51話-2、おしるこのモノマネと初めての日記

 芯まで疲労が溜っている身体を癒す為に、ゴーニャと花梨、座敷童子のまといは、露天風呂の一つである『秋夜の湯』をチョイスし、全身をくまなく丹念に洗っていた。

 ある程度の疲れと汚れを、泡と共に綺麗に洗い流すと、普段よりも身体に沁みる露天風呂に肩まで浸かり、ライトアップされた紅葉とした山々を眺め始める。


「ぬんあぁ~っ……。久々に体を動かして疲れたから、もんのすごく気持ちいいやぁ~……」


「ふぇぁあぁぁ~……」

「ふうっ……」


 奇声をを発した花梨とゴーニャは、湯船に溶けていきそうな緩み切った表情で、疲れを大きなため息に変えて吐き出していく。

 体温よりやや熱いお湯で火照っていく顔が、外から流れてくる清涼な秋の風により、心地よく冷やされていった。

 その風流溢れる雰囲気を、奇声で見事に台無しにしていた花梨が、同じく可愛げのある奇声を漏らしているゴーニャに顔を向ける。


「ゴーニャも相当疲れているみたいだねぇ。纏姉さんとなにして遊んでたの?」


「ふにゃっ……? おし、むぐぉっ」


 夢現ゆめうつつの狭間を彷徨っていたゴーニャが、正直に『お仕事』と言いかけた瞬間。隣に居た纏が、慌ててゴーニャの口を手で塞いだ。

 口に手を当てられて抜けた意識が戻ってきたのか、ゴーニャはハッとし、恐る恐る纏に青い瞳をやると、そこには無表情を貫いているも、底知れぬ威圧感を放っている纏の顔が映り込む。

 

 自分で内緒にしておいてと約束したにも関わらず、自分で思わずネタばらしをしてしまいそうになり、焦りで情緒が不安定になったのか、顔を気まずそうに歪め、滝のような汗が流れ始める。


「おし?」


「あぇっ! えと、そのっ……。お、おしるこっ! そう、おしるこのモノマネっ!」


「へっ? ……何それ?」


 咄嗟とっさに頭に浮かんだ単語を並べるも、言った張本人もワケが分かっておらず、ぎこちなく纏の方を向き、潤んでいる瞳で無言の助けを求めた。

 しかし、黙り込んでいる纏の威圧感は増すばかりで、顔中を引きつらせたゴーニャは、錆びついた首を無理やりに回し、花梨の方へ顔を戻す。


「おっ……、おしるこの、モノマネを、極め、ようと……」


「……君達、私がいない所で普段どんな遊びをしてるのかな?」


「こう、すごい……。ふっ、ウフフッ……、ウフフフフフフ……」


 頭の中が真っ白になり、言い訳すら思いつかなくなったゴーニャの乾いた笑い声が、露天風呂内に虚しく響き渡る。

 その立ち込める湯気すら寄せつけない笑い声は、花梨がおしるこのモノマネについて、追及を止めるまで途切れる事はなかった。 





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 疲れを癒す為に行った露天風呂で、気疲れを増やしたゴーニャ達は、あまり堪能出来なかった露天風呂から上がり、各々頭をモヤモヤとさせつつ自室に戻っていく。

