62話-6、間食の虜になった女天狗

 暇である。非常に暇である。私の料理を食べたいという人が続出し、料理を作る許可だけ得られたのはいいけど、日中は相変わらずほとんどが暇である。

 秋のみやびかな景色をずっと眺めているのは飽きない。常に変わり続けている雲を見続けているのも飽きない。だけど、体だ動かせないからすっかりと訛っちゃってるや。


 そう言えば、農園、牧場、魚市場の工事が佳境に入ったらしい。だから今週中か来週中には、牧場を営んでいる妖怪さんを連れて来ると、ぬらりひょんさんが言っていた。

 どんな人が来るんだろうなぁ、すごく楽しみだ。どうやら動物さん達も一緒に来るらしい。暇だからその動物さん達の相手でもしようかな?

 そしてその前に、ぬらりひょんさんが新しい妖怪さんを紹介してくたんだ。今日は一人、いや、一匹と言った方が正しいかな?


 その人は、猫又の莱鈴らいりんさん。

 全身は明るい茶色の毛であり、下顎からお腹にかけて白い毛になっている。(服を着ているから私の予想だけども)

 やや深い緑色で、チャイナ服を彷彿とさせる柄が散りばめられた服を着ていて、小さな丸い眼鏡を掛けている。

 ピンと立った茶色い耳と、先っぽだけが白い茶色の二本の尻尾が生えていて、たまに開く瞳の色は金色だ。


 なんでもこの莱鈴さんは、主に情報屋として活動をおこなっているらしい。表の世界、裏の世界関係無しに情報を取り扱っているとのこと。

 普通の猫さんとも意思疎通が取れるようであり、その情報網は妖怪さんの世界でも随一らしいんだ。ぬらりひょんさんもよくお世話になっているんだって。

 実は莱鈴さんいわく、ぬらりひょんさんは妖怪さんの世界の治安を守る為、日々暗躍し、秩序を保つ為の活動をしているらしい。


 これは、ぬらりひょんさんからも聞いていない初耳の話だ。もしその話が本当なのであれば、ぬらりひょんさんの見る目が改めて変わっちゃうなぁ。

 最早ヒーローだよね。だってさ、妖怪さんの世界の秩序を保つ為の活動をしているんだよ? カッコよくない? 痺れちゃうよねぇ~。

 それで先ほど紹介を受けた莱鈴さんは、ぬらりひょんさん専属の情報屋になるらしく、この温泉街に適当なお店を構える事にしたんだって。


 情報屋っていう響きもいいなぁ。なんかこう、心が疼いてくるよね。情報屋から危ない情報を仕入れ、危険な目に遭いつつミッションをこなしていくんだ。う~む、憧れるシチュエーションだ。

 そんな事を思っちゃったせいか、それ系の映画が観たくなってきてしまった……。今度、現世うつしよに戻ってビデオを大量に借りてきて、妖怪さん達と一緒に観ようかな?

 ついでに、お菓子もいっぱい買ってこよっと。前にクロさんにお菓子について話しをしたら、すごく興味を持っていたしね。















 とあるページを読んだぬらりひょんは、最後の文章に多大なる違和感を持ち、隣に居るクロにバッと顔を向ける。

 それと同時に、クロはぬらりひょんから逃げるように顔を逸らし、その行動を目にしたぬらりひょんの違和感が、確たるものへと変わっていった。


「まさか……。お前さんの無類の間食好きは、紅葉もみじのせいなのか?」


「さ、さぁ~? なんの事でしょうかねえ?」


「ワシの顔を見て話さんか。花梨が間食好きなのも、お前さんの影響を受けたせいじゃなかろうな?」


「……」


 クロは黙ったまま顔を逸らし続けるも、背後から感じるぬらりひょんの痛い視線に耐えかねたのか、錆びついた首を動かし、ぎこちなくぬらりひょんの方へと向けていく。

 あらわになったクロの表情は引きつっており、視線がまだ窓の方に向いていて、ぬらりひょんの顔に合う事はなかった。

 黙り込んだまま視線を右往左往させていたクロが、引きつっている頬をポリポリと掻くと、ついに観念したのか、ヒクつかせていた口を動かし始める。


「た、たぶん……、私のせいです……」


「やはりな。花梨がいつも小遣い以上の菓子を食っていて、ずっとおかしいとは思っていたが、お前さんが買い与えていたんだな」


「だって、花梨がどうしても食べたいって言うんですもん……。私も食べたかったですし……」


 クロが小声で言い訳をすると、今度はぬらりひょんが上げた口角をヒクつかせ、呆気に取られて言葉を失う。

 そして、悪巧みを思いついたぬらりひょんが怪しい笑みを浮かべると、キセルをふかしてから日記に手を添えた。


「どうせ次にページに、菓子の虜になったお前さんが書かれている事だろう。どれどれ、声に出して読んでやろう」


「なっ!? 恥ずかしいからやめて下さいよ!」


「この部屋にはワシらしかいないんだ、いいから読むぞ」














 今日は昨日日記に書いた通り、現世に戻ってビデオを山のように借りてきて、妖怪さん達と一緒になって映画鑑賞をしたよ! もちろん、お菓子もいっぱい用意してね。

 ポテトチップスでしょ? ポップコーンでしょ? チョコレートやビーフジャーキー。それらに合う炭酸飲料! 他にも色々と買ってきたのだ!

