11話-4、誕生、座敷童子シスターズ

 花梨達の許可無く行われた雹華ひょうかのカメラ撮影は、店が混み始めても終わる気配が一切感じられず、結局、夕暮れ時までシャッター音が鳴り止む事はなかった。

 花梨達が頼んだ品物がテーブルに置かれるたびに数枚、食べ物を口に運ぶたびに数枚、幸せそうな表情をして食べている所を、カメラの連射機能を使って数十枚。


 最初は、カメラのシャッター音と雹華の喘ぎ声に似た息遣いを気にしていた二人も、だんだんと上品な甘さのあんこの虜になっていき、不気味な笑みを浮かべている雹華をそっちのけで食べ進めていった。

 着ている着物の乱れも気にせず撮り続けていた雹華が、急に撮るのを止めてカメラに目を向ける。


「……チィッ……! ……最後のフィルムが切れたか……!」


「ず、ずーっと撮っていましたけど、いったい何枚撮ったんですか?」


 花梨は、締めに頼んだあんこがたっぷり乗っている特大パフェを口に入れると、雹華は天井を見上げながら指を折り始める。


「……フィルム三十個分だから、六百枚ぐらいかしら……?」


「ろっ、六百枚!? そんなに撮って何をする気なんですか……」


「……つい夢中になっちゃうのよね、もちろん全て現像するわよ……。……現像するついでに、デジタルカメラでも買ってこようかしら……」


 その言葉を聞いた花梨は、口をヒクつかせながら、大容量のデータを保存できる奴を買ってこられたら、夜中まで帰れなくなりそうだ……。と、軽く戦慄しつつあんこパフェを完食する。

