34話-1、極寒甘味処の手伝い

 闇の薄い夜空が、朝焼けにより白く染まりつつある朝六時十五分。


 眠りを覚ますようなスズメの鳴き声に混じり、携帯電話から目覚ましのけたたましいアラーム音が、花梨達の部屋内に鳴り響く。

 そのアラーム音に気がつき、珍しく目を覚ました花梨は、手を伸ばして眠りを妨げる耳障りな音を止めると、まだ重く感じる体を思いっきり伸ばし、上体をむくりと起こす。

 体の左右に引っ付いているゴーニャと座敷童子のまといは、まだ眠りから覚めておらず、花梨は大きなあくびをして目に涙を溜めつつ、携帯電話で現在の時刻を確認した。


「……今ぁ、何時だぁ~? 六時十五分……、あれっ? 目覚ましが鳴る時間にセットした時間だ」


「う、ウソ、だろ? 花梨が……、起き、てる?」


「ふぇっ?」


 現在時刻を確認し、今まで感じた事のない違和感を覚えている中。不意に右側から、何かに驚愕している掠れた声が耳に入り込んできた。

 まだ寝ぼけている花梨は、半開きの目を声が聞こえてきた方向に向けると、わなわなと震えている手で口を押さえ、目を見開いてる女天狗のクロの姿がった。


「お、お前誰だ!? なんで花梨のベッドで寝てやがる!」


「へっ!? いや、クロさん! 私です、秋風 花梨です!」


「……ほ、本物か? 本物の花梨、なのか? そうか、あの寝坊魔である花梨が、ついに一人で起きれるように……」


「一人、で?」


 花梨は、キョトンとした目で辺りを見渡してみると、ゴーニャと纏は体にしがみついて寝息を立てており、再び携帯電話に目を向けると、時刻は六時十七分になっている。

 そして右側には、花梨を起こしに来たであろうクロが、目を抑えながら感涙しており、花梨はそこでやっと違和感の正体を掴めた。


「まさか、一回目のアラームで起きれた……? えっ、一人で起きれたの私っ!?」


「やっと、やっと花梨が、一人で起きれるようになったのかぁ……。嬉しくて涙が……」


「おおーっ! ねぇねぇ、すごくないですかクロさん!? 普通に起きれたよ私っ!」


「……まあ、当たり前の事なんだけどな」


「ですよねぇ……」


 寝起きの茶番劇を終えると、涙を拭き取ったクロが「朝食はテーブルに置いといたから、しっかり食って久々の仕事頑張れよ」とエールを送り、花梨達の部屋を後にした。

 一人で起きれたお陰か、やる気に満ち溢れている花梨は、未だに寝ているだらしない二人を起こしてベッドから抜け出し、意気揚々と私服に着替えて歯を磨き始める。


 纏のえずき声が聞こえる歯磨きを終えると、三人はテーブルの前に腰を下ろし、クロが置いていった朝食に目を向ける。

 白い楕円形の大きなパンらしき物が、皿に二つずつ置いてあり、花梨がおもむろにそれを手に取ると、出来立てだったのか表面はかなり熱く、「あちちっ」と慌てて皿に置き、手の平を振った。  


「見た目は肉まんっぽいなぁ。二つあるけど中身はなんだろう? 早く食べてみよっと。それじゃあいただきまーす!」


「いただきますっ!」

「いただきます」


 朝食の号令を叫んだ花梨は、熱い肉まんを両手で掴んでからつま先に持ち替え、口の中が火傷しないよう少しだけ齧る。

 齧った部分から中を覗いてみると、ひき肉や細切れのタケノコ、玉ねぎとシイタケが入っており、それらがギッシリと詰まっている。

 まじまじと覗いていると、そこから肉汁が溢れて出してきて、勿体ないと思い、慌てて齧った部分を上に向けた。


 今度はそのまま大きく齧ると、コショウの効いたひき肉の風味が、ほのかに甘く感じるふっくらとしたパン生地の風味と混ざり合い、口の中に広がっていく。

 その中で、後からシイタケの濃い旨味と、玉ねぎの深い甘みも追って来て、シンプルであった風味にコクが加わり、みるみる食欲が増進されていく。

 そして、たまに感じるタケノコのコリッとした食感がクセになり、大きな肉まんをペロリと平らげていった。


「う~ん、味が濃くてんまいっ! 肉まんっておやつのイメージが強いけど、朝食にも良いなぁ」


「花梨っ、私のには甘いのが入っていたわっ」

「私のもそうだった。しつこくない丁度いい甘さで、すごく美味しい」


「二人はあんまんかぁ。美味しそうだな、どれどれ……。うんっ、しっとりしていて美味しい甘さだ。こう、あんまんでしか味わえないような甘さが堪らないや」


 三人はそれぞれの朝食に舌鼓したづつみを打ち、肉まんとあんまんを完食していく。温かな朝食の余韻に浸り終わると、纏が座敷童子堂に帰ると言い、窓に飛び乗って二人に小さく手を振り、そのまま外に飛び降りていった。

