53話-3、清らかな心を持つ強き長女

 茶道場の前まで着くと、とある違和感を覚えたゴーニャが「あれ? あれっ?」と困惑しつつ首をかしげ、何かを探すように建物を周り始める。

 そして、グルリと一周回って元の場所まで戻ってくると、花梨の赤い着物を引っ張りながら口を開いた。


「ねぇ花梨っ、この建物入口が無いわっ」


「入口が無い? ああ、そうか。ゴーニャ、こっちにおいで」


 そう言って手招きをした花梨は、建物の右側に歩いていく。右端まで来ると、壁にある小さくて四角い茶色の引き戸に向かい、指を差す。

 やや高めにあるその引き戸は、四方が約六十センチ前後と狭く、人一人がやっと通れる程の大きさになっていた。


「これが、この建物の入口だよ」


「これが? とても小さいわね」


「にじり口って言うんだ。頭をぶつけないように気をつけてね」


 注意を促した花梨が靴を脱ぎ、音を立てずににじり口を開けて中に入っていくと、後を追ってゴーニャも中へと入る。

 先に茶道室に入った花梨が立ち上がり、辺りを見渡そうとした瞬間。背後からゴッと、重くて鈍い音が鳴った。

 嫌な予感がしてすぐさま振り返ってみると、頭を抱えて塞ぎ込んでいるゴーニャの姿が目に映り、慌ててしゃがみ込んだ。

  

「い、いたぁい……」


「だから気をつけてって言ったのに……。あ~あ、タンコブができちゃってるや。帰ったら辻風つじかせさんから貰った塗り薬を塗らないとね」


「……あら、花梨ちゃん達も来たのね……」


「んっ? あっ、雹華ひょうかさん。お疲れ様です!」


 にじり口に頭を強打し、目に涙を浮かべているゴーニャをあやしていると、背後からボソボソとした声が聞こえてきた。

 ゴーニャを抱えつつ振り向いてみると、そこには雪女の雹華、ろくろ首の首雷しゅらい、座敷童子のまとい、イタチに似た女性の妖怪が座布団に正座していた。


 その並んで座っている四人の正面に、ここに招待してくれた化け狸の釜巳かまみの姿もあり、花梨が全員に向かい軽く会釈すると、手前に居た雹華が、透き通った青い唇を微笑ます。


「……二人共、その着物姿とても似合っているわ……。……帰りに必ず、極寒甘味処ごっかんかんみどころに寄ってちょうだいね……」


「しゃ、写真撮る気マンマンじゃないっスか……」


「……当たり前でしょう……? ……さっ、空いてる座布団に座っちゃいなさい……」


 やや興奮気味の雹華に誘導された花梨は、イタチに似た妖怪の所まで歩み寄り、隣に回って座布団に正座をする。

 抱っこしていたゴーニャを更に横の座布団に座らせると、右隣に座っていたイタチに似た妖怪が静かに体を寄せ、一息ついた花梨に語り掛けてきた。

 

「失礼ですが、秋風様でしょうか?」


「あっ、はい。初めまして、秋風 花梨と言います。で、こちらが妹の」

「は、初めましてっ。秋風 ゴーニャですっ」


 姉妹が自己紹介を済ませると、語り掛けてきたイタチに似た妖怪が、「まあ、やはり」と表情を和ませ、床に手を添えて深々とお辞儀をする。


「お初目に掛かります。わたくし、カマイタチの癒風ゆかぜと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」


