53話-2、現を抜かす道中
ゴーニャが白目を剥いて気絶してから、早二十分が経過した頃。
ようやく白目が青く色付いたゴーニャは、ろくろ首の
どうしても花梨が着ている赤い着物にしたかったようで、店内に展示されている着物を全て確認してみるも見つからず、肩を落として鼻でため息をつく。
諦めて妥協すると、自分の瞳と同じ色をした、清流を彷彿とさせる清らかな青色の着物をチョイスし、首雷に取ってもらう。
自らが選んだ着物には、所々淡い水色の線がなびいていて、その滑らかな曲線が着物の鮮やかな青さを際立てている。
そして、花梨と首雷の指導の元。四苦八苦しながら着物を着付けしていき、着終わると金色の髪を結わいて、少々長めのポニーテールにした。
ゴーニャが自分の晴れ着姿を確認している中。同じくその姿を眺めていた花梨が、両頬に手を添え、うっとりとした表情で「うわぁ~」と、酔いしれた声を漏らす。
「ゴーニャ、すっごくカワイイ~!」
「そ、そうかしら? ありがとっ」
照れながらも、心をくすぐるような笑みを浮かべたゴーニャに対し、花梨の中でなけなしの理性が弾け飛び、おもむろに袖から携帯電話を取り出した。
熱烈な撮影会を始めた花梨をよそに、ゴーニャの着物に乱れが無いかチェックしていた首雷が、人知れず静かに
「うん、大丈夫みたいねぇ~。お二人さん着物を着てぇ、これからどこに行くのかしらぁ~?」
「えと、
「あらぁ、そうなのぉ~。私も行くからぁ、後でまた会いましょうねぇ~」
「首雷も行くのね。わかったわっ、後で会いましょ」
二人はそう会話を交わしたものの、花梨の携帯電話からはシャッター音が鳴り止まず、そこから更に二十分もの間、花梨は無我夢中で撮影を続けていた。
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天高き秋空から、数多のうろこ雲が温泉街を眺めている、午後二時半頃。
この時間帯は参拝客に焼き芋を振る舞う為に、下準備として従業員である妖狐達が、かき集めた落ち葉で芋を焼いている。
その落ち葉から昇っている香ばしい煙が風に乗り、辺りを見渡しながら歩いている花梨達の元へ運ばれ、二人の食欲中枢神経を刺激していった。
風の中に混ざっている焼き芋の匂いを嗅いだ二人は、歩ませていた足を止めてしまい、辺りから流れてくる誘惑の強い匂いに惹かれ、同時にヨダレをタラッと垂らす。
「ぬっはぁ~、焼き芋のいい匂い~……」
「おいしそうな匂いがするぅ~……」
匂いの虜になった二人は、着物姿には似つかわしくないにへら笑いをしながら空を見上げ、焼き芋を堪能している己の姿を、頭の中に思い描いていく。
想像と妄想の世界で焼き芋を数百本ほど食べ終えると、急に焼き芋の匂いが強くなり、不意に「あっ、花梨達だー」という、現実世界へ引き戻す声が聞こえてきた。
「あ~、まだ一万本以上あるや~……、ハッ!? あっ、
空想の満足感を得つつあった花梨が、妖狐の雅の声がした方向に顔を向けた瞬間。絶句して言葉を失う。
その原因は、焼き芋を両手に持っている雅を目にしてしまった事であり、心の底から羨ましく感じた花梨は、ホクホク顔で焼き芋を堪能している雅に向かい、指を差す。
「ちょ、雅! なに食べてんのさ、ずるいっ!」
「へっへーん。またくすねてきちゃったー」
無邪気にニッと笑った雅が、持っていた焼き芋を頬張り、満足気な表情で
「そんなに堂々と食べて大丈夫なの?
