69話-2、おいでませ妖狐寮

 手を繋いでいる花梨とゴーニャ、座敷童子のまといは、軽快なスキップをしている妖狐のみやびに続き、夕日色に染まる境内けいだいを進んでいく。

 辺りを見渡してみると、参拝客に焼き芋を振る舞った後なのか。竹箒で灰をかき集めている巫女服姿の妖狐や、余った焼き芋を頬張り、舌鼓したつづみを打ちながら微笑んでいる妖狐達などがいる。


 夜のとばりが下りてこようとも参拝客の数は多く、常香炉じょうこうろから昇る白い煙を、体や頭に振りかけている者。

 おみくじを引き、結果を教え合い一喜一憂している者達。手水で口をすすぎ、両手を洗って身を清めている者達で溢れ返っていた。

 その数多に居る参拝客の中に、天狐のかえでが居ないかと探していた花梨が、鼻歌を交えて歩いている雅に向かい「ねえ、雅」と問い掛ける。


「楓さんに一声掛けたいんだけど、探してきてもいい?」


「あー、楓様は出掛けてるんだよねー。夜になれば帰ってくるよー」


「出掛けてるんだ。じゃあ声を掛けるのは、帰って来てからでいっか」


 雅の説明を聞くや否や。花梨は辺りを見渡すのを止め、嬉々としている雅の背中に視線を合わせ、更に境内を進んでいく。

 そして、永秋えいしゅうにも負けずとも劣らない堂々と構えている本殿前まで来ると、雅は右側に歩みを進め、「こっちこっちー」と手招きをする。

 本殿の右端まで来ると、雅は夕闇が佇んでいる雑木林に向かって指を差し、夕日よりも眩しい笑みを浮かべた。


「この奥に妖狐寮があるよー」


「へぇ~、妖狐神社の近くにあるんだ。それにしても薄暗いなぁ」


「狐火で照らすから、ちょいと待っててー。ホイホイホーイ」


 そう言った雅は、右手からオレンジ色の狐火を。左手からは青みを帯びた狐火を交互に出現させ、宙に浮かばせていく。

 数が増すに連れ、辺りは徐々に明るくなっていき、四人の周りを十個以上の狐火達が囲んだ頃には、足元が鮮明に見える程までに照らされていた。


「こんなもんでいいかなー。じゃあ、行こー」


「あっ、雅。その前に、ちょっとお願いがあるんだけど……」


 狐火を出し終え、雑木林に入り込もうとすると、花梨がやや申し訳なさそうな口調で物申し、その声を聞いた雅が後ろへ振り返る。


「んー、どしたのー?」


「私の手の平にさ、狐火を置いてくれない?」


「狐火を? なんでー?」


「その~、私も狐火を出している気分を味わいたくなっちゃって」

「あっ、じゃあ私の手にもっ!」

「私にも」


 花梨が切なるワガママを口にすると、ゴーニャと纏も続いてしまい、雅が無邪気な苦笑いを三人に送った。


「あー、なるほどねー。花梨ってば、前に狐火を出したいって言ってたもんねー。そんじゃみんな、手の平を前に出してー」


 ワガママを聞き入れた雅が指示を出すと、三人は期待に満ち溢れている表情をし、空いている手の平を差し出す。

 全員手の平を出した事を確認すると、雅が「いくよー、それそれー」と言い、指先を滑らせるように三人の手の平に向けていく。

 すると、周りを妖しく照らしていたいくつかの狐火が、意思を持ったように各自の手の平まで飛んで行き、その上にピタリと止まった。


 花梨にはオレンジ色。ゴーニャと纏の手の平に青みを帯びた狐火が留まると、気分が一気に舞い上がった花梨の金色の瞳が、狐火よりも眩く輝いていく。


「おおーっ、これこれ! これをやってみたかったんだよねぇ~。う~ん、感激っ! ……にしても」


 満足気に狐の尻尾を振り回してほくそ笑むも、止まぬ興奮の中に疑問が芽生えてきたのか、キョトンとさせた目を雅に移す。


「狐火って熱いかと思ってたんだけど、案外そうでもないんだね。ほんのり温かいというか」


「まあねー。でも、他の妖怪が触ったら火傷しちゃうから、変化へんげを解いちゃダメだよー」


「なるほどねぇ。分かった、気をつけるよ」


 狐火を出せない妖狐達のワガママを叶えると、気を取り直した雅が先導し、雑木林に足を運んでいく。

