95話-2、無事息災の応酬

 正月を迎え、心機一転した新鮮な夜の空気に満ち溢れている、夜中の十二時二十分頃。

 無事にお年玉を獲得した一行は、サンタクロースに扮したろくろ首の首雷しゅらいより贈られた着物に着替え、妖狐神社を目指して歩いていた。

 普段であれば、この時間帯の大通りは人っ子一人見受けられないのに対し。今日は各温泉旅館から、宿泊客がぞろぞろ出てきており、昼間と差程変わりない活気に溢れていた。


「なんだか今日は、やたらと賑やかですね」


「みんな、同じ方向に歩いていってるわっ」


「全員、初詣目的の宿泊客さ。妖狐神社にはかえでが居る事もあって、特に人気が高いんだ」


 新調されたオレンジ色の着物を身に纏い、おのぼりさん気味に周りを見渡していた花梨に、自前の鮮やかな青色した着物を着たクロが、説明を挟む。


「へぇ〜、そうなんですね。やっぱり楓さんって、すごい人なんだなぁ」


「ワシらにとっては、日常的に会える身近な人物だが。天狐とは本来、崇め奉るべき神に等しき存在だからな。更に、今宵から三日間の夜だけ、楓が直々に神楽かぐらを舞う。その神楽を一目見ようと、大勢集まっている訳だ」


