69話-8、千里眼で覗いた先には(閑話)

 花梨にほんの一欠片の秘密を明かし、家族について語った次の日の夜。


 天狐のかえでは、カーテンの隙間から差し込む淡い月光が、ぼんやりと照らしている妖狐のみやびの部屋に居た。

 仮初めの家族である二人は、葉っぱを変化へんげさせた布団で寝そべりつつ、明日に控えた捜索に向けて最終確認をしていた。

 捜索をおこなう方角を決め、同行するメンバーを伝え終えた楓が、顔を見合わせている雅に母性のこもった笑みを送る。


「とまあ、明日から約四日間、ワシらは北へ向かうぞ」


「やったー、久々にお母さんと一緒の捜索だー。嬉しいなー」


「そうじゃな、ワシもお主と一緒に行動が出来て嬉しいぞ。本当は毎回お主と共に行動したいが、贔屓ひいきし過ぎるのもよくないからのお」


「だねー。前はずっと一緒に居たら、仙狐様にずるいって言われちゃったもんねー。……それでさ、お母さん。昨日の事でいくつか質問があるんだけど、してもいい?」


 過去のほろ苦い出来事を振り返った雅が、改まって真面目な口調で問い掛けると、眉を上げた楓は「なんじゃ? 言うてみい」と返す。


「昨日は空気を読んで黙ってたけどさ、お母さんは花梨について何を知ってるの?」


「ああ、それか」


「うん。私よりも花梨の事を知ってそうだし、花梨がここに来る前から何度も会ってるみたいだし、色々と気になっちゃってさ」


 昨日のせいもあってか。気持ちが不燃焼気味でいる楓は、雅じゃったら、全てを明かしてしまってもいいじゃろう。と心の中でほくそ笑み、口角を緩やかに上げる。


「なんならお主も、約二十三年前に花梨を目にしておるぞ」


「えっ、そうなの!? ……待ってよお母さん、花梨の今の年齢は二十四歳でしょ? 二十三年前って言ったら、花梨はまだ赤ん坊じゃんか」


「そうじゃ。それに初めて目にしたのは、完成したばかりの妖狐神社の境内けいだいでじゃ」


「嘘っ!? 完成したばかりの、妖狐神社で……?」


 まさか、己も花梨を目にしているとは夢にも思っていなかった雅は、過去の朧気な記憶を必死に遡り、低い唸り声を上げ始める。

 落ち着かない金色の瞳を上下左右に動かし、深いシワが寄っている眉間を指でトントンと叩き、濃い霧がかかっている記憶を掘り起こしていく。


「え~っと、完成したばかりの妖狐神社……、その境内……。確かっ、確か~……。ぬらりひょんさんと一緒に、人間の男性と女性が居たような~、居なかったような~……」


「居たのは間違いない、合っとるぞ。それに、その女性は赤子を抱いていなかったか?」


「赤ん坊、赤ん坊~……。あ~、抱いてた気がするー……。……ん、赤ん坊? もしかして……」


 全てが見えてきたような言葉を漏らした雅に、楓がうなずいて後押しをする。


「そう。その赤子こそが花梨じゃ」


「あの赤ん坊が花梨なのっ!? じゃあ、じゃあっ! 花梨を抱いてた女性や、隣に居た男性は……」


「花梨の父と母じゃよ」


「やっぱり! でも、なんで花梨の家族が妖狐神社なんかに居たのさ?」


 一つの謎が解けるも、次から次へと新たな謎が湧いて出てくるせいで、雅は既に考えるのを放棄していて、早く答えを知りたいが為に質問攻めを続ける。


「少々長くなるが、教えてやろう。だらしない語り部であるぬらりひょんが、花梨にまだ語りたくない全てをな」


 そこから楓は、まだ何も知らないでいる雅に、花梨の過去と経緯を語り出す。


 あやかし温泉街、秋国のルーツ。花梨の父と母の名前。温泉街初期メンバーの全員が、この真実を隠している事。建築途中の温泉街で、花梨が産まれた事。

 プレオープン前日に花梨の父鷹瑛たかあきと、母である紅葉もみじの突然の死。そして、あやかし温泉街に人間を招く案が無くなり、妖怪だけの楽園になった事まで。

 要点だけをまとめ、簡潔に分かりやすく全てを教えると、狐の耳を限界までおっ立てていた雅が、呆気に取られたため息を吐いた。


「そう、だったんだ……」


「鷹瑛と紅葉が殺されて、花梨が一人残されてしまったから、妖狐寮でワシが育ててやろうと決意したんじゃ。だが、ぬらりひょんとクロに先を越されてしまってのお。非常に残念でならん」