「楓様には、千里眼があるからどっちにしろバレちゃうからねー。なら、こうやって堂々と食べるまでさー」
「雅って、根性がかなり据わってるよね……」
千年以上生きている天狐の楓に対し、臆さず焼き芋を食べている雅に敬意を払った花梨は、雅、将来は絶対大物になるだろうなぁ……。と、来たるであろう未来を想像する。
口元をヒクつかせながら身勝手な想像を膨らませていると、ずっと見据えていたハズの雅の姿に、多少の違和感を覚え始めた。
雅の狐の耳に立体感が生まれたように見え、目を細めて眺めてみると、少なからずの奥行を感じる。
時折、耳がピクッと動くも、奥行のある耳は動いておらず、花梨はそこで初めて、雅の背後に誰かが立っている事に気がついた。
その正体は探るまでもなく誰だか予想できた花梨は、全てを察し、雅に向かって綺麗な合掌を始める。
そして、急に拝まれたと勘違いした雅が、再び焼き芋を頬張りつつ首を
「どうしたのー? 突然私を崇めちゃってさー」
「う、後ろを見れば分かるよ……」
「後ろー? どれどれ、私に後光でも差し、て……」
雅がおどけながら振り返ってみると、そこには妖々しく微笑んでいる楓がおり、唖然として固まった雅の手から、焼き芋がポロッと地面に落ちていく。
「雅よ。また三日間、飯抜きにされたいのか?」
「あいだっだだだだ! す、すみません楓さだだだだだっ!!」
なぜか親近感が湧いてくる光景を目の当たりにした花梨は、なんだろう、私とクロさんのやり取りを見ているみたいだ……。と、クロに頬を引っ張られた時の光景を重ね、自分の両頬を
依然として伸びていく雅の頬を、無い痛みを感じて歪んでいく顔で見ていると、楓が体を横にずらし、糸目を花梨に向けた。
「そうじゃお主ら。近々、またここにお主らを呼ぶつもりでおるから、髪飾りを無くさぬようにな」
「あっ、本当ですか? 分かりました!」
「また花梨と一緒に仕事ができるのねっ、楽しみだわっ!」
雅の頬を両手いっぱいに伸ばした楓が、ほくそ笑みつつ話を続ける。
「仕事とは多少違うが、まあよい。時期、ぬらりひょんから声が掛かるじゃろう。それではな」
「か、楓様っ! 引っ張りながら歩か、いだぁいっ!!」
涙目でいる雅が、二人に助けを求めるように手を差し伸べるも、為す術がない花梨は再び合掌し、喚き声を上げている雅を見送っていった。
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焼き芋の誘惑に打ち勝ち、雅の喚き声が木霊している妖狐神社を後にした、二時四十五分頃。
妖狐神社から続いている竹林道に入った姉妹は、真新しい景色を眺めながら足を進めていた。
周りは太陽の光をふんだんに浴びているものの、薄暗い緑一色であり、
竹を縫って流れてくる清涼な風が、青々しい匂いを運んできて、焼き芋の誘惑が残っている姉妹の気持ちを、撫でるように落ち着かせていく。
土を固く整地した道を歩いていた花梨は、新鮮で心が安らぐ空気を鼻から吸い込み、余韻を体全体で堪能してからゆっくりと吐いた。
「う~ん、空気が澄んでて美味しいや」
「妖狐神社に比べると、かなり涼しいわね」
「だねぇ、気持ちのいい涼しさだ」
生い茂った竹の葉が太陽の光を遮っているせいか、辺りはヒンヤリとしており、夕暮れ時を思わせる薄暗さになっている。
周りを一通り見渡してから見上げてみると、風に揺られた葉の隙間から、暖かな木漏れ日がチラチラと降り注いでいた。
自分達以外に歩いている者はおらず、独占して空気や風景に
その建物に続く道の前まで来ると、右側に『茶道場』と記されている看板が目に入り、目的地である建物に目を移す。
母屋の横にある離れを彷彿とさせる外見で、屋根は黒い瓦が敷き詰められており、壁には丸い窓が設けられている。
中には既に人がいるようで、複数人の気配を感じ取ると、茶道場から微かに明るい笑い声が聞こえてきた。
「もう人は集まっているみたいだね。時間もギリギリだし、早く行こっか」
「うんっ、そうしましょ」
赤と青の色をした着物を着ている姉妹は、周りの緑色が移っている茶道場を目指し、手を繋ぎながら向かっていった。
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