11話-3、妖怪らしい人間に罰の夜飯を

「着いた」


「よいしょっと……。ふう、着いた~」


 永秋えいしゅうの壁を駆け登って屋根の上まで来た二人は、休憩を取るために軒先のきさきに腰を下ろして一息ついた。

 そこから見える風景は、温泉街全体を一望でき、赤と黄色で彩られている紅葉とした山々が、どこまでも続いており、葉吹雪を温泉街に送りながら見守っている。


 屋根の上には障害物や遮蔽物しゃへいぶつが一切なく、一定の感覚で山から流れてくる涼しい秋の風が、興奮している花梨の火照った体と心をゆっくりと冷やしてくれた。

 秋がふんだんに詰まった景色に見惚れていた花梨が、息を漏らしながら口を開く。


「はぁ~っ、良い景色だなぁ」


「でしょ、私のお気に入りの場所」


 そう言った足をパタパタとさせている纏は、先ほど花梨から貰った赤飯のおにぎりを、着物の袖から取り出し、ニコニコしながら小さい口を開けて頬張った。

 冷めたせいか、ごま塩の塩気がより強く感じるおにぎりを堪能してから飲み込むと、余っていたもう一つのおにぎりを手に取って花梨に差し出した。


「あげる」


「えっ、いいんですか?」


「うん、ここで食べるとすごく美味しい」


「なるほどっ。それじゃあ、お言葉に甘えていただきまーす! ん~っ、美味しいっ!」


 人間の時にも食べた赤飯のおにぎりの味は、座敷童子に変化へんげしてから食べると、まったく別物と言っていいほどに味が変わっていて美味しくなっていた。

 甘さも風味も格段に上がっており、花梨は口に入れるたびに「んまいっ!」と叫び、二十秒もしない内にペロリと平らげてしまった。


 おにぎりを失った手を見ると、花梨は悲しそうに体を震わせ始める。


「そ、そんな……、手から幸せが無くなった……」


「花梨、食べるの早すぎ。食いしん坊」


「いや~、おにぎりがあまりにも美味しくて、つい」


「それじゃあ、後で極寒甘味処ごっかんかんみどころに行こう。ぜんざい、おしるこ、あんころ餅。どら焼き、饅頭、串だんご。どれも美味しい」


 あんこを使った和菓子のラインナップが耳に入ると、花梨の目がガッと凄まじい光を放ち始める。


「後ではなく、今すぐ極寒甘味処に行きましょう」


「行こう、その前にぬらりひょん様に挨拶したい。窓から入る」


「おっ、なんか面白そうだ。私も着いていきます」


 そう決めた二人は同時に立ち上がり、軒先にぶら下がって壁に両足をつけ、そのままぬらりひょんがいる支配人室の窓まで歩いていく。

 支配人室の窓は鍵が掛かってなく開いており、こっそりと中の様子を伺ってみると、誰もおらずしんと静まり返っている。


 壁に立ちながら部屋の中を覗くのは、花梨にとって初めての体験であり、部屋に落ちていきそうな感覚に襲われ、軽く平衡感覚を失って目がグルグルと回ってきた。首をかしげた纏が、花梨に目を向けた。


