33話、建築図面の完成

「……うん、うんっ! よし、出来たっ!」


 長期休暇七日目の午後二時頃。満面の笑顔である花梨は、完成したばかりの建築図面を掲げ、満足しながら「ふふっ」と声を漏らす。

 そして、ベッドに座って体を左右にゆっくり揺らし、MDプレーヤーで音楽を聴きながら鼻歌を歌っているゴーニャに向かい、手招きをした。

 手招きに気がついたゴーニャは、MDプレーヤーの停止ボタンを押して音楽を止め、イヤホンを外してから花梨の元へと近づいていった。


「なにかしらっ」


「これから、ぬらりひょん様の所に行くんだけど一緒に行く?」


「ぬらりひょん様の所? うん、行くわっ」


 ゴーニャの返答に花梨は「よし、じゃあ行こっか」と、建築図面が折れないようクリアファイルに入れ、手を繋ぎながら部屋を後にし、ぬらりひょんが居る支配人室へと向かっていった。

 扉の前まで来ると、扉を二度ノックしてから「失礼しまーす」と言いつつ、キセルの煙が充満している部屋に入り、椅子に深くもたれ込んでいるぬらりひょんを見つけるや否や、クリアファイルを掲げて歩み寄っていく。


「お疲れ様です、ぬらりひょん様」


「花梨か、珍しいなこんな時間に。どうしたんだ?」


「へっへーん。たった今、例の建築図面が完成したのでお見せに来ました」


「なにぃっ!? 本当かっ! は、早く見せてくれ!」


 予想外の反応に驚いた花梨は、書斎机に乗り上げ、早くよこせと言わんばかりに右手を仰いでいるぬらりひょんに、完成したばかりの建築図面を差し出した。

 それを大事そうに受け取ったぬらりひょんは、目を丸くしながら椅子に座り直し、持っていたキセルをほったらかしにしつつ、舐めるように建築図面を眺め始める。

 建築図面を眺めている時のぬらりひょんの表情は、とても豊かであるが落ち着きがなく、時折「うんうん」とうなずき、「おおーっ」と眉を上げて感心し、最後にはふんわりと微笑み、右目から一滴の涙が零れ落ちた。


「ぬらりひょん様……、泣いているん、ですか?」


「はっ? ……おっ、おお、目に大きなゴミが入ったみたいだ。それでだっ! 店はいつ完成するんだ!?」


「え~っと、これから建物建築・修繕鬼ヶ島に行くんで、まだちょっと分からないですねぇ」


「ぬう、そうか……。まあ、あいつらの事だ。完成まで二、三ヶ月も掛からんだろう。ふっふっふっ、今から楽しみでしょうがないわ」


 口元を緩ませているぬらりひょんが、建築図面を花梨に返すと、花梨達に煙が掛からぬようキセルの煙をふかす。

 ニヤニヤしながら椅子にもたれ込むと、何かを思い出したのか、煙が昇っているキセルを花梨へと向けた。


「ついでだ。水を差すようで申し訳ないが、明日から仕事が始まるぞ。朝七時ぐらいにここに来てくれ」


「おっ、久々の仕事だ。分かりました! それじゃあ建物建築・修繕鬼ヶ島に行ってきますね」


「ああ、ちょっと待て」


「はい?」


 部屋から立ち去ろうとする花梨を引き留めたぬらりひょんが、わざらしく咳払いをし、言葉を濁らせながら話を続ける。


「あー……、えと、なんだ。その建築図面が必要無くなったら、ワシに譲ってくれんか?」


「建築図面ですか? はい、いいですよ。使い終わったら、ぬらりひょん様の所に持ってきますね」


「おお、そうか、すまんな。それじゃあ、気をつけて行ってこい」


 笑みを浮かべた花梨が、ゴーニャと共に部屋から出ていくと、一人残ったぬらりひょんはキセルの煙をふかし、書斎机の引出しから色褪いろあせている古びた厚い資料を取り出した。

 表紙には『超凄い!! 温泉街プロジェクト!』と黒い文字で殴り書きされており、紙を破かないよう慎重に開き、懐かしい図面を眺めながらほくそ笑む。


華奢きゃしゃな文字は紅葉もみじにソックリで、力強く描かれた図面の線は、鷹瑛たかあきそのものだな。しっかりとこやつらの血の受け継いでおる。待ってろよお前さんら。もう少しで永秋えいしゅうの横に、愛娘の考えた店が建つぞ」


 温かな笑みを浮かべているぬらりひょんは、嬉しそうに古びた建築図面に語りかけ、機嫌を良くしながら更にページを捲っていった。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 永秋を後にした花梨とゴーニャは、完成したばかりの建築図面を片手に携えつつ、建物建築・修繕鬼ヶ島の店の中へと入っていく。

 リズム良く奏でている金槌の音と、ノコギリで木材を切っている騒がしい音が飛び交っている中。

 青鬼の青飛車あおびしゃと赤鬼の赤霧山あかぎりやまを探していると、大きいタオルでひたいの汗を拭いている青飛車を発見し、「青飛車さーん!」と声を上げながら歩み寄っていった。