「楓さんって、神様だったんですか!? ……そういえば、前にみやびから、そんな講座を受けてたや」


 天狐の偉大さを軽く問うぬらりひょんに、花梨は『妖狐の日』で、雅から教わった妖狐のくらいについて思い出し、目を丸くさせていく。


「確か、仙狐とか空狐っていう位もあったわよねっ」


「仙狐様は、この前お前さんらと一緒に居た、銀雲ぎんうん様。それに、金雨きんう様が秋国に居られる。その御二方も神楽に参加なされているから、是非見てみるといい」


「仙狐と天狐の神楽なんて、ご利益の塊じゃねえか。それを正月から見れるとか、とんでもねえ話だなぁ。よっしゃ、願いを込めながらめっちゃ見よ」


 清流を彷彿とさせる、清らかな青色の着物を着たゴーニャの言葉に、ぬらりひょんが補足を追加し。

 神楽とはあまり縁が無さそうなぬえも、とある目的で観る事を決め、上機嫌に鼻歌を歌い出した。


「鵺さん。どんなお願いを込めるんですか?」


「どんなって、そりゃ決まってんだろ? 『のっぺら温泉卵』の売上向上祈願よ」


「ええっ!? すごく大事そうなお願いを、お店の為に使ってくれるんですか?」


「すごく大事な願いだからこそ、使うんだよ。店がめちゃくちゃ繁盛してくれるなら、毎年祈願してやるぜ」


 花梨がオーナーで、鵺が副店長を務めている『のっぺら温泉卵』の繁盛に繋がるのであれば、その願いをいくら使おうともいとわないと豪語した鵺が、花梨の肩に手を回す。


「わあっ、ありがとうございます! でも、自分の為になるお願いも、して下さいね?」


「おお。お前が一年間すこぶる元気に過ごせるよう、祈願しとくわ」


「あっ! じゃあ私も、その事を楓にお祈りするわっ!」


「私も」


 鵺に頭をわしゃわしゃと撫でられている、花梨の願いは通じず。ゴーニャと、艶やかな黒の和服を着たまといも、鵺の追加する予定の祈願に便乗し出した。


「ちょっ、二人まで!? だったら私も、みんなの無事息災を心から祈願してやりますもんね!」


「はっはっはっ。正月から仲が良いなぁ、お前さんらは」


「ほんと、見てて和みますね」


 傍観者に徹するぬらりひょんとクロも、花梨達のやり取りを聞いて微笑むが。二人を決して逃がさまいと、花梨がビッとクロ達に指を差す。


「そこの二人もですよ! 今年は安寧を極めた年になりますから、覚悟してて下さいね!」


「ふふっ、そりゃ大変だ。なら花梨。今年は現世うつしよでも、食べ歩きを沢山しような。私とっておきの店を、全部教えてやる。ゴーニャと纏も、楽しみにしてろよ?」


「クロさんとっておきのお店!? 行きます行きます!」


「私達もいいのっ!? うんっ、楽しみにしてるわっ!」


「コンプリートしたい」


 花梨の無事息災なら、安心して今年を過ごせると反撃に出たクロが、姉妹達にとってこの上なく喜ばしい約束を結び、ワンパク気味にほくそ笑んでみせた。


「おい、秋風。それそこ覚悟しとけよ? どうせ、あいつの事だ。全国行く羽目になんぞ?」


「よく分かったな、鵺。全都道府県、ムラなくあるぞ。お前も一緒に全国制覇するか?」


「げっ……。冗談で言ったつもりなのに、マジであるのかよ。つか、私は現世うつしよで指名手配されてっから、行きたくても行けねえわ。だからパス、お土産だけ頼むぜ」


「あっ……。そういや、そうだったな。分かった、ご当地グルメを沢山買ってきてやるよ」


 なんて事はない雑談から始まり、無事息災の応酬合戦が終わり、食べ歩きの全国制覇を目指す約束を交わした一行。

 そのまま雑談は続き、約十五分後。一行は、多色の狐火が飛び交う『妖狐神社』に到着し。仄暗い夜闇と、狐火の色がほんのりと移った赤い鳥居をくぐっていく。

 大通りより活気が盛んで、今が深夜だという事を忘れるような境内けいだいに着くと、いつもと雰囲気が異なる光景を目にした花梨が、「うわぁ〜」と声を漏らした。


「お正月ともあってか、出店がいつもの倍以上あるや」


 普段であれば、真ん中の道を挟む形で等間隔に設置された凛々しい狐の像や、境内の中央にある常香炉じょうこうろ、奥に佇む本殿が目立つのに対し。

 今日は稼ぎ時ともあってか、出店が所狭しと立ち並んでおり。どの出店にも客が付いていて、それなりの列を成していた。


「破魔矢、門松、小さなしめ縄飾り、鏡餅……。飾り物だけで、すごい種類のお店があるわっ」


「甘酒がある。飲みたい」


「流石にこの時間帯だと、食べ物を取り扱った出店は少ないな。おっ、お雑煮、豚汁、もつ煮があるじゃないか。美味そうだな」


「あっはぁ〜、いい匂いがするぅ〜。よし! 初詣が終わったら、全部行こっと」


 飾り物系の出店よりも、汁物を取り扱った出店に注目したクロと花梨が、更に他の出店はないかと、手当り次第に辺りを探っていく。


「おみくじ屋と、お守りを売ってる店の数もすげえあんな。商売繁盛と千客万来のお守りぐらいは、買っておくか」


「ふむ。今年は、例年以上に賑わっているな。良きかな良きかな」


 後頭部に両手を回し、求める二種類のお守りを物色する鵺に。閑夜の空気を追いやる賑わいに、ほがらかな眼差しを移していくぬらりひょん。

 初詣を終えて、笑顔で出店を回る客。温かな汁物を飲み、薄白いため息をつく客。おみくじを引き、一喜一憂する客などなど。

 正月一色に染まった光景に、皆の心が弾んでいく中。緩やかな客の流れに乗った花梨達は、境内の中央にある常香炉じょうこうろの前まで辿り着いた。


「おっ、常香炉があるや。お参りする前に、やっておかないと」


「じゃあ、先に線香を買いに行きましょっ」


「手も清めないと」


「あれ見ってと、なんか燻製が食いたくなってくんだよなあ」


 年越し蕎麦だけでは足りなかった鵺の、食い意地が再燃してくると、食べ物を扱った出店を探していたクロが、「燻製、ねぇ」と分からなくもなさそうな相槌を入れる。


「燻製といったら、やっぱウィスキーだよな。……これぐらい出店があれば、燻製とウィスキーを扱った出店も───」


「阿呆、ある訳ないだろうが。変な事を言ってないで、早く線香を買いに行くぞ」


「へいへーい」


「むぅ……。仕方ない、甘酒で我慢しておくか」


 煩悩にまみれた二人に呆れたぬらりひょんが、先を行く花梨達の背中を追い。まだ諦め切れていない様子の鵺とクロも、燻製かウィスキーを取り扱った出店がないか横目で見つつ、皆の後を付いていった。

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