94話-6、集結するサンタクロース

 等間隔に聞こえるフクロウの鳴き声が、遠くまで響き渡っていく、夜中の二時頃。

 妖怪の総大将である、ぬらりひょんを筆頭に。温泉街新旧メンバーが永秋えいしゅうに集い、小規模の百鬼夜行を成していた。

 場所は、静まり返った四階の廊下であり。夕食後、皆の説得で猫又に変化へんげし、花梨のマッサージを受けて秒で寝落ちしたぬえが、大きなあくびをついた。


「ふふっ。えらく眠そうにしてるじゃないか」


 巨大な箱を両手で持ち、列の最前列で待機していたクロが、凛とほくそ笑みながら言う。


「実際クソ眠ぃんだよ。お前も、秋風のマッサージを受けたら分かるぜ。あれ、マジですげえぞ? 私の中で革命が起きたわ」


「へえ、そんなになのか。なら私も、疲れた時にやってもらおうかな」


「おう、そうしろ。けど、事前に予約を入れとけよ? じゃねえと、先に例の首輪を使われちまうからな」


「ああ、確かに。大人気なんだよな、あの首輪。明日になったら花梨に言っておくか」


 事前予約制にまで発展し、需要が上がっていく首輪の使用を新顧客のクロへ譲った鵺が、「だな、そうしとけ」と相槌を打ち。「で」と言いつつ、背後へ顔をやる。


「そこに居る、小せえ酒羅凶しゅらきっぽい奴。あんた誰だ?」


「本人だよ。わざと言ってんのか? てめえ」


 両肩に合計百キログラム分の米俵を担ぎ、身長が鵺ほどまでに縮まった酒呑童子の酒羅凶が、殺意を込めながらぶっきらぼうに返す。


「え、本人なの? 体もやけに細くなってるし、違和感やべえぞ?」


「元の体だと、秋風の部屋に入れねえんだよ。文句あるなら、てめえがこれを持っていきやがれ」


「すまん、無理だわ」


「あたしは、親分がどんな姿になっても、必ず付いていくっスから、あだっ」


 同じく両肩に、総重量不明のおツマミ五年分セットを担いだ茨木童子の酒天しゅてんが、酒羅凶を励まそうとするも。

 酒羅凶が担いでいた米俵で、酒天の頭を引っ叩いて黙らせた。


「声がでけえんだよ。秋風達が起きたら、全部パァになっちまうだろうが」


「だから起きないように、莱鈴らいりんが特別製のお香を焚いてんだろ? 見てて痛々しいから、止めろっての」


「かれこれ、三十分ぐらい待ってるけどさ。お香を焚いたぐらいで、秋風君達は起きなくなるのかな?」


 酒羅凶達の背後に居た、八咫烏の八吉やきち神音かぐねも、日々役立つ日常品セットを、しこたま詰め込んだ箱を両手に持ち、疑問を放つ。


「あのお香ぉ、効果は抜群よぉ〜。私もお世話になっているからぁ、保証するわぁ〜」


「あらぁ、雷首しゅらいちゃんもなの〜? 実は、私もなのよぉ〜。歳を重ねると、どうも寝付きが悪くなるのよねぇ〜」


 着物入りの桐箱を置いたろくろ首の雷首や、数多の食品券と日持ちする和菓子半年分セットを、足元に置いている化け狸の釜巳かまみが、悩みの種を明かし、会話に花を咲かせていく。


