10話-4、山をなすリヤカー
リヤカーのすぐ隣に立っている朧木達の元まで来ると、朧木がニコッと微笑み、目を背けているリヤカーに手をかざした。
「お待たせしました花梨さん。リストに書かれていた野菜は全て、このリヤカーに積み終わりました」
「や、やっぱりこの山がそうなのか……。すげぇ、過積載とかっていうレベルじゃないなこれ……」
朧木が手をかざした方向に嫌々目を向けると、自分の身長の三倍以上はあろう山が築かれており、シートをかぶせられた野菜の山脈が、太陽の姿を隠している。
呆気に取られながら見ていた花梨は、まず初めに、どうやって積んだんだこれ……? と、想像するも思いつかず、次に、
じっと睨みつけていると、この山脈の総重量が気になり始め、隣に立っている朧木に視線を移した。
「朧木さん。この野菜の山の総重量って、おおよそどのくらいになりますか?」
「総重量デスか? うーむっ……。たぶん、三トン無いぐらいだと思います」
「さ、三トン!? むう、ギリギリの重さか……。しかし、このリヤカーの耐久力すごいなぁ……」
総重量を聞いた花梨は、再びそびえ立つ山脈に目を戻すと、今度は威圧感と存在感が増したような気がして、山脈の標高が高くなったような錯覚に
ちょっとした好奇心が生まれた花梨は、人間の姿でも引くことができるのか試しくなり、そわそわしながらリヤカーの前ハンドルに手をかける。
そして、思いっきり力を込めて持ち上げようともするもビクともせず、仮に持ち上げられたとしても、そこから一ミリも動かせないであろうと痛感した。
「ふっ、ふふふっ……。重すぎて前ハンドルが持ち上がらないや……」
「本当デスか? なら、一旦リヤカーから野菜を少し降ろしましょう」
「いえっ、大丈夫です。これさえ飲めば……」
そう言って朧木を止めた花梨は、背負っていたリュックサックから、茨木童子になれる
「え~っと、確か……。
粗のある計算を済ませると、赤いひょうたんの蓋をキュポンッと音を立たせながら開け、ほんの少しだけ口に含んでゆっくりと飲み込んだ。
「ふうっ」と声を漏らすと、すぐさま体中がざわめき始める。オレンジ色の髪の毛がウグイス色へと変わり、爪が鋭く伸びていく。唇の右側から八重歯が顔を覗かせた頃には、酒天と瓜二つの茨木童子の姿になっていた。
花梨の変わりゆく様を見続けていた朧木は、その姿に恐怖したのか口をパクパクとさせ、震えた指先で花梨を指差しながら口を開く。
「か、花梨、さん……? その姿は、いったい……」
「これですか? このお酒を飲むと、すごい力持ちになる代償というか、副作用というか……。まあ、気にしないでください」
「は、はあ……」
怯えた表情をしている朧木に見守られている中、花梨は「よしっ」と、意気込むと、人間の姿の時では、少しも持ち上げる事が出来なかったリヤカーの前ハンドルに手をかける。
すると、手に力を込める前に前ハンドルがフワリと上がり、それをにんまりとしながら確認した花梨は、前ハンドルを地面に降ろし、朧木達が立っている方向に体を向けた。
「それじゃあ朧木さん、木霊さん方、昼食とっても美味しかったです。ありがとうございました!」
「いえいえ。花梨さんの様な方に食べられた野菜達も、さぞかし嬉しかったことでしょう。また来てください、いつでも歓迎いたしますよ!」
朧木の歓迎する言葉に、花梨はふわっと笑みを浮かべながら「分かりました、必ずまた来ますねっ。それでは!」と一礼し、重さがほとんど感じなくなったリヤカーを引き、手を振りながら木霊農園を後にする。
朧木や木霊達も、小さくなっていく花梨の姿に手を振りつつ、やまびこの合唱で別れの挨拶を遠くまで響かせ、花梨の姿が見えなくなるまで見送った。
行きは、リヤカーが予想よりも軽かったものの、一時間以上引いて歩くとなると、それなりに疲れを感じていた。
しかし、帰りは茨木童子になったおかげか、約三トン分の野菜が積まれているリヤカーを引いても、重さをほとんど感じること無く、普通に歩いている感覚となんら変わりなく足を運べた。
野菜の影にいる木霊達が、笑顔で手を振って見送ってくれる野菜畑を抜け、夕日の鮮やかな光で、黄金色から濃い琥珀色に染まっているススキ畑の絨毯を抜けていく。
紅葉とした山々に囲まれている温泉街に入り、周りにいる妖怪達の視線をチクチクと感じつつ、オレンジ色に彩られた
予想よりも早く永秋に戻って来てしまったせいか、剛力酒の効果がまだ切れておらず、ひとまずは邪魔にならない場所にリアカーを置いた。
茨木童子の姿のまま永秋の中に入り、受付にいた女天狗のクロと適当な会話を交わしてから別れ、四階にある支配人室へと向かう。
そして、支配人室に着くと、キセルの煙で白く染まっている部屋内で、今日あった出来事をぬらりひょんに報告した。
「うむ、ご苦労さん。野菜は女天狗達に運ばせておこう。それにしてもその茨木童子の姿……。見れば見るほど、居酒屋浴び呑みにいる
「あっははは……、酒天さん本人にもそう言われました」
花梨は苦笑いをし、鋭く尖っている爪で頬をポリポリと掻き、ぬらりひょんがキセルの煙をふかしながら話を続ける。
「それじゃあ花梨よ、これは今日のおつかいのお駄賃だ。受け取れ」
そう言ったぬらりひょんは、袖からピンと伸びている一万円札を二枚取り出し、指に挟みながら花梨に差し出した。
花梨は、「ありがとうございます!」と言いながら受け取り、二枚ある一万円札に一枚ずつ熱いキスを交わし、ポケットの中にしまい込む。
「んでだ、明日は休みだ。ゆっくりしてろ」
「休みっ! よしっ、明日は
「おお、そうか。あいつも喜ぶだろう、楽しんでこい」
「はいっ! それじゃあ、お疲れ様でしたっ!」
明日、纏の所に遊びに行けると分かった花梨は、ご機嫌になりながら支配人室を後にし、鼻歌を歌いながら一旦自分の部屋へと戻っていった。
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