 現世で暮らした経験がある妖怪さん達は、当然お菓子の事を知っていたけど、クロさんや雹華ひょうかさんは初めて見るようで、物珍しい目でお菓子を見ていたんだ。


 それで映画を観る前に、クロさんが恐る恐るポテトチップスを食べたんだけども、口に入れた瞬間「んん~っ!」と唸ってね。

 目を子供みたいにキラキラと輝かせて、私に向かって「なんだこれ!? ものすごく美味いじゃないか!」って、弾けるような声で言ってきたんだ。

 そこからはもう、クロさんの手と口は止まらなかったよね。映画鑑賞中も、ずっと夢中になって食べ続けていたよ。


 雹華さんやみんなも食べてはいたけれど、クロさんが一番食べていたなぁ。よほどハマったみたいである。

 しかもね、映画鑑賞が終わった後に、クロさんがこっそりと耳打ちしてきて「なあ紅葉、明日も買ってきて















 ぬらりひょんが悪意に満ちた笑顔をしながら、声に出して日記を読み上げていると、耐えられなくクロが日記をバッと取り上げる。

 そのクロの顔は真っ赤に染まっており、あまりの恥ずかしさに肩で呼吸をしていて、目には薄っすらと涙を滲ませていた。


「も、もういいでしょう! これ以上は勘弁して下さいっ!」


「なんだあ~? 読まれたらマズいもんでも書かれているのか? あ~?」


「あっ! い、いやっ……、そんな事は、ないと、思いますよ……?」


 クロの後ろめたさがある言動に対し、ぬらりひょんの不気味なニタり顔に深みが増していき、キセルの白い煙をふかしてから追撃をする。


「ワシは知っとるぞ。お前さん一時期の間、外に出る頻度が極端に減っていたよな? 紅葉もみじ達と宿で、こっそりと菓子を食っていたんじゃないのか?」


「ゔっ……!」


 ぬらりひょんの的のど真ん中を射たであろう発言に、クロは体をビクッと大きく波立たせ、ひたいから大量の汗が流れ始める。

 分かりやすいクロの反応を見て、図星だと察したぬらりひょんは小さく鼻で笑い、クロが持っていた日記を素早く奪い取った。


「やはりな。あまり食べ過ぎるなよ? 体を壊してしまうぞ?」


「き、気をつけます……」


 親が子を軽く叱るように、ぬらりひょんがクロに言い聞かせると、閉じてしまった日記を開いて続きを読み始める。
















 今日は、とある動物さん達の鳴き声に起こされた。ニワトリとは違う「モオー」や「ヒヒーン」「メェー」という色々な鳴き声にね。

 不思議に思った私は、のそのそと宿から外に出て様子を見てみると、そこにはすごい光景が目に飛び込んできたんだ。

 それはなんと、牛や馬、豚や羊、その他動物さん達の大行進である! 初めて目にした時は、何事かと思ったよね。


 でね、その賑やかな大行進の中に、おぞましい姿をした妖怪さん達も紛れ込んでいたんだ……。それはもう、すごい数のね……。

 獅子舞やなまはげを彷彿とさせる大きな顔で、湾曲した長い二本の角が、麦わら帽子を突き破って空へと伸びている。

 人間みたいに二足歩行で歩いているんだけども、背中からは六本の蜘蛛みたいな足が生えていて、その足がカサカサと動いているんだ。


 なんかもう、見た目の恐怖感は首雷しゅらいさんの比じゃなかったよね……。とにかく怖くて、ひたすらに不気味だったよ……。

 でも会話をしてみると、すごく優しい人達だったんだ。田舎混じりの喋り方で、ひたすらに温かく、動物さん達をとても愛している人達だった。

 で、その妖怪さん達は牛鬼という妖怪さんであり、馬之木ばのきさんを筆頭に牧場を営んでくれるらしいんだ!


 ここに来る前にも、牧場を営んでいたらしいんだけども、あまりに動物さん達が増えすぎて、放牧が困難になってしまい、折角というワケで、もっと広い場所を確保出来るここに移動してきたんだって。

 馬之木さん達は、かなり初期の段階からここに来る事を決めていたんだけども、動物さん達が休める牧場が出来てから来ることにしていたとのこと。

 それにしても、動物さん達の数がすごいことすごいこと。二時間ぐらいは大行列が途切れなかったかな? とにかく凄まじい数だったよ。


 一週間もあれば、動物さん達が新しい牧場に馴染んで落ち着くと馬之木さんが言っていたから、少ししたら牧場に足を運んでみようかな?

 そうするのであれば、お弁当を沢山作って持って行こう。お父さんや妖怪さん達と一緒になって、動物さん達を眺めながらお弁当を食べるのだ。

 ちょっとしたピクニック気分にもなるだろうし、絶対に美味しいハズだ! よーし、久々に腕を奮って作ろっと!
















「この時の紅葉の弁当は、本当に美味かった。馬之木もニコニコしながら食っておったな」


「ですね、いくらでも食べられそうでしたよ」


「特におにぎりが美味かった。それに加えて、おにぎりに合う豊富な種類のおかずよ。ワシも夢中になって食っておったわ」


 ぬらりひょんが当時の記憶に舌鼓したつづみを打つと、クロが「あっ」と短い声を漏らし、手をポンと叩く。


「それじゃあ夕飯は、その時の弁当を再現しましょうか?」


「おっ、いいじゃないか! 是非そうしてくれ。お前さんが作ったおにぎりも、これまた美味いんだ。楽しみにしていよう」


「分かりました」


 ぬらりひょんの今日の夕飯が決まると、クロは壁に掛けられている時計に目を移す。


「夕飯までにはまだ時間があるので、もう少し日記を見ましょうよ」


「そうだな、そうしよう」


 楽しみが増えたぬらりひょんは、ほがらかな表情でキセルの白い煙をふかし、次のページを捲った。

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