94話-3、成長は早い物で

 協力を申し出たゴーニャとまといを、置いてけぼりにし。クリスマスオーナメントや装飾の仕方を説明しながら、仕上げまでクロとぬらりひょんがしてしまった、二時間後。

 花梨に装飾を気に入られたいが為に、我を忘れて張り切り過ぎたクロとぬらりひょんは、ゴーニャと纏に叱られつつ、気持ち豪華な昼食を済ませ。

 料理が出来ないぬらりひょんは、より良い装飾を目指そうと、一人花梨の部屋に残り。

 クロ、ゴーニャ、纏の三人は、クリスマスにちなんだ夕食の準備に取り掛かるべく、永秋えいしゅうの一階にある食事処の厨房へ来ていた。


 厨房内は、一回目のかきいれ時である昼を過ぎた事もあり。料理をしている者よりも、皿洗いや掃除に専念している者が目立ち、穏やかな空気が漂っている。

 その中で、比較的落ち着いた一角を選んだクロは、夕食の料理を作る為に、各食材をキッチンに並べていく。


「っと、そうだ。纏は、料理を作った事はあるのか?」


 部屋の装飾が、午前中に終わったせいで出番が無くなり、とりあえず大人の姿に変化へんげしてもらった纏に、ケーキの材料を揃えたクロが言う。


「完成させた事はないけど、包丁で材料を切るぐらいなら出来る」


「なるほど。じゃあ纏には、主に火を使わない料理を作ってもらおうかな」


「火を使わない料理って、サラダとか?」


「そうそう。シーザーサラダや、トマトとモッツァレラチーズ、バジルを交互に重ねてくカプレーゼとかな。あとついでに、私が工程を教えるから、かぼちゃのポタージュも頼んでもいいか?」


 新たな注文を追加すると、纏は即答で「作ってみたい」と了承してくれたので、クロは「ありがとう」と感謝を述べつつ、かぼちゃのポタージュに使う材料も用意していく。


「それで、ゴーニャにはっと。唐揚げやフライドポテトといった、揚げ物系を作ってもらおうかな」


「揚げ物っ! 得意だから任せてっ!」


 十八番だと豪語したゴーニャが、右手に頼り甲斐のありそうな握り拳を作る。


「うん、良い返事だ。店で料理を作ってるゴーニャなら、一人でも任せられそうだけど。何か欲しい物とかあったり、分からない事があったら、迷わず私に言ってくれ」


「分かったわっ! じゃあまずは、唐揚げの下準備をしよっと」


 早速、作る料理を定めたゴーニャが、一キログラムはあろう大きな鶏肉を、キッチンペーパーを敷いたまな板に置き。全体の水気をしっかり拭き取り、満遍なく広げていく。

 次に、余分な脂肪、白い筋、血の塊を全て見逃さず取り除いては、均等な大きさに切り分けていった。


「おっ、丁寧に下処理をしてるじゃないか。余分な皮は、あえて残してるんだな」


「そうねっ。お店では、見栄えが悪くなっちゃうから取り除いちゃうけど。花梨はカリカリした皮の部分も大好きだから、取らずに残しておくのっ」


「確かに。あいつ、皮に目がないんだよな。あと、味付けはニンニクを利かせると、大喜びするぞ」


「ニンニクっ! そうなのね、ありがとっ! だったら、醤油、塩、お店仕様の味付けの他に、ニンニクをうんと利かせた唐揚げも作ろうかしらっ」


 とにかく花梨に喜んでもらおうと、最初は三種類の唐揚げを作ろうとしていたゴーニャであるが。クロの助言を貰うと、鶏肉を漬ける用の袋を追加した。


「ちなみにクロは何作るの?」


 まずは形から入ろうと、各サラダを水洗いしていた纏が割って入る。


「私か? 私は主に、メインディッシュとケーキかな。ローフトビーフに、七面鳥の丸焼き。フライドチキンは、ゴーニャに作ってもらうとして。シンプルなマルゲリータ、マカロ二グラタン……。それでも足りないと感じたら、ビーフシチューとか更に色々作る予定だ」


