69話-1、妖狐寮にお泊り

 時刻は夕暮れ時。鮮烈な青さを誇る澄み渡っていた空が、淡いオレンジ色に色付き始めた頃。


 花梨とゴーニャ、妖狐のみやび、そして八咫烏の神音かぐねは、昼下がりから極寒甘味処ごっかんかんみどころに入り浸り、和気あいあいと話し込んでいた。

 人間、妖狐、八咫烏と種族は異なるものの。性別は同じな事もあってか、一人が話し出せば共感を呼び、そこから会話がどんどんと膨らみ弾んでいく。

 共感は全員に相槌を打たせ、加えた話で一人が大袈裟に反応すると、別の一人が話にオチをつけ、笑いを巻き起こしていった。


 その会話の花が咲き乱れている中で、ストローでオレンジジュースを飲んでいた雅が、おどけた笑みをこぼす。


「ゴーニャちゃんってば、花梨に対する愛が本当に深いねー。流石は『花梨大好きっ子クラブ』の殿堂入りだよー」


「ゔっ……。ほ、ほんと忘れた頃に出てくるなぁ、その恥ずかしいクラブ名……。それに、殿堂入りって?」


 唐突に出てきた、雪女の雹華ひょうかが本人未許可で設立したクラブ名を、久しぶりに聞いた花梨が口元をヒクつかせる。


「ゴーニャちゃんって、花梨の妹じゃんかー。クラブの中でも唯一無二の存在だし、雹華さんの独断で殿堂入りになったんだー」


「さ、さいでっか……」


 震えた声で返答した花梨は、チョコミントアイスに舌鼓したつづみを打っているゴーニャに、困惑を宿した瞳を送る。


「ゴーニャは、この事を知ってるの?」


「うんっ。少し前に雹華からメールが来て、教えてくれたわっ」


「マジか……。私の知らないところで、色んな動きがあるんだなぁ……」


「いきなり出てきたけどさ。いったいなんなの? その花梨大好きっ子クラブって?」


 花梨の対面で会話を耳にしていて、眉をひそめていた神音が、クッキーを口の中に放り込みつつ、ジト目を雅にやった。


「雹華さんがね、花梨に許可無く勝手に設立したクラブだよー。神音っちも入るー?」


「私も? いやー、私はやめとくわー。花梨君に迷惑が掛かりそうだし、何より可哀想だしねえ」


「か、神音さんっ……!」


 初めて入会を断った英断に、花梨は心の底から酷く感銘を受け、思わず嬉々とした声を漏らす。

 その入会を断った神音が、空を見上げながら大きくあくびをつくと、そこで初めて夕暮れ時だと気がついたのか、おもむろにポケットから携帯電話を取り出した。


「ああ、もうこんな時間か。ちょっと八吉やきちの様子でも見てこよっかなあ」


「えっ? あっ、本当だ。一時間ぐらいしか経ってないと思ったのに、三時間以上も経ってるや」


 花梨も後を追って携帯電話を取り出し、現在の時刻を認めると、忘れていた時の流れの速さに驚き、目をパチクリとさせる。

 そのまま解散する事になり、四人は八万円を超す会計を済ませると、そわそわし出した神音が、背中に生えている翼を大きく広げた。


「そんじゃあ、私は焼き鳥屋八咫やたに行ってくるね。今日はすごく楽しかったよ、また誘ってね」


「はい、私も楽しかったです。次も必ずお誘いしますね。お疲れ様でした!」

「じゃあね、神音っ」

「お疲れ神音っち、バイバーイ」


 翼を力強くはためかせ、宙に浮いた神音に三人が手を振り、神音も手を振り返した後。八吉が居る焼き鳥屋八咫がある方面へ飛び出し、姿を消していった。

 神音の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた花梨が、腕をゆっくり下げると、「さて」と話を切り出し、場の空気を変える。


「私達もどうしよっか? お会計も済ませちゃったし、このまま解散する?」


 花梨の言葉を聞くや否や。狐の耳をピンと立たせた雅が、ここぞとばかりでいる表情を花梨に合わせた。


「ねえねえ花梨達ー、明日も暇ー?」


「明日? うん、明日も休みで暇だし、これといった予定はないよ」


 これ以上ない理想的な花梨の返答に、雅は常に半開きにさせていた瞼をカッと見開き、「おーっ!」と明るい声を上げる。


「奇遇だねー! 私も明日は休みで暇なんだー。でさでさ、二人共今日さ、私の部屋に泊まっていかなーい?」


「雅の部屋に? 雅の部屋って、確か妖狐さんしかいない寮にあるんだよね? 人間の私達が行っても大丈夫なの?」


「そんなの、花梨達も妖狐になっちゃえば万事解決だよー。お菓子や飲み物もいっぱいあるしー、夜更かしして遊ぼうよー」


「夜更かしかぁ。最近ほとんどしてなかったし、面白そうだなぁ」


 夜更かしというワードに、だんだんと胸が弾んでいき、雅とゴーニャでトランプ、枕投げ、お菓子を食べながら会話を楽しんでいる場面を、頭の中に次々と思い浮かべていく花梨。

