13話-2、相撲で深まる絆

 土俵の上に降り立った花梨と河童の流蔵りゅうぞうは、中央にある仕切り線の前に立つと、火花を散らすような睨み合いを始める。

 しばらくすると突然、花梨が腰を曲げて地面からくうを掴むと、流蔵に向かって何かを振り撒くような動作をし、腰に手を当ててドヤ顔をした。


 その行動見て、呆気に取られた流蔵が「……はっ?」と声を漏らすと、腕を組みながら口を開いた。


「いま、なにをしたんやお前さん……?」


「ふっふっふっ。塩っ、撒かせてもらいましたっ」


「ああ、なるほどな……。大事やもんな塩撒き、うん……。そいじゃ、やろか」


「っしゃーっ! バッチコーイ!」


 気合を充分に入れた花梨が袖を肩まで捲り上げ、軽くストレッチをしてから再び仕切り線の前に立った。

 花梨の様子を伺っていた流蔵も、顔を軽く叩いてから仕切り線の前に立ち、同時に腰を下ろして構えに入る。


「んじゃあ、ワシがはっけよい、のこった言うてもええか?」


「ええ~、お好きなタイミングでどうぞぉ〜。ふっふっふっ……」


 流蔵は、悪人面をして不敵に笑みを浮かべている花梨を見て、口をヒクつかせながら「待ったなし」と言い放ち、場の空気を一気に張り詰めたものに塗り替える。

 その言葉を聞き、悪党面から真面目な表情に変えた花梨は、流蔵の次なる言葉を待ち、少しずつ心臓の鼓動を早めていった。


 川のせせらぎしか聞こえない土俵の上で、緊張が呼吸にも現れ始めたのか、花梨の鼻息が僅かながらに荒くなっていく。

 精神力を削る静寂の中、焦らしに焦らしてきた流蔵が口角を上げてニヤリと笑うと、花梨が待ちわびていた言葉を言い放つ。


「はっけよ~い、のこった!」


「よっしゃー! 私の渾身の張り手をくらグァッハ!?」


 先手を打った花梨は、突進して右手で流蔵の胸に渾身の張り手を突き出そうとしたが、既に花梨の胸元には、先に流蔵が突いた張り手が軽く当たっていた。

 しかし、人間の花梨にとっては充分過ぎるほどの威力であり、土俵から場外まで吹っ飛ばされ、近くにある鬱蒼とした茂みの中に突っ込んでいった。


「あ~あ、言わんこっちゃない。大丈夫かー?」


 遠くから流蔵の声が聞こえてくる中、花梨は茂みの上で仰向けになっており、何も考えられないまま木の隙間から見える空を眺めていた。

 土俵に居たハズなのに、なぜここで空を見上げているのか理解が追いついていない花梨は、再び聞こえてきた流蔵の叫び声で、混濁こんだくしていた意識が少しずつハッキリとし始める。


 そして完全に意識が戻ると、その意識と同調するかのように、胸元にジンジンとした熱い痛みが、ゆっくりと広がっていった。


「イッテテテテ……。ハナから勝てるなんて思ってなかったけど、まさかここまでとは……。胸いったぁ~……。……よしっ、ここからが本当の勝負だ。さっそく剛力酒ごうりきしゅを……、待てよ? 土俵に歩み寄りながら茨木童子になった方が、演出的にもカッコイイよなぁ。ふふっ、そうと決まればっ!」


