68話、語るは天狐をお母さんと呼ぶ者

 やあやあ、また遊びに来てくれたんだねー。妖狐のみやびだよー。実は私ね、とある事が重なって、飛び級で妖狐になったんだー。元々は野生の狐だったんだよねー。

 パパとママと一緒にご飯を探し回っては、山を転々と移り、人里とは無縁の平和な生活を送っていたよー。

 私がまだ幼かった頃は、なかなかご飯を探せなかったし、ネズミを見つけてもすぐに逃げられちゃってねー。


 だから、ネズミを初めて自力で捕まえた時は、パパとママにすごく褒められたんだー。かなり苦戦していたから、褒めてくれた時はとにかく嬉しかったよねー。

 そこから調子に乗って、バンバンネズミを捕まえていったけれど、カラスによく横取りされてたんだー。


 カラスったら酷いんだよー? 空からすごい勢いで飛んで来ては、私が食べようとしていたネズミをかっさらっていくんだー。

 せっかく苦労して捕まえたのに、口から離した途端。横からバッと奪い、空の彼方へ飛んで逃げていくんだよー?

 必死になって追いかけても相手は速いから、絶対に追いつけないしー……。もし追いつけたとしても、前足が届かない遥か木の上だし、最悪だったよねー。


 何度も盗られるもんだから、さっさと諦めて、ターゲットを木の実に移したんだー。アケビ、オニグルミ、栗、サルナシ。こっちは種類が豊富で、ネズミとはまた違う美味しさがあったんだよねー。

 でもね、何回か栗で痛い目をみたんだよねー。周りにトゲトゲしたイガがあるんじゃーん? それごと口にしちゃってさー……。

 いやー、あれは本当に痛かったよー。グサーッて、口の中に刺さるんだよー? 狐の前足だとイガが取り辛かったし、泣きながら叫んでたよねー。


 パパとママも心配していたけど、結局最後は笑い合って、楽しく過ごしてたんだー。


 そして季節は冬になり、山は厚い雪に覆われて、白い雪化粧を纏ってた日の事だ。あの時は、私が二歳になる前だったかな?