「かなり多い。それに、なんだか時間が掛かりそうな物ばかりだね」


「そうだな。七面鳥は、二日前から仕込んでたし。ローフトビーフとケーキも本格的な物を作りたいから、並行して作ったとしても、ざっと二時間以上は掛かるだろうけど。まあ、時間はたっぷりある。焦らずゆっくり作るつもりさ」


「そうだっ、まだ二時前ぐらいだったのねっ」


 既に、一キログラム分あった鶏肉の下処理を全て済ませ、切り分け作業も終えたゴーニャが、袋に鶏肉を入れつつ、掛け時計に目をやり。

 時間に追われない事が分かると、鶏肉をもう一枚まな板に敷き、キッチンペーパーで水気を拭き取り始めた。


「う〜ん。そうなると、タレに漬けるのはまだ早いわね。ねえ、クロっ。鶏肉を柔らかくしたいから、料理酒を使ってもいいかしらっ?」


「ああ、いいぞ。じゃんじゃん使ってくれ」


「ありがとっ! なら、これが終わったら〜、春巻きの種も作っておいて。フライドポテトは、十五分もあれば作れちゃうでしょ? エビフライは、下処理を先にしておけばいいから……。クロっ。フライドチキンは、何分ぐらいで作れるかしら?」


「ああ〜、あれは手羽元を三十分ぐらい漬けとくから……。たぶん、合計で一時間もあれば作れるな」


 フライドチキンが出来上がるまでの時間を知ると、ゴーニャは「そうなのね、分かったわっ。なら」と返し、トマトのヘタを素手で取っている纏に顔をやった。


「纏っ。三十分ぐらいしたら、纏のお手伝いをしてもいいかしらっ?」


「え? ゴーニャやる事多いでしょ? 私の分まで手伝って大丈夫なの?」


「うんっ! 私のは一時間もあれば全部作れちゃうから、全然平気よっ。だから、やって欲しい事があったら言ってちょうだい」


「そうなんだ。なら頼むぜ相棒」


 ゴーニャの好意を真正面から受け止めると、纏は真顔で。ゴーニャは微笑みながら親指を立て、各々に課せられた料理を作っていく。

 念の為、合間合間に纏の様子を見ていたクロは、ゴーニャ、見違えるほど頼りになる奴になったな。と、やや寂しい気持ちになるも、母性ある柔らかな眼差しを微笑ました。


「さってと、私もこうしちゃいられないな」


 先を行く二人に遅れを取らまいと、気合いを入れたクロも、まずはケーキのスポンジ生地を作るべく、鼻歌交じりで卵を割った。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ふうっ、こんなもんでいいか。さて、あいつらの様子でも見に行くとしよう」


