10話-5、嬉しい副作用
この時の花梨は、自分の部屋に戻る理由が二つあった。
一つは、露天風呂に行く為の準備をすること。もう一つは、
自分の部屋に入り、ワクワクしながら脱衣場にある鏡で自分の姿を確認してみると、その鏡にはサイドテールの髪型をした酒天ではなく、ポニーテールの髪型をした角の無い酒天の姿が映り込んでいた。
「うおっ、本当に酒天さんと瓜二つじゃんか! ああ~、獣みたいに黄色くて鋭い瞳になってまぁ……。うわっ、歯も牙みたいに全部尖ってるや。はぇ~、すごく強そう……」
そこから花梨は、柔らかい頬をプニプニといじってみたり、指で
ある程度いじって遊び尽くすと、酒天のように語尾に「っス」と付けて喋ってみると、思いのほか恥ずかしかったのか、顔が
そして、気持ちが落ち着いてきて再び鏡に目をやると、今の姿で露天風呂に行くのが恥ずかしくなり、眉間にシワを寄せ、腕を組みながら悩みに悩んだ末、結局また、この部屋にある風呂で済ませる事にした。
今日はちゃんと着替えとタオルを用意し、浴槽にお湯を溜めつつ、頭と身体を尖った爪で傷つけないよう注意しながら慎重に洗う。
全て綺麗に洗い終わり、一息ついてから目の前にある鏡に映っている自分の体に目をやると、体の方にも若干の変化がある事に気がついた。
「あれっ? 胸、大きくなってる……? ……うん、なってる。Cカップ以上にはなっているな。ここだけ元に戻らなければいいのに……」
胸が無い事にコンプレックスを抱いている花梨は、大きくなっている胸を手で持ち上げ、揺すりながら「戻るな、ここだけは戻るなっ……! お願いだ、本当に頼む……!」と、神にもすがる気持ちで強い念を送りつけ、適度なお湯が張っている浴槽に肩まで体を沈めていく。
三十分ほど浸かっていると、気がついたら元の人間の姿に戻っており、慌てて大きくなっているハズの胸に目を向けると、一時的にCカップ以上に昇格していた胸は、いつものAカップへと降格していた。
「……ち、チクショウ、やっぱりダメかぁ……」
軽くなった胸を確認した花梨は、意気消沈しながら泣き言を呟き、肩を落として風呂から上がり、脱衣場へと向かう。
タオルで体を拭き、パジャマに着替えてから部屋に戻ると、昨日と同じように部屋に入ってきていたクロと鉢合わせた。お互いに目が合うと、クロがうんうんと
「今日はちゃんと服を着ているみたいだな、よろしいよろしい」
「あのっ、毎回すっぽんぽんなワケじゃないですからね……?」
「どうだかね〜。ほれ、夜飯持ってきたぞ。今日はザル蕎麦だ、もちろん大盛りでな」
「ザル蕎麦っ、いいですねぇ。ありがとうございますっ!」
クロは、夜飯が乗ったお盆を花梨に渡すと、そのまま手を振りながら部屋を後にした。
渡されたお盆をテーブルの上に置き、早速手を合わせて「いただきまーす!」と、言いながら器に蕎麦つゆを注ぎ、垂れた蕎麦つゆを指でなぞり、ペロッと舐める。
箸を手に取り、刻みのりが散りばめられている蕎麦をすくい、蕎麦つゆに半分ほど浸してから勢いよくすすった。
麺はコシがとても強く、清涼感溢れる深い蕎麦の風味が、噛み締めるたびに口の中に広がり、ゆっくりと飲み込むと、風呂に入って熱く火照った体を冷やしながら食道を通り過ぎていく。
刻みのりの濃い磯の香りが後味に残り、次に口の中に入り込んでくる蕎麦を待ち構えていた。
「う〜ん。蕎麦の味が濃くて、んまいっ。十割蕎麦かな?
