94話-5、まだまだ終わらないサプライズ

「花梨。なにもすごいのは、装飾だけじゃないぞ? ほら」


「えっ? ……うわあ〜っ!」


 クロの言葉を合図に、ぬらりひょん、ゴーニャ、まといが体を横へずらし、背後に隠していたテーブルをあらわにさせる。

 その、あえて隠されていたテーブルに花梨が注目すると、オレンジ色の瞳が、ツリーに装飾された電飾よりも眩く輝き出した。


 大きめなテーブルの上には、中央に君臨する二段のイチゴのショートケーキを始めとして、肉肉しい赤が目立つローストビーフ。

 艶やかな光沢を走らせ、焦げ目が付いた皮が見るからにパリパリとしていそうな、七面鳥の丸焼き。他にも、ピンと垂直になったエビフライ。

 少なくとも三種類の味付けが施されていそうな、花梨が大好物な唐揚げの山。食べ応えのありそうな衣を纏った、フライドチキン。


 更に、春巻き、フライドポテト、シンプルなマルゲリータやグラタン。野菜に、シーザーサラダとカプレーゼ、サーモンのマリネ。

 汁物は、鍋に並々と盛られたビーフシチュー、かぼちゃのポタージュなどが置かれており、出来たてを知らせる熱々の湯気を昇らせている。

 そんな、所狭しと並べられた料理の数々に、花梨は興奮を隠せずにいて、顔をひっきりなしに動かしていた。


「すごいっ! 美味しそうな料理が沢山ある! この料理、全部クロさんが作ったんですか?」


「最初は、そうするつもりだったんだけどな。思わぬ助っ人が来てくれたから、各々分担して作ったんだ」


「思わぬ助っ人?」


「はいっ!」

「はい」


 凛とほくそ笑むクロの紹介を待ち切れず、作った料理の担当を早く花梨に教えたいと、元気よく手を挙げるゴーニャと纏。

 しかし、花梨はまだ理解が追い付いていないようで。手を挙げた二人を視界に入れてから、数秒して「えっ?」と信じられていない様子の声を漏らした。


「もしかして、ゴーニャと纏姉さんも、この料理を?」


「そうよっ! 私は、主に唐揚げやエビフライの揚げ物を作って」


「私はサラダとかぼちゃのポタージュを作った」


「ゴーニャが揚げ物を!? それに、纏姉さんまで!?」


 実は、焼き鳥屋八咫やたで料理を作り始めた事を、花梨にも隠していたゴーニャが、ようやく明かせたと満面の笑みになり。

 纏も、花梨の驚愕と動揺が隠せていない反応に、「むふー」と鼻を鳴らして答えるが、花梨は完全に呆け切っていて、二人の顔を交互に見返していた。


「……えっ? 揚げ物やサラダの見た目は、完璧な仕上がりだけど。これらを、二人だけで作ったの?」


「うんっ! 最近になってからだけど、焼き鳥屋八咫で一品料理も作り始めたのよっ。八吉やきち神音かぐねからの評価も高いし、お客さんもすごくおいしいって喜んでくれてるわっ」


「ゴーニャが料理を作り出してからリピーターもかなり増えた」


「そうなんですか!? ……はぇ〜」


 仕事で互いが離れている内に、様々なスキルがメキメキと上達していくゴーニャに、先ほどから花梨は驚かされっぱなしでいて、とうとう口まであんぐりと開き。

 同じく、何も知らないで部屋へ来たぬえも、「はあ、すっげぇな」と、珍しく素直に関心した矢先。

 漂ってきた料理の匂いに、食欲が刺激されたようで。花梨と鵺の腹から、ほぼ同時に腹の虫が鳴った。


「やっべぇ。サーモンのマリネ、めちゃくちゃ美味そうじゃねえか。マジで食いてえ」


「お目が高い」


 作った料理を食べてみたいと言われて嬉しくなり、親指をビッと力強く立たせる纏。


「そうだ! ぬらりひょん様、クロさん、鵺さん。皆さんも一緒に食べましょうよ!」


「おっ、私達もいいのか?」


 花梨の是非にという願いがこもった提案に、クロが思わず声を弾ませる。


「はいっ! その方が、より美味しく楽しく食べれますもん! ゴーニャと纏姉さんも、それでいいですよね?」


「もちろんよっ!」

「当然。花梨が言わなかったら私が言おうと思ってた」


 即座に返ってきた妹達の快諾に、花梨も明るい笑顔で「ありがとう、二人共!」と明るい笑顔で応えた。


「よっしゃー! おいクロ、金払うからビール用意してくれ!」


「今日ぐらい、私が奢ってやるよ。ピッチャー何杯欲しいんだ?」


「マジで!? えと、とりあえず三つで!」


「三つだな、分かった」


「どれどれ。それじゃあお言葉に甘えて、ワシもご一緒させてもらおうかな」


 早く食事を始めたい一心で、窓から飛び立つクロに。ニンマリとした表情をしつつ、両手を擦りながら品定めをする鵺。

 花梨もゴーニャと纏に囲まれ、各々の料理について細かく説明をされ。ぬらりひょんは、皆の反応を楽しみながら腰を下ろしていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「かんぱーい!!」


