★32話、黒い悪魔
サブタイトル通りで、ある意味閲覧注意です。
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「ぎゃあああーーーーーーっ!!」
「ギニァァァァーーーーッッ!!」
「ああああーーーーーーーーーっ」
長期休暇の七日目に差し掛かろうとしている、夜の十二時前。
その悲鳴が耳に入り、慌てて飛び起きたのか、永秋の三階にある宿泊部屋の消えていた灯りがポツポツと点いていき、何事かとざわめき始める。
悲鳴は一階にも届くほど大きかったようで、食事処の掃除をしていた女天狗のクロが、血相を変えて花梨達の部屋を目指し、息を荒げながら階段を駆け上っていった。
先ほどとは打って変わり、静寂を保っている四階に着き、その静寂を掻き消すように廊下を走っている中。
大あくびをし、目に涙を浮かべているぬらりひょんが前から歩いてきて、その姿を発見したクロが慌てて足を止める。
「ぬらりひょん様! 凄まじい悲鳴が聞こえたんですけども、花梨達に何かあったんですか!?」
「んあっ? ああ、クロか。行けば分かる。面白いもんが見れるぞ」
「……ずいぶんと落ち着いてますね。大した事じゃなかったんですか?」
「まぁな。ったく、大声で叫びおって。ワシは支配人室に戻るぞ」
再びあくびをついたぬらりひょんは、キセルの煙をふかしながら支配人室に戻っていく。大事ではないと分かり、拍子抜けしたクロは乱れた呼吸を整えつつ、歩いて花梨達の部屋へと向かっていた。
全開の扉から中の様子を伺ってみると、座敷童子の
「……お前ら、それはいったいどういう状況なんだ?」
「く、クロさん……。ご、ゴキ……、とっても大きい……、ゴキ……」
「は、早くて黒くて……、光ってて気持ち悪いのが……、カサカサとっ……」
「あわわわわわ……」
「……ゴキブリが、出たのか?」
クロの呆れて
「まあ、花梨とゴーニャは仕方ないとしてだ。纏は妖怪だろう? ゴキブリぐらいで怖がってどうすんだ」
「妖怪だろうと生理的に無理」
「あんなの見た目だけだろう? 別に怖くともなんとも―――」
「あっ、クロの足元にゴキブリが」
「だああぁぁーーーッッ!? ど、どこっ!? どこにいるんだ!? ……な、なんだ、いないじゃない……、ハッ!?」
顔を真っ赤に染めながら口をヒクつかせ、誤魔化すようにわざとらしい咳払いをしたクロに、悪どい笑みを浮かべている纏が、嫌味を効かせつつ話を続ける。
「あれ、クロはゴキブリ怖くないんじゃないの」
「べ、べべっ、別に怖くともなんともないぞっ! い、今のは……、た、たまたまだ!」
「ものすごく動揺してたよね」
「そ、それは……」
本当はゴキブリが大の苦手で、普段通りの冷静さを保とうとしていたクロだが、纏の嘘の発言によりそれが
「わ、私は妖怪である以前に、一人の女なんだ。苦手な物の一つや二つぐらいあるさ!」
「私も女だよ」
「じゃ、じゃあ仕方ない! ゴキブリが怖くても仕方ないなぁ、うんっ!」
二人のやり取りが終わると、纏達はゴキブリが近くにいない事を確認しつつ降りていく。そして、花梨がニヤけ面でクロに近づいていき、震えている肩に手をポンッと置き、空いている手の親指を立てた。
「クロさぁん、私達仲間っスねぇ~」
花梨のニタァっとしたニヤけ面と、いやらしい口調に多少の苛立ちを覚えたクロは、緩んでいる花梨の頬を両手で鷲掴み、思いっきり引っ張り上げる。
「私は、お前ほどバカでかい叫び声は上げないけどなぁ~。それよりも、
「あいだだだだだっ……。えっ、こ、殺される!?」
「アホ、ゴキブリの事だ。野放しにしたまま寝るとか、気が気じゃないだろう? 花梨、スリッパを四足持ってこい」
指示を出された花梨は、引っ張られて赤くなった頬を擦りながら部屋から出て行き、言われた通りにスリッパを四足持ってきて、各々に配った。
そして、軽武装した花梨、ゴーニャ、纏がクロの前に立ち並び、クロは持っているスリッパで、自分の肩を軽く叩き始める。
「敵は素早い。見つけ次第、臆さないで叩き潰すこと。いいな?」
「はい、クロさん。質問があります」
おもむろに手を挙げた花梨に対し、クロは持っていたスリッパで花梨を差しながら「はい、花梨。どうした?」と質問を返す。
「正直、スリッパでゴキブリを叩くのはイヤです! クロさん、何かすごい技とか持ってないですか?」
「技? 竜巻とか巻き起こせるが、この部屋でやるのか? 間違いなくめっちゃくちゃになるぞ」
