80話-4、桃色の雲海
移した視線の先に、自分の背丈より何倍も大きなリュックサックを背負った酒天が居て、辺りをキョロキョロと見渡していた酒天が「うん!」と唸った。
「目視出来る限り、全員集まったみたいッスね! それでは! 皆さん、あたし主催の花見にお集まり頂きまして、本当にありがとうございます!」
全員の耳に届く声量で語り出した酒天が、ペコリと頭を下げる。
「では、これから移動を開始するんスが。少し山道を歩くので、荷物を持つのがツラい方は代わりにあたしが持ちますので、荷物をあたしに預けて下さいっス!」
むしろ預けてくれと言わんばかりに胸をドンと叩くと、酒天の言葉に甘えた者達が、次々と酒天の元へ集まり出していく。
その傍らで、見上げる程に高いリュックサックを眺めていた花梨が、「はえ〜」と呆気に取られた声を漏らした。
「あの巨大なリュックサックに、一体何が入ってるんだろう」
「いっぱい物が入ってそうだし、すごく重たそうだわっ」
「だねぇ。お酒とか入ってるのかな?」
「あら。良い線をいってるわね、花梨ちゃん。ちょっと正解よ〜」
花梨の独り言にゴーニャが加わり、会話と化し。更に第三者の声が割って入ってきてので、花梨は声がした方へ顔を移す。
そこには、化け狸の
「
「お疲れ様っ、釜巳っ」
「お疲れ様、二人共」
挨拶を交わし終えた花梨も、釜巳の笑みに応えるべく微笑み返し、巨大なリュックサックへ顔を戻す。
「ちょっと正解って事は、他にも入ってるんですか?」
「ええ〜。人数分以上のシートでしょ? 小型の椅子とかテーブル。何かあった時用の救急箱やら、簡易型のストレッチャー。泥酔した人用にお布団が数セット。確か、充電式の冷蔵庫も何台かあったわね。他に、カラオケセットとかビンゴセットもろもろ。後は、大量のお酒と料理だったかしら〜?」
「すごっ! 要は、至れり尽くせりって事ですね。流石は酒天さんだ」
まったく隙の無い酒天の配慮に、花梨はただただ感心し。同時に、花見に対する熱意と本気度を
眺めていたリュックサックに、他の人の荷物がぶら下がっていく中。視界外から「花梨さーん! クロさーん! 釜巳さーん!
「あたしが代わりに荷物を持つっスけど、花梨さん達は大丈夫っスかー?」
最早、背負っているリュックサックの推定重量が、一トンを超えていそうなのに対し、ケロッとした表情で問い掛けてくる酒天。
そんな酒天の頼られたいという問い掛けに、花梨は釜巳達に顔を見合わせていくと、一グループの代表として、クロが口を開いた。
「いや、私達は大丈夫だ。けど、もし持つのが辛くなってきたら、お前に声を掛けるよ」
「そうっスか、了解っス!」
無難な返答をすると、酒天は一回り大きくなったリュックサックを軽々と背負い直し、握った拳を夜空に掲げた。
「それでは移動を開始するっス! 各自、あたしに付いて来て下さーい!」
終始ハキハキと指示を出す酒天が、秋国山を目指して歩き出すと、周りに居たグループも一箇所に集まりつつ、巨大なリュックサックを目印に付いていく。
グループの中には、天狐の
他にも、途中で合流したカマイタチの
更には花梨が知らない一反木綿、付喪神達が集結しており、総勢で百人を越す集団となっていた。
「すごい人数だなぁ。最後尾が見えないや」
「数十人ぐらいかと思ってたけど、とんでもねえ規模だな。なあ釜巳。四季桜って、どんぐらいあんだ?」
後頭部に手を組みながら後続を眺めていた鵺が、黒縁メガネの底にある深紅の横目を、釜巳へ流す。
「そうね〜。数えた事が無いから正確な本数は分からないけど〜……。たぶん、百本以上はあるんじゃないかしら〜?」
「へえ〜、結構な数じゃねえか。そんだけあんなら、この人数が居ても大丈夫そうだな」
クロ同様、初めて花見に参加した鵺が、人数の多さに桜が足らなくなるのではと不安を抱いていたが、余計な心配だったとすぐさま忘れ、上機嫌に鼻歌を歌い出す。
即興の鼻歌が流れる大行列が橋を超え、月光色に染まった紅葉の絨毯を踏みしめ、秋国山の
右へ行くと、闇深い竹林道に入り。左側に行けば、頂上に続く緩やかな坂道が待っている。
先陣を切る酒天は、迷わず左に曲がったので、花梨達も決して見失う事のないリュックサックを追い、左側の道を進んで行った。
「うわぁ〜。明かりがほとんど無いから、すごく暗いや。気をつけて歩かないと」
「月の木漏れ光があるけど、山道と山との境目がまったく分からないな」