 料理の手伝いを出来ないぬらりひょんが、花梨の部屋に一人で残り、装飾の再配置をし始めてから、早四時間が経過した頃。

 全体の装飾を確認してみた結果。花梨がまだ、家に住んでいた時の装飾と、ほぼ合致していた事が分かり。

 これでは本人に悟られると危惧したぬらりひょんは、慌ててクロに電話を掛け、自分とクロの配置の癖を言い合い、四時間掛けて全装飾を直していた。

 そして、念入りに再確認した後。ぬらりひょんは部屋を出て、クロ達の進捗を見に行こうと、食事処がある一階まで下りていく。


「おっ、やっているな」


 午後の六時を過ぎた事もあり、かきいれ時の永秋えいしゅうには、多方向へ行く客の流れがいくつも出来ており。

 食事処への最短ルートを見極めたぬらりひょんは、流れに逆らわず、かつ乱す事もなく横切り、食事処の厨房に到着した。


「ゴーニャ、ベーコン切り終わったよ」


「ありがとっ! それは私が炒めるから、纏はレタスを手でちぎって、各調味料を混ぜてちょうだいっ」


「がってん承知」


「ゴーニャ。そのベーコンは、オリーブオイルで炒めてくれ」


「分かったわっ!」


 厨房の奥へ進むと、クロ、ゴーニャ、纏の声が聞こえてきて、三人が連携を取り合い、無駄な動きをせずに料理を作っている。

 纏とゴーニャは、レモンの酸味が利いていそうなシーザーサラダ。クロは、二人の様子を横目で見つつ、オーブンから七面鳥を引き出し、刷毛で表面に何かを塗り。

 再びオーブンへ戻すと、あらかじめ三等分にしていたケーキ用のスポンジに、真っ白な生クリームを塗ってならし、半分にカットしたイチゴを並べ始めた。


 どうやら、料理作りも佳境に入っているらしく。皆は真剣な表情をしていながらも、どこか楽しそうな雰囲気でいて、若干入り辛い空気になっている。

 物陰にこっそりと潜み、三人を見守ってから数分後。ローフトビーフの仕上げに入ったクロと目が合ってしまい、りんとした笑みを送られた。


「なに隠れてるんですか、ぬらりひょん様」


「おっと、バレてしまったか」


 本当は、見つけて声を掛けて欲しかったとは、言えるはずもなく。いそいそと表に出たぬらりひょんは、クロの元へ近づいていった。


「あっ、ぬらりひょん様っ! お疲れ様ですっ!」

「お疲れ様です、ぬらりひょん様」


「やあ、二人共。精が出ているな。ゴーニャよ、見違えるほど料理が上手くなったじゃないか。どれも、すごく美味そうに見えるぞ」


「えへへへっ……」


 出て早々、料理と腕前を褒めると、ゴーニャは頬を赤らめて照れ笑いし、「ありがとうございますっ!」と嬉しそうに感謝を述べる。


「纏も、ご苦労さん。お前さんが包丁を持っている姿は、初めて見たが、中々の包丁捌きだ。料理作りを手伝った事は、ちゃんと花梨にアピールするんだぞ?」


「ありがとうございます。それは大丈夫。ゴーニャと一緒に、誰が何を作ったのか言うつもりだから」


「そうかそうか。花梨、喜んでくれるといいな」


「うん。私にとって、それが一番のクリスマスプレゼント」


 「むふー」と鼻を鳴らし、小さく拳を掲げた纏に、ぬらりひょんは「うんうん」と二度うなずき、ローフトビーフを切り分けているクロの横に付いた。


「おい、クロ。ワシらが施した装飾。あれ全部、家に住んでいた時とまったく同じだったぞ」


「ゔっ……!」


 ぬらりひょんの呆れを含んだ囁きに、どこか思い当たる節があったようで。作業が止まったクロの体に、動揺を隠せない大波が立った。


「やっぱり、そうでしたか」


「その反応。どうやら、お前さんも気付いていたようだな」


「ええ。ぬらりひょん様から電話が来て、色々話してる間、嫌な予感はしてました」


「ふっ、やはりな。ワシも、お前さんらが居なくなってから気付いてな。花梨に悟られぬよう、配置を一から直していたら、こんな時間になってしまった」


 やや疲れ気味に愚痴をこぼすも、ぬらりひょんの表情はほがらかでいて。どこかお互い様だといった、柔らかい苦笑いをした。


「まあ、数年振りに花梨が居るクリスマスを迎えられたんだ。本当に待ち侘びていたから、熱が入るのも無理はないか」


「ですね。私も十二月に入ってから、この日が来るのを楽しみにしてました。花梨達は、喜んでくれますかね?」


「当たり前だ。今日の夕食もそうだが、明日の朝も楽しみでしょうがない。装飾をしながら確認の電話をしたが、皆も張り切っていたぞ」


「ふふっ。花梨の部屋、埋まらないといいですがね」


 ゴーニャと纏にも伝えていない、更なるサプライズを隠している二人は、来たる未来を思い浮かべ、静かに微笑み。

 花梨が帰って来る時刻が迫ってきた事もあり、ぬらりひょんも厨房内で出来る範囲の手伝いを始めていった。

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