62話-8、隠世で生まれた赤ん坊

 だいぶ早かったけど、ついに、ついにっ、ついにっ! 花梨が産まれた!! 念願だったこの手で抱いてあげたけども、とっても元気で可愛いんだ!

 クリクリとしたオレンジ色の瞳! 小っちゃいおてて! ふくよかなほっぺた! もう、全部が全部可愛いのなんの! (……ちょっと落ち着こう)


 出産予定日はまだ二週間先だったので、のんびりと温泉街の工事を眺めていたら、急に腹痛を起こして破水してしまったんだ。

 あまりにも痛くて、思わず「病院まで持たないっ!! もう無理っ、産まれるーーっ!!」って、大声で叫んじゃってね。

 そのせいで、工事は一斉にストップしてしまい、みんなが大慌てで出産の準備をしてくれたんだ。(多大なるご迷惑をお掛けして、本当にすみませんでした……)


 その時のお父さんってば、すごくパニックに陥っちゃって、終いには、泡を吹いて倒れそうになっていたなぁ……。まあ、それは置いといてだ。

 クロさんが、人肌程度のぬるま湯を用意してくれて。かえでさんと釜巳かまみさんが、清潔な物を変化へんげさせ、出産時に必要な道具を大量にこしらえてくれてね。 

 温泉街にいる全員が見守ってくれている中。助産婦をしてくれたのは、雹華ひょうかさんと釜巳さんである。


 全員が温かく見守ってくれたお陰か、「頑張れー!」って、熱い声援を送り続けてくれたお陰か、花梨はすぐに産まれたんだ!

 その時、お父さんが「よく頑張ったな! 紅葉もみじぃ!」って、ものすごく泣いて喜んでいた事を、今でも鮮明に覚えている。

 だけど、花梨を受け取ってくれた雹華さんの方が、お父さんよりも喜んで、ずっと涙を流していた事も覚えている。


 そして、そこで一つ小さな問題が発生した。それは、花梨を受け取ってくれた雹華さんが、「この天使みたいな子を私にちょうだいっ!!」って、泣きながら切願してきてね……。

 あの時の雹華さんの目、本気マジだった……。私とお父さんは慌てて「ダメッ!」って同時に言って、雹華さんを我に返したけど、言わなかったらどうなっていたことやら……。

 その後に、やっとの思いで花梨を抱けたけど、もう、本当に可愛くて可愛くてっ! 終始ニヤけっぱなしだったよね。


 やっと泣き止んだお父さんも、かなりだらしない表情になっていたけども、私も負けじと表情が緩んでいた気がするや。

 そりゃあもう、ずっとずっとニコニコしていたよ。もちろん、周りにいた妖怪さん達もね。……優しい人達に囲まれて、幸せ者だなぁ、私達。

 十月七日。この日は花梨の誕生日であり、私達とって、特別で最高の記念日である! 秋風家に生まれてきてくれて、本当にありがとうね。花梨。

















 花梨が産まれた日のページを読み終えると、そのページを興味津々に見ていたぬらりひょんとクロは、自然と笑みをこぼしていた。

 急な出来事で慌ただしくもあり、熱い声援が飛び交い騒がしくもあり、温かい祝福の雰囲気に包まれていた当時の記憶や場面を、昨日のように思い出していく。

 そして、当時の懐かしい余韻を再び堪能したぬらりひょんは、キセルの白い煙を静かにふかす。


「ついに花梨が産まれたか。いやあ、産まれたばかりの花梨は、本当に可愛かったなあ」


「ですねえ、玉のような赤ちゃんでしたよ」


「まあ、今でも充分に可愛いがな。元気で明るく活発であり、優しくて人懐っこく、我が子当然の愛娘よ。……ぬふっ、ふふっ、ふっふっふっふっ」


 花梨をベタ褒めするや否や。ぬらりひょんの表情がだらしなく緩み、日記で顔を隠しながら不気味に笑い始める。

 その見慣れた光景にクロは、口元を緩ませ、腕を組みつつ肩をすくめ、小さく鼻で笑った。


「十七年もの間、愛を込めて育ててきたんです。私にとっても大事な可愛い愛娘ですよ」


「そうだろうそうだろう? ぬっふっふっふっふっ」


 愛する花梨の事を想い、終始ニヤけっ面でいるぬらりひょんは、その表情を保ったまま日記のページを飛ばして捲った。















 花梨が産まれてから一週間!


 私の体調はすっかりと戻り、これから毎日花梨を抱いてあげようとしたけども、常時みんなに囲まれており、私が抱ける番が一向に来ない……。

 特に、雹華さんと釜巳さんの独占状態であり、一回花梨を抱くと、テコでも三十分以上は離してくれないんだ……。

 流石に母乳をあげる時間になったら、すんなりと離してはくれるけども、それ以外の時間は「もう少しだけっ……!」て、泣きながら懇願してくる。


 すっかりと花梨を気に入っちゃってるなぁ。親としては嬉しい限りだけど、私も花梨をこの手でもっと抱いてやりたい……!

