95話-1、育ての親に刺さる言葉

 現世うつしよで、年末を知らせる除夜の鐘が鳴り響き始めた、夜の十一時五十分頃。

 隠世かくりよに居る花梨、ゴーニャ、まとい、女天狗のクロ、ぬらりひょん、ぬえは、自室で温かい年越しそばを食べていた。

 具は、シンプルに油揚げとネギのみで、夜食としても食べやすい年越しそばを堪能していた花梨が、和風出汁香る汁をすすった。


「はぁ〜、体の芯まで温まる〜。んまいっ」


「香りが高くておいしいから、何杯でも食べられそうだわっ」


「クロ、おかわりある?」


「残念だが、それっ切りだ。だから、味わいながらゆっくり食べてくれ」


 食欲魔である三人に、死の宣告とも言える釘をクロに刺されると、勢い余って半分以上食べてしまった鵺が、「ええ〜、おかわりねえの?」と誰よりも落胆した。


「おいクロ。このメンツが、そば一杯で満足出来ると思ってたら大間違いだぞ? なあ、秋風」


「あっははは……。鵺さんとは、何回か年越しそばを食べた事がありますけど。一杯だけって決めてたのに、結局七、八杯ぐらい食べてましたもんね」


「なー。話すのが楽しくて、気が付いたらそんだけ食ってたもんな。だからクロ、おかわりくれ」


 あまり脈略の無い理由で催促するも、クロは動じずにいて、そばを静かにすするばかりでいる。


「無いって言ってるだろ? それにもう少ししたら、初詣に行くんだからな。食べたかったら、明日の朝か昼に食ってくれ」


「チクショウ、やっぱ駄目か。明日になったら、そばなんか食わねえよ。餅とかおせちとか、お雑煮の気分になっちまうぜ」


「私っ、初めてお正月を迎えるから、すごく楽しみだわっ」


 そばのおかわりを諦め切れていない鵺が、力無くテーブルに突っ伏していく中。そばを綺麗に完食したゴーニャが、声を弾ませて言う。


「正月にしか食べられない料理や遊びがあるから、色々やってたらあっという間に過ぎる」


「ですね。餅つき、羽つき、凧揚げ、かるた、福笑い。鵺さんが言ったように、餅つきをしたお餅を食べたり、重箱に入ったお節、具が沢山入ったお雑煮とかぁ〜……。へっへへへっ……」


 お正月についてのなんたるかを、途中まで説明していたものの。料理の説明に入った途端、想像の世界へと旅立ってしまったのか。

 腑抜けた表情になった花梨がヨダレを垂らし、「このお餅、どこまでも伸びてくぅ〜」と想像の餅に頬張りついた。


「ぬらりひょん様。今年も餅つき大会はあるの?」


「ああ。例年通り、『妖狐神社』でやるぞ。お前さんの好きなおしるこもあるから、楽しみにしててくれ」


「おしるこっ、わーい」


 大好物のおしるこも出ると聞き、無表情でバンザイする纏の頭を、ほがらなか笑みを浮かべているぬらりひょんが、優しく撫でる。


「花梨っ。餅つきって、杵と臼を使って餅をつくのよねっ? 私も出来るかしらっ?」


「普通の杵って、確か二、三キログラムぐらいあるんだよね。子供用の杵があれば、ゴーニャでも持てるかな?」


「妖狐が変化術で色んな大きさの杵を用意してくれるから、ゴーニャでもつけるよ。私も去年それでついた」


 頭を撫でられていたら、だんだん甘えたくなってきたようで。ぬらりひょんに寄り掛かった纏が、脇腹に頬張りをした。


「なら、私もお餅をつけるわねっ!」


「そうだね。だったら、私もついちゃおっかな」


「妖狐神社でやるなら、餅に焼き芋とか練り込んで食ってみてえなあ」


「その組み合わせ、毎年作られてるらしいぞ」


 鵺が、即興の組み合わせを思い付くも。既に存在している旨を伝えたクロも、そばを完食した。


「マジか、ぜってえ食お。っと、ヤベ。年越すまで、後三分切ってんじゃねえか」


 食欲が正月仕様になり、焼き芋餅に狙いを定めた鵺が、テーブルに突っ伏しながら携帯電話を取り出し、現在時刻を認め。

 のっそり起き上がると、眠気が湧いてきた上体を伸ばし、大きなあくびをついた。


「もう、そんな時間なんですね。年を越したら、久しぶりにおじいちゃんに電話してみよっかなぁ」


「ぶっ!?」

「ぶふっ!?」


 なんて事はない花梨の一言に、花梨を十七年間育ててきた親であるぬらりひょんとクロが、飲んでいたお茶を盛大に噴き出し。

 驚いた拍子に器官へ入ったのか。むせた様な重い咳き込みを何度も繰り返し、二人して乱れ切った呼吸を整えていった。


「だ、大丈夫ですか?」


「ハァ、ハァ……。か、花梨。もう、こんな時間だから……、電話をするのは、明日にした方がいいと、思うぞ」


「く、クロの言う通りだ……。夜分に電話をするのは、あまりよろしくない……。おじいちゃんとやらが寝ていたら、体に負担が掛かり目も当てられないぞ……。頼むから、電話は明日の朝にしてあげてくれ」