 四階にある自室の前まで来て扉を開けると、弾けんばかりに何かが焼けているような音と共に、食欲を爆発的に増進させる匂いが鼻の中に入り込んできた。


「この食欲を刺激する音と匂いは……。間違いない、ステーキだなっ!?」


 部屋に漂う匂いに魅了された花梨は、先行して部屋内へ入り、テーブルの上を覗いてみる。そこには、五センチ以上の厚さがあろうステーキが三枚、鉄板皿の上に置かれていた。

 まだ鉄板が熱いのか、カリカリに焼かれたガーリックチップが沢山乗っているステーキは、熱気に炙られて景気の良い音を奏でている。


 他にも鉄板皿には色彩を豊かにする為に、コーン、ブロッコリー、ポテトフライが添えられており、ステーキから溢れ出している肉汁の海に浸かっている。

 更には、丼ぶりに盛られた大量の白飯。豆腐とネギが浮かんでいる、白味噌で作られた味噌汁も傍に置かれていた。


「パワーが無い時には嬉しい夜ご飯だあ~!」


「お、おいしそうっ!」

「肉が厚い」


 ぶ厚いステーキに目が釘付けになった三人は、未だに音を奏でているテーブルを囲み、腰を下ろす。

 その音に負けじと一斉に腹を豪快に鳴らすと、手を合わせて夜飯の号令を高らかに唱え、右手にナイフ、左手にフォークを持って肉を切り始めた。


 肉は厚いものの、力を込めなくともナイフがスッと入っていき、予想外の柔らかさに花梨が、「うわっ、柔らかっ!」と声を上げる。

 そして、フォークで持ち上げた肉をうっとりとした表情で眺めた後、大口を開けて口の中へ運ぶ。


 一回で噛み切れるほど柔らかい肉は、噛むたびに旨味が強い肉汁が大量に溢れ出し、またたく間に口の中に溜まっていく。

 一緒にガーリックチップも食べたせいか、肉汁の風味に深みとコクが増し、無性にご飯が欲しくなり、その欲がだんだんと頭の中に膨らんでいく。

 欲望に耐え切れず、そのまま丼ぶり飯をかき込むと、肉とご飯の相性が非常に合っているのか、咀嚼そしゃくを繰り返す内に自然と表情がとろけていった。


「うんまっ、うんまぁ~……。なんでお肉とご飯って、こんなに合うんだろ~。最高っ!」


「塩コショウも効いてて、とってもおいひい~っ!」

「ステーキを食べた後の味噌汁も美味しい」


「本当ですか? どれどれ……」


 珍しくほがらかとしていて、幸せそうな顔で味噌汁をすすっている纏の姿を見て、花梨も早々に試してみた。

 脂まみれになった口の中を浄化するように、白味噌の和の風味が優しく広がっていき、脂と共に喉を通っていく。


 ステーキの風味がリセットさせた口でご飯を頬張ってみると、今度はダイレクトに米の甘みを感じ取り、再び味噌汁の味が恋しくなり、豆腐と一緒に少しだけすすった。

 ステーキとご飯、味噌汁を飲んでからご飯と、風味が毎回様変わりするお陰か、飽きが来ないまま各料理を食べ進め、合間にコーン、ブロッコリー、ポテトフライを挟む。


 最後のステーキを口に入れた頃には、疲れていた身体にエネルギーが満ちており、満腹になった腹を擦りながら天井を見据え、至福と余韻がふんだんにこもっているため息をついた。

 一息ついて落ち着くと、三人は仲良く食器類を一階の食事処に返却し、今日一日の出来事をぼかしつつ話し合って自室へ戻り、歯磨きを始める。 


 纏の等間隔に聞こえてくるえずき声を聞きながら歯磨きを終え、パジャマに着替えると、花梨はいつものように日記を書き始めようとする。

 鉛筆を片手に冒頭部分を考えていると、隣に寄ってきたゴーニャが、花梨のパジャマを引っ張りつつ「花梨っ」と呼んだ。


「んっ、どうしたの?」


「私も、その日記っていうのを書いてみたいの」


「ゴーニャも? う~ん、ちょっと待っててね。カバンの中に予備のノートが、あった、ハズ……」


 花梨が一度日記を閉じ、自分のカバンを漁ってみると、数冊の色違いのノートと予備の筆記類を見つけ、ニコッと微笑みながらその二つを手に取った。


「流石は私、ちゃんと予備を持っていた。んじゃ、ゴーニャにはこの青いノートとシャーペンをあげるね」


「やったっ! ありがとっ!」


 そう感謝を述べたゴーニャは、青いノートとシャーペンを受け取ると、すぐに真っ白な一ページ目を開き、人生で初めての日記を書き始める。







 花梨からノートとシャーペンをもらったから、今日から私も日記を書く!


 今日はついに、大好きな花梨にプレゼントをするための作戦が始まった!


 前からぬらりひょん様におねがいしていた事がついに叶って、焼き鳥屋やたで、お仕事の手伝いをすることになったの。

 実はまといも知ってたみたいで、座しきわらし堂に行こうって言ったら、「ゴーニャも今日は仕事だよ」って、にやにやしながら言ってきた。いつから知ってたのかしら?


 八吉やきちのお店に行って中に入ると、八吉はうたたねをしてたの。おでこをゴンッて、テーブルにぶつけていて、とってもいたそうだった。

 そのまま八吉が起きると、これから私がやるお仕事の流れを教えてくれたの。


 八吉の言ってることをちゃんと聞いて、教えてくれたことを全部言ったら、八吉がおどろいてあやまってきて、私のことをほめてくれた!