 纏も、十五杯目の超大盛りのおしるこをゴクゴクと飲み干し、満足そうな表情をしながら大きな器をテーブルに置き、けぷっ、と小さなゲップをした。


「まだ飲める」


「す、すごいですねぇ……。そろそろ夜になりますし、一旦永秋えいしゅうに戻ります?」


「そうだね。雹華、お勘定お願い」


 フィルムを整理していた雹華が纏の言葉に気がつくと、纏達がいる方向に向き、手を横に振りながら歩み寄ってきた。


「……お勘定なんていらないわ……。……、むしろ、私があなた達にお金を払うわよ……」


 そう言った雹華が、おもむろに着物の袖から財布を取り出して一万円札を出すと、花梨達が座っているテーブルの上にそっと置いた。

 すかさず花梨が「なんでっ!?」と、ツッコミを入れると、雹華が首をかしげながら言葉を返す。


「……撮影料……?」


「いやいや、雹華さんが勝手に撮っていただけじゃないですか」


「……私が払っちゃ……、ダメ……?」


「ダーメ! 私が払いますっ!」


 花梨が私が払うと言ったせいか、纏がすかさず話に割って入る。


「私も払う」


「いいですよ〜。ここに来てからほとんどお金を使っていないんで、結構貯まっているんです。今日は私の奢りということで」


「本当? ありがとう、今度なにかお礼するね」


 微笑ましい会話をしている二人を尻目に、雹華は渋々と分厚い会計伝票を捲りつつ、そろばんをパチパチと音を立て合計金額の計算を始める。

 長い時間鳴っていたそろばんの音が止むと、伝票を見ながら花梨の方へと向いた。


「……しめて、二万四千五百円よ……」


「んなっ……!? 思っていたよりもかなり高い……」


「……花梨ちゃん、纏ちゃんの倍以上は食べていたからね……」


「あ、あれ〜? そうだったかなぁ〜、あっはははは……」


 花梨は視線を逸らしつつ、とぼけた表情をしながら苦笑いし、雹華に三万円を手渡した。

 お釣りを貰うと「ごちそうさまでしたー!」と言い、纏と一緒に極寒甘味処を後にし、永秋へと向かって行く。


 温泉街の大通りが混雑するほど妖怪達が行き交っている中、ぶつからないように端を歩いて談笑をしていると、何かを思い出した花梨が「あっ」と、声を上げる。


「そうだ、一旦ぬらりひょん様に今日の報告をしに行かないと」


「それじゃ、また窓から行こう」


「いいですねぇ。そうだ、支配人室まで競走しませんか?」


「いいね。じゃあ屋根の上を走っていこう」


 そう決めた二人は同時に屋根の上に飛び乗り、横に並んでから構えると、纏の「よーい、ドン」の掛け声の共に、一斉に永秋を目指して走り始める。

 今回はかんむりかわらの上ではなく、やや斜面になっている瓦の部分を走っているお陰か、地面を走るような要領で走れていけた。


 そのまま並んで永秋の丁字路まで来ると、スピードを落とさず永秋の壁に向かってジャンプをした。

 足から壁に着地をしたため地面に落ちる事はなく、一気に支配人室の窓に目掛けて駆けていく。


 僅差で花梨が先に窓に着き、少し開いている窓に手をかけて勢いよく開け「ぬらりひょん様ぁーーっ!」と、大声で叫びながら部屋の中へと入っていった。

 いきなり窓から叫び声が聞こえ、驚いたぬらりひょんが体を大きく波立たせ、左胸を鷲掴みながら後ろを振り向いた。


「ばっ、バカッ! 急に窓から入ってくるんじゃない!」


 花梨は聞く耳を持たず、ズンズンと早歩きでぬらりひょんの元へと歩み寄っていき、目の前まで来ると、お手本のような綺麗な土下座をして口を開く。


「お昼の件については謝りますのでぇ! 夜飯はぁ! どうか夜飯は普通の物をお願いしますっ!」


「なんだ、まだ諦めていなかったのか。安心せい、普通の料理を用意させておく」


「ぬ、ぬらりひょん様ぁ……」


 許されたと思った花梨は、目をうるうるとさせながら頭を上げるも、ぬらりひょんは口角を上げてニヤッと笑う。


「座敷童子にとって、普通のな」


「がっ……」


 花梨が、再び死の宣告を受けてどん底に落ちると、二人の会話を静かに聞いていた纏が、ムッとしながら話に割って入る。


「座敷童子は何でも食べる」


「すまんすまん。花梨をおちょくっただけだ、そう気を悪くしないでくれ。……それにしても、お前さん達が並ぶとまるで姉妹のように見えるな」


「姉妹、ですか?」


 床に向かって嗚咽おえつしていた花梨が頭を上げ、ぬらりひょんの言葉を聞いた纏が、機嫌が良くなったのか頬を少し赤らめ、声を弾ませながら話を続ける。


「姉妹っ。じゃあ私が姉で、花梨が妹っ」


「ふふっ、いいですねぇ。ねっ、纏お姉ちゃん」


「お姉ちゃんもいいけど、ねえさんって呼んでほしい」


「えっと、纏ねえさん」


「むふーっ。いいっ、とてもいいっ」


 纏は、花梨に姉さんと呼ばれたのが相当嬉しいのか、鼻をふんっと鳴らし、腕を広げてピコピコと上下に何度も動かした。

 そのやり取りを見ていたぬらりひょんが、キセルの白い煙を辺りにまき散らすと、ほくそ笑みながら口を開く。


「それじゃあ花梨よ、明日は朝の九時にここに来い。以上だ」


「分かりました! じゃあ纏さん、お風呂にでも行きましょうか」


「花梨っ、今日は私のことを纏姉さんって呼んでっ」


「あっはははは……。お風呂に行きましょうか、纏姉さん」


「むふーっ」


 ニコッと微笑んだ花梨は、出来立ての興奮している姉と共に支配人室を後にする。一度自室に戻り、自分と纏の分のタオルを四枚用意して露天風呂へと向かっていった。

 どの露天風呂に入ろうか迷いながら廊下を歩いていると、ちょうど夜の七時を回ったのか、以前、花梨が初めて永秋に来た時に浸かった秋夜の湯の『夜七時より解放』と、書かれている看板が目の前で撤去され、それを見た纏が秋夜の湯に向かって指を差す。


「チャンス、ここに入って泳ごう」


「あっ、いいですね! 人が来ないうちに早く行きましょう!」


「うん、行こう」


 はしゃぎ始めた二人は秋夜の湯へと駆け込み、着物を素早く雑に脱ぎ、体にタオルを巻いて走りながら風呂場へと入場する。

 体は洗わずに、かけ湯を三度頭から浴びると、二人は走りながら露天風呂に思いっきり飛び込み、誰もいない事をいいように全力で泳ぎ始める。


「纏姉さーん! 見て見てー、クロール!」


古式泳法こしきえいほうー」


「泳ぎ方のチョイスが渋っ! しかも、泳ぐのが私より速い!」


 片や脚力がやたら増加しているせいか、露天風呂の水かさが減る勢いで水しぶきを上げながら泳ぎ、片や波紋をほとんど立てる事無く、滑るように泳いでいく。

 しばらくすると客がどんどん入り込んできて、それを見た二人は、迷惑にならないよう泳ぐのを止めて体を洗うことにした。


 髪の毛を同時に洗い終わると、花梨の提案でお互いの背中を洗いっこした後、改めて露天風呂に入ろうとする。

 しかし背丈が低いせいか、普通に浸かろうとすると足が床に届かず顔まで沈んでしまい、考えた末に二人は段差の部分に腰を下ろし、ライトアップされた山々と満点の星空を眺めながらゆっくりと浸かった。


 温かなお湯に身を包まれながら一息ついた纏が、とろけ切った表情をしている花梨に目をやる。


「花梨、今日一日楽しかった。ありがとう」


「こちらこそ、初めての体験ばかりで本当に楽しかったです! また遊びましょうね、纏姉さん」


「むふーっ。花梨、これからもずっと纏姉さんって呼んでっ」


「ふふっ、いいですよ。これからもよろしくお願いしますね、纏姉さん」


「むふふーっ」


 今まで寂しそうに過ごしていた、一人ぼっちの座敷童子は温泉街からいなくなり、代わりに楽しそうにしている座敷童子の姉妹が誕生した。

 姉は妹の言葉に心の底から喜び、その姿を見ている出来立ての妹は、露天風呂のお湯よりも温かい笑みを浮かべた。

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