「誰もいない」


「ですねぇ。そうだっ! ぬらりひょん様が部屋に入ってきたら驚かせてやりましょうよ」


「いいね。なんか今の花梨、すごい妖怪してる」


「へっへっへっへっ、お褒めの言葉ありがとうございやす」


 あくどい表情をしながら花梨と纏は窓から侵入し、ぬらりひょんが部屋に入ってくるのを、扉に耳を当てながら外の状況を確認しつつ待ち構えた。

 しばらくすると、扉の向こう側からぬらりひょんの低い鼻歌が聞こえてきて、だんだんとこちらに近づいてきた。


「来たっ! 纏さん天井に行きましょう。扉が開いたらぬらりひょん様の目の前に着地して、ワーッて驚かせてやりましょっ」


「花梨、人間よりも妖怪をやった方がいいんじゃないかな」


 二人は、音を殺しながら壁を歩いて天井に立つと、ぬらりひょんが扉を開けて中に入ってくるのを息を潜めて待った。

 そして、ドアノブが音を立てながらひとりでに回り、扉がゆっくりと開いていく。


 扉の隙間から、鼻歌を歌いながらぬらりひょんが入ってくると、天井で待っていた二人は、ぬらりひょんの前に降り立って一斉に大きな声を上げた。


「ワーーーーッ!!」

「ワーー」


「ぬおおおおおっ!?」


 ぬらりひょんは、いきなり目の前に降ってきて大声を上げた二人に驚くと、後ろによろけて豪快に尻餅をつき、痛みで顔を歪めながら尻の部分に手を当てた。


「イッテテテテ……」


「やったー! 大成功ー!」

「イエー」


 二人組の座敷童子は、無邪気に喜びながら小さなハイタッチを交わすと、ぬらりひょんが声を荒げて叫び始める。


「バカもんっ! 妖怪が妖怪を驚かせるんじゃあない! ったく……、んっ? そっちの白い着物を着ている座敷童子よ、お前さん見ない顔だな……。まさか、花梨か?」


「ゔっ……! チ、チガウ。ワタシ、カリン、チガウ。タダノ、トオリスガリノ、ザシキワラシ」


 正体がバレそうになった花梨は、口をパクパクとさせてカタコトで喋り、無駄な抵抗を試みるも、ぬらりひょんは完全に正体を見破っているのか、不敵な笑みを浮かべる。


「キサマぁ、妖狐の一件で懲りていなかったようだなぁ。そうかそうか、ふっふっふっ……。夜飯、楽しみにしていろよ?」


「ンギャアアアッ!! そ、それだけは! それだけは何卒なにとぞご勘弁をぉぉっ!!」


「バカめ、もう遅い。ワシを驚かせた罰だ。纏よ、お前さんも今晩、花梨の部屋で一緒に飯を食っていくといい」


「本当? わーい」


 そう言ったぬらりひょんは、膝にまとわりついている花梨を引き剥がして外に放り出し、嘲笑いながら扉をバタンと閉めた。

 ぬらりひょんから死の宣告を受けた花梨が、床に手を膝を突きながら嗚咽おえつし始めると、見かねた纏が花梨の肩にそっと手を添える。


「花梨、気を取り直して、極寒甘味処で甘い物を食べて元気出そう」


「うっ、うううっ……。たぶん、夜飯に小豆をしこたま使った料理が出てくると思いますけど……。とりあえず行きましょ……」


 しょぼくれている花梨がゆっくりと立ち上がり、こうべを垂らしながら纏と一緒に一階へと降りていく。

 永秋を出る前に、女天狗のクロに座敷童子になった自分の姿を見せようと思い、受付を覗いてみるも、どうやらクロは不在のようで、違う女天狗が受付に立っていた。


 少々残念に思った花梨は、小さなため息をついて肩を落とし、引き続きしょぼくれた表情をしながら永秋を後にし、極寒甘味処へと向かっていく。

 纏は、小さな歩幅で歩きつつ、横目でチラチラと生気を失っている花梨を見て心配するも、極寒甘味処が近づくにつれて表情がだんだんと明るくなっていき、目的の店が見えてくると、なぜかヨダレを垂らしながらにんまりとしていた。


「さぁ~て、何を食べよっかなぁ~? 小豆系とあんこ系の甘味を集中的に攻めるかなぁ。あ~、でも、パフェもまだ食べてなかったや。どうしよう? へっへへへっ……」


「花梨、切り替えが早い」


「赤飯のおにぎりで、あの美味しさでしたからねぇ~。もう楽しみで楽しみで」


 赤飯のおにぎりの味を思い出したのか、花梨は不気味な笑い声を発しつつ、想像と妄想の世界へと旅立ち、甘味の山のいただきであんこが大量に乗っている特大パフェを食べ始める。

 花梨のとろけていく表情を見た纏は、おかしくなったのか静かに笑みを浮かべる。花梨が妄想の世界から戻らぬまま極寒甘味処に着くと、纏は花梨の頬をプニッと突っついた。


「花梨、着いたよ」


「うわぁ~、おしるこの海だぁ~……。流石にこれは全部飲めな……、ハッ!?」


「おかえり」


「た、ただいま戻りました。さてっ、イメトレも終わったしいっぱい食べるぞーっ!」


 花梨が気合を入れて店の中に入って行くと、纏は「おしるこの海とは?」と、首をかしげながら後を着いていく。

 昼の時間もあってか客はまばらで、雪女の店員達は、椅子に座って頭をこっくりこっくりとさせており、気持ちよさそうに夢心地気分になっている。


 二人はとりあえず、ここの店長である雹華ひょうかを探してみると、店内の一番奥にあるテーブル席に座り、雑誌を見ている雹華の姿を見つけ、ゆっくりと歩み寄っていった。


「こんにちは雹華さーん」


「……んっ……。……その声は花梨ちゃんね、いらっしゃっはああっ……!!」


 座敷童子をした花梨の姿を見た雹華が、いきなり地を割くような大声を上げたかと思うと、今度は全身が凍りついたかのようにピクリとも動かなくなる。

 花梨は、あれっ? と、思いながら小さな足を一歩前に出すと、それと同時に雹華の鼻から、ブッと音を立たせながら勢いよく鼻血が噴き出した。


 大量の鼻血を見た花梨が「ヒッ!?」と怯えたような声を発して怯むも、慌てて雹華の元へと駆け寄った。


「ひょ、雹華さん鼻血! 鼻血がいっぱい出てる!」


「……鼻血……? ……鼻血なんて、こうよ……」


 そう言った雹華が、鼻血で真っ赤に染まっている鼻の下に手をかざすと、噴き出していた鼻血がまたたく間に凍りついていく。

 そして指をパチンと鳴らすと、凍りついてた鼻血が、ガラスが割れたような音を立たせながらきめ細かく弾け飛び、赤い光を乱反射させながら床へと落ちて消えていった。


 その赤いダイヤモンドダストを見ていた纏が、「おおー」と、声を漏らしながら拍手を送る。


「かっこいい」


「おおっ、なんか綺麗っ!


「……ふっ、鼻血なんて所詮こんな程度のものよ……。……あなた達、ちょっとそこで待っていなさい……! いま、カメラを持ってくるわ……!」


「あっ、じゃあついでにおしるこを大盛りで一つ下さい! 纏さんはどうします?」


「おしるこ超大盛りで」


「……おしるこの大盛りと超大盛りを一つずつね……! とびっきり美味しいの作ってくるわ……! お好きな席にどうぞっ……!」


 注文を受けた雹華は、残像が残る勢いで店の奥へと消え去っていった。二人は雹華の指示に従い、空いている席にひょいっと飛び乗り、お互いに微笑みながら雑談をしておしるこが来るの待った。

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