 でも、なんで私にあやまってきたのかしら? いくら考えてもわからなかった。


 それでね、八吉ったらすごいのよ。指先から火を出して、ぶわーっ! て、やったの! もう一回見てみたいから、明日も見に行こうかしら?


 そして、開店の時間になったんだけど、開店と同時にお客様が入ってきたの。すごくビックリしたけど、最初のお客様はなんと、ぬらりひょん様だった!

 ぬらりひょん様が相手だとわかったら、すごく安心したから、八吉が教えてくれたことをちゃんと全部できた!


 お昼になったら、八吉がやき鳥丼を作ってくれたの。お腹がペコペコだったから、とってもおいしかった!

 まといと一緒にやき鳥丼を食べてたら、花梨がいきなりお店に来てビックリしたわ。でも、会えたからうれしくなっちゃった。


 午後になったら三時まではゆっくりできてたけど、五時を過ぎたとたんに、お客様がいっぱいお店に入ってきたの。

 本当にすごい数のお客様だった。目がグルグル回って、とっても大変だった……。夜の八時になるのが、すごく速かった。


 お仕事を毎日やってる人って、すごいな。


 ヘトヘトになりながらお皿を洗ってたら、ちゅうぼうに来たかぐねが、もう上がりなって言ってきたの。

 もちろん私はまだできるって言ったけど、八吉の店長命令で、私のお仕事はそこで終わった。


 帰りに、お金を三万円ももらったの! これでやっと、花梨のプレゼントが買える!!

 何をプレゼントしようかしら? なやんじゃうわ。花梨は、何がほしいんだろ? 聞いてみたいけど、聞いたらバレちゃうかもしれないから、自分で考えないと。


 それと、私一人じゃ街に行けないから、このままだとプレゼントが買えない。この前、花梨とぬらりひょん様と一緒に行った、ショッピングモールに行きたいな。








「書けたっ!」


 日記を書き終えたゴーニャは、初めて書いた日記を大きく広げ、ニコニコしながら高々と掲げた。そのまま隣に居た纏も、同時に顔を上げ、無表情のまま口を開く。


「漢字があまり書けてないね」


「仕方ないでしょっ。難しい漢字はまだ教わって……、って、纏っ! なに私の日記を見てるのよ!?」


 微笑んでいたゴーニャは、いつの間にか横に居た纏の指摘に、何気なく言葉を返すも、日記を見られたと分かった途端。慌てて日記を閉じ、頬をプクッと膨らませて纏を睨みつける。

 そんなゴーニャをよそに、口元が僅かに緩み、悪どい眼差しを向けている纏が話を続けた。


「今日はずっと一緒に居たから、よかれと思って」


「……あっ、そっか。じゃあ、今日だけだからねっ」


 今日は見られても恥ずかしくない内容だと分かると、ゴーニャは膨らませていた頬を萎ませて、書き終えた日記を纏と一緒に眺め、今日一日の出来事を振り返り始める。

 同じく日記を書き終え、二人のやり取りをほくそ笑みながら見ていた花梨も、日記を静かに閉じて話に加わった。


「そっか。これからゴーニャも日記を書くからには、もっと難しい漢字を覚えないとね」


「うんっ、どんどん覚えてやるんだからっ!」


「ふふっ、いい心構えだ。それじゃあ、今日はそろそろ寝よっか」


 花梨がそう決めて立ち上がると、ゴーニャと共に自分の日記をカバンの中にしまい込んだ。

 そして、ベッドの中に潜り込むと、ゴーニャと纏もいつものポジションに収まり、花梨の体を同時に抱きしめる。


「花梨っ、日記を書くのって難しいのね」


「あ~、それも慣れないと難しいよねぇ。今度、国語の勉強も一緒に教えてあげるね」


「やったっ! 楽しみにしてるわっ」


「うん、楽しみにしててね。それじゃあ二人共、おやすみなさい」


「おやすみ、花梨っ!」

「おやすみ」


 疲れが癒える露天風呂に入り、パワーが漲る夜飯を食べた三人は、すっかり元気を取り戻したと思っていたが、完全には取れていなかったのか、一分もしない内に夢の世界へと落ちていった。

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