94話-1、二女と三女のクリスマスイブ大作戦

 ぬらりひょんと天狐のかえでによる密談から、三日後。時刻は、まだ温泉街の活気が止まぬ、夜の七時半頃。

 仕事を終えた花梨達は、ぬらりひょんにいつもの報告をするべく、永秋えいしゅうの四階にある支配人室へ来ていた。

 今日あった出来事を大まかに説明し、雑談を交えて粗方済ませると、キセルの煙を細々とふかしていたぬらりひょんが、「そうだ」と話の流れを変えた。


「花梨よ、明日の予定についてなんだが。一月四日に開催される『河童の日』の打ち合わせに、酒天しゅてん流蔵りゅうぞうぬえと共に、お前さんも参加してもらおうかと思っている」


「おっ、ついに来ましたね! 楽しみだなぁ。そうだ、ぬらりひょん様。一つ、質問してもいいですか?」


「なんだ?」


 ぬらりひょんが問い返すや否や。そことなくソワソワし出した花梨が、「えっと、ですね」と、急に歯切れが悪くなる。


「明日の打ち合わせって、何時ぐらいに終わる予定ですかね?」


「そうだな。朝の十時に打ち合わせが始まるだろ? 鵺が進行を務めるとしてだ。特に問題が無ければ、夜の七時前後には終わるんじゃないか?」


「夜の七時、ですか。うーん、行くにはちょっと遅いなぁ」


 打ち合わせの終了時刻を知り、難しい表情になった花梨に、不思議に思ったぬらりひょんが、右眉を軽く上げた。


「行くって、どこへ行くんだ?」


「あの、ですね。明日って、クリスマスイブじゃないですか。なので現世うつしよに行って、ゴーニャとまとい姉さんに、美味しい物を食べさせてあげようかなって思ってまして」


「ああ、なるほど?」


 クリスマスイブという単語に、今度はぬらりひょんが言葉を濁し、視線を右に逃がしていった最中。初めて耳にした言葉に、ゴーニャが「くりすますいぶ?」と反応を示した。


「え〜っと、なんて言えばいいかな? 十二月二十四日と二十五日は、一年の中でも特別な日になっててね。それでその日は、パーティとか開いて、普段食べない美味しい物を食べたりして過ごす日になってるんだ」


「へぇ〜、そうなのねっ」


「それだけじゃない。サンタクロースっていう、すごい人も出てくる」


 花梨がクリスマスイブについて、あやふやに説明すると、多少の知識を持ち合わせていた纏も、食い気味に補足を入れる。


「さんたくろーす?」


「世界中の子供達にプレゼントを配る人。一説では、いい子にしてる子にしか来ないらしい」


「そうなのっ!? ねえ、花梨っ。私達の所に、その人は来てくれるかしらっ?」


「いやぁ〜、どうだろう? 隠世かくりよまで来てくれるのかな?」


 妹と三女の夢を壊さない為にも、ハッキリとした答えを言えるはずもなく。

 今年のサンタクロースになれそうにもない花梨が、苦笑いで誤魔化そうとすると、発言のタイミングをうかがっていたぬらりひょんが、口を開いた。


「すまんが、花梨。二十五日の予定を空けておくから、明日は諦めてくれ」


「あっ、二十五日は空けてくれるんですね。すみません、ぬらりひょん様。ワガママを言っちゃいまして……」


「構わんさ。ゆっくり現世うつしよへ行き、皆と楽しんでこい」


「分かりました、ありがとうございます! それじゃあ、失礼します」


 粋な計らいにより、明後日の予定を空けてくれたぬらりひょんへ、花梨は満面の笑みで答え、扉に向かおうとするも。ゴーニャと纏は立ち止まったままでいて、一人背中を見せた花梨に、纏が「花梨」と呼び止めた。


