94話-2、対抗意識を燃やす、二人の親バカ

 姉の花梨から、クリスマスのなんたるかを軽く聞いたゴーニャとまといが、ぬらりひょんと密談をおこなった次の日。

 その花梨達は、一月四日に開催される『河童の日』に向けて、十時から始まる打ち合わせの参加をする前に、なぜか女天狗のクロも居る支配人室へ来ていた。

 今日の内容を確認し終え、気合いを入れた花梨が、腕を組んで話を聞いていたクロへ顔をやった。


「それじゃあクロさん、行ってきますね」


「ああ、気を付けて行ってこい。私も『河童の日』を、楽しみにしてるからな」


「はい! 酒天しゅてんさんと共に、必ず盛り上げてみせます! では、ゴーニャと纏姉さんを、よろしくお願いします」


 クロに眠気を見せない熱い宣言を交わすと、ぬらりひょんとクロへ会釈をした花梨が、全員に手を振りながら扉に向かい。扉を静かに開け、一人支配人室を後にする。

 その、元気な背中を見送り、千里眼で花梨が三階まで下りた事を確認したぬらりひょんは、「よし」と場の空気を変える、気合いのこもった声を発した。


「さてさて、クロよ。昨日話した通り、ゴーニャと纏も、例の計画に参加してくれる事になったぞ」


「ええ。準備の人数が増えるのは、私も願ったり叶ったりです。今日はよろしくな、二人共」


「よろしくお願いしますっ!」

「頑張る」


 花梨の宣言にも負けない、ハキハキとした二人の返しに、クロはりんとした笑みで応えた。


「それにしても。まさか、お前らが参加してくれるとはな。これなら、時間に余裕が生まれるだろうし。夕食のレシピを二、三品増やしちまおうかな」


「夕食っ! ねえ、クロっ。私も夕食作りを手伝っていいかしらっ?」


「ゴーニャが?」


「うんっ。『焼き鳥屋八咫やた』で料理を作り始めたから、包丁だってちゃんと使えるわっ。だから、お願いクロっ!」


「えっ!? とうとう料理まで作り出したのか?」


 ここ最近、恐るべき速さで上達していく腕を、八咫烏の八吉やきち神音かぐねに買われ、固定シフトも組まれる予定でいるゴーニャ。

 その、れっきとした正社員も夢ではなくなったゴーニャに、驚きを隠せないクロは、目を丸くしてひん剥いていた。


「そうよっ。一品料理の、ガーリックポテトフライ、梅肉和えのたたききゅうりでしょ? 焼きおにぎりや、花梨が大好きな唐揚げも作ってるわっ」


「はぁ〜……。焼きおにぎりって、ちゃんと作るのが案外難しいんだぞ? それを店で作って出せるなんて、すごいじゃないか」


「えへへっ。八吉達も、お前なら安心して任せられるって、笑顔で言ってくれてたわっ」


「それ、私も見てた。あと、ゴーニャが作ったまかない料理も美味しかった」


 証人の纏が割って入ってきては、当時食べた賄い料理の味を思い出したようで。無表情を保っている口から、ヨダレがじゅるりと垂れていく。


「でしょでしょっ? 唐揚げと焼き鳥が乗った丼物を作ったら、みんなおいしいって喜んでくれたのっ」


「へえ〜、賄いまで出してるのか。……話を聞いてたら、だんだん食べたくなってきたな。なあ、ゴーニャ。今度、私も食べに行っていいか?」


「いいわよっ、おいしい焼き鳥を焼いて待ってるわっ!」


 さり気なく、客入れまでしたゴーニャの話を聞き、食欲を刺激されたぬらりひょんも、「ワシも、また行ってみようかのお」とこっそり呟く。


「ありがとう、楽しみにしてるよ。っと、話が少し逸れちまったな。それじゃあ、ゴーニャ。午後になったら料理を作り始めるから、お前も手伝ってくれ」


「いいの!? やったっ! ありがとう、クロっ!」


 纏の信頼感がある証言もあり、ゴーニャの申し出を快諾すると、ゴーニャは弾けた満面の笑みになり。心強いパートナーが出来たクロも、柔らかく微笑んだ。


「ふっふっふっ、愛する妹の手料理か。こりゃあ花梨も、喜ぶに違いない。纏よ、ワシらも負けていられんぞ? 花梨の部屋に立派な装飾をして、あっと驚かせてやらないとな」


「うん。壁を歩けるから高い場所の装飾は任せて」


 クロとゴーニャに負けじと、ぬらりひょんと纏が装飾組で同盟を結ぶと、料理組として優勢になったゴーニャが、「あっ」と反応を示した。


