53話-4、張り切りすぎた結果
化け狸の
その小袋を指からぶら下げて全員に見せつけるも、釜巳の取った行動に理解が出来ていない花梨は、思わず首を
そもそも、これから茶道を始めるというのに対し、部屋を見渡してみるも、お湯を沸かす
茶道の主催者である
「あの、釜巳さん。茶道具が見当たらないんですが……」
「うふふっ、これから用意するのよ」
ふくよかな笑みを浮かべた釜巳が、小袋に入っている物を手に取り、花梨にも見えるよう手を差し伸ばす。
不思議に思いながらも花梨は、手の平にある物を見てみると、様々な色をした大量のおはじきがあり、更に謎を深めて目を細めた。
「おはじき、ですね」
「そっ。これからおはじきを
「元の……? あっ! もしかしてそのおはじき、元は茶道具ですね?」
「正解~。ちなみに、色によって道具が違うのよぉ」
ようやく花梨の理解が追いつくと、そこから釜巳による簡単な説明が入る。
深緑色は、水を沸かす
その他各色は、茶碗をすすいだ水を捨てる
説明を受けて完全に納得した花梨は、物を
腕を組んで何度も
「釜巳さん、オレンジ色は何の道具ですか?」
「ああ、それはストックの火よ。火が消えた時に使うから、気をつけてねぇ~」
「火っ、火も別の物に変えられるんですね。すごいなぁ」
「でしょう~? これから薄茶を作るから、先に和菓子を食べててちょうだい~」
元に戻した風炉釜で水を沸かしていた釜巳が、六人の前に八つずつ赤いおはじきを適当に並べ、指をパチンと鳴らす。
すると、おはじきは
その和菓子は花や紅葉など、季節感溢れる物をモチーフにされており、練り切りや砂糖菓子などで作られている。
八つの和菓子の中で、桃色をした梅の練り切りを手に取った花梨は、茶道の作法を思い出しつつ釜巳に顔をやった。
「釜巳さん、一斉に食べちゃってもいいんですか?」
「いいわよ~。
「そ、そんな人がいるんですね……」
「ええ~、誰とは言わないけどねぇ~」
釜巳が、いやらしい口調で言いながら
二人のやり取りを一部始終見ていた花梨は、口元をヒクつかせて苦笑いし、持っていた梅の練り切りを口に入れる。
ほんのりと上品な甘さで適度な粘り気があり、白あんと一緒に梅が練られているのか、うっすらと梅の風味を感じる。
一つ一つの和菓子が小さいせいか、食欲魔人の花梨は味わいつつも一口で平らげてしまい、二分と掛からず八つあった和菓子を完食してしまった。
「あっ、無意識の内に全部食べちゃったや」
「あらあら、花梨ちゃんも
「あっははは……。そ、そうでねぇ……」
「それじゃあ、花梨ちゃんから薄茶をどうぞ~」
そう微笑みながら花梨の前に茶碗を差し出すと、花梨は右手で茶碗を持ってから釜巳に視線を戻す。
「作法はちゃんとやった方がいいですかね?」
「あ~、薄茶の時はやらなくていいわよぉ~。次来た時に濃茶を出してあげるから、その時にやってちょうだい~」
「分かりました。それじゃあ頂きます」
釜巳から説明を受けた花梨は、作法の一部を省略し、右手に持っていた茶碗を左手に移した。
そして絵や模様を避ける為、茶碗を時計周りに二度回し、ゆっくりと飲み始める。
お湯が多いながらも、抹茶の苦みをダイレクトに感じ取り、和菓子で甘くなっていた口の中を、強い苦みが上塗りしていく。
それでも、抹茶が好きな花梨はほくそ笑みつつ飲んでいき、飲み終える前に吸い切りをする為に、最後にズッと音を立てて飲み干した。
空になった茶碗を畳の上に置き、飲み口を指先で拭き取った直後、左側から「ぶっ!?」と、何かを噴き出したような音が耳に入る。
その音に気がついた花梨が左側を向いてみると、口から薄茶を垂らしているゴーニャが、苦渋を飲んだ表情をしながら茶碗を見つめていた。
「にがぁ~い……」
「ゴーニャには、この苦みはまだ早かったか。私が飲んであげようか?」
「い、いやっ、頑張るぅ……」
無い覚悟を嫌々決めたのか、ゴーニャは涙が滲んでいる目をギュッと瞑り、苦い薄茶を改めて飲み進めていく。
妹が頑張って飲んでいる光景を見て、微笑んだ花梨は「頑張れゴーニャ」と小さくエールを送り、自分の指先を
そして、茶碗を再び持ってから左手に乗せ、反時計周りに二度回し、茶碗を静かに置いてから小悪党のような笑みを浮かべ、茶碗を舐めるように眺め始める。
「ほっほ〜う、これはなかなか良いお茶椀ですねぇ~」
「そこまでしなくてもいいわよぉ~。ちなみにそのお茶椀、五十万円以上するからねぇ~」
「五十万円っ!? は、早く言ってくださいよ!」
「うふふっ、冗談よ。花梨ちゃんたら、本当に面白いわねぇ~」