 夕日が完全に沈んだせいで、見渡す限り闇一色に染まっており、奥や周りの状況を視認する事がまったく出来ない。

 が、手の平に狐火を携えている三人は、はぐれないよう雅の背中に横目を送るだけで、手の平に留まっている狐火に夢中になっていた。


 愛着すら湧いてきて、名前を付けたい欲が生まれ始めている中。雅の「着いたよー」という合図と共に、愛でていた狐火が、目の前からふっと消え去る。

 突然消えてしまった狐火に、花梨は一瞬何が起きたのか分からず、数秒して理解が追いつくと「き、キーちゃんっ!?」と、付けたばかりの名前を叫び上げた。


「キーちゃん? 誰それー?」


「えっ? ……あ、いやっ。あっはははは……」


 うつつを抜かしていた花梨の意識が戻ってくると、おもむろに後頭部へ手を回し、誤魔化すように苦笑いをする。

 その反応に雅は、狐の耳を揺らしつつ首をかしげるも、「まあいいやー」と深い詮索はせず、目の前にある建物に手をかざした。


「刮目せよー。ここが、私が住んでる『妖狐寮』だよー」


 雅の自慢げな説明に、三人は初めて雅の先に佇んでいる建物に気がつき、まじまじと眺め始めた。

 近づき過ぎたせいか、全容を把握出来ない程に大きな建物がそこにあり、数段上がった階段の奥には、ごく一般的な引き戸の入口が確認できる。


 ゆっくり見上げていくと、等間隔に窓が設置されており、その窓が六段ある事から、建物は六階建てだと予想できた。

 外見は、寮と言うよりも神社に近い造りになっていて、屋根は流造ながれづくりと、長くて緩い曲線が描かれている。


 建物全体は紅葉とした木々の景色に溶け込むように、落ち着いた赤色が採用され、より神社を彷彿とさせる風貌を醸し出していた。

 極めつけに後ろを振り向いてみると、いつの間にか通り過ぎていたであろう、妖狐神社にもあるような大きな赤い鳥居があり、予想外の構造に花梨は「はえ~」と、ため息が混じった声を漏らす。


「寮って言うよりも、ほとんど神社みたいだなぁ」


「いいでしょ~。さあさあ、入った入ったー」


 流れるがまま雅に誘われ、神社を思わせる寮を眺めていた三人は、階段を数段上がり、引き戸を開けて中に入っていく。

 引き戸を閉めて正面に顔をやると、まず初めに、濃い茶色の下駄箱が並んだ景色が目に映り、その奥に妖狐が行き交っている通路が見えた。

 雅に「履いてる草履は、適当な場所に入れちゃっていいよー」と促され、各自は自分の草履を入れた場所を覚えつつ、通路に向かっていく。


 道は、左右に続く長い通路。柱は焦げ茶色で壁は白く、天井から吊り下げられている提灯が、温かみのある淡いオレンジ色の光で通路を照らしている。

 妖狐寮ともあってか、通路には妖狐の姿しかなく、扉を開けて部屋に入っていく者。慌ただしく通路を駆けている者達。

 壁に寄りかかり、複数人で談笑している者達。巫女服ではなく白衣を身に纏い、早足で横切っていく者達などが居た。


 正面には、上の階に続いている広い階段があり、木の年輪が目立つ階段を眺めていると、雅が「へっへーん」と得意気な声を出し、そのまま口を開いた。


「一階は主に、多目的施設があるよー。食事処や露天風呂。いこいの場や、その他もろもろ全ては一階に集結してるんだー」


「へぇ~、施設は全部一階にあるんだ」


 雅の弾んだ説明に、花梨が相槌を打つと、雅はしたり顔でうなずく。


「そだよー。二階からは全部寮だよー」


「そうなんだ。相当な人数がここで住めそうだね」


「うん。五百人以上は住めるよー」


「五百人! うわぁ~、すごいっ。それじゃあ奥行もかなりありそうだなぁ」


 想像以上の数字に目を丸くした花梨は、妖狐寮の全容がだんだんと知りたくなってきて、質問攻めをしようとするも、雅が「うん、かなりあるよー」と割って入る。


「そいじゃあー、先に私の部屋に案内するから着いてきてー」


 話を切り上げた雅が階段を上り始めると、置いてけぼりにならないよう、三人の妖狐も慌てて雅の後に付いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る