「だから花梨に弱き立場にいるとか、ゴーニャちゃんと一緒に妖狐寮へ引っ越して来ないかって聞いたんだね」


「そうじゃ。いけると思ったが、やはりダメじゃったのお」


 諦め切れないでいる楓が、寝かせている肩を落とすと、全ての真実を知った雅は寝返りを打ち、複雑な心境でいる顔を闇夜に染まっている天井へ向ける。


「それにしても……。あやかし温泉街は、花梨のお父さんとお母さんの案だったんだ」


 そう呟いた雅は、顔を再び楓に合わせる。


「花梨はこの事について、まだ何も知らないんだよね? それって、あまりにも可哀想じゃない?」


「……そうじゃな。初期メンバー皆して、同じ事を言っておる。ぬらりひょんめ、早く打ち明けてやればいいものの」


「私が言っちゃ、ダメかな?」


「ダメじゃ。これについては全て、ぬらりひょんが花梨に打ち明けるまで口外禁止じゃ。雅も、絶対に言ってはならぬぞ?」


 改めて釘を刺された雅が、口をとんがらせて半目を更に細めた。


「うーん、あまり自信がないなー。お母さんも花梨に一つ教えちゃったんだからさ、私もいいでしょー?」


「ダメだと言っておるじゃろ? 花梨は好奇心の塊じゃ。怒涛の質問攻めを食らい、その内に折れてポロッと言ってしまうに決まっとる」


「ちぇーっ」


 不貞腐れた雅が頬を膨らませると、「あっ」と何かを思い出したような声を出し、そのまま話を続ける。


「そう言えばさ。花梨が言ってた代わりのお母さんって、いったい誰なんだろうねー」


 昨夜、楓が花梨に質問をした際。結局答えが聞けなかった問題を蒸し返すと、楓の口元が妖々しく吊り上がり、「ほっほっほっ」と不敵に笑う。


「ワシはもう知っとるぞ。たったいま千里眼でこっそり覗いてみたが……。まさか、あやつだったとはのお」


「えーっ!? お母さんだけズルいよ! 誰? 誰なのさ?」


 半目を見開いた雅が詰め寄ってくるも、楓はイタズラに笑っているだけで、満足気でいる糸目をそっぽに向けた。


「秘密じゃ。知りたくば、死に物狂いで千里眼を習得せい」


「そんなっ!? 気になって寝れなくなっちゃうじゃんか! それに、千里眼は天狐になれないと習得出来ないよ! ねぇお母さん、教えてよ! お母さんってばー!」


 必死に聞いてくる雅をよそに、楓は、まさか、あやつだったとはのお。しかし、花梨を十七年間も育ててきた事だし、うってつけじゃな。と、心の中で安堵する。

 そして、再度千里眼で覗いた先には、女天狗のクロに包み込まれるように抱擁され、優しく頭を撫でられている花梨の姿があった。










 ―――妖狐寮から帰宅後の、花梨の日記。


 今日は雅に誘われて、ゴーニャとまとい姉さんと一緒に、雅の部屋に泊まってきた! 泊まってきたと言うよりも、夜更かししたと言った方が正しいかな? 一睡もしてないしね。

 極寒甘味処ごっかんかんみどころで私とゴーニャ、神音かぐねさんと雅で三時間ぐらい談笑して、夕方になって解散した後。

 明日も休みである雅のお誘いで、妖狐寮にある雅の部屋に泊まり、みんなで夜更かしして遊ぶ事になったんだ。


 あやかし温泉街に来てから初めてのお泊りだったし、親友の部屋ともあってか、すごくワクワクしちゃったよね。

 それで途中に纏姉さんも加わり、座敷童子堂の前で全員が妖狐に変化へんげして、いざ妖狐寮へ!