 全員に飲み物が行き渡り、早く料理を食べたい鵺が乾杯の挨拶をし、皆がコップやグラスを高々と掲げ。一気に飲み干すと、「ぷはぁ〜っ!」と声を揃えて喉を潤した。


「さぁ〜て、食うぞ食うぞぉッ!」


「ど、どどっ、どうしよう……。な、何から食べよう……」


 すぐさまサーモンのマリネへ箸を伸ばす鵺とは裏腹に、花梨は迷い箸を右往左往させていく。


「ははっ、珍しく悩んでるな。好きな物から食べればいいじゃないか」


「だって、皆さんが私の為に作ってくれた料理なんですよ? ですので、どれを一番最初に食べればいいのか、迷っちゃってるんです……」


 メインの料理は、クロが。揚げ物類は、ゴーニャが。サラダと一部の汁物類は、纏が作った料理であり。

 一番最初に選んだ料理を食べると、選ばれなかった料理を作った者の心に、傷が付いてしまうのでは? と危惧していた花梨が、悩みの種を明かした。


「ああ、なるほど。お前って、ほんと優しい奴だな。でも、私達はお前が料理を食べてくれるだけで、大満足するぞ? なあ、二人共?」


「うんっ! だから気にしないで、好きな物を食べてちょうだいっ」

「美味しいって言ってくれたら、なお嬉しい」


「そ、そうですか? なら〜」


 どれを先に食べても気にしないと、三人から許可を得られた花梨は、大好物の唐揚げに箸を伸ばし、口へ運んだ。


「んん〜っ! この唐揚げ、ニンニクがすごい利いてる!」


 花梨がチョイスした唐揚げは、ゴーニャがクロから助言を貰った唐揚げであり。カリカリの衣を噛めば、皮が『パリッ』と気持ちの良い音を鳴らし。

 プリプリとしていながらも、しなやかな弾力を兼ね揃えた鶏肉まで到達すれば、中に閉じ込められていた甘味を含んだ油と共に、香ばしくも食べやすいニンニクの風味がぶわっと広がっていった。


「この唐揚げ、私大好きだなぁ〜。本当に美味しいや」


「やったっ! 花梨がそう言ってくれると、私もすごく嬉しいわっ!」


「花梨、次は私が作ったサラダを食べて」


 食べて美味しいと言っててくれれば、それで嬉しいと花梨をなだめたものの。

 やはり早く、その言葉を欲しいと欲が生まれた纏が、サーモンのマリネを取り分けた別皿を、花梨に差し出した。


「じゃあ次は、私が作った渾身のローストビーフを食べてみてくれ」


 纏に遅れは取らまいと、いつの間にか大量のローストビーフを別皿に分けていたクロも、わざわざ花梨の傍まで移動し、取りやすい位置に皿を置く。


「花梨っ、花梨っ! このエビフライも、私が作ったのよっ! すごく自信があるから、食べてみてちょうだいっ!」


 花梨の『美味しい』を、一番最初に貰ったゴーニャまで参加しては、大振りでピンと立ったエビフライが盛られた皿を、花梨の近くまで移動させた。


「あの〜、皆さん? 必ず全部食べますから、一旦落ち着いてくれませんか?」


「ふっふっふっ、大人気じゃないか。ゴーニャよ、フライドチキンを一本貰うぞ」


「どうぞっ! フライドポテトもおいしいから、ぜひ食べて見て下さいっ!」


「ぬらりひょん様。シーザーサラダとかぼちゃのポタージュもご賞味あれ」


 一度声を掛けると、妹達の標的は忙しく移り変わり。自分達は食べるのを忘れ、各々作った料理をアピールしていく。


「ふふっ。二人共、嬉しそうにしてるなぁ」


「二人共、頑張って作ってたからな。纏に至っては、本格的な料理を作ったのが今日で初めてみたいだし、ああなるのも仕方ないさ」


「ですね。さあっ、私もいっぱい食べるぞー!」


 クリスマス色に染まった食欲のエンジンを、フルに入れた花梨であるが。ゆっくり味わいながら食べようと心掛け、まずはサーモンのマリネを口に運ぶ。

 そのまま至福の唸りを上げると、食欲のエンジンにブーストが掛かってしまい、ゴーニャと纏の催促に答えつつ、料理を平らげていった。

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