62話-7、揃う温泉街初期メンバー

 明らかにお腹が膨れてきた。いや、決して食べ過ぎて太ったせいじゃない。お腹の中にいる花梨が、スクスクと育っている証拠である。

 しかし、薄いTシャツ一枚だけだと非常に目立つ。そのせいで、みんなにも花梨が大きくなってきたのがバレてしまい、本格的に激しい運動を禁止されてしまった……。

 もちろん、その中には料理もある。今はおにぎりと味噌汁、サラダ、普通のフライパンで作れる手頃な料理しか作れなくなっている。


 一応抵抗はしてみたけども、ぬらりひょんさんやクロにまで止められてしまい、流石に観念して諦めたよ。

 みんなそれ程までに、私や花梨の事を想ってくれているんだと思うと、止めざるを得ないよね。

 だから、本当に暇である。暇すぎて干からびちゃいそうだよ……。もうね、日光浴しすぎて光合成ができそうだ……。


 花梨に悪影響があるといけないから、かえでさんは私を妖狐に変化へんげさせてこない。首雷しゅらいさんもごく普通に接してくる。ぬえさんも大食い対決を仕掛けてこない。

 酒羅凶しゅらきさんや酒天しゅてんさんもお酒を勧めてこないし、クロさんからは間食をやめろと言われる始末……。(なぜか、クロさんも必死になって我慢している)

 完全に八方塞がりである。仕方がないので、大人しくしていよう。そんな中、ぬらりひょんさんが新しい妖怪さんを紹介してくれたんだ。


 その人は、八咫烏の八吉やきちさんと、八吉さんのお父さんである。紹介してくれた妖怪さんの中で、唯一の親子かな?

 青年ぐらいの背丈で、やや青みがかったツンツン頭に白いねじりハチマチをしていて、お祭りの時に着るような青いハッピを着ている。

 野球のユニホームが似合いそうな活気ある面立ちで、背中には少し青みを帯びた黒い翼が生えているんだ。


 それで、この八吉さん親子は見た目通りに、お祭りが非常に好きらしい。だから現世うつしよではよく、お祭りが開催されている場所で、的屋を開いているんだって。

 本業は花火師であり、実際に本格的な花火を沢山作っては、自慢の炎で夜空に向けて打ち上げているとのこと。

 とうワケで、今日は夜に早速花火大会をやる事になったんだ! 綺麗だったなぁ。秋の季節に見る打ち上げ花火って、とても新鮮味があったよ。


 それと、この八吉さん親子。この温泉街で、焼き鳥屋を営んでくれる事になったんだ!(的屋でもよく、焼き鳥屋を開いていたかららしい)

 でも、夏になって現世でお祭りが開催されるようになったら、そっちでも欠かさず的屋を開くんだって。本当にお祭りが好きなんだなぁ。

 よし、現世で八吉さんが開いている的屋を発見したら、率先して食べよっと! もちろん、メニュー表にある品物を全部ね!
















「ふむ、これで温泉街の初期メンバーが全員揃ったか」


「だいぶ賑やかになりましたね」


「だな。しかし、この時の紅葉もみじは本当に大人しかったもんだ」


「そりゃそうですよ。全員から大人しくしてろって釘を刺されてたんです。流石の紅葉も動けず仕舞いでしたね」


 キセルの煙を天井に向かってふかしたぬらりひょんが、当時の紅葉の表情を思い出し、「ふっ」とほくそ笑む。


「確かに、しゅんとしておったな。まあ仕方がない事だ。それ程までに全員は紅葉の身体と、お腹にいた花梨の事を想っていたんだ」


「ですね、私もそうでした」


「だろう? ワシだってそうだったさ。さて、今度は少し飛ばすとするか」

















 あまりにも暇すぎて、こっそりと洗濯物を干して掃除をしていたら、ぬらりひょんさんに見つかってしまい……、酒天さんを見張りに付けられてしまった……。

 普段はとても優しい酒天さんだけども、今回は本気度が違い、自分の背丈よりも長くてゴツい金棒を持っていた。(拍が付くという理由で)

 なんとか言い包めて味方に引き込もうとしたけど、今度はクロさんと雹華ひょうかさんに見つかってしまい、見張りが三人に増えてしまった……。


 そこからはもう、いつも通りの談笑タイムである。結局はこうなっちゃうんだなぁ。まあ、仕方ないか。

 話は変わるけども、最近、花梨がよくお腹を蹴るようになってきたんだ。盛んに動くようになってきたし、もう少しで産まれるかな?

 とは言っても、出産予定日はまだ遠いんだけどもね。後、二ヶ月ぐらいだろうか? 待ち遠しいなぁ。早くこの手で花梨を抱いてみたい!



