「よーし、スリッパで頑張るぞーっ!」
クロの無慈悲なる言葉により、惨劇を思い浮かべて全てを諦めた花梨は、恐怖の象徴であるゴキブリを探し始める。ホコリが被っている棚の隙間、普段は見ない冷蔵庫の下や後ろ、テーブルの下。
脱衣場や風呂場、トイレも念入りに隙間という隙間を確認してみたが、どこにもおらず時間だけが刻一刻と過ぎていく。
そして、ビクビクしながらベッドの下を恐る恐る覗いてみると、薄暗い空間の奥に一冊の本らしき影を見つけた。
「あれ、何か落ちてる。なんだろ―――」
「ギニャァアアアーーーーッッ!!」
「ご、ゴーニャ!?」
不思議に思った花梨が、本らしき影に手を伸ばして拾おうとした瞬間。突如として背後から、空を裂くようなゴーニャの叫び声が聞こえてきた。
慌ててベッドに頭をぶつけながら後ろを振り向くと、脱衣所の前で、ゴーニャが仰向けになって倒れていて、体を小刻みに痙攣させていた。
その横には、親指サイズ程のゴキブリがおり、ゴーニャを倒して機嫌を良くしているのか、長い触覚をひっきりなしに動かしている。
ゴキブリにより、倒されたゴーニャの哀れな姿を見て、憤慨した花梨が奥歯を噛み締めつつ、スリッパを構えて勢いよく飛びついた。
「おのれぇっ! よくもゴーニャを! 食らえーーッッ!!」
渾身の力を振り絞り、ゴキブリがいた箇所にスリッパを叩きつけると、爆竹が炸裂したような鼓膜をつんざく音が部屋内に鳴り響く。
すぐにスリッパを上げてみるも、ゴキブリの姿はどこにも無く、それと同時に、背後から纏の「ピャッ!?」という、甲高い断末魔が花梨の耳に入り込んできた。
「ま、纏姉さん!?」
声を上げた花梨は、纏の断末魔が聞こえてきた方向に顔を向けると、直立しながら白目を剥いて気絶している纏と、顔に張り付いているゴキブリの姿が目に入る。
その悲惨たる光景を目撃した花梨は、心中を察しながらドン引きし、顔がみるみる内に青ざめ、体中に鳥肌が一気に立っていった。
「う、ううっ、うわぁ……。なんとも
花梨の大きな声と共に、今度は同じく惨劇を垣間見ていたクロの顔面に目掛け、ゴキブリが意気揚々に飛んでいく。
先の光景のせいで体が硬直しているものの、クロは向かってくる恐怖の象徴から一切目を離さず、スリッパを両手に入れてから両腕を広げた。
「ぬおおおおーーーーッ!! こ、こんにゃろうっ!!」
いきり立ったクロは、ゴキブリが手の届く距離まで迫ってくると、タイミングを見計らい、スリッパの裏を合わせるように、力を込めた両手でゴキブリを挟み込んだ。
確かなる手応えがあったのか、気色悪い感触がスリッパを通して両手に伝わり、這いずり回るように全身へと駆け巡っていく。
余すことなく全身に身震いが行き渡ると、瞳孔が開いているクロが、震えている唇を無理やりに動かし始める。
「か、かっ……、花梨……。ガム、テープと……、び、ビニール袋を、もっ、持って、こい……」
「は、はいぃっ」
クロの雄姿を見守っていた花梨は、言われた通りの物を急いで用意すると、ピクリと動いていないクロが持っているスリッパを、ガムテープで見えなくなるまで素早く巻き上げる。
ガムテープでスリッパを完全に固定すると、震えが収まってきたクロが、ビニール袋に投げ込んでからキツく縛り上げる。そして、二人は安堵しながらその場にへたれ込み、同時に長いため息を漏らした。
「や、やりましたねクロさん」
「あ、ああ……。まだ手の平に、ゴキブリを潰した時の感触が残ってやがる……」
「ぅえゃぁああ……。い、言わないでくださいよ……。と、鳥肌が……」
落ち着きを取り戻しつつあるクロが、時計に目を向けると夜中の一時を回っており、時計を見たせいか急に眠気に襲われ始め、諸悪の根源が入っているビニール袋を持ちながらあくびを一つついた。
「もう夜中の一時か。こいつは処理しといてやるから、お前達ももう寝ろ。つっても、二人は既に寝ているがな」
「寝てるというか、気絶しているというか……。とにかく、ありがとうございました! スリッパでゴキブリを倒した時のクロさん、とってもカッコよかったです!」
「だろ? んじゃあ、おやすみ~」
もう一度あくびをつき、部屋から出ていったクロを見送った花梨は、今日一番である被害者達を、敬意を払いつつ呼び起こす。
そして、ゴーニャと纏が念入りに何度も顔を洗った後。ベッドの中へと潜り込み、安心しながら眠りへと就いていった。
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