蕎麦を半分ほど食べると、蕎麦つゆを継ぎ足してから刻みネギを投入し、また違う蕎麦の風味を楽しんでいく。
次に、蕎麦つゆにワサビを多めに入れ、一食の蕎麦で三度の味を堪能し、蕎麦の味に飽きることなく完食した。
締めとして、ワサビのツンと来る蕎麦つゆを少しだけ飲むと、食器類を一階の食事処に返却し、満腹になった腹を擦りながら自分の部屋へと戻っていった。
歯を磨きつつ、窓から木霊農園がある方向に目をやるも、灯りが一切無いススキ畑は完全な暗闇に包み込まれており、外の暗さに目が慣れてくるも、結局見えたのは黒く染まっているススキ畑だけだった。
少々残念そうにしながら歯を磨き終えると、テーブルの前に座り、日記を広げて今日の出来事を書き始める。
今日は、ぬらりひょん様の言いつけで木霊農園におつかいに行ってきた!
初めて温泉街から出ると、目の前に広がっていたのは、地平線の彼方まで続いている綺麗なススキ畑だった。
満月が出ている夜にでも行って、月見団子を食べたら絶対に美味しいだろうなぁ。
そこをしばらく歩くと、今度はこれまた広大な野菜畑に出たんだ。あまりにも広かったから、絶対に野菜の管理が行き届いてないと思ったよ。
しかも、どこを探しても人がいなかったし、あるとしたら、野菜と
更に先に進むと、一件の建物が目に入ったから、とりえずと思って寄ってみたんだ。
そこで人を探してみても、やっぱり誰もいなかった。ほんの少し前まで誰かしらいた形跡はあったんだけどもね。
例えば、建物の広場にあった囲炉裏に火をかけられている厚底鍋。
そろそろ中身の物が出来上がる頃だったのか、すごい美味しそうな匂いがしたもんだから、食欲に負けて食べそうになってしまった……。(危ない危ない……)
次は、建物内にあった新鮮な野菜の切れ端と、とても小さな包丁。本当に小さかったんだ。私の親指より少し大きいくらいだったかな?
何に使うんだろうと考えていたら、奥にある部屋から物音がしたんだ。そして、ゆっくりと奥に行ってみたら、小さくてカワイイ小人さんが私の事を見ながら震えていたんだ。
その小人さんは
どうやら、木霊さん達は気の弱い性格ようで、初めて見た私を怖がって、全員一斉に隠れていたらしい。だから、どこを探しても見つからなかったワケだ。
朧木さんが皆に出てくるよう指示を出したら、出るわ出るわ、どんどん出てくるわ……。あっという間に、室内の土間を埋め尽くすほどの木霊さん達が出てきたんだ。あの光景は凄まじかったなぁ。
そして、木霊さん達が野菜を集めている間、朧木さんが昼飯をご馳走してくれたんだ! 栗の炊き込みご飯で作ったおにぎりと、こっそりと食べようとしちゃっていた野菜スープ!
青空を見ながら食べる昼食は最高だったなぁ。……あの、大食い大会が始まる前まではね。
今日はなんだが、仕事やおつかいというよりも、木霊農園に一人でピクニックに行ったような気分だったや。
まあ、たまにはそんな日があってもいいかな? 今度は、
「絶対に楽しいだろうなぁ。今度、声でも掛けてみようかな?」
日記を書き終えた花梨は、持っていた筆記用具を指で器用に回しつつ、木霊農園で木霊達に囲まれながら雅と纏と一緒になり、微笑み合ってサンドウィッチやおにぎりを食べている光景を想像し、にんまりと笑みを浮かべる。
「さってと、寝ようかなぁ。明日は纏さんと何をして遊ぼうかな?」
ベッドに潜り込んだ花梨は、遊ぶなら、けん玉かな? それとも手毬? もしかして縄跳びとかかなー。と、色々想像し、明日の事を考えてワクワクしながら眠りへとついていった。
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