 しかし、花梨はとっても偉いんだ。みんなにゆっくりとタライ回しにされているけど、泣かないでずっと笑っているんだよ。

 だけど唯一苦手で、すぐに泣き出してしまう人がいる。それは、首を伸ばした時の首雷しゅらいさんである。


 最初は大人しく抱いて、優しくあやしているんだけども、我慢できなくなったのか、いきなり首を伸ばして驚かせ始めるんだ。

 そうなったらもう、花梨はギャン泣きするよね……。花梨が大泣きしだすと、驚かせた本人もビックリするんだよね。

 かなり新鮮な光景だけども、あまり頻繁に驚かせるのはやめてほしいかなぁ……。ろくろ首さんがトラウマになっちゃうよ……。


 ちなみに、ぬらりひょんさんやクロさんも、花梨の事を可愛がってくれているよ。

 ぬらりひょんさんってば、花梨が笑うと、それ以上にデレデレした表情になって、まるでおじいちゃんみたいになっている。

 クロさんも優しく抱いては、満面の笑みで頬ずりをしているし、他の妖怪さん達も、花梨の事を良く慕ってくれている。


 そんな光景を見ていると、私も自然と笑みがこぼれちゃうんだよね。とっても微笑ましい光景であり、見ててほっこりしちゃうよ。

 もちろんお父さんも、とろけきった顔をしながら花梨を抱いたよ。あまりにもとろけ過ぎてて、このまま溶けてしまうのでは? と、心配になるほどにね。

 日中は、ほとんど花梨を抱いてあげられないけれど、永秋えいしゅうで寝る時ともなれば、話は別である。


 大きなベッドでは、私とお父さんの間に花梨がいて、ちゃんと川の字になって寝れるんだよね。この時間帯は、堪らなく好きなんだ。(だけど、ベビーベッドを早く買わねば……)

 そう言えば、花梨ってばすごいんだよ? 夜泣きを全然しないんだ。グッスリと眠れている証拠なのかな?

 ああ、それにしても幸せだなぁ。すごく幸せだ。どうかこの幸せが、未来永劫ずっと続きますように。
















 最後の一文を読み終えると、ぬらりひょんは噤んでいた口に力が入り、眉間に深いシワを寄せていく。

 似たような表情をしていたクロも、何も言わぬまま日記から目を逸らすと、重いキセルの煙を吐いたぬらりひょんが、黙ったまま日記のページを捲った。
















 昨日から雹華さんの姿が見えないと思っていたら、なんと、一眼レフカメラを買いに現世うつしよに行っていたらしい。

 なんでも釜巳さんの入れ知恵と、かえでさんの協力の元。人間に変化へんげできる葉っぱをこしらえてもらい、気合を入れて一番高いヤツを購入したんだって。


 そこからはもう、鬼気迫る表情で花梨を撮りまくっていたよね。朝から晩までずっと飽きることなく。

 撮り終わったフィルムの山からして、数百枚、いや、下手したら数千枚は撮っていたかな? そんなに沢山撮ってどうするんだろう……。

 しかも後日に全て現像し、丁寧にファイルに綴じ込み、私やお父さん、妖怪さん達にそのファイルを配ってくれたんだ。


 嬉しいよ、とても嬉しいんだけども……。同じ格好や表情をしている花梨が、数十ページに渡って続いている……。

 流石に本人もやり過ぎたと思ったのか、しばらくしてから頃合いを見て、少しずつ花梨や私達、他の妖怪さん達も撮り始めている。

 そして全て現像し、ファイルに綴じては、みんなに配っているんだ。今ではそれが毎日の楽しみになっていて、その時の事を振り返っては、みんなで笑い合っているんだ。


 思い出が形に残るって、とってもいいよねぇ。花梨については、本当は私とお父さんでやるべき事なんだけどもね。

 雹華さん、明日はどんな景色やみんなを撮ってくれるんだろう? 現像される日が待ち遠しいや。

















「ひょ、雹華がああなったのは、釜巳のせいだったのか……」


「こっそりと楓も関わっているみたいですね。雹華もまあ、行った事がない現世に、よく行く気になったもんですね」


「まったくだ。釜巳の奴め、雹華になんと悪魔の囁きをしたんだろうな」


 ぬらりひょんが質問がてらにボヤくと、クロは腕を組みながら視線を左側に向け、半周泳がせる。


「ん~……。まあ、本人に聞かないと分かりませんが、何気ない話に雹華が食いついたんじゃないですか?」


「そうか? ワシは、ロクでもない事を吹き込んだ予想しかできんがな」


 そう決めつけたぬらりひょんは、茶器から湯呑みに渋いお茶を注ぎ、乾いた喉を潤して一息つく。

 そのままキセルに詰めタバコを入れ、マッチで火をつけてから、読みかけの日記に手を差し伸べた。


















 体調は万全! 花梨は女性陣の皆さんが、厚く見ていてくれている! 激しい運動及び、料理を作る許可も全員から得れた!

 すなわち、完全復活であるっ! だから今日は訛りに訛ったこの体、余すことなくたっぷりと動かしてやったよ!

 でね、初日から思いっきり動き過ぎたせいか、全身筋肉痛である……。半年以上のブランクは、ちょっとずつ埋めるべきだった……。


 歳のせいじゃない、決して歳のせいじゃない。まだ二十歳後半になったばかりだよ? 絶対に歳のせいじゃない。(……たぶん)

 しかし料理の味も、ちょっとばかし落ちちゃっているなぁ。早く勘を取り戻して、お父さんや妖怪さん達を元気にしてあげねば!

 だけど、無理は禁物と肌で感じ取ったので、これも焦らずゆっくりと、少しずつ取り戻していこう。


 そしてね、着々ではあるが、各々のお店が完成に近づいているんだって。もう少ししたら、完成したお店を覗きに行ってみよっと!
















「ほう、そろそろ温泉街が出来上がる頃か」


「短かったような、長かったような」


「かなり読み飛ばしてしまったからな。どれ、今度はあまり読み飛ばさないでみるか」


「是非そうしましょう」


「うむ、それじゃあ読むぞ」

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