 そう決めてニヤついた花梨は、茂みから下りてリュックサックを開き、剛力酒が入っている赤いひょうたんを取り出した。

 そして、剛力酒をほんの少しばかり口に含み、茂みをかき分けて明るい外へと出ていった。


 演出を深めるために、花梨はこうべを垂れながら土俵へと向かい、近くまで来たところで口に含んでいた剛力酒を静かに飲み込む。

 心配していた流蔵が、花梨の安否を確認できると、安堵のため息をつきながら口を開いた。


「おお、無事でよかったわ。お前さん、怪我とかしなかったか?」


「ご心配なく。これで流蔵さんの力が、よぉ~く分かりましたよ」


「んー? 何を言って……」


 首をかしげた流蔵は、土俵へと歩み寄りながら豹変していく花梨の姿を見て、思わず言葉を失う。髪色がオレンジ色からウグイス色に染まっていき、爪が鋭く尖って伸びていく。

 ややオレンジ色の瞳も、獲物を探し回っているような、飢えた獣を思わせる黄金の瞳へと変わっていった。


 まるで別人にすり替わったような花梨の姿を見て、少々怯んだ流蔵が、震えた指を花梨に向かって指を差した。 


「な、なんやお前さん、その姿は……? まるで、居酒屋浴び呑みにいる茨木童子みたいやで……?」


「くっくっくっ……。私の中に眠っている、強大なる力を解放させてもらいました。あまりにも強大すぎるゆえに、そういう風に見えているだけですよ。流蔵さん、この姿では手加減というものが一切出来ません。だから、あなたも本気を出してくださいね?」


 先ほどのおちゃらけていた花梨と打って変わり、まるで、百戦錬磨の修羅の道を歩んで来たような雰囲気を醸し出しており、その今にも食いついてきそうな瞳で睨まれた流蔵は、思わず生唾を飲み込む。


「ほ、ほう、今度はハッタリやないみたいやな。よし、お前さんの言う通り、手加減は一切せえへんで。そんじゃあ、二回戦目といこか」


 変なスイッチが入っている花梨と、その芝居に当てられてやる気が出てきた流蔵は、再び仕切り線の前に立つと、周りの空気が肌をつんざくように緊迫したものへと変わる。

 不穏すら感じる静寂の中、花梨の威圧感ある獣の瞳に睨み続けられた流蔵の心が、恐怖と鋭い畏怖によってだんだんと揺さぶられていく。


 一方的に精神がすり減っていく睨み合いが続き、一粒の冷や汗を垂らした流蔵が、「はっけよい~、のこったぁ!」と、力強く叫んだ。


 その掛け声と共に、再び何も考えず突進してきた花梨に対して流蔵は、先ほどよりも力を込めて花梨のひたい向かって張り手をかます。

 が、しかし、今度はビクともせず、張り手を食らってもなお、余裕の表情を浮かべている花梨が、ニィッと笑って尖った牙をさらけ出した。


「それが本気ですか? 全然効かないですよぉ? 次は、私の番ですねっ!」


「んなっ!?」


 そう言い放った花梨は、その体勢から渾身の力を込め、目視ができないほど鋭い張り手を流蔵の胸元へと返した。

 流蔵は、慌てて両腕でガードするも受け止め切れず、両腕を弾かれながら深い電車道を作りつつ、土俵際まで滑るように飛ばされていった。


 なんとか耐え切った流蔵は、驚愕しながら息を切らし、足元に出来たばかりの深い電車道に目を向けてから、不敵な笑みを浮かべている花梨に目を戻す。


「ハァッ……ハァッ……。や、やるなお前さん。なら、ワシも本当の本気を出そうとするか。……ぬぅんっ!」


 そう声を張り上げた流蔵が全身に力を込めると、ボンッ! という破裂音に似た音と共に、細かった手足胴体が三倍にも四倍以上にも膨れ上がり、またたく間に筋肉隆々な巨体へと変貌を遂げた。

 その光景を垣間見た花梨が、「ええっ!?」と素に戻りながら声を上げ、慌てて見上げる程までに巨体になった流蔵に向かって指を差す。


「ちょ、ちょっとっ!? 流蔵さんもパワーアップするなんてズルいですよっ!」


「ズルいもクソもあるかい、これが本来のワシの姿やぁ! ほな、行くでー!」


「うわ、怖っ! んぎっ!?」


 巨体へと変貌した流蔵が花梨に向かって突進してくる様は、ぶ厚くて頑丈な壁が押し寄せてくるような重圧感があり、それに怯んだ花梨は取っ組み合いで後れを取ってしまった。

 先に、鉄パイプのように太くて固い指にジーパンを掴まれ、体勢を崩されそうになるも、花梨は流蔵の甲羅の下部分に、長くなった爪を引っ掛けてから指を掛け、なんとかその場を持ち堪えた。


