80話-5、むしろ帰らせない者達

 酒天しゅてんの手伝いに参加するべく。クロを筆頭にした女天狗達が飛び出し、リュックサックの頂点に居る酒天からシートを受け取り。

 下で待機している者達へ渡しては、桃色の雲海が漂う四季桜に向かっていく。その行列の中に、花梨達の姿も混じっていた。


 桃色の雲海を仰げば、敷き詰められた四季桜の天井から、チラチラと青白い月光を覗かせていて。

 下を見れば、どこからともなく流れてきたのか。桃色のカーペットに、鮮やかな紅葉が点々と同居している。

 そんな春と秋が入り乱れる空間に、花梨はひっきりなしに首を動かす事しか出来ず、首を痛める前に動かすのを止め、感銘がこもったため息をついた。


「すごいなぁ〜。準備が終わったら、いっぱい写真を撮っておかないと」


「なら、私に任せておきなさい。カメラとビデオカメラを持ってきてあるから、うんと撮っておくわね」


 ここに来てから合流し、手伝いに参加した雪女の雹華ひょうかが、頼り甲斐のある言葉を挟む。


「あっ、是非お願いします!」


「うん。ついでに、撮った写真をファイルに入れて、後日にでも花梨ちゃん達に渡してあげるわね」


「本当ですか? なら、楽しみに待ってますね!」


 思い出が形となり、振り返る楽しみが増えた花梨が満面の笑みを浮かべ、更に奥へと進んで行く。

 胸を弾ませながら歩み、三百六十度見渡せど桃色の雲海しか見えない場所まで来た頃。桜が舞う木々の間に、一つの影らしき物を見つけた。


「あれ? 雹華さん、あそこに誰か居ませんか?」


「んっ? あら、本当ね」


「どーせ、動物かなんかじゃねえの?」


 右手に持っている大量のシートを振り回し、影の正体を雑に決めたぬえが、退屈そうにあくびをする。

 が、影の正体を突き止めたのか。目に滲んできた涙を指でぬぐうと、口角をいやらしくニタリとつり上げた。


「おいあれ、ぬらさんじゃね?」


「ぬらりひょん様? あっ、本当だ」


 影との距離、おおよそ二十メートル。朧気に姿が見えてくると、影のシルエットがハッキリとしてきた。

 衣服は、深緑色の和服。見間違える事のない、特徴的で長い後頭部。左手にはキセルを、右手にはおちょこを持っており、月を見上げならが一人酒を嗜んでいた。


「ぬらりひょん様ー!」


 影の後ろ姿が、ぬらりひょんだと分かるや否や。花梨は大きな声で名前を呼び、ぬらりひょんの元へ歩み寄っていく。


「むっ? おお、花梨達じゃないか。それに、雹華や鵺まで」


 よもや人と鉢合わせるはずのない場所で、温泉街に居る顔馴染みや姉妹と会ってしまったぬらりひょんが、振り向き様の顔をきょとんとさせる。


「お疲れ様です、ぬらりひょん様。まさか、こんな場所で会うなんて思ってもみませんでした」


「ワシもだ。たまに一人でここへ来て、酒を飲んでるのがバレてしまったな」


 ややばつが悪そうにから笑いするも、ぬらりひょんは桜の花びらが浮いている酒を、クイッと飲み干す。


「で、お前さんら、こんな大勢で何をしに来たんだ?」


「酒天さんにお呼ばれして、ここに来ました。今から皆さんでお花見をするんです」


「なに、花見?」


「そうです。前回は、男性限定でやったそうじゃないですか。ですので、今回は女性限定でやるんですよ」


 補足を入れた雹華が、ぬらりひょんの前に回り込み、わざとらしく地面にシートを敷いていく。

 その、どうみても意味がありそうな行動に、鵺は雹華の意図を汲み取ったようで。ぬらりひょんのすぐ後ろに付き、同じくシートを敷いていった。


「ああ、なるほど。そういう事か。なら、ワシは退散するとしよ―――」


 女性限定の花見と聞き、ぬらりひょんはそそくさと立ち去る準備を始めようとするも、前方には雹華が。背後には鵺が立ち塞がり、両者怪しく微笑んだ。


「まあ、そう言わずに。私達と共に、お花見を楽しんでいきましょうよ」


「そうそう。ここで会ったが運の尽きだぜ、ぬらさん」


「うん? 急にどうした、お前さんらよ? なんだか、顔が怖いぞ?」


 まだ二人の意図が掴めずにいるぬらりひょんが、じりじりとにじり寄って来る二人の悪意がこもった顔を、交互に見返していく。

 訳も分からず、退路を断たれていく最中。その場にしゃがみ込んだ雹華が何かを見つけ、「あら」と声を弾ませた。


