13話-1、河童の川釣り流れの手伝い
窓から温かな朝日が差し込み、スズメが朝を知らせるように鳴き始めた朝八時ごろ。
花梨の部屋内に、スズメの鳴き声を遮るように携帯電話の目覚まし音が鳴り出すも、今回は花梨の寝ぼけている腕が携帯電話まで届いたのか、すぐさまその音が鳴り止んだ。
しかし、その音で座敷童子の
「ほらっ、花梨。朝だよ、起きなさい」
「あ~、この食べられる魔法の絨毯……、すごい揺れるやぁ……。甘っ」
「なに言っているのこの子は、ほらっほらっほらー」
「あが~……」
纏は、不思議な事を口走っている花梨の柔らかい両頬をつまみ、グイグイと引っ張り始める。
だんだんと楽しくなってきたのか、両頬をつまみながら回したり、限界まで引っ張ったところで離したり、両手で頬を思いっきり押したりと、少しずつ遊びがエスカレートしていく。
が、しかし、顔を
ちょうど朝食を持ってきていた女天狗のクロが「纏、やり方が甘いぞ。代われ」と、ニヤリと笑い、気持ちよさそうに寝ている花梨にまたがり、肩を掴んで思いっきり揺さぶりながら叫び始めた。
「ほーらっ! ほらっおらっおらっ起きろーっ!」
「んんがっ……あんがっ……ううんがっ……あうんっ……」
クロに体を激しく揺さぶられるたびに、花梨の首がガクンガクンと上下に動き、揺さぶるのやめると、花梨の首が後ろにダランと垂れる。
そして、目を覚ましたのか花梨の首がゆっくりと前を向くと、霞んでいる視界の中に、
「んあっ……。クロひゃん、おはようございまふ……。なんだろう、ほっぺがジンジンするや……」
「おはよう、気のせいだろう? テーブルの上に朝食を置いといたから……、あっ、すまん纏。お前が来てるのが知らなかったから、花梨の分しか用意してないんだ。どうせなら花梨のを食っちまえ」
「これから駅事務室に行くから大丈夫」
二人の会話を聞いていた花梨が、赤くなっている頬を擦りながら口を開いた。
「纏姉さんも、駅事務室の見張りに行く時があるんですね」
「うん、たまにだけど。今回は二日間連続だから、今日明日は泊まりに来れない」
「ん~、それは残念ですねぇ」
「私も残念、それじゃ」
寂しそうな表情を浮かべた纏は、花梨に手を振りつつ窓から飛び降り姿を消した。
纏を見送ったクロも、花梨に手を振りながら部屋から出ていき、一人残された花梨はベッドから抜け出し、私服に着替えて歯を磨き始める。
歯を磨き終えてからテーブルの上を覗いてみると、半熟の目玉焼きが乗っているカリカリのトーストが二枚置かれていた。
「う~ん、テンションが上がる朝食だ。いただきまーす!」
にんまりとしながらトーストを手に持ち、大口を開けてゆっくりと頬張ると、カリッと焼けたトーストが香ばしい風味を撒き散らし、食欲を湧かせるパリッとした音を立たせる。
プルプルの目玉焼きには黒コショウが振りかけられており、そのピリッとした刺激が更に食欲を増進させていく。黄身の部分まで食べると、トロッとした濃厚な甘さが一気に口の中に広がっていった。
「これだけでも十二分に美味しいけど、トーストと目玉焼きの間にウィンナーがあったら、もう……。へへっ、想像しただけでヨダレが……」
朝食を食べながら上位互換の朝食を想像してしまったせいか、満足しつつある腹の虫が、食べさせろと言わんばかりに音を鳴らす。
その音に耳を背けながらトーストを食べ終え、皿を水洗いしてからテーブルの上に置き、自室を後にして支配人室へと向かっていく。
支配人室の扉をノックして「失礼しまーす」と言いながら中に入ると、キュウリが大量に置かれている書斎机が目に入る。
そして、そのキュウリの山の後ろから、姿が見えないぬらりひょんの声が聞こえてきた。
「来たな花梨よ。いきなりだが、この大量のキュウリが意味することが分かるか?」
「おはようございます、ぬらりひょん様。え~っと……、ぬらりひょん様の朝食ですかね?」
