんとクロ。
しかし、二人だけで満足するのは良くないと思ったクロは、次なるサプライズへ移行するべく、「そうだ」と話を切り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます