69話-4、自然を推した露天風呂と交わす約束

 脱衣場に入った四人は、いそいそと巫女服を脱ごうとするも、タオルを用意していない事に気がついた花梨が「あっ、しまった」と声を漏らし、妖狐のみやびに顔を向けた。


「ねえ、雅。ここってタオルとかって借りれるの?」


「タオルー? あー、そっかー。ちょっとこっちに来てー」


 既に巫女服を脱ぎ終えていた雅が、手招きしつつ歩み出し、巫女服を着直した花梨が後に続いていく。

 部屋の一角まで来ると、雅が「これを使ってー」と口にし、一つのテーブルに指を差す。

 そこには、やや厚底の白いケースがあり、中には形が整っている葉っぱが大量に積まれていて、そのケースには『ご自由にどうぞ』と記された札が貼られていた。

 詳しい説明が無かったせいで、花梨は目をキョトンとさせて首をかしげるも、今は妖狐の姿になっている事を思い出し、表情をハッとさせて手をポンッと叩く。


「そっか! 葉っぱを変化へんげさせて、タオルを用意すればいいんだね」


「そーそー。一応借りれるけども、花梨は変化術が得意そうだし、これで大丈夫でしょー」


「うん、それなりに出来るから大丈夫だよ。ありがとう。ならついでに、ゴーニャとまとい姉さんの分も用意しとこっかな」


 そう呟いた花梨は、葉っぱを六枚手に取り、それぞれの体に合ったサイズのタオルと、体を洗う時に使うボディタオルを頭の中に思い浮かべる。

 すると、持っていた葉っぱが螺旋を描いた白い煙に包まれ、煙の回転が緩やかになって辺りに霧散していくと、葉っぱだった物は頭の中で思い描いたタオルに変わっていた。

 想像通りの物に変化出来たからか。花梨は微笑みながら狐の尻尾を揺らすと、隣で一部始終を見ていた雅が「おー」と驚き、半目を丸くさせる。


「六枚同時に変化させるとか、中々やるじゃーん」


「初めてやったけど、上手く出来てよかったや」


「うーん、人間にしとくには勿体ない才能だなー。やっぱ妖狐にならなーい?」


「ふふっ、来世ね来世」


 雅の勧誘をやんわり流すと、ゴーニャ達の元へ戻り、二人に葉っぱを変化させた柔らかいタオルと、吸水性に優れたボディタオルを配っていく。

 そして準備が整うと、タオルで体を前だけ隠して入浴場に向かう。引き戸を開けて入場し、湯煙が昇っている入浴場を見渡してみた。


 床に点々とライトが仕込まれているお陰で、夜にも関わらず入浴場は昼のように明るく、仕切りの外から伸びてきている紅葉とした木々の、赤と黄の色を際立たせている。

 かなり広いうえに種類も豊富で、目に見える範囲だけで五種類の露天風呂があり。雨が降っていても浸かれるようにと、屋根が設置されている箇所もあった。


 隣にある男湯の仕切りだけは高いものの、山と対面している方面の仕切りは無く、秋の風景を存分に楽しめるようになっている。

 近くに川があるらしく。狐の耳を傾けてみると、心が安らぐようなせせらぎが微かに聞こえてきた。


 永秋えいしゅうの露天風呂はやや高い場所にあり、『秋夜の湯』以外は温泉街の景色を堪能出来るようになっているが、妖狐寮の露天風呂は、主に自然の風景に特化している。

 見渡せる限りの情報を得られた花梨は、真新しい露天風呂に心を弾ませ、狐の耳と尻尾をピコピコと動かした。


「お~っ、自然を推した露天風呂よ! 川のせせらぎが、また良い雰囲気を出しているな~」


「花梨なら気に入ってくれると思ってたよー。んじゃあ入る前に、頭と体をパパッと洗っちゃおー」


 期待以上の反応に嬉々とした雅が先導すると、花梨は過去にも抱いた疑問を思い出しつつ、雅の背中を追っていく、

 女性の妖狐がまばらに居る洗い場に着き、左から纏、ゴーニャ、花梨、雅の順番に座ると、シャワーを浴び始めた雅に体を寄せた花梨が、小声で耳打ちをした。


「雅先輩、雅先輩。ちょいと質問がありまして」


「んー? 何かね花梨君」


「へへっ。尻尾って、シャンプーで洗うんですかい? それとも、ボディソープで洗うんですかい? 教えてくだせえ」


「あー……」


 花梨の小物臭が漂う質問に対し、先輩風を吹かした雅は視線を上げ、少し思案してから花梨に顔を戻す。


「あまり気にした事がないなー。シャンプーとコンディショナーで洗うと、仕上がりがサラサラになるし、そっちの方でいいんじゃなーい?」


「あっ、特にこれっていう物はないんだ」


「だねー。本当は毛づくろいが一番いいんだけど、この姿で舐めると喉に毛が沢山引っかかって、すぐオエーッってなっちゃうんだよねー」


「やった事あるんだ……」


 震えた花梨の返答に、「そりゃそうさー」と返した雅が、シャワーのお湯を止める。


「元野狐だからねー。初めてこの姿になった時は、違和感しかなかったよー」


「へぇ~。雅って、最初は本当の狐だったんだ」


「そだよー。だからさー、最初はこの胸も邪魔で仕方なかったんだよねー」


「ムネガ、ジャマ……?」


 ギリギリAカップしかない花梨が、Cカップはあろう雅の贅沢が過ぎる悩みを耳にした途端。

 花梨の手が酷く震え出し、そのガクガクと震えている両手で、雅の細い手を掴んだ。