「んっ? ああ、秋風さんか。こんにちは。今日はどうしたんだい?」


「お仕事お疲れ様です! えっと、例の建築図面が完成したので、お持ちしました!」


「本当かい? 予定よりもだいぶ早く完成したね、早速見せてくれないかい?」


 花梨から建築図面を受け取った青飛車は、特製の大きな黒縁メガネを掛けると、まず初めに、漏れや誤差が無いか入念にチェックを始めた。そのチェックが終わると、次に内装の確認へと入る。

 出入口の通路の幅、扉の開閉時の向き、設備の置場や作業スペース。窓の数や、その他不十分な箇所が無いか精査せいさし、全ての確認を終えると、うなずいてから花梨に目を向ける。


「うん、完璧じゃないか。線が美しく描かれているし、とても見やすい建築図面だね。これなら作業がしやすそうだ」


「本当ですか!? ありがとうございます! そうだ、水道管や配線、ガス管の図面はどうしましょう?」


「そこまで出来るんだね、それはこっちでやっておくよ。これだけで充分さ」


「そうですか、分かりました。そういえば赤霧山さんはお留守ですかね?」


 その問いかけに、青飛車は掛けていた黒縁メガネを外し、赤霧山を探すように辺りを一通り見渡すと、「あっ」と声を漏らし、手をポンと叩く。


「あいつは今日休みだね。明日来るから、この事はいの一番に伝えておくよ」


「そうなんですね。それじゃあ、よろしくお願い致します!」


「うん、最高の店を建ててあげるから楽しみにしててくれ。その日の結果や進捗状況などは、追々少しずつ知らせにいくよ」


「分かりました、それじゃあ失礼します!」


 建築図面を青飛車に託した花梨は、一度深々とお辞儀をしてからゴーニャと共に、建物建築・修繕鬼ヶ島を後にする。

 二人は手を繋いで永秋の前まで戻ってくるも、花梨は歩みを止める事なく、永秋の入口を通り過ぎていく。

 ゴーニャは不思議に思うも、そのまま永秋の隣にある整地された空き地まで来ると、花梨はそこで歩みを止め、まじまじと空き地を眺め始めた。


「ここに、私が考えた店が建つのかぁ。まるで夢みたいだなぁ」


「確か、温泉卵が食べられるお店よね。楽しみだわっ」


「うん、とっても楽しみだ」


 そう声を弾ませて返答した花梨は、ゴーニャに向けていた目を空き地に向け、ふわっと微笑んだ。


「さてと、やる事も無くなったし、何か食べに行く?」


「う~ん……。そうだ、焼き鳥が食べたいわっ」


「焼き鳥かぁ。よし、それじゃあ焼き鳥屋八咫やたに行こう!」


 日がかたむき始め、空が薄っすらと白くなりつつある午後三時前。

 

 建築図面を完成させてやる事が無くなった二人は、遅めの昼食を取る為に、八咫烏の八吉やきちが店を営んでいる焼き鳥屋八咫へと向かっていく。

 そして、出来立ての焼き鳥を二人で頬張りつつ、大量の焼き鳥を焼いている八吉に向かって自慢するように、今度自分が考えた店が建つ事を話しながら、残り少ない長期休暇の時間を過ごしていった。









 ―――焼き鳥屋八咫から帰宅後の花梨の日記



 今日は、長期休暇の最終日!


 長期休暇の半分以上を、建築図面の作成に費やしたお陰か、予定よりもずっと早く完成したんだ! 早速ぬらりひょん様と青飛車さんに見せたけど、二人からかなりの高評価を貰えたよ!

 永秋の横にある空き地に、私の考えた店が建つんだ。今から楽しみでしょうがないや。私も出来る限りの事をする為に、ちょくちょく現場に行って、ご飯やお茶の差し入れをしてこよっと。


 それでその後、焼き鳥屋八咫に行って焼き鳥をいっぱい食べてきたけど、お店が完成したら、八吉さんもお店に来てくれるって約束してくれたんだ!

 嬉しいなぁ。今のうちにメニューも考えておくべきか……、まだ気が早いだろうか? でも、考えるだけならタダだよね。よーし、どんどん考えちゃおっと!


 そうはそうと、最近ゴーニャに、私のMDプレーヤーを貸して音楽を聴かせてあげているんだけども、だんだんと歌詞も覚えてきて、楽し気に口ずさんできたから、今度一緒にカラオケでも行こうかなぁ。

 何を一緒に歌おうかなぁ。私とゴーニャの好きな曲は似ているようだし、ハモって歌っちゃおうかな? ふふっ、想像するだけでワクワクしてくるや。 


 後、休みの間にちょくちょくと、文字の読み書きや簡単な計算を教えてあげたんだけど、ゴーニャってば物覚えがすごくいいんだ。

 漢字は、小学三年生レベルの物まであっという間に覚えたし、掛け算も五の段まで難なく言えるようになったんだ。 

 色々と覚えるたびに、頭を撫でて褒めてあげると、ものすごく喜びながら微笑んでくるんだ。教えている側の私も、そのカワイイ笑顔を見ると、つい嬉しくなっちゃうんだよね。


 いったいどこまで覚えるんだろう? 将来がとっても楽しみだ。

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