暗い木々の天井から、細々とした線を描く青白い光が降り注いでいるものの。紅葉の絨毯が山道を覆い隠しているせいで、どこまでが道なのか分からない状態になっている。
とりあえず、リュックサックの真後ろを付いていこうと考えた矢先。視界の左右から明るい飛光体が大量に現れては、凄まじい速度で酒天すらも追い越していき、山道の闇夜を振り払っていった。
「ビックリした! ……あれは、狐火?」
「みてえだな。たぶん、
まったく臆した様子を見せず、冷静に飛光体の正体を見破った鵺が、くわっと大きなあくびをする。
不意の出来事で驚いた花梨も、空中でゆらゆらと揺れている狐火を認めてから、顔を背後へやった。
明るくなった視線の中には、追加の狐火達が紅葉の天井をスレスレに飛び交っており。頭上を通り過ぎていっては、辺りの光源を更に増やしていっていた。
「すごいなぁ。さっきまで真っ暗だったのに、今はちょっと眩しいぐらいまでになっちゃったや」
「イルミネーションみたいに見えなくもねえから、雰囲気は悪くはねえな」
和のイルミネーションに気持ちが昂り、さっきよりも高い鼻歌を歌い出す鵺。その鼻歌に釣られ、ゴーニャもニコニコとしながら鼻歌を続けていく。
そのまま
そして中腹付近まで来ると、先を行く巨大なリュックサックが止まり、右に回って酒天の体を
「それでは皆さん! ここからは獣道を歩いて行きますので、足元に気をつけながら進んで下さいっス!」
そう説明した酒天が、道から外れた箇所に指を差し、なんの躊躇いも無く雑木林に入って行く。
後続もいそいそと付いていき、花梨達の番まで来ると、道無き道を目にした花梨が、手を繋いでいるゴーニャに顔を移した。
「足元が更に悪そうだなぁ。ゴーニャ、抱っこしてあげようか?」
「いいの? ありがとっ!」
嬉しい提案に、ゴーニャは即座に両手を伸ばし、花梨が優しく抱っこをして、雑木林に入り込んでいく。やや狭い獣道の様子は、誰かにならされた形跡が若干あり、見た目の割には平坦で歩きやすくなっている。
が、出入りはほとんどないらしく。前へ進む度に枯れ枝を踏んでしまい、パキパキと乾いた音を雑木林内に響かせていった。
代わり映えしない景色の中を歩き始め、時の流れがだんだんと曖昧になっていき、時間の感覚が狂いだしてきた頃。前方に見える景色に変化が訪れた。
「あれ、気のせいかな? 奥がちょっと明るく見えるや」
「そうかあ? 周りにある狐火のせいで、ちっとも分かんねえぞ」
「いや、ちょっと明るいな。そろそろ着くんじゃないか?」
目を細めた花梨が、先に景色の変化に気づき。歩き飽きた鵺がボヤキを入れ、花梨の言葉を肯定したクロが追う。
僅かな変化に注目した三人は、やや歩幅を広げ、期待に胸を膨らませながら前進していく。そして数分後。雑木林を抜けたらしく、狐火が照らしていた闇が急に晴れ、一際開けた場所へと出た。
「うわぁ〜っ……!」
闇に慣れていた目が視界を眩ませるも、すぐに慣れた花梨が、認めた景色に感銘のこもった声を漏らす。
雑木林を抜けた先は広場になっており、まるで桃色の雲海を彷彿とさせる四季桜の木々が、一行を出迎えてくれていた。
「すごいすごいっ! こんなに綺麗な場所、
「これが桜なのねっ。本物は初めて見たけど、すごく綺麗だわっ!」
「すげえな。月明かりに照らされてるせいで、舞ってる桜が青白く見えるぜ」
「幻想的じゃないか。舞ってる桜が多いから、発光してる雪にも見えるな」
初見組である花梨達が、個々の感想を漏らしては、別の感想に自分が思った事を付け加え、意に反してため息をつく。
後続組も着々と到着し、花梨達と似たような感想を言い合っている中。主催者ある酒天が、「みなさーん!」と大声を放ち、場の空気を改めた。
「移動お疲れ様でした! 花見は四季桜の中央で行いますが、先に準備をするので、少しだけお待ち下さいっス!」
そう説明を終えた酒天は、巨大なリュックサックを静かに地面へ降ろし、横に掛けていた十五尺の脚立を取り外す。
「準備かぁ。私も手伝おっと」
「皆、私達も手伝いに参加しよう」
「しゃーねえ、私もやっかな」
自発的に花梨が申し出ると、クロもすかさず女天狗達を呼び集め。暇を持て余していた鵺も、仕方なくと参加する。
すると、後続組みも続々と酒天の元へと歩み出していき。結局、ほぼ全員が手伝いに参加をする事となった。
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