 苦し紛れに訴えかける二人に、この場で唯一事情を知っている鵺が笑いを堪えつつ、「ふっふふふっ。年越すまで、後二分切ったぞ」と口にした。


「う〜ん。確かに、そうですね。分かりました。おじいちゃんに電話をするのは、明日の朝にします」


「そ、そうか。ならよろしい」


 説得が成功した事により、ぬらりひょんとクロは同時に安堵のため息をつき、口直しにとお茶を含んだ。


「花梨のおじいちゃんって、どんな人?」


 安堵したも束の間。ただ単純に、花梨の祖父について気になった纏が質問を投げ掛けると、ぬらりひょんとクロに緊張感が走り、表情も固く強張っていく。


「話すと長くなっちゃいそうなので、後で教えて上げますね」


「そうなんだ、分かった」


 鵺のカウントダウンが功を奏し。迫り来る正月に対応すべく、花梨が説明を後回しにすると、ぬらりひょんとクロは互いに目を合わせ、ほっと胸を撫で下ろした。


「さぁて、今年が終わるまで一分切ったぞ。なあ秋風、正月になる前にジャンプしようぜ」


「いいですね、やりましょう!」


「私もやる」


「なんで、ジャンプをするのかしらっ?」


 胸が弾んできた鵺の提案に、花梨と纏が名乗りを上げるも、意味を知らないゴーニャだけが、首をかしげる。


「ジャンプをしてる間に日付が切り替わったら、私達は地上に居なかった事になんだろ? それってなんだか、すげえと思わねえか?」


「確かに、すごそうっ! じゃあ、私もジャンプするわっ!」


「下の階に迷惑が掛かるから、音が響かない程度に飛んでくれよ?」


「そうだぞ。ここが温泉旅館だという事を、忘れないでくれ」


 永秋えいしゅうの女将であるクロと、総支配人のぬらりひょんから最もな忠告が入ると、その事が頭からすっかり抜けていた花梨達が、苦笑いを返した。


「鵺さん。そっと、そっとジャンプしましょう」


「仕方ねえ。五十九秒になったら短く飛ぶぞ」


「それじゃあ、私も飛ぼうかな」


「は?」


 真っ先に花梨達へ忠告したクロも、ぬらりひょんを裏切る形で立ち上がり、ワンパク気味に凛を笑う。


「おっ! クロさんも参加するんですね」


「私は女天狗だからな。音を立てないで着地するのは、大の得意だぞ」


「……関係あるのか? それ」


 引き合いに出しても、説得力の欠片も無いクロの言葉に、一人だけ正座をしていて、とうとう仲間外れになったぬらりひょんがツッコミを入れる。


「ありますよ。私達は基本、天狗下駄を履いてない時は、必ずつま先から下りるよう教えられてるんです。日常でもやってるので、歩いてる時だって足音は鳴りません 。さあ、ぬらりひょん様も立って下さい」


「わ、ワシもやるのか?」


「残り三十秒ー」


「ほら、もう時間が無いですよ? さあさあ、早く早く」


 鵺や花梨と共にはしゃぎ出したクロが、華奢な手を差し伸べると、逃げ場は無いと悟ったぬらりひょんが、ジト目でクロを睨みつけた後。あえてその手は握らず、渋々己の足で立ち上がった。


「いいか、貴様ら? やるからには、本気でやるぞ。もし、タイミングを誤り地上に残っている者が居た場合、お年玉は無いと思え?」


「やっば……。ぬらりひょん様に、変な火をつけちまった……」


 ノリでぬらりひょんまで誘った事を、後悔先に立たずと焦り始めたクロが、カウントダウンを欠かさずやっている鵺を含め、全員の顔を見返していく。


「お前ら、失敗は許されないぞ! お年玉が欲しかったら、是が非でも成功させるんだ!」


「はっはっはっ。なんだか物々しくなってきたな、面白え」


「鵺! カウントダウンが止まってるぞ! 正確に数えてくれ!」


「おっと、すまんすまん。十五秒前ー」


 クロの豹変ぶりからして、相当な額のお年玉が貰えると悟った花梨、纏に、お年玉という物を知らないゴーニャも、周りの空気に押され、手に汗を握っていく。

 そして、三秒前に皆が膝を軽く沈め、一秒前になる直前。全員が高々と跳躍していった。

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