11話-1、温泉街を駆ける二人の座敷童子
温泉街では、昼食の準備に取り掛かり始めている店が出てきた十時半頃。
遅めの朝食を食べ終えた花梨は、窓から差し込む温かな太陽の光を浴びながら、準備体操と念入りの柔軟をしていた。
昼食の色に染まりつつある空気を深呼吸して、所々まだ眠っている体を隅から隅まで叩き起こし、大きく息を吐き、自分の部屋から出て
天高き秋空に浮かんでいる、羊の群れが戯れているように見える雲を、眺めながら温泉街を歩き、前から楽しみにしていた座敷童子の
その途中、定食屋
「んっ、ごま塩がすごい効いてるや。んまいっ」
特大のおにぎりをペロリと平らげ、無意識に二つ目のおにぎりに手を伸ばすも、ハッとして慌てながら伸ばしていた手を引っ込め、おにぎりを竹皮で包んでから紐を締め、リュックサックの中に入れた。
おにぎりの誘惑を我慢しつつ歩いていると、今日の目的地である座敷童子堂が見えてきて、縁側で足をパタパタと動かして暇そうにしている
「纏さーん!」
「あっ、花梨。おはよう」
「おはようございますっ! やっと休みが取れたので、遊びに来ましたよ〜」
「本当? あそぼあそぼっ」
花梨から誘いを受けると、暇そうにしていた纏の表情が一気に明るくなり、バッとその場に立ち上がりながらピョンピョンと飛び跳ねる。
その纏の姿を見て微笑んだ花梨が、「ふっふ~ん、その前に〜」と、焦らしつつリュックサックの中から、先ほどまで食べるのを我慢していた竹皮に包まれているおにぎりを、「はいっ、これどうぞ」と、纏に差し出した。
「これは?」
「それは、開けてからのお楽しみですっ」
にんまりとしている花梨を見て、纏は首を
その中には自分の大好物の一つである、赤飯で作られた大きなおにぎりが三つも入っており、纏は生唾を飲み込んでから花梨に目を向けた。
「これ食べていいの?」
「ええっ、どうぞ! 纏さんに食べてほしくて持ってきました」
「嬉しいっ、ありがとう」
纏は、すぐさま赤飯で作られたおにぎりを一つ手に取り、小さな口であぐっと頬張り、微笑みながらゆっくりと噛み締める。
思いのほか纏が喜んでくれたようで、花梨も嬉しくなって自然と笑みがこぼれ、美味しそうにおにぎりを頬張っている纏の姿を、延々と眺め続けた。
おにぎりを食べ終えて「ふうっ」と、満足そうに息を漏らした纏を見ると、花梨がしゃがんでから口を開く。
「おにぎり美味しかったですか?」
「うん、とっても美味しかった。残りはとっておきの場所で」
そう言った纏は、二つ残っているおにぎりを竹皮で包み、紐を縛ってから大事そうに袖の中にしまい込む。
再び立ち上がると、両腕を広げて上下にピコピコと動きしながら花梨を見上げた。
「それじゃあ花梨あそぼっ」
「いいですよ、何して遊びます?」
「私流の遊び方を教えてあげるから、花梨も座敷童子になって。勾玉のネックレスはしてる?」
「へっへ~ん。纏さんから貰って以来、ずっと大事に身に付けていますよ」
花梨は首にぶら下げている、纏から貰った緑色に光る勾玉のネックレスを服から取り出し、ニッと笑いながら纏に見せつけた。それを確認した纏は「嬉しい、ありがとう」と、笑みをこぼす。
そして、纏に言われた通り座敷童子になる為に「座敷童子さんいらっしゃい」と呟くと、勾玉のネックレスの効果により、黒い着物を着ている纏とは対象的である、白い着物を着た座敷童子に
座敷童子に変化した花梨が縁側に降り立つと、纏は無言で花梨の元に近づいていき、何かを確認するかのように花梨の顔をいじくり始める。
指で柔らかい頬を押してみたり、両手で頬を軽く引っ張った後、グイッと押した。無抵抗で顔をいじられ、変な声を漏らしていた花梨が口を開く。