 その日に起きた事件を境に、私の何気ない日常は唐突に終わりを迎え、生活は一変した。


 豪雪が降り荒れた次の日にも関わらず、空は雲一つない晴天で、白く染まった山には暖かな陽気に包まれていて、眩しい日差しに照らされていたんだ。

 そんな春を思わせる陽気の中で、私達家族は、厚い雪に覆われた勾配が急な斜面で、雪の中に潜んでいるネズミを探していてね。


 匂いはそこらかしこから漂っていて、顔を雪の中に突っ込めば、必ず捕まえられる程の入れ食い状態。

 だから私達はお腹を満たすべく、ひっきりなしに顔を突っ込んでは、勾配が激しい斜面に、次々と穴を開けていった。

 そのせいだったのかな? 不意に、大地を揺るがす地響きが鳴り出して、広大な雪原に一本の大きな亀裂が入ったかと思うと、ゆっくり割れていったんだ。


 最初は何が起きているのかすら分からず、上下に激しく揺れている景色をひっきりなしに見渡し、困惑して動けないでいる中。斜面が滑るようにズレていき、それは起きた。

 雪崩。しかも、かなり大規模な雪崩だ。不安定な足場のせいで逃げる事すらままならず、上から白くて巨大な壁が無情にも迫ってきたんだ。


 ただ呆然と眺めているしかなかった。あんなの、小さな身体である私達にとって、対処のしようがないもん。

 その場で出来た事があるとすれば、パパとママが私を囲い、お互いの体を噛み合って、決して離れまいという強くも弱い抵抗だけだった。


 私も咄嗟とっさにママの体を噛んだ。そしてその数秒後、雪崩に飲まれて、私達の体をあっという間に雪が覆いかぶさっていった。

 水分を含んでいないふわふわした軽い雪も、大量に積み重なれば、ものすごく重くなる。身動きは一切取れず、白くて狭い暗闇の中に、私達家族は埋まってしまったんだ。


 しばらくして揺れと轟音が収まると、パパとママは体を動かして、地上に出ようと試みるも、方向感覚が狂っていたせいで、どっちが上で、どっちが下か分からずにいてね。

 その上、相当下の方に埋まっていたのか。パパとママがいくら体を動かしても空間は広がらず、体力を無駄に消費していくだけだった。


 雪に埋まってから、五分が経っただろうか? 一時間が経っただろうか? 時間の流れすら曖昧になり、焦りだけを募らせていく。

 そして雪は、パパとママの体温をみるみる内に奪っていき、家族に囲まれた私は、その冷たくなっていく体を肌で感じ取っていった。


 最初は、鳴き続けて生きている事を知らせてくれていたけれど、時間が経つに連れ、鳴き声はか細くなり、とうとう聞こえなくなって……。

 いくら私が呼び掛けても、パパとママの鳴き声は返ってこなくなり、涙を浮かべた私の視界も薄れていって、だんだんと眠くなっていってね。


 でも、その時だ。狭くて暗くて寒い空間に、いきなり光が差し込んできて、血塗られた手で私達を抱え上げてくれた人がいた。

 それが、天狐になったばかりのかえで様だった。でね、楓様は泣きじゃくっている顔を私達に添えて、「遅れてすまぬ……」と一言、震えた声で言ってきたんだ。


 その言葉の意味を知ったのは、数日後ぐらいだったかな。あの時既に、パパとママは、もう……。


 ……暗いよね? そろそろやめよっか。


 それでねー。私もかなり危険な状態だったらしく、楓様の独断で、私は妖狐にされちゃったんだー。これが、私が妖狐になった経緯だよー。


 もっと早く助けに来てくれていたら、もしかしたらパパとママも……。


 ……いや、また暗くなっちゃうや。話を進めよー。


 私の体調が万全に戻った頃にね、楓様から色々と話を聞いたんだー。私みたいに家族を失った狐。群れから外れて、孤立した狐。

 産まれてから間もなくして、家族から見捨てられてしまった狐。生きる術が無く、ただただ死を待つのみの狐。

 そんな弱い立場にいる狐を、助ける為に活動を始めるんだってねー。もちろん、私も賛同したよー。その時の楓様は、温かく微笑んでくれたんだー。


 そして、遥か昔に楓様がまつられていて、今ではすっかりと廃墟になった、とある禁足地の最奥にある神社を拠点にして、二人で活動を始める事にしたんだー。

 朝早く起きて、人間が食べているような朝食を済ませ、神社の裏手に作ったパパとママのお墓に、行ってきますと言って、いざ活動開始さー。


 それで、日に日に家族とも言える仲間が増えていき、神社はまたたく間にいっぱいになっていったんだー。

 元々私達は狐だし、外で寝ても全然問題なかったけど、数ある寝床もだんだん減っていってねー。


 それで、仲間が五十人以上になった頃だったかなー? 仙狐様の提案で、人間が営んでいる神社で住み込みで働き、お母さんに恩返しをしようってなってねー。

 あっ、お母さんって言うのは楓様の事だよー。いつの間にか楓様の事を、みんなしてお母さんって呼ぶようになっていたんだー。


 最初は、お母さんは心配して猛反対していたけど、私達はどうしても恩返しがしたくなってねー。次の日にはこっそりと実行していたのさー。

 人間の姿に化けて、一生懸命働いて、給料を貰ったら全部お母さんに渡していたんだー。同時に、プレゼントもいっぱいあげたよー。


 その時のお母さんってば、泣いて喜んでくれていたなぁ。そんなお母さんの顔を見るのは、みんな初めての事だった。「ありがとう、ありがとう」って、何度も感謝してくれていたよ。

 だから、お母さんの喜ぶ顔がもっと見たくて、私達は競うように働いていたよ。お母さんに、うんと恩返しがしたかったからね。


 神社は、主に『稲荷』が付いた名前の神社が人気だったかなー? 私もそこで、数年ぐらい働いていたよー。

 んで、仲間を保護しつつ、そんな事を数十年近く続けていたら、お母さんが長年の腐れ縁である、ぬらりひょんさんに声を掛けられたんだー。


 なんでも隠世かくりよで温泉街を開くらしく、そこで神社を構え、働いてみないかっていう相談だったんだー。

 それで断る事なく引き受け、今に至るってワケさー。とても大きな神社を建ててもらい、お母さんの要望である、仲間が全員住める寮まで建ててもらい、そこでゆったりと暮らしているよー。


 仲間を保護する活動は、妖狐神社で働きつつ、今でもずっと続けているよー。この活動はどんな事があろうとも、絶対にやめない。それは私とお母さん、みんなの意思だ。

 かつては私達も、同じ立場にいたからね。弱い立場にいる狐を、弱い立場にいた私達が手を差し伸べて、救ってあげたい。


 今では四百人以上になったかな? みんながみんな、同じ意思を持っていて、同じ境遇でいる狐を助けてあげたいと思っている。

 そしてみんな、助けてくれたお母さんの事が大好きだ。私もお母さんの事が大好きだよ。よくイタズラしちゃって、怒られているけどね。


 でねでね! 明日から二日間休暇を貰っているから、花梨達を私の部屋に誘って、泊まってもらおうと思っているんだー。もちろん、お母さんには内緒でねー。

 ふっふっふっ、お母さん驚くだろうなー。花梨達は私の部屋に来て、泊まってくれるかなー? まあ、花梨達なら泊まってくれるでしょー。すごく楽しみだなー。

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