 妖狐神社の境内けいだいを通り、神社の裏手にある薄暗い雑木林を狐火で照らしつつ抜けていくと、目的地である妖狐寮に着いたんだ。

 外見は一般的な寮というよりも、ほとんど神社に近かったなぁ。入口付近には立派な鳥居もあったしね。(お賽銭箱と、ガラガラ鳴る本坪鈴ほんつぼすずがあれば完璧だった)


 階段を少し上がって中へ入り、雅の部屋に行っている途中に、雅が男性の妖狐さんと会話をしていたんだけど、ずっと様付けされていたんだよね。

 幼く見える人からも、かなり年上に見える人からも様付けされていたけど、もしかして雅って偉い人なんだろうか……?

 でも本人は、様付けされるのを嫌がっているみたいだし、なんかしらの理由があるんだろうなぁ。(ちょっと気になるや)


 それで雅の部屋を見た後に、妖狐寮の露天風呂に入ってきたんだ!

 いやぁ~、秋を全面的に押した風景の露天風呂よ。永秋えいしゅうの露天風呂も大好きだけど、妖狐寮の露天風呂も好きになりそうだ。また入りたい!


 んで、露天風呂を満喫した後、食事処でいっぱい油揚げ料理を食べるぞ! って張り切っていたんだけど、雅はその食事処を通り過ぎていっちゃってね。

 どうしてだろう? って思ってたら、雅は大量のお菓子を用意してて、そっちを優先したかったらしいんだ。正直に言うと、妖狐寮の食事処の料理が食べたかった……。

 間違いなく油揚げ料理があるハズだ。また雅の部屋に泊まる機会があれば、今度こそはメニュー表にある料理を全て食べてやるんだ!


 そして、ここから色々とすごい出来事があったんだけども、一部は省略しておこう。

 初めて目にした楓さんの事だけども、どっちの楓さんも好きだしね。むしろ、ぐうたらな楓さんの方が好感が持てるや。


 しかし、問題はここからだ……。楓さん対私、ゴーニャ、纏姉さん、雅でまくら投げ対決をする事になったんだけど、まったく歯が立たなかったよね……。

 だってさ、神通力をフルで活用してくるんだよ? 私達が投げた枕を、浮かせている枕で器用にガードするわ。

 おっそろしい速度で枕を飛ばしてくるわ。とんでもない角度や死角から枕が飛んでくるわで、最終的に私達は枕すら投げられない、完全なサンドバッグ状態だったよ……。


 三百六十度警戒しないといけないからね。突破口がまるで見えない、まったくもって新しい枕投げだったや。(その内、再戦したい……! いや、するっ! 絶対にする!)


 で、ここからが本題。


 どうやら楓さんとは、私があやかし温泉街に来る前から、何度か会ってるみたいだし会話もしているらしいんだ。

 いったいどこで会って、何を話したんだろう? 時が来るまで待っとれって言われたけど、その時っていうのがいつ来るのか、誰にも分からないんだよね。

 気になるなぁ、すごく気になるや! ぬえさんと楓さんは、なんで教えてくれないんだろう。


 だけども、楓さんに一矢報いてやったよ。


 楓さんから、ゴーニャとおじいちゃん以外に、家族のように接する事が出来る人物はいるか? って質問をされたんだけど、答えを言わないまま帰ってきちゃったからね。

 ……待てよ? 私の家庭の事情を知っているって事は、楓さんとはかなり頻繁に会ってたのかな? また気になってきたぞ……。ちょっと深く考えてみよっと。


 それと、明日の夜はちょっと思い切った行動をしようかと思っている。楓さんと雅が仲良くしている姿を見ていたせいか、私も我慢できなくなってきちゃったや。

 クロさんは、私のわがままを聞いてくれるだろうか? もう一回だけ私のお母さんになってほしいという、一度限りのわがままを。

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