69話-3、様付けで呼ばれる親友
妖狐の
二階、三階と上がるに連れ、辺りを飛び交う喧騒は穏やかになっていき。最上階であろう六階に到着した頃には、耳鳴りが聞こえる程の静寂が佇んでいた。
「みんな居るねー、こっちだよー」
静寂を破った雅が右側の通路を指差し、そのまま歩み出すと、三人も言われるがままに後へと続く。
通路はかなりの距離があるようで、突き当りにある茶色の扉が、点にしか見えない程遠くにある。
左右にも同じ色をした扉が等間隔に並んでいて、扉と扉の間隔の広さから花梨は、一つ一つの部屋は、相当広そうだなぁ。と予想した。
代わり映えのしない扉を通り過ぎる度に、横目で見送っていく中。不意に前方から「お、雅様。お疲れ様です」と、聞き慣れない低い声が聞こえてきたので、顔を前に向ける。
そこには、妖々しい雰囲気を醸し出している男性の妖狐が、雅に笑みを送っていて、雅もやや畏まりつつペコリと頭を下げた。
「お疲れ様です。じゃなくて、様付けは毎回やめて下さいって言ってるじゃないですか」
「いやいや。これはたとえ雅様の命令であろうとも、決してやめませんよ。後ろの方々は、新たに保護した人達ですか?」
「いえ、私の親友です。今日、私の部屋に泊めるんですよ」
見た目からして、明らかに目上の人から様付けで呼ばれたせいか。ぎこちない敬語で雅が説明すると、男の妖狐は目を丸くして口をすぼめる。
「ほほう、雅様の親友ですか。それでは今夜は、楽しく過ごされるんですね」
「はい、いっぱい楽しみます」
「いいですね。しかし雅様はここ最近、遠出を繰り返して捜索をしていましたよね。お体に障りますよ? 自己管理は怠らないで下さいね」
「明日も休みですし、今夜の為にたっぷり寝たので大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
話を終えた雅が、再び頭を下げてから歩き出すと、三人も男の妖狐に会釈をしつつ、小走りで奥に進んでいく。
そのまま花梨が雅の横に付くと、指先でトントンと肩を軽く叩き、小声で「ねえ、雅」と耳打ちをした。
「雅って、ここでは様付けされているんだね。私達も付けた方がいいかな?」
「恥ずかしいからやめてよー。みんなが勝手に付けてるだけで、むしろやめてほしいんだよねー」
「そうなんだ、分かった。あと捜索って、普段何してるの?」
「それは気にしないでー。あっ、ここが私の部屋だよー」
花梨の質問を答える事なく切った雅が、話題をすり替えるかのように続け、足を止めて正面にある扉に手をかざす。
唐突に言われ、慌てて立ち止まった花梨も、雅の手を視界に入れてから、かざされた方に視線を移していく。
目線の先には、階段付近で点に見えていた茶色の扉があり、花梨はそこで初めて、いつの間にか通路の突き当りまで来ていた事を理解した。
「あっ、ここが雅の部屋なんだ」
「そだよー。さあさあ、入って入ってー」
そう全員に顔を合わせつつ言った雅が、扉を開けて中に入り、部屋の中央まで進んで明かりを点ける。
扉の前で待機していた花梨達も、まだ明るさが馴染んでいない部屋に入り込み、周囲を見渡してみた。
基本的に落ち着いた和の内装になっていて、畳の青々しい匂いが薄っすらと漂っている。広さは畳
部屋の左側と中央には大きな窓があり、和を強調させる
部屋は六本の蛍光灯が照らしていて、雅が電気を点けたばかりなせいか、蛍光灯から伸びている長い糸が自由気ままに揺れていた。
が、部屋の全体像が明らかになってくると、だんだんと違和感を覚え始める。小さな冷蔵庫と押し入れはあるものの、他の家財道具が一切見当たらない。
最初は和の印象が先走っていたものの、全て確認してみるとやや殺風景で物寂しさがあり、部屋の広さがそれらを際立たせている。
引っ越して来たばかりのような部屋内を認めると、二つの窓を開けて換気をしていた雅が振り返り、「どうー、私の部屋はー?」と、返答し辛い感想を尋ねてきた。
「う~ん……。なんというか、すごく広いねぇ。畳のいい匂いがするや」
「私達の部屋に比べると、倍ぐらいあるかもっ」
「何も無い」
雅の問い掛けに対し、花梨とゴーニャは無難に返すも、纏だけは率直過ぎる感想を言い放つ。
「基本的にほとんど無いよー。欲しい物が出てきたら、葉っぱとかを
「あーっ、なるほど!」
雅のさり気ない説明に、全ての合点がいった花梨が、思わず納得の声を上げる。
「じゃあその時の気分次第で、色々なテーブルや布団が用意できるんだ。はえ~、羨ましいなぁ」