「へぇ〜、そうなのね。ちなみに、どんな効果があるのかしら?」


「首雷ねぇ! 私も軽い不眠症持ちなんです! もしよければ、私にも是非教えて下さい!」


「そのお香ってやつ、幽霊にも効くんかぃ?」


 特別製のお香に興味を持った、ジュラルミンケースに選りすぐりの写真を収めたアルバム、『極寒甘味処二号店』のプレオープン招待券を入れた、雪女の雹華ひょうか

 無難なギフトセットの数々、『のっぺら温泉卵』全品無料券をチョイスし、酒羅凶に引っ叩きかれそうな声量で催促する、のっぺらぼうの無古都むこと

 右肩に、大型の冷凍カジキを一匹。左肩に、巨大な冷凍本マグロを担いだ、船幽霊の幽船寺ゆうせんじも話に加わる。


「香りはぁ、白檀の様に上品な甘い香りでぇ〜。お香を焚いて横になればぁ、数分で眠りに就けてぇ、きっかり八時間眠れる効果があるのよぉ〜」


「へえ、そんなお香があったとはね。私達も過去、寝付けない夜が多々とあったから、もっと早く知りたかったよ」


「ですね。主に薙風なぎかぜお兄様の、凶悪なイビキのせいでですが」


「そうそう。あまりにもでけえから、俺まで起きちまう……、って、誰のイビキがうるせえだってえ?」


 三兄妹で新たに調合した、万能薬入りの大壺を大事に持っている、カマイタチの薙風のノリツッコミに、辻風つじかぜ癒風ゆかぜが苦笑いを浮かべる。


「相変わらず、そうそうたる面子だねぃ。俺達なんかが、こんな場所に居て本当にいいのかねぇ?」


「こ、怖いよお……」


 己らにはあまりにも場違いで、存在が軽く消し飛んでしまいそうな顔ぶれに、高級小豆三十キログラム分を用意した小豆洗いの洗香あらかが、ポツリと呟き。

 堂々と立つ洗香の体を決して離さまいと、長期保存が可能な餅を五キログラム分こさえた静か餅の硬嵐こうらんが、震えた腕で抱き締めた。


「なあ、朧木おぼろぎさん。あんた達は、何を用意したんだぁ?」


「もちろん、我々が丹精込めて作った自慢の野菜デス! デスが、花梨さんの部屋に入り切らないと、ぬらりひょん様に言われてしまい、大半は食事処に置いてきました」


「ああ〜。やっぱ朧木さんも、そう言われたかぁ。実はオラも言われて、持ってきたもんをほとんど食事処に置いてきたんだぁ」


 運んで来た物量だけなら、一、二位を争う木霊の朧木と、牛鬼の馬之木ばのきが、適度な野菜や肉類が入った竹製のかごを片手に、ほのぼのと談笑する。


「そういや、ちっこくなった赤霧山あかぎりやまはんと青飛車あおびしゃはんは、手ぶらなんやな」


「ああ。俺達のクリスマスプレゼントは、一軒家だからな。とりあえず、花梨さんに住みたい家を決めてもらおうと、高級住宅カタログを数十冊用意した」


「は? い、一軒家?」


 何かの聞き間違いかと耳を疑った、高級土鍋セットを持った河童の流蔵りゅうぞうが、細めた眼差しを鬼の赤霧山に送り。

 隣で聞いていた青飛車が、持っていた住宅カタログを適当に開き、目をパチクリとさせている流蔵に渡した。


「ほら、こういうのだよ。和魂洋才を主張した内装、モダンだけど自然に溶け込む外見、開放感溢れる吹き抜け、プール付きでエコロジカルな家があるんだ」


「いや。あんさんが何言ってんか、さーっぱり分からん……。お、でかいプール付きの家なんかあるんか。これええな」


「だろう? もし流蔵さんが住むなら、プールは外せないね。住宅用スイミングカタログもあるけど、見てみるかい?」


「へぇ〜、二十五メートルプールまで作れるんか。おっ、巨大な池もあるやんけ。深さも、ある程度なら指定出来るんか。これなら、ワシも住めそうやな」


 河童も難なく住める家を紹介し、巧みな話術で流蔵の興味を惹いていく中。

 くだん未刻みこくが、メモ帳に何かを書き、隣に居た天狐のかえでにメモ帳を見せながら、巫女服の袖を引っ張った。


「『楓様達は、何を持ってきたんですか?』? ワシは、ぐれぇどあっぷした髪飾りせっとじゃ。これは、より本物に近い妖狐に変化へんげが出来る代物での。この髪飾りを身に付けると、純粋な妖狐しか出せない狐火を出せる様になれるんじゃ」