トドメとも言える呟きを聞いた花梨は、体に大波を立たせ、ロボットの動きを彷彿とさせる精密かつ精巧な動きで、高価な茶椀をそっと畳の上に置いた。
しばらくその茶椀を遠目で睨みつけていると、周りの妖怪達にも釜巳の呟きが耳に届いていたのか、慎重かつ丁寧に茶碗を畳に置いていき、安堵のこもった小さなため息を漏らしていく。
全員が飲み終えたのを確認し、口元を隠して静かに笑っていた釜巳が、茶碗から距離を取っている花梨達に目を向けた。
「花梨ちゃん、ゴーニャちゃん。私の茶道はどうだったかしら?」
釜巳の質問に対し、花梨は「お、お茶椀の値段を聞いたせいで、半分以上の記憶が吹っ飛びました……」と、顔中を引きつらせ、ゴーニャは「苦かった……」と、表情を歪めながら言葉を返す。
「あらっ、ごめんなさいねぇ~。今度は安物のお茶椀にするから、また参加してちょうだいねぇ~」
「ほ、本当に高いお茶椀だったんですね……」
「うふふっ。花梨ちゃん達が参加してくれるって言うから、張り切っちゃったぁ~」
悪気なくそう言った釜巳が微笑むも、万が一割った時の事しか頭になかった花梨は、次は、本当に大丈夫なんだろうか……?と、拭えない疑心が芽生えていく。
その後に釜巳が「みんな、もう一杯どうかしらぁ~?」と全員に尋ねるも、誰一人として首を縦に振る事はなく、一時間もしない内に釜巳の茶道は幕を閉じた。
釜巳が渋々と茶道具をおはじきに変え、その場にいる六人は談笑しつつ後片付けをしている中。
花梨の左側から「か、花梨っ……、たすけ、てぇ……」と、ゴーニャの助けを求める震えた声が聞こえてきた。
立ち上がろうとしていた花梨が、ゴーニャがいる方に目を移すと、小さな両足を小刻みに痙攣させ、涙目になりながら手を差し伸べていた。
「あ、足が……。しび、しびっ、痺れ……」
「長時間正座してたからねぇ。ほら、抱っこしてあげ―――」
立てないでいるゴーニャを助けようとして、花梨も立ち上がろうとした途端。自分の両足に多大なる違和感を覚える。
太ももにかけてまでの感覚が無く、おかしいと思いつつ爪先をちょんと触れてみると、なんとも言えない痺れた感覚が下半身を駆け巡り、全身をブルっと身震いさせる。
「ご、ゴーニャさん……。ちょっと、待ってて、ね? 私も、足が痺れっ……」
「そ、そんなぁ……」
結局しらばく間、姉妹の足の痺れは取れる事なく、纏に足先を指で突っつかれながら、十五分ほど悲痛な呻き声を上げていた。
―――茶道後の花梨の日記
今日は、釜巳さんに誘われて茶道場に行ってきた! どうやら着物を着ないと参加できないようなので、久々に着物を引っ張り出したんだ。
やっぱり着物っていいよねぇ。特別な気持ちになるというか、気分が高まるというか。普段でも着たくなっちゃうなぁ。
私が着物を着付けした後に、今度はゴーニャに着物を着せてあげる為、着物レンタルろくろに行ったんだ。
行ったのはいいんだけど、久々に
座敷童子ロケットをされた時よりも、悲惨な表情をしていたなぁ……。次からゴーニャと一緒にいる時は、首雷さんの事を警戒せねば……。
でね、やっとこさ目を覚ましたゴーニャは青い着物を着たんだけども、これがまた可愛くってね!
気がついたら、携帯電話で三百枚ぐらい写真を撮ってたよ。もう、完全に我を見失っていたよね……。
そして、妖狐神社で焼き芋の誘惑に囚われつつ茶道場に行くと、そこには
癒風さんとは初めて会ったけど、とっても礼儀正しくて、優しくて……、怒らせたら怖そうな人だった。たぶんカマイタチさんの中で、癒風さんが一番強いと思う。(私の独断と偏見だけども)
それにしても、和菓子が本当に美味しかったなぁ。後で聞いた話だけども、どうやら和菓子も抹茶も全部、釜巳さんが作っているらしいんだ。
お店ではその和菓子を出していないらしく、茶道限定品らしいんだよね。なら、また行くしかないなぁ。今度はいつやるんだろう? 早くまた食べたい!
そういえば帰りに、ゴーニャの着物を返却しに着物レンタルろくろに行ったんだけども、首雷さんは「ゴーニャちゃんにも着物をあげる」って言って、青い着物をくれたんだ!
最初は、私とゴーニャは猛反対したけれど、首雷さんは「花梨ちゃんだけだとズルいでしょ?」って言って更に、ゴーニャの着物を入れる為の桐箱と着物ハンガーも渡してきたんだ。
慌ててお金を払おうをしたんだけど、頑なに受け取ってくれなかったんだよね。首雷さんにはもう、頭が上がらないなぁ。
本当にありがとうございます、首雷さん。今度ゴーニャと一緒に着物を着て、改めてお礼を言いに行きますね!
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