「装飾って、高い場所もするのねっ。だったら、大人の妖狐になっちゃおっと」


 料理だけではなく、装飾も頑張ろうと意気込むと、ゴーニャは肩に掛けていた赤いショルダーポーチから、大人の妖狐に変化へんげ出来る葉っぱの髪飾りを取り出し。

 最早、第二の本体になりつつある、大人の妖狐姿になり、「よしっ!」と気合いを入れ直した。


「それじゃあ、そろそろ花梨の部屋に行くとするか。皆、今日はよろしく頼むぞ」


「はいっ! よろしくお願いしますっ!」

「よろしくお願いします」


 準備が整った所を見計らい、ぬらりひょんも書斎机から飛び降り、皆を先導するように先を行く。そして、雑談を交えながら付いていき、支配人室を後にした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 支配人室から、花梨の部屋へ移動している最中。一度クロの部屋に寄り、大小様々なダンボール箱を五箱分、花梨の部屋に運んだ後。紙テープを剥がし、中身を丁寧に取り出していた。


「わあっ。輪っか状の紙が、沢山くっ付いてるわっ」


「それは、輪つなぎだ。私とぬらりひょん様で作ったんだけど、慣れない作業だったから、まあ大変だった」


 あえて、初めて作ったていで説明したクロであるが。まだ、花梨が学生時代の頃。

 クリスマスや各季節のイベントが近づくと、ぬらりひょんとクロは、部屋に装飾を施すべく、決まって輪つなぎを大量に作っており。

 今なら、体が一連の流れを完璧に覚えていて、一メートルの輪つなぎなら、目を瞑りながらでも十分掛からず作れるようになっていた。


「こっちのダンボールには、それなりに大きい木が入ってる」


「それはモミの木と言ってな。クリスマスになると、その木にオーナメントという飾りを色々付けていくんだ。例えば〜」


 纏が自身の身長よりも、倍はありそうなモミの木の引っ張り出すと、ぬらりひょんが別のダンボール箱を漁り始め、多種多様なオーナメントを出していく。


「ツリーの一番上に飾る星、トップスターだろ? 数色ある玉がオーナメントボールで……。キャンディケインや電飾、ひいらぎ、白い綿、ベルなどを配置していく。それに、同じく輪っか状の物でも、ちょっと装飾が豪華な物があるだろ? これはクリスマスリースと言って、主に玄関などに飾るんだ」


「ぬらりひょん様、すごく詳しい」


「トップスターっていうのが、キラキラしててすごく綺麗だわっ」


 オーナメントの各正式名称を全て知っており、手馴れた様子でモミの木を立てたぬらりひょんが、部屋の一番目立つ場所へ移動させた。


「だろう? 簡単に付けられる方法も知っているから、分からない事があれば、どんどん聞いてきてくれ」


「ぬらりひょん様にだけ、いい顔はさせませんよ? 私も色々知ってるから、気軽に質問してきてくれな」


 知識を披露したぬらりひょんに遅れを取らないよう、対抗意識を燃やしたクロも、壁に両面テープを貼り、輪つなぎを見栄えよく飾っていき。

 変に空いたスペースには、両面テープを長めに貼り、雲の形を模した白い綿を飾り付け。壁に二色のモールを交互に並べていき、即席の壁面クリスマスツリーを作っていく。

 説明を挟みつつ、僅か十五分で壁一面をクリスマス色に染め上げたクロに、ぬらりひょんも負けじと心に火がついたのか。

 置いてけぼりを食らっているゴーニャと纏へ、各オーナメントに込められた意味を説明しながら、クリスマスツリーの装飾を仕上げていった。


「二人共、装飾する速さが尋常じゃない」


「分かりやすい説明だけど……。その説明が終わると、同時に装飾も終わっちゃってるのよねっ。まだ二十分も経ってないのに、ダンボール箱が、もう三つも空になっちゃった」


 約十七年間、花梨をいかにして喜ばせるか試行錯誤を繰り返し、全力を尽くして取り組んでいった結果。

 二人は決まって同じ装飾の担当に就き、出来栄えの良さを花梨に説いては、気に入った装飾を選ばせて、一喜一憂していたクロとぬらりひょん。

 そして今回も、二人は例外無く勝負をおっぱじめてしまい、部屋に装飾を始めてから一時間後には、装飾の全行程を終えてしまった。

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