「あっ、ああっ。こ、こちらこそ、よろしくお願い致します」


 これまでにない丁寧な自己紹介に、動揺した花梨も癒風ゆかぜと名乗ったカマイタチを追い、より深く丁寧にお辞儀を返す。

 そして、同時に頭をゆっくり上げると、温かく微笑んでいる癒風の姿を、まじまじと眺め始めた。


 全身は、手入れが行き届いた明るいクリーム色の毛で覆われており、頭からは小さくて丸い耳を生やしている。

 愛嬌のある面立ちには、どこか高い気品さも溢れていて、上流階級や貴婦人を思わせる高貴な雰囲気を醸し出していた。


 若葉色の着物を見事に着こなしており、所々に春の訪れを知らせるような、煌びやかな桜吹雪が舞い踊っている。

 そんな気品に溢れ、どこか清楚かつ清らかな表情をしていた癒風が、心をくすぐる華奢な笑みを浮かべた。 


辻風つじかぜお兄様からは、とても明るくて優しいお方だと伺っております。お店の件に関しましては、本当にありがとうございました」


「あっ、いえっ、そんなっ、優しいだなんて……!」


 癒風のおだてに対し、顔を真っ赤に火照らせた花梨が、否定すべく両手を前に差し出して振り回すも、未だに微笑んでいる癒風が追撃を続ける。


「いえいえ、そんなご謙遜なさらずに。実際にお会いして秋風様をご覧になってみましたが、辻風お兄様が言っていた以上のお方だとお見受け致しました」


「ああ、そんなっ! あ、ありがとう、ございますぅ……」


 おだてに非常に弱い花梨は、後光が差すほど眩しい笑顔を放つ癒風に恐れをなし、先ほどよりも深く、この上ないほど丁重に頭を下げた。

 そして、最早崇める対象までに成り上がった癒風に向かい、手を合わせて拝んでいると、ふと駅事務室で薙風なぎかぜが言っていた言葉を思い出す。


 花梨は眉をひそめつつ頭を上げ、癒風を眺めながら、そういや、薙風さんは癒風さんと一緒になって、辻風さんをボコボコにしたとか言っていたけど、本当かなぁ?と、疑心が芽生え始める。

 何気ない好奇心よりも、聞く事に対しての恐怖心が勝っている中。どうしても我慢できなくなったのか、恐る恐る口を開いた。 


「あ、あのっ、癒風様。一つ、ご質問がございまして……」


「はい、なんでしょうか?」


「えっと、とあるお方から辻風さんをボッ……、手にかけたとお聞き、しまして……」


「まあっ!」


 花梨の震えた質問を聞くや否や。驚愕して口を抑えた癒風が、心の底から申し訳なさそうな表情になり、再び頭を深々と下げる。


「辻風お兄様が秋風様に対し、畏れ多くも鎌を突きつけた件でございますよね? その件につきましては、本当に申し訳ございませんでした」


「ああっ、いえっ!」 私はもう一切気にかけてございませんので、全然大丈夫でございます! あのっ、頭をお上げになさってくださいまし!


 まさか謝られるとは微塵も思っていなかった花梨は、手をあたふたとさせつつ、慌てて癒風に詰め寄っていく。

 ぎこちない喋り方で頭を上げるよう促された癒風は、重い頭を上げると、花梨を安心させるように話を続ける。


「重ね重ね、本当に申し訳ございませんでした。ですが、ご安心なさってください。辻風お兄様は薙風お兄様と共に、相応の処置を取らせて頂きました。もう金輪際こんりんざい、秋風様に御無礼な振る舞いをする事は無いかと思います」


 おしとやかにかつ、華奢な表情でそう説明するも、その表情から悪鬼羅刹を想像させる片鱗を垣間見た花梨は、あっ、この人、怒らせたら絶対に怖いな……。と、畏怖の念を抱き、体をブルッと震わせる。

 口を抑えて上品な笑みを零している癒風を見て、花梨が口元をヒクつかせていると、不意に左側からパンッと手を叩く音が聞こえてきた。


「さあさあ~。全員集まったことだし、そろそろ茶道を始めましょうか~」


 場の空気を切り替えるように釜巳がそう告げると、花梨は忘れていた本来の目的を思い出し、体を正面に向ける。

 そのまま、風流な竹林に囲まれている茶道室内が静かになり、全員が釜巳に注目すると、主催者である釜巳がふくよかに笑い、袖から小さな紫色をした小袋を取り出した。

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