「そうそうー。大人数が来れば長テーブル、二人の時は小さな丸いテーブルとかねー。布団もせんべい布団から、もんのすごい大きなベッドまで用意できるよー」
「いいなぁ~。もしかして、あの小さな冷蔵庫も?」
尊敬の眼差しを雅に向けていた花梨が、部屋の片隅にちょこんと置いてある、年期が入った稼働音を鳴らしている冷蔵庫に指を差す。
「いや、あれは私が買ったヤツだよー。そこら辺は高度で繊細な変化術が必要になってくるから、さっきの仙狐様や
先ほど話していた妖狐が仙狐と明かすも、花梨は後者のお母さんという単語に狐の耳をピクッと反応させ、顔をキョトンとさせる。
「えっ? じゃあ雅のお母さんって、すごい人なの?」
「それは後でのお楽しみさー。来たら花梨達に紹介してあげるよー。でさでさー」
これ以上詮索させないが為に話を終わらせた雅が、点けて間もない蛍光灯から伸びている糸を掴み、いつでも消せる状態に入った。
「夜更かしする前に、やるべき事をしないとねー。お風呂と夜ご飯、どっちから済ませるー?」
「そっか、すっかりと頭から抜けてたや。雅はどっちから先に済ませてるの?」
「私ー? 先にお風呂、次に夜ご飯の順番で済ませてるよー」
「あっ、私達と一緒だ! 纏姉さんは、どっちから先に済ませてます?」
一応全員の意見を尊重したい花梨は、畳の上で縦横無尽に転げ回っている纏に質問を投げかける。
「私もみんなと一緒」
「なら、全員一緒ですね」
「んじゃあ、お風呂に入ってから夜ご飯にしよー」
「そうだね、そうしよっか」
次にやるべき目的が決まると、三人は部屋から出ていき、雅が部屋の電気を消して、一階にある風呂場へと向かっていく。
六階から二階まで下りて行く途中にも、雅は年上に見える妖狐達に引き止められては、「雅様」と呼ばれ、慕われているような会話を交わしていく。
そして、上がった時よりも倍以上の時間を掛けて一階に下り、活気に溢れた右側の通路を歩き始める。
一階の通路は、二階以降の造りとは異なっているようで、天井の高さが六階の通路に比べると、かなり高くなっている。
左右には売店や娯楽施設が点在していて、窓から中の様子が
更には妖狐ならではなのか。
首をひっきりなしに動かし、真新しい光景を目に焼き付けていた花梨が、変化部屋を目にした途端。後ろに流れていく部屋の説明を挟んでいた雅に、「ねえ、雅様」と割って入る。
「んえっ。ちょっとー、様付けはやめてって言ったじゃんかー」
「あっ、ごめん! みんな言ってたから、つい……」
「もーっ、なにー?」
「雅もさ、変化部屋で変化を覚えたの?」
疑問を含んだ花梨の質問に、雅は歩きながら花梨の方へ体を向け、後ろ歩きしつつ話を続ける。
「いんやー、私はお母さんから直々に教えてもらったよー」
「あっ、そうなんだ」
「そもそも、妖狐寮が建ったのが約二十三年前だからねー。その頃にはもう、変化はバッチリ出来てたよー」
「二十三年前、かぁ。そう言えば、雅の年齢が九十九歳だったのを、すっかり忘れてたや」
自分と同年代程度の風貌と、やや幼さを垣間見せる喋り方のせいで、雅の実年齢を忘れていた花梨が、後頭部に手を当てて苦笑いを送った。
「まー、人間の平均寿命に換算すると、私もまだまだ子供だからねー。そういや、花梨って何歳なのー?」
「私? えっと、二十四歳だよ」
「おー、そっかー。なら、この温泉街の一個先輩だねー」
体を前に戻した雅の返答に、花梨を目をパチクリとさせ、顎に指を添えながら視線を天井に移す。
「一個先輩って事は……。あやかし温泉街って、二十三年前にオープンしたんだね」
「そだよー。おっ、着いたー。ここがお風呂場だよー」
会話を中断させた雅が、歩ませていた足を止め、通路の左側に手をかざす。
花梨達も立ち止まり、手がかざされた方へ顔をやると、目線の先には青い布に白い文字で『男』。隣に赤い布に白い文字で『女』と記されたのれんがぶら下がっいた。
そのまま雅が赤いのれんを捲り上げると、口角をワンパクそうに上げている顔を、花梨達に見せつけた。
「さーて、永秋にある露天風呂とは、また一味違う風景をお見せしようぞー」
「という事は、ここも露天風呂なんだっ。楽しみだなぁ~」
露天風呂と聞いて花梨が声を弾ませると、手招きしている雅が先に奥へと入り、三人の妖狐も期待を胸に膨らませつつ、続々とのれんをくぐっていった。
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