「私とゴーニャは別件でぬらりひょん様に用があるから、先に戻ってて」


「別件、ですか。分かりました。それじゃあ、お風呂に行く準備をしときますね」


「ありがとう、すぐ戻る」


 二人の別件について気になるも、内容を聞くのは野暮だと察した花梨は、手を振りながら扉を開け、支配人室を後にする。

 ゴーニャと纏も手を振り返し、扉が閉まってから数秒後。二人は、顔を見合わせて小さくうなずき、改まった真面目な顔を、同時にぬらりひょんへ移した。


「あの、ぬらりひょん様っ。お願いがありますっ!」


「却下する」


「ええっ!?」


 まさか、お願いの内容すら聞く耳を持ってくれない一蹴に、ゴーニャは予想すらしていなく。驚きを隠せずに、青い瞳をまん丸にした。


「ぬらりひょん様。せめて聞いて下さい」


「断る。どうせ、お前さんらの事だ。明日、花梨に贈るプレゼントを買いに行きたいから、現世へ連れて行ってくれとかそんな内容だろ?」


「全部バレてた」


 一語一句違わぬ目論見を、話す前から言い当てられ、ぐうの音も出なくなった纏に、ゴーニャが「あの」としおらしい声で続ける。


「なんで、ダメなんですかっ……?」


「明日は、ワシもクロも一日中忙しくてな。お前さんらの相手を出来る者が居らんのだ」


「ぬらりひょん様達も予定が入ってるんだ。ちなみに何するんですか?」


「何をするだあ? そんなの決まっておろう」


 言葉使いの荒さとは裏腹に、ぬらりひょんは口元をほころばせ、何かを企んでいそうな柔らかな笑みを見せた。


「クリスマスパーティの準備だ」


「くりすますぱーてぃ?」


 まだ、ぬらりひょんの意図が掴めぬ返しに、表情をぽやっとさせたゴーニャが、首をかしげる。


「そうだ。お前さんらを驚かせる為に、数週間前からクロと計画していたんだ。お前さんらが出払っている隙を見て、部屋をクリスマス仕様に装飾したり。午後から夕食に備えて、クリスマスにちなんだ料理を用意する予定でいた。のだが、お前さんらの予期せぬ申し出のお陰で、計画の全容を明かさざるを得なくなり、少々予定が狂ってしまったなあ〜」


「うっ……」


 どこかわざとらしくもあり、計画の全容が明るみに出たのにも関わらず、途端にいやらしい表情を浮かべたぬらりひょん。

 が、二人には気まずい空気が流れ始めており。一人で楽しそうにしているぬらりひょんの思惑を悟れておらず、申し訳なさそうにこうべを垂らしていく。

 そんな、計画を台無しにしてしまったとしょぼくれた二人を見て、ぬらりひょんは人知れずほくそ笑み、背中を書斎椅子に預けた。


「それにしても、明日はワシとクロだけで、計画を遂行し切れるか分からんなあ〜。あ〜あ、誰かワシらの他にも、花梨を喜ばせたいと名乗り出てくれる者はおらんかなあ〜」


 最早、わざとらしいという域を超え、遠回しで二人にも手伝って欲しいと誘ってきたぬらりひょんが、チラチラと二人へ視線を送る。

 その視線を受け取った二人も、そこでようやく、ぬらりひょんの思惑に薄々気付き、目をぱちくりとさせた後。

 互いに呆けた真顔を合わせると、やる気に満ちた表情へと変わっていった。


「ぬらりひょん様っ。その計画、私も手伝いたいわっ!」


「私も手伝う、絶対手伝う」


「ふっふっふっ。お前さんらなら、そう言ってくれると信じていたぞ」


 本来の目的は果たせなくなってしまったが、別の方法で花梨を喜ばせられるのであれば、是非にと願う二人へ、ぬらりひょんは満足気な頷きを返す。


「よし、決まりだ! ならば明日、お前さんらにも計画の流れを説明せねばなるまいな。おっと、そうだ。くれぐれも、花梨には悟られないよう気を付けてくれよ?」


「わかりましたっ!」


「がってん承知」


 計画に加わる約束はしたものの、花梨をあまり待たせる訳にはいかないので、今は計画の全容を聞かず、ゴーニャと纏は早々と立ち去っていき。

 二人の小さい背中を見送ると、ぬらりひょんは微笑んでいる顔で天井を仰ぎ、キセルの煙を豪快にふいた。

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