 楽しさしかないであろう場面の数々に、忘れつつあった童心が蘇ってきて、堪能してみたい気持ちに負けた花梨が、手を繋いでいるゴーニャに顔を向けた。


「ゴーニャも行こうよ。雅と一晩中寝ないで遊ぶとか、絶対に楽しいよ」


「夜更かしって、朝まで遊ぶ意味なのね。やった事ないから、体験してみたいわっ」


「おおー! それじゃあ決まりー!」


 花梨達の返答を聞く前に、決定付けた雅が嬉しそうにはしゃぎ、狐の尻尾をパタパタと揺らしつつ、ニッ無邪気な笑みを浮かべる。

 既に乗り気な花梨も、無垢な笑顔を雅に送ると、その笑顔を解いて「あっ、ちょっと待っててね」と断りを入れ、ポケットから携帯電話を取り出した。


「一応、ぬらりひょん様に連絡を入れておかないとっと」


 そう呟き、保護者であるぬらりひょんに『お疲れ様です。今日は、ゴーニャと一緒に雅の部屋に泊まってきますので、永秋えいしゅうには帰りません』とメールを打ち、送信する。

 すると十秒後。ぬらりひょんから『分かった。何かあったら、必ず電話をするように。妖狐達にあまり迷惑を掛けるんじゃないぞ』と返信が来て、メールの内容を目で追った花梨が苦笑いをした。


「あっははは……。『気を付けます』って、更に返信しておこっと」


「その様子だと、ぬらりひょんさんからも許可を貰えたみたいだねー」


「うん。迷惑掛けるなよって、先に注意されちゃったや」


「厳しいねー、でもよかったー。それじゃあ行こ行こー!」


 右手を陽気に掲げた雅が歩き出すと、花梨はゴーニャを抱っこして後を追う。夕焼け色に染まる大通りを歩き、夜中に何をして遊ぶか話し合っている中。

 地下鉄に続く入口から、妖怪達が続々と流れて来ている視界の中に、『座敷童子堂』と、『妖狐神社』に続く赤い鳥居が映り込む。

 そして座敷童子堂に差し掛かると、縁側でちょこんと座っていた座敷童子のまといが、「あ、花梨達だ」と呟き、小さく手を振ってきた。


「あっ、纏姉さん。こんにちは」


 周りで飛び交う賑やかな喧騒のかたわらに、纏の声が混ざり込んでいる事を聞き逃さなかった花梨は、纏の方に体を向けて歩み寄って行く。


「みんな、これからどこか行くの?」


「えっと、妖狐寮にお泊まりしに行くんですよ」


「お泊まり、いいな」


 二人が会話をしていると、雅も近づいてきては、纏にニッと気持ちのいい笑顔を見せつける。


「やあやあ、纏っち。纏っちも私の部屋に泊まるー?」


「いいの? 泊まる」


「よーし、決まりー! いいねいいねー、今宵は騒がしくなるぞー」


「その様子だと、雅と纏姉さんも仲が良いみたいだね」


 花梨の何気ない言葉に、雅はぽやっとした表情を花梨に合わせると、「うん、纏っちとは飲み仲間だよー」と返した。


「へぇ~、飲み仲間だったんだ。……えっ、纏姉さんって、お酒飲むんですか?」


「一滴も飲まない、おつまみを食べてるだけ。たまに花梨の部屋に行かない日があるでしょ。その時は雅とかえでに捕まって、明け方まで居酒屋浴び呑みにいる」


「あっ、たまに来ない時があるな~って思ってたんですが、そういう事だったんですね」


 いくら待っても纏が来ない日の謎が解け、納得した花梨に、纏は無表情のままうなずく。


「ごめん。次からは分かり次第メールする」


「別に謝らなくても大丈夫ですよ。とりあえず分かりました」


 二人が一通り会話を済ませると、横でタイミングをうかがっていた雅が、頃合いを見て口を開いた。


「んじゃあ、纏っちも妖狐になってー。花梨とゴーニャちゃんも、ついでにここでなっちゃおー」


「ここでなるんだ、分かった」

「わかったわっ」

「待ってて、髪飾り付けてくる」


 三人が了承すると、花梨はリュックサックから。ゴーニャは肩に掛けている赤いショルダーポーチから、妖狐に変化へんげできる葉っぱの髪飾りを取り出し、纏は部屋の奥へ入っていく。

 少しすると背丈は変わらぬものの、金色のおかっぱ頭に狐の耳を生やし、黒の着物は清楚な巫女服へと変わり、背後から背丈に見合わぬ大きな狐の尻尾を覗かせている纏が、奥から戻ってきた。

 その頃には花梨とゴーニャも、大人の妖狐姿に変わっており、全員の準備が整うと、満足気に微笑んだ雅が、夕焼け空に向かって手を掲げる。


「よーし! それじゃあ行こー! 今日は楽しむぞー!」


 雅の気合が入った声に、三人の妖狐も声を揃えて「おーっ!」と、後に続く。そして四人は、座敷童子堂の隣にある赤い鳥居をくぐり、妖狐神社の境内けいだいに入っていった。

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