「ここら辺になると、日記の文章が短いな」


「書くことがありませんからね、もう少し飛ばしてみたらどうですか?」


「そうだな、そうするか」

















 今日は、待望である永秋えいしゅうが完成した! とは言っても外装だけであり、内装はまだまだ工事中だけどもね。

 それで、ぬらりひょんさんの案内の元、永秋に入って色々と見てきたよ! 大きな入口を通り、奥までズラッと続いている靴箱の壁を進み、受付となる場所を通り過ぎれば、広々とした一階のメインフロアに着く。

 左手には大人数が入れる食事処。その奥には、宴会が出来る大きな宴会場がいくつか設けられている。


 正面の通路にはマッサージ処があり、その奥に行けばサウナがある銭湯、岩盤浴場、露天風呂に続いているのだ。

 右手にはとても広い中央階段があって、そこから二階、三階、四階に上がれるようになっている。

 そして、二階は娯楽施設! マッサージ機がいっぱいあり、卓球ができ、広いゲームセンターもあり、カラオケ部屋もある! 他にも色々と設置する予定だ。


 三階は宿泊場! 妖怪さんの体型は千差万別だから、大小様々な大きさの部屋を用意してある。もちろん、人間が泊まれる部屋もね。

 その部屋数は、ざっと百五十! 本当は静かな空間なんだけども、今は工事が行われていて、大きな音がそこらかしこで鳴り響いている。

 そして、四階は従業員の為の階。すなわち寮である! この階には支配人室があり、ぬらりひょんさんとお父さんが入る予定だ!


 一通り見終わったので、今度は銭湯や露天風呂を覗きに行こうとしたら、ニヤけているぬらりひょんさんに引き止められてね。

 手招きをしていて、なんだろう? と思いながら着いていったんだ。着いた先は、支配人室を正面から見て、一番右奥の左側にある部屋だった。

 ぬらりひょんさんに、「中に入れ」と言われて入ってみたら、何故かこの部屋だけは完全に工事が終わっていて、ちゃんとした綺麗な部屋になっていたんだ。


 呆気に取られながら部屋を眺めていると、ぬらりひょんさんが「この部屋は、お前さん達の部屋だ。自由に使ってくれ」と説明してきてね。

 最初は理解が追いつかず、お父さんと一緒になって口をポカンと開けていたけども、頭の整理が追いついた瞬間、私とお父さんは同時に「ええーーーっ!?」て叫んじゃった。

 だってさ、永秋の角部屋が私達の部屋なんだよ? 温泉街を一望できちゃう部屋なんだよ? 私達に部屋をくれるだけでも恐れ多いのに、かなり良い場所をくれちゃったんだもん。


 もちろん、最初はお父さんと共に断ったさ。だけどもぬらりひょんさんは「いや、これは最初から決めていた事だ。そもそもこの温泉街は、お前さん達の案であり、夢が沢山詰まっている場所だ。そこで住むのは当然の事だろう?」って言ってきてね。

 更に「ちなみに、永秋及び、温泉街にある施設は全て無料で使ってくれ。既にワシが全員に伝えておいたが、全員が口を揃えて当たり前の事だと言っておったぞ」て、笑ってくれたんだ。

 もうその時の私達は、何も言葉が出なかった。ぬらりひょんさんや妖怪さん達の温かい配慮に、ただただ涙を流す事しか出来なかった。


 私達の叶わなかった夢を叶えてくれて、その温泉街を無償で建ててくれて、それだけでも何回感謝してもし切れないのに、最後には、この温泉街に住めるようにしてくれたんだもん。

 ぬらりひょんさん、本当に、本当にありがとうございます。もっと違う感謝の言葉を言いたいのに、これだけしか思い付かない自分が恨めしいや。

 お礼をしたくても、何でお礼すればいいのか全然分からないや……。とりあえずこれは、お父さんと一緒に相談して考えていこう。

















「……お礼、か。お礼を言いたいのはワシの方なんだがな」


 そうぬらりひょんが独り言をボソッと呟くと、キセルの白い煙を天井に向かって吐いた。


「ワシはこの温泉街の案に心底惚れてしまい、すっかりと虜になってしまったんだ。その惚れ込んだ案を喜んで提供してくれた二人には、感謝してもし切れんよ」


 その本音である想いがこもった独り言を耳にしたクロは、ぬらりひょんの横顔に目を向け、静かにほくそ笑む。


「ぬらりひょん様も、秋と温泉には目がないですからね」


「ああ、大好きだ。みやびやかな秋に囲まれた温泉街、最高じゃないか」


「ですね、私も好きですよ。好きですが……」


 一度はぬらりひょんの言葉に賛同するも、歯切れを悪くしたクロが窓に顔をやる。


「私が好きなのは、紅葉と鷹瑛たかあきの夢が沢山詰まったこの温泉街ですがね」


「ふっ、結局はワシと同じじゃないか」


「そうなりますね」


 わざわざ言い直した箇所を指摘されると、クロは苦笑いしながら頬をポリポリと掻いた。そんなクロを見て、ぬらりひょんが鼻で小さく笑うと、キセルの煙をふかしてから日記に手を伸ばす。


「さてと、次は花梨が産まれた日まで一気に飛ばすとするか」


「結構飛ばしますね。その間は読まないんですか?」


「それは後日ゆっくりと読むぞ。最初から最後まで全部な」


「ずるいですよ、読む時は必ず私も呼んで下さい」


「分かった分かった、そうしよう。じゃあ飛ばすぞ」

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