 纏を見送った二人は、皿を水洗いしてから仕事に行く為の準備に取り掛かる。リュックサックの中身を確認し、漏れが無いかとチェックしていると、小さなあくびをついたゴーニャが、花梨の服を弱々しく引っ張ってきた。


「花梨っ、眠くなってきちゃった……」


「ああ、朝早く起きちゃったからねぇ。おんぶしてあげるから、私の背中で寝ちゃいな」


「うんっ、ありがと……」


 花梨がそう言うと、チェックを終えたリュックサックを前に背負い、再びあくびをしたゴーニャをおんぶし、支配人室へと向かっていった。

 支配人室の扉の前まで来ると、ゴーニャは既に眠りに就いているのか、背後から等間隔の寝息が聞こえてくる。

 ほくそ笑んだ花梨は、静かに扉を二度ノックして中に入ると、書斎机にある椅子に座り、大きく口を開け、長いあくびをしているぬらりひょんの姿が目に入ってきた。


「おはようございます、ぬらりひょん様」


「おはようさん、今日は予定よりも早く来たな」


「ええっ。珍しくちゃんと起きれたので、早めに来れました」


「ほう~、隕石が降ってこないといいがな。でだ、今日は『極寒甘味処ごっかんかんみどころ』の手伝いに行ってもらう」


「ゔっ……。つ、ついに来たな……」


 極寒甘味処の手伝いと聞いた瞬間。今まで張り切っていた花梨は、以前、カラオケをしている時に雹華ひょうかに言われた意味深な発言を思い出し、気分が一気に滅入っていく。

 その、急激にやる気を無くした花梨の表情を見たぬらりひょんが、キセルに詰めタバコを入れながら首をかしげる。


「んっ? なんか嫌そうな顔をしとるな」


「あっ、嫌ではないんですけども、嫌な予感がしまして……」


「予感? ああ、そういや雹華の奴「その日だけは秋風 花梨ちゃんじゃなくて、雪風 花梨ちゃんになるからね。ふふふっ、楽しみだわ」とか訳の分からん事を言って、ニヤついておったな」


「ああ~、完全に雪女にされるな私……。とりあえず行ってきまーす」


 今日の仕事内容を聞き、満ち溢れたやる気が全て霧散した花梨は、腰を前に折りつつ支配人室から出ていき、寝ているゴーニャを背負いながら永秋えいしゅうを後にする。

 目的地である極寒甘味処は、普段なら甘味を堪能しうつつを抜かしに行く場所であるが、今日は仕事だけならまだしも、雪女にされるであろうから足取りは非常に重く、いかんせん気分が乗らないでいた。


「妖狐、茨木童子、座敷童子、そして次は雪女かぁ。どんどん人間離れしていくなぁ私……。あそこで働くのであれば、必須だと思うしかないか……。アイスクリームもかき氷も雪女じゃないと作れないだろうし。そういや雪女の姿になったら、雹華さんに写真をいっぱい撮られるんだろうか……」


 まだ人通りの少ない大通りで、愚痴に近い独り言をボヤいていると、まだシャッターが開いていない目的地である極寒甘味処が見えてきた。

 その店の前では、店長である雹華がソワソワしながら辺りを見渡しており、花梨の姿を見つけるや否や、朝日よりも眩しい満面の笑顔になり、残像が残る勢いで手を大きく振り始める。


「花梨ちゃーーーーん!!」


「うおっ!? 雹華さん、いつになくテンションが高いや。心なしか、口調にも元気があって明るいなぁ」


 普段と何から何まで違う雹華の姿を見て、不意打ちを受けて困惑した花梨は、至福の表情をしている雹華の元へと近づいていき、軽く頭を下げた。


「おはようございます雹華さ……、さむっ!?」


「あら、ごめんなさいね。適温まで体温を下げる為に、冷気を放出しているのよ」


「な、なるほど、ビックリしたぁ……。雹華さん、今日はとても元気がいいですね。いつも暗そうに喋っているから、ハキハキと喋っている雹華さんに少し違和感が……」


「うふふふっ、これが本来の私の喋り方よ。さあ、お仕事を始めるわよ! 店の中に入ってちょうだいっ!!」


 既に、かなり興奮している雹華にいざなわれ、既に、かなりやる気を無くしている花梨は、雹華が開けたシャッターを潜り、電気がポツポツと点いている店の中へと入っていった。

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