「……雅君。その大きな胸が邪魔だったら、私が全て譲り受けてあげるよ? いや、ちょうだい?」


「えーっ、胸って取り外せるのー? どうやんのー? なんか痛そうじゃなーい?」


 雅の純粋無垢な質問返しは、欲望にまみれている花梨の心に突き刺さり、致命傷に近い傷を負わせる。

 そのまま何も言わずに硬直した花梨は、痙攣が如く震えている両手をそっと離し、体を前に戻してこうべを垂らしていった。


「ごめんなさい、雅さん……。今私が言った事は、全部忘れて……」


「んー?」


 ワケが分からない雅は、濡れた狐の耳を垂らして首をかしげるも、情緒不安定で哀愁すら覚える花梨の横顔を見て、追及せずに頭を洗い始める。


 狐の耳が頭に生えているせいで、シャワーの音が普段よりもうるさく感じる頭を洗い終え、雅に言われた通り、シャンプーとコンディショナーで尻尾をわしゃわしゃと洗う花梨。

 全身も隈なく洗い終えると、四人は目の前にある広々とした露天風呂をチョイスし、中へと入っていく。

 大きな岩肌が水面から突き出している中央付近まで来ると、雅が三人に手招きをしつつ、「こっちこっちー」と更に奥まで進んで行った。


「一番奥まで行くと、景色がより近くに見えて最高だよー」


「あ~、ならそっちの方が良さそうだなぁ。今行くよ」


 雅の提案に花梨が賛同すると、イチョウの葉が浮いている水面に大きな波紋を立たせながら、雅が待っている所まで歩み寄って行く。

 そして三人同時に体を湯に沈め、体が小さいままでいた纏は、大人の妖狐姿になっているゴーニャの太ももに座り、寄りかかって身を預けた。


「ぬあぁぁ~っ……。ちょっと熱く感じるけども、すんごく気持ちいいやぁ~……」

「ふぇあぁぁぁ~……」

「ふうっ……」


「あ~……。みんなと一緒に居るから、余計に気持ちがいいね~」


 各々が渋い奇声を漏らすと、うつつを抜かしている花梨は、露天風呂のお湯を確かめるように触ってみた。

 無色透明、無臭であり、湯質はサラサラとしていて粘度は無く、ここで不確かなデジャヴを感じ取り、目をパチクリとさせる。


「ねえ、雅。この露天風呂って、なんだかどこかのお湯と似てる気がするんだけど、気のせいかな?」


「似てるー? ……あー、あれじゃなーい? 一回秘湯巡りをしたじゃーん。その時に入った時のお湯と一緒だよー」


 秘湯巡りと聞くや否や。デジャヴの正体を掴めたのか、花梨が「あーっ!」と声を上げる。


「たぶんそれだ! じゃあこの露天風呂のお湯も、単純温泉ってワケだね」


「そーそー、お肌がツルッツルになるよー」


「なるほどねぇ。なら、たっぷり浸からないと」


 そう決めた花梨は、灰色の石のふちに寄りかかり、仕切りが無い目の前に広がる景色を、ため息をつきながら眺め始める。

 目前には、彩り鮮やかな紅葉に染まった山があり、外に零れているライトの光が辺りを照らしていて、夜でも秋の風景を楽しめるようになっていた。


 赤と黄に彩られた木々達は、涼しい夜風に当てられて枝を踊らせており、葉っぱの擦れ合う音が、夜風に乗って花梨達の元へ運ばれていく。

 下を覗いてみれば、闇夜が移っている小川が見え。夜空に浮かんでいる月の姿を反射させつつ、静かに泳がせていた。

 紅葉とした葉っぱの擦れ合う音。小川から流れてくる清涼なせせらぎ。そして、熱い露天風呂で火照った体を、優しく撫でていく秋の冷たい夜風。


 永秋には無い露天風呂に浸かり、視覚と聴覚で自然に溶け込んでいる露天風呂を満喫していた花梨は、だんだんとこの露天風呂が好きになっていく。

 まどろみさえ覚える居心地の良さの中。花梨は温まり切った心の中で、また雅と一緒に、秘湯巡りをしたいなぁ。という思いを募らせ、鼻の下まで湯に浸かっている雅に顔を合わせた。


「ねえ、雅」


「んあっ、なにー?」


「次の秘湯巡りは、いつにする?」


「お? この露天風呂に浸かって、行きたくなっちゃった感じー?」


 雅の焦らしている問い掛けに、花梨は「そうだねぇ、また行きたくなっちゃったや」と素直に返す。


「次回はねー、もう一人呼ぶ予定なんだー。だから、みんなの予定が空いてる日に行こうと思ってるよー」


「もう一人来るんだ、誰が来るの?」


「それは当日までの秘密さー。楽しみに待っててよー」


「えー、気になるなぁ。ヒントだけでもいいから教えてよ」


「ヒントを言ったらすぐに分かっちゃうからダメー。当日まで気にしてるがいいー」


 焦らし続けている雅が、ワンパク気味な笑みを浮かべると、花梨は観念したのか無邪気な苦笑いを送る。


「もー、意地悪なんだから。じゃあ、早く秘湯巡りに行こうね」


「そだねー。私も楽しみにしてるから、逐一連絡するよー」


「分かった、ありがとう。私も楽しみにして待ってるよ」


 改めて秘湯巡りをする約束を交わした二人は、互いに顔を見合わせながら微笑み、秋の景色に囲まれている露天風呂を満喫していった。

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