かえでちゃーん! 釜巳かまみちゃーん! こっちこっちー!」


 突然、雹華が手を大きく振りながら新たな人物の名を叫び、虚を突かれた鵺とぬらりひょんも、雹華の顔が向いた方へ振り返る。

 視線の先には、神通力で百枚を超すシートを周りに浮かばせている天狐の楓と、両脇と両手にシートを抱えている化け狸の釜巳がおり。

 呼ばれた二人が談笑を止め、共にこちらへ顔を合わせてきては、そのまま雹華の元へ歩み寄っていった。


「なんじゃ? ……むっ? ぬらりひょんではないか。何故、お主がここに―――」


 一旦は雹華に呼ばれた理由を問い掛けるも、ニヤニヤしている二人の間に居るぬらりひょんを認めた楓が、語り口を止め、周囲に目を配る。

 断片的に状況を掴み始めた楓をよそに、遅れてぬらりひょんの存在に気づいた釜巳も「あら〜、ぬらりひょん様じゃないですか〜。お疲れ様です〜」と、ふくよかな笑みをしつつ挨拶をした。


「釜巳よ、ぬらりひょんを逃がすでないぞ?」


 鵺と雹華のニヤニヤ顔、不自然に敷かれたシート。そして、全員共通の隠し事を持つこの状況に、全てを察した楓も妖しく笑う。


「ぬらりひょん様を? なんでかしら〜?」


「いいから。とりあえず、向こう側へ回っとくれ」


「よく分からないけど、分かったわ〜」


 言葉足らずな楓の指示を、素直に聞いた釜巳が小走りで鵺を後ろを通り過ぎ、空いている対面へ立ち塞がる。

 残りの逃げ道に楓が立つと、神通力を駆使し、宙に浮いた大量のシートを不規則に動かしては、辺り一帯にくまなく敷いていく。


「さあ、ぬらりひょんよ。もう逃げ場はないぞ? 観念して、お主も花見に参加せえ」


「ワシも花見に? 雹華にも言われたが、何故だ?」


「なんでって。酒の力を借りて、あんたに文句を言い散らかす為だよ」


 一番最初に雹華の目論見に気づいた鵺が、両手を腰に置きながら言う。


「文句? なんのだ?」


「聞きてえかあ? なら、耳の穴かっぽじってよーく聞けよ?」


 ここで、ようやく釜巳もピンときたようで。ぬらりひょんを囲んでいた四人は、さり気なく花梨に横目を送り、距離を測ってから同時にしゃがみ込んだ。


「花梨の事だよ」

「花梨の事じゃ」

「花梨ちゃんの事ですよ」

「花梨ちゃんの事ですよ〜」


「むうっ……!?」


 一斉に重なる、個性豊かな文句の囁き。その文句を上塗りする、ぬらりひょんの詰まった声。

 今回の花見には、温泉街初期メンバーも多く参加している事もあり。全員から罵詈雑言染みたクレームが入ると直感したぬらりひょんは、片方だけつり上がった口角をヒクつかせた。


「お、お前さんらよ……。今日は、花見をしにきたんだろう? ワシに文句を言うよりも、花見を楽しんだ方が……」


「花見を楽しみながらやるんだよ。いいか、ぬらさん。逃げたら、分かってんだろうなあ?」


 骨が砕けんばかりに拳を鳴らし、鵺がずいっと詰め寄っていくと、口元を左手で覆い隠した楓も、顔をぬらりひょんに近づけていく。


「ワシの千里眼は、数十里以上先を見渡す事が可能じゃ。逃げられると思うでないぞ?」


「お酒を注ぐのは、私に任せて下さいね」


「じゃあ私は〜、肩のマッサージでもしようかしらね〜」


 即席ながらも、万全を期した布陣を組んだ四人はほがらかに笑い合い、妖怪の本性が垣間見える妖々しい眼差しを、完全に逃げ場を失ったぬらりひょんに向ける。

 それが決定打となったのか。密かに逃げ出す算段を考えていたぬらりひょんは、完全に諦め、強張っている肩を落とした。


「……分かった、今日は無礼講だ。甘んじて全ての文句を聞こう」


「うっし! そんじゃ、クロ達にも伝えてくるかな〜」


 そう意気込んだ鵺が立ち上がると、近くに居た花梨に顔を合わせ、不器用なウィンクをしながら親指を立てた。


「秋風、今日は無礼講だってよ。ぬらさんの後頭部、バインバイン引っぱたいてやれ」


「本当ですか? それじゃあ、後でいっぱい触っちゃおっと!」


「なっ!? うう〜……」


 文句を言われ続けるだけならまだしも。愛娘の花梨に、後頭部を再びいじくり倒される事が確定したぬらりひょんは、湿ったため息を吐き、重くなったこうべを垂らしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る