 力は均衡きんこうしているものの、経験の差が歴然としているのか、流蔵が力加減を変えつつ花梨の態勢を崩そうと試みる。

 危なげに花梨も、茨木童子の力で無理やり経験の差を縮めようとして、なんとか踏ん張りを決めるも、静かに鼻で笑った流蔵が口を開いた。


「やるのぉ! しかぁし、これでしまいや!」


「ぐぬぬぬぬぬっ……、うわっ!?」


 流蔵は花梨の体を軽く持ち上げると、地面から足が浮いた隙を狙い、その浮いた足に向かって素早く足払いをした。

 その拍子で、花梨の体全体が足払いされた方へと流れ、体が空中で真横を向いた瞬間、受け身を取らせないよう、一気に轟音を立たせながら土俵へと叩きつける。


 叩きつかれたと同時に花梨は「……えっ?」と、困惑した声を漏らし、人間の姿へと戻っていく。そして、自分が負けたと理解が追いつくと、表情を歪めながら手で顔を抑えつけた。


「だあーーーっ、負けたーーーっ! 悔しい~っ……」


「はぁーっはっはっはっ! ワシの勝ちや! 人間のクセになかなかやるやないか、お前さん。どうや、もう一回やるか?」


「いえ……。もう、力を使い果たしちゃいましたぁ……。」


 そう弱々しく言った花梨の腹から、腹の虫が何かを食べたいと懇願するかのように、荒々しく鳴り始める。


「ふむぅ、仕方ないのぉ。ほな、釣りでもするか? 餌、一緒に探したるわ。山際に枯れ葉が落ちとるやろ? 湿った枯れ葉の裏を探せば、丸々太ったミミズがぎょーさん出てくるんや」


「なるほどっ。ならば、大きな川魚が釣れるというワケですね。ふっふっふっ……、探しましょう!」


「よし、決まりやな。狙い目はカジカかの。この川はそれなりに温かいからアユもおるで。塩焼きがうんまいんやぁ」


「ああっ、分かります分かりますっ! んっふっふっふっ、よぉーし!」


 相撲を取って仲良くなった二人は土俵から下り、二手に別れ、枯れ葉の裏に潜んでいるミミズを探し始めた。

 山際まで歩み寄り、枯れ葉の山をひっくり返してみると、一山につき丸々太っているミミズが二、三匹は取れ、すぐにミミズ探しは終わりを迎える。


 腹をすかしている花梨は、早速川の前に腰を下ろし、釣り針にミミズを仕掛けて川へと放り込む。

 後を追って流蔵も釣りを始めようとした矢先、花梨が一匹の大きなアユを釣り上げ、隣に居た流蔵にニコッと笑いながら見せつけた。


「流蔵さんっ、もう釣れましたよ!」


「早いな! なら、釣りはお前さんに任せて、ワシは魚の下処理と焼く準備でもするか。ミミズ、そばに置いとくで」


「了解です! 任せてくださいっ!」


 そう言った流蔵は、花梨のすぐそばにミミズが逃げないように置き、花梨の釣ったアユを片手に小屋へと向かっていった。

 包丁とまな板を用意し、アユを締め、内蔵を全て取り出してから水で綺麗に洗い、慣れた手つきでアユに串打ちをしていく。


 そのまま外に出ると、地面に転がっている適度な大きさの丸石を集めて簡易的な囲炉裏を作り、底に砂を撒いてから木炭を入れ、火を起こして魚を焼く準備を整えた。


「こんなもんかの。さて、あいつはどうしとるかな?」


 立ち上がった流蔵が花梨の様子を見てみると、先ほど託したミミズは全て無くなっており、代わりに、九匹ほどのアユとカジカが花梨の足元で元気よく跳ねていた。


「ぬおっ! お前さん、何匹釣るつもりや! そんなに食えるんかい!?」


「無限に食べられますっ! 流蔵さんの分もいっぱい釣っておきますからねー!」


 流蔵は、花梨の返答に一度は呆れ返るも、ほくそ笑んでから「ああ、こいつと一緒におると、退屈せえへんなあ」と、小さく呟く。

 そして、花梨の足元で飛び跳ねている魚を全て捕まえると、鼻歌を交えながら小屋へと向かっていった。

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