「花梨達、狐火が好きだからねー。私も、よく狐火を分けてって言われてたんだー。ちなみ私は、特注の超最高級油揚げだよー。未刻っちは、何を持ってきたのー?」


 楓と妖狐のみやびが、それぞれ持ってきたクリスマスプレゼントを明かすと、未刻は再びメモ帳に書いた文章を、二人に見せた。


「えっとー、なになにー? 『丑三つ時占いの、開店日予定表』? ええー、いいなー。すごく羨ましいー……、んー?」


 人気度だけ見れば、圧倒的上位を誇るものの。正確な開店日は誰も分からず、店に行ってはとんぼ返りが当たり前な『丑三つ時占い』。

 雅も、楓に内緒で何度かこっそり伺った事があり。花梨達のクリスマスプレゼントを、本当に羨ましがっている最中。

 留まっていた前の列が静かに動き出し、不思議に思った雅が、未刻のメモを見ていた顔を前へやった。


「どうやら、花梨の部屋へ入れるようになったらしいのお。二人共、ワシらも行くぞ」


「おっ、やっとかー。よーし、目立つ場所に置いておこっとー。花梨達、喜んでくれるといいなー」


「ああ、そうじゃな」


 楓の雅の会話に混ざり、未刻が『きっと、喜んでくれると思います』と書かれたメモ帳を掲げ、流蔵達の背中を追っていく。

 そして、花梨の部屋の前で誘導している、ぬらりひょんと莱鈴の指示に従い、部屋の中へと入っていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 時刻は、スズメの鳴き声が活気溢れる喧騒に掻き消されていく、朝の九時半前。

 莱鈴特製の、お香の効果が切れたと同時。深い眠りに就いていた花梨達が目を覚まし、のそりと上体を起こして、一斉に体を大きく伸ばした。


「んん〜っ……。なんだか、妙に目覚めがいいなぁ……、んっ?」


 眠気の切れの良さを実感し、最高の朝を迎えるも。開眼一番に入った光景に、目を疑って言葉を失う花梨。

 入口側には、部屋の四分の一を埋め尽くすカラフルな梱包や、違和感が凄まじいカジキと本マグロなどがあり。

 イマイチ状況が飲み込めず、開いたばかりの目を細めた花梨が、「……なに、あれ?」と言葉を漏らした。


「すごいっ、野菜とかお肉まであるわっ。ねえ、花梨っ。もしかして、サンタクロースが来たんじゃないのかしらっ?」


「サンタクロース?」


「それだ」


 サンタクロースと聞いた纏が、梱包の山がある場所まで跳躍し、どんな物があるのか確認しようとするも。大好物の小豆を発見してしまい、すぐさま駆け寄っていった。


「むっふー。あずき、あずき」


「わあっ、大きな米俵があるわっ。こっちには、おいしそうな和菓子まであるっ!」


「げっ!? このケース、なんか見覚えがあるぞ。もしかして……、あれ?」


 かつて『極寒甘味処』で、二回目の仕事を行おうとした際。給料という名目で、一億円入りのジュラルミンケースを渡されそうになった事があり。

 今度は、クリスマスプレゼントという名目で渡されたと予想した花梨が、恐る恐るジュラルミンケースを開けてみる。

 しかし、中には一億円の姿は無く。代わりに大量のアルバムと、『極寒甘味処二号店』のプレオープン招待券が数枚入っているだけであった。

 その中身を認めた花梨は、微笑みながら、これをゴーニャ達に見せるのは、後でにしておいた方がいいな。と、二人の夢を壊さぬよう、ジュラルミンケースをそっと閉めた。


「それにしても、すごい量のプレゼントだなぁ。ゴーニャと纏姉さんが、とてもいい子にしてた証ですね」


「私達だけじゃなくて、花梨もよっ! ねっ、纏っ」


「間違いない。この中では花梨が断トツでいい子」


「ふふっ、ありがとうございます。よーし! それじゃあ私も、サンタさんからのプレゼントを見てみよっと!」


 気持ちを切り替えた花梨も童心に帰り、プレゼントの山を丁寧に漁っては驚き、ゴーニャや纏と笑顔で見せ合いっこをしていく。

 そして、朝食を部屋に持って来たクロ、騒ぎに乗じて加わったぬらりひょんや鵺と共に、昼前まで過ごしていった。

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