「あの~、纏さん? いったい何を……」
「うん、ちゃんと座敷童子になってる」
「ああ、ちゃんと変化できていたのか確認していたんですね。他の妖怪になる時もあるんですか?」
「ならない、花梨の顔を触ってみたかっただけ」
「ええ~……、んがっ」
先ほどだけでは満足できなかったのか、纏は再び無言で花梨の顔をいじくり始めた。
酷い顔に様変わりしている花梨は、纏さんって、結構やんちゃな部分もあるんだなぁ。と、心の中で思い、無抵抗のまま顔をぶにぶにといじくられ続ける。
五分以上も無言でいじくられていたせいか、それ程までにいいものかと好奇心が湧いてきた花梨も、纏の顔をそっと優しくいじくり始める。
纏の顔は、赤ん坊のようにとても柔らかくてプニプニとしており、纏が自分の顔を無我夢中でいじくり続ける意味が理解できたような気がした。
大通りにいる妖怪達の人目もはばからず、お互いの顔を、奇声を発し合いながら触り続けるという奇妙な光景は、更に十分ほど続いていく。
そして、先に満足したのか、ほっこりとした表情になった纏が手を下ろし、それに気がついた花梨も後を追うように手を下ろした。
「花梨の顔とても柔らかかった、満足」
「纏さんの顔も、マシュマロみたいに柔らかかったですよ。気持ちよかったぁ~」
「それじゃあ、私流の遊び方を説明する」
「おっ、待ってました!」
鼻をふんっと鳴らした纏は、大通りの彼方にある
「まず、この大通りを歩いている妖怪達を避けながら全力疾走する」
「あっ、よくすごいスピードで温泉街を走っている姿を見かけましたけど、あれって遊んでいたんですね」
「うん、次に屋根に飛び移ってそのまま走る」
「……んっ? 屋根に飛び移って、走る……」
「そして、屋根から屋根に飛び移りながら走って永秋の前まで行く」
現実離れをし始めた纏の説明を聞くと、あれっ? だんだんと雲行きが怪しくなってきたぞ……? と、ただのマラソンから、忍者の修行まがいの物に変貌していく纏の遊び方に、不安を覚えていく。そして、纏が最後にトドメの一撃を口から放つ。
「最後に、永秋の壁を走って屋根の上まで行く」
「永秋の壁を走って……、へっ? 壁を、走る?」
「うん、壁を走る」
纏の最後の言葉に耳を疑い、とうとう花梨は理解が追いつかなくなり言葉を失う。天高くジャンプをした事があった花梨は、屋根に飛び移るというのはなんとか理解が出来た。
しかし、壁を走るという行為は想像すらも出来ず、思わず眉間にシワを寄せて首を
まだ理解が全然追いついていない花梨が、目をパチクリとさせながら口を開いた。
「壁を、走る……。地面を、走るように?」
「うん」
「……できるんですか?」
「できる」
「……本当に?」
「座敷童子だからできる」
纏に座敷童子だからできると豪語されるも、つい先ほどまで人間だった花梨にとって、どう考えても不可能という単語しか頭に思い浮かんでこなかった。
しかし、自分の今の姿を見て、まあ、今は私も座敷童子だし……。案外すんなりできるのでは? と、変な自信と希望が沸き立ち、更に、壁を走るって貴重な体験だし、なんだか面白そうだなぁ。と、前向きになりながら座敷童子の姿を全力で堪能する事に決めた。
「わ、分かりました。やってみましょう!」
「うん、やろう。とりあえず永秋の前まで行くから、私に着いてきて」
「よし、負けませんからねっ!」
そう言った二人は永秋を目指し、低空飛行をしている素早いツバメを追い越し、風をよりも速く大通りを走り抜け、妖怪達で賑わっている温泉街で競争を始めた。
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