花梨の返答を聞いたぬらりひょんが、「バカモン」と言いながら書斎机の上にひょいっと飛び乗り、横にあるキュウリを一本手に取り、齧りながら話を続ける。
「今日の相手は河童だ。そのためのキュウリである」
「へぇ~、今日は河童さんですか。……んっ? 相手?」
「うむ、今日も辻風の件みたいなものだ。『河童の川釣り流れ』という釣り屋をやっているんだが、人気が無いのか、人がまったく訪れていない。暇そうにして寝てばかりいるから、少し相手をしてやってほしいんだ」
「なるほど、分かりました。任せてくださいっ」
「あいつは人見知りだからな。最初はかなり冷たく当たられるかもしれんが、キュウリをやれば多少は機嫌が良くなる。それと、昨日言うのを忘れていたが
その言葉を聞いた花梨が、キョトンとしながら首を
「剛力酒、ですか。何か力仕事でもあるんですかね?」
「いや、頃合いを見て、あいつと相撲を取ってほしいんだ。あいつは相撲が大好きでな。だが、人間のお前さんじゃまったくもって話しにならん。しかも、剛力酒を飲んでも勝てるか怪しいぞ」
「そんなに強いんですか。ふっふっふっ、体が疼いてきますねぇ~」
戦闘モードのスイッチが入ったのか、花梨は小悪党な笑みを浮かべつつ、鳴らない指を曲げていく。
その姿を見たぬらりひょんは、鼻で笑ってから袖からキセルを取り出し、詰めタバコを入れて火を付けた。
「頼もしい限りだな。一回人間の姿で負けてから剛力酒を飲むといい、あいつもそれで火が付くだろう。それじゃあキュウリを持って行ってこい」
「了解です! その前に、一回リュックサックと剛力酒を持ってきますね」
そう言った花梨は一旦自室に戻り、リュックサックに剛力酒が入った赤いひょうたんを入れ、再び支配人室へと
ぬらりひょんが用意していた透明のビニール袋にキュウリを三十本ほど入れ、リュックサックの中にしまい込み、支配人室から出ていき
今日の目的地である河童の川釣り流れは、秋国山の
途中、昨日お世話になった薬屋つむじ風に寄り、店の中で声をかけてみるも不在なのか、誰も出てくる気配は無く、諦めた花梨は肩を落としながら外に出て、再び河童の川釣り流れを目指して歩き始める。
今まで遠くからしか見てこなかった秋国山が徐々に大きくなっていき、見上げるまでに大きくなった頃、茶色い土の地面が終わりを迎え、大通りの道幅と同じ幅の橋が花梨を出迎える。
橋を渡りながら左側を覗いてみると、太陽の光を乱反射させている川が目に入り、緩やかに流れている水面には、赤や黄色の葉っぱの船が下流へと進んでいた。
川幅は大よそ三十メートル前後で、橋を半分まで渡った花梨は、赤い手すりに手を掛けて川の底を覗いてみた。
底まで見える澄んだ川の中には、川の流れに逆いながら泳いでいる魚。元気よく飛び跳ねている魚。川底の石にへばりついている苔を食べている魚など、様々な種類や大きさをした魚が泳いでいる。
「う~ん、川魚がいっぱい泳いでいるなぁ。焼くと美味しいんだよね~、へっへへへっ……。んっ? あれは……」
花梨は、川岸に緑色の物体がある事に気がつき、その物体を確認するように、目を細めながら睨みつけた。
全身が緑色で頭には白い皿が乗っており、背中には重そうな大きい甲羅を背負っている。
顔に際立った黄色いクチバシを生やしている河童のようだが、だるそうな表情で寝そべりながら、川に向かって石を放り投げていた。
「あの人が例の河童さんかな?」と、呟きながら橋を渡り終えると、すぐ左側に川岸に続いている穏やかな坂道を見つけ、その坂道を歩いて川岸へと下りていく。
そして、大小様々な丸石が敷き詰められている足場を歩ていき、河童のそばまで歩み寄ってから声をかけた。
「あのー、すみません」
「んー? なんや、客か?」
「はい、釣りが出来ると聞いて来ました」
「んー」
河童は、寝そべりながら橋の下に向かって指を差す。花梨がそっちの方向に目を向けてみると、橋の下には古ぼけた小屋はあり、その小屋に釣り竿が数本立て掛けられている。
小屋の近くには河童が作ったのであろうか、立派で綺麗な土俵が設けられているも、使われた形跡は確認できなかった。
「一時間千円、釣り竿は勝手に選んで使い」
「は、はい」
河童から不愛想に指示を受けた花梨は、小さい小屋へと歩いていき、立て掛けられている釣り竿の中から、赤色の釣り竿をチョイスして手に取る。
手に取った釣り竿はあまり使われていなかったのか、少々ホコリが被っていてグリップがザラついている。
針に付ける餌を探してみてもどこにも見当たらず、河童のところまで戻り、再び声をかけた。
「すみません、餌はどこにありますかね……?」
「無い、そこら辺にある石をひっくり返せばおるやろ。自分で探し」
「うっ……」
河童の雑な対応に花梨は、思っていたよりもかなりの塩対応だ……。人がここに来ないのは、この人の対応のせいじゃ……? と、心の中で呆れ返る。
とりあえずと思い河童の横で腰を下ろし、餌の無い針を川に放り投げた。しばらくするも会話は一切なく、魚も針に掛かるワケもなく、気まずい雰囲気と静寂だけが川に溶けて流れていく。
重苦しい沈黙に我慢ができなくなった花梨が、お構いなしに寝そべっている河童に向かい、恐る恐る口を開いた。
「あ、あの~。河童さん、お名前は……?」
「んー? 名前を聞く時は、まず自分から先に名乗るのが礼儀ってもんやないのか?」
「ぐっ……、ごもっともで……。私は、秋風 花梨と言います」
「……
「流蔵さん、ですか。素敵なお名前ですね。あの、よかったらお近づきの印にキュウリでも~、いかがですか?」
ここぞと言わんばかり花梨は、持っていた釣り竿を地面に置き、リュックサックからキュウリを一本だけ取り出し、流蔵と名乗った河童に差し出した。
キュウリを目の当たりした流蔵は、そこで初めて気だるそうにしていた表情が明るくなり、差し出されたキュウリをそっと受け取る。
「なんや、気が利くやないか。ありがとさん」
流蔵は、少し声を弾ませながら感謝を述べると、キュウリを川の水で洗ってから豪快に齧り始める。
そのほがらかな表情になった流蔵を見た花梨は、間髪を入れずに再びリュックサックからキュウリを数本取り出し、流蔵に差し出した。
「キュウリがお好きなんですね。まだ沢山ありますけど、いりますか?」
「おっ、いるいるいるいる! なんやお前さん、結構いい奴やないか!」
その言葉を聞いた花梨は、おっ、なかなか好感触だ。あとは頃合いを見て、相撲のお誘いをすればっ! と、心の中でニヤリと笑う。
何も知らない流蔵がキュウリを全て食べ終えると、腹を擦りながら満足そうにゲップを放ち、目を光らせた花梨が、今だっ! と、思いつつ口を開いた。
「そういえば、小屋の近くに立派な土俵がありますね。相撲とかしているんですか?」
「んっ? おお、ワシは相撲が大の好きなんや。だがぁ、人が来んからそれもできーん。ああー、相撲がしたい……」
完全に自分のペースに巻き込んだ花梨は、ここだ! と、意気揚々に立ち上がり、声を張りながら話を続ける。
「ならっ、私と相撲で勝負をしませんかっ!」
「ああ~? やめときやめとき。見たところお前さん、ただの人間やないか。怪我するだけやで」
「ふっふ~ん。こう見えても私、力には多少の自信があるんですよ。それともぉ、私の事が怖いんですかぁ~?」
花梨のねっとりとした挑発を受けた流蔵は、大きく鼻で笑うも、ゆっくりと重い腰を上げて立ち上がった。
「口だけは達者やなぁ。しゃーない、一回だけやで?」
「ふっふっふっ、負けませんからねー!」
一人で勝手に盛り上がり始めている花梨と、渋々ながらも久々に相撲が出来ると心が躍っている流蔵は、嬉